Ⅰ
彼は皆を励ましながら 前方を指で示した
「この荒波で 船は速やかに陸に近づく」
午後 彼らはある島へと上陸したが
その島では二十四時間午後らしかった*1
海辺を取り巻いて 物憂い空気が気を失って
安からぬ眠りを眠る者のように呼吸していた
渓谷の上に満月が出ていた
そうして下降する白煙のごとく 細長い滝が流れて
崖を落ちては止まり 落ちては止まるように見えた
Ⅱ
それは滝だらけの島で 下降する白煙のごとく
極めて薄い紗のヴェールをなして流れる滝もあれば
白い飛沫のシートを巻き転がしながら
ゆれる光と影の中を雪崩れ落ちてゆく滝もあった
彼らは奥地から輝く川があらわれ
海へと注ぐのを見た 解けない雪の積もった
三つの山の頂き 沈黙の三高峰が
夕陽を浴びていた そうして錯綜した雑木林の上に
常緑の松樹が 時雨に濡れた葉を茂らせていた
Ⅲ
真っ赤な西空に 謎めいた日が傾いて
沈むのをためらっていた 山のおびただしい裂け目は
沢となり 椰子の木に囲まれた金色の草むらとなり
またはすらりとした蚊帳吊草の自生する曲がりくねった谷や
草地の数々となって 奥地まで続いていた
その島では時間が止まっているかに見えた
やがて船を取り巻くようにして 血の気のない顔色の
真っ赤な夕陽に照らされて顔面蒼白の
優しい目をした 悲しげな蓮喰い人たちがやってきた
Ⅳ
この者たちは花や果実をたわわにつけた
蓮の枝をたずさえ 彼らはそれを優しく
一人一人に捧げたが これをもらって
ひと口吟味した人間という人間にとって
打ち寄せる波の音は どこか遠いよその国の海辺に
打ち寄せるもののごとく 友の発する声は
故人の声のように 縹渺と耳に響いた
そうして彼は気を失ったかに見えて気は確かで
みずからの心音が彼の耳には音楽だった
Ⅴ
夕陽と月とに挟まれた不思議な海辺で
彼らは金色の砂の上にならんで腰を下ろした
そうして望郷の念は切なく
妻子や奴隷たちへの未練は断ち難かったが
もう海に出る勇気も オールを操る元気もなくて
これ以上いたずらに漂流するのはまっぴらだった
やがて一人が言った「俺たちはここで暮らそう」
すると皆が一斉に歌った「俺たちの帰郷は
絶望的な難事業だ それよりもここで暮らそう」
*1843年版『詩集』による。ただし後半の「合唱歌(Choric Song)」は割愛。原文はこちら。
*1:シャルル・ボードレールの「旅(Le Voyage)」(『悪の華』第二版126)第七章に、
「聞くがいい あの世から聞こえるような 美しい
あの歌声を『いい匂いのするロータスの実を
食べたいひとはおいで あなたの心の飢えを癒やす
奇跡の果実を摘むのはここよ
永遠に打ち続くこの午後の時間の
奇妙な甘美さに 来て酔い痴れなさい』」云々。