魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

(日本語訳)アルフレッド・テニスン「ロータス・イーター(Lotus Eaters)」

アンドレア・アルチャート『エンブレマタ』(1621年版)より「蓮喰はすくびと」。ハーヴァード大学ホートン図書館蔵。ウィキメディア・コモンズより。

彼は皆を励ましながら 前方を指で示すと
「この荒波で 船はすぐあの島に着く」と言った
午後 彼らはある島へと上陸したが
その島では二十四時間午後らしかった*1
海辺を取り巻いて けだるい空気が気を失って
うなされながら眠っている者のように呼吸していた
渓谷の上に満月が出ていた
そうしてくだりゆく白煙のごとく 細長い滝が流れて
崖を断続的に落下しているかのように見えた

それは滝だらけの島で くだりゆく白煙のごとく
極めて薄いしゃのヴェールをなして流れる滝もあれば
白い飛沫しぶきのシートを巻き転がしながら
ゆれる光と影の中を雪崩なだれ落ちてゆく滝もあった
彼らは奥地から輝く川があらわれ
海へと注ぐのを見た 解けない雪の積もった
三つの山の頂き 沈黙の三高峰が
夕陽を浴びていた そうして錯綜した雑木林の上に
常緑の松樹しょうじゅが 時雨しぐれに濡れた葉を茂らせていた

真っ赤な西空にしぞらに 謎めいた日が傾いて
沈むのをためらっていた 山のおびただしい裂け目は
沢となり 椰子( やしに囲まれた金色こんじきの草むらとなり
またはすらりとした蚊帳吊草ギャリンゲールの自生する曲がりくねった谷や
草地の数々となって 奥まで続いていた
その島では時間が止まっているかに見えた
やがて船を取り巻くようにして 血の気のない顔色の
真っ赤な夕陽に照らされて顔面蒼白の
優しい目をした 悲しげな蓮喰い人ロータス・イーターたちがやってきた

この者たちは花や果実をたわわにつけた
ロータスの枝をたずさえ 彼らはそれを優しく
一人一人に捧げたが これをもらって
ひと口でも味わった人間という人間にとって
打ち寄せる波の音は どこか遠いよその国の海辺に
打ち寄せるもののごとく 友の発する声は
故人の声のように 縹渺ひょうびょうと耳に響いた
そうして彼は失神したかに見えて実は意識があり
みずからの心音が彼の耳には音楽だった

夕陽と月とに挟まれた不思議な海辺で
彼らは金色こんじきの砂の上にならんで腰を下ろした
そうして望郷の念は切なく
妻子や奴隷たちへの未練は断ちがたかったが
もう海に出る勇気も オールを操る元気もなくて
これ以上るところなく漂流するのはまっぴらだった
やがて一人が言った「俺たちはここで暮らそう」
すると皆が一斉に歌った「俺たちの帰郷は
絶望的な難事業だ それよりもここで暮らそう」

*1843年版『詩集』による。ただし後半の「合唱歌(Choric Song)」は割愛。原文はこちら

*1:シャルル・ボードレールの詩「旅(Le Voyage)」(『悪の華』第二版126)第七章に、

「聞くがいい あの世から聞こえるような 美しい
 あの歌声を『いい匂いのするロータスの実を
 食べたいひとはおいで あなたの心の飢えを癒やす
 奇跡の果実を摘むのはここよ  
 永遠に打ち続くこの午後の時間の
 奇妙な甘美さに 来て酔い痴れなさい』」云々。

また同じくボードレール散文詩「気前のいい博打うち(Le Joueur généreux)」(『パリの憂鬱』29)にも同様の言及があります。