魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

(日本語訳)ランボー「パリの狂宴(L’orgie parisienne ou Paris se repeuple)」

クールベ「マス」。1871年のパリ・コミューンに参加して、鎮圧後、逮捕・投獄されたクールベが、獄中で着想を得た作品だそうで、「In vinculis faciebat(拘束下で描いた)」とのラテン語のコメントが記されている。ウィキメディア・コモンズより。

(別題「パリにふたたび人が住む」)

着いたぞ 意気地なしどもよ 汽車からどっとあふれ出ろ
朝まで野蛮人たちが占拠していた大通り
太陽の 烈火のごとき肺の息吹きで一掃された
西洋圏(オクシデント)で随一の「花の都」を見るがいい

進め 戦火の逆流は未然に封じられている
船着き場あり 大通りあり さらに進めば家並みの
上にふんわり乗っかった 眩(まぶ)しいほどの青い空
そこには昨晩(ゆうべ) 紅(くれない)の砲火が 星をちりばめていた

亡き宮殿は 板張りの凹所(ニッチ)の奥に秘めておけ
肝をつぶした「在りし日」が 君たちを開眼させる
のたくる赤い髪の群れ 君たち 帰還した市民
やつれた奴ら 馬鹿になれ でないと馬鹿に見えるから

盛りのついたメス犬の一味が 湿布薬を食う
黄金(きん)の御殿(ごてん)が泣き叫ぶ 「盗んでくれ」と呼んでいる
くらえ 街路の彼方から 大痙攣(だいけいれん)をともなって
歓楽の夜(よのお出ましだ 惨めな酔っ払いどもよ

飲め 目も眩(くら)む痛烈な光がさっと差し込んで
垂れ流される贅沢を 君らのそばに探すとき
無言で椅子に腰かけて ポカンと 白い遠景を
見ながら 空(から)の盃(さかずき)に よだれを垂らすことなかれ

滝と流れる尻を持つ女王陛下に乾杯だ
苦渋に満ちた酔漢の「ひっく」に耳を傾けよ
炎の夜に飛び込んで ぜいぜい言っている白痴(ばか)や
老いぼれたちや盲従者 追従者(ついしょうしゃ)らの声を聞け

汚物まみれの心臓よ 目も当てられぬその口よ
もっと動かせ 悪臭を放って止まぬその口を
テーブルで待つ このような麻痺状態のための酒…
征服者らよ 羞恥など胃腸とともに流し去れ

もっと広げろ鼻の穴 もっと催せその吐き気
苛烈な毒に その首の帯(おび)を どっぷり浸すのだ
絞(し)まる両手を 君たちの無防備すぎる首筋に
かけて詩人はこう諭(さと)す「勇気を出して馬鹿になれ

君らはパリの胎内を探りながらも怖いのだ
パリのさらなる痙攣(けいれん)が 悲鳴とともに膨らます
胸の激しい圧力で 胸の上なる君たちの
スキャンダラスな愛の巣を 窒息させはしまいかと

梅毒患者 王と道化(ばか) 腹話術師とその人形
君らの霊や肉体や ふざけた服や毒舌が
恥じらいを知るパリにとり いったい何の意味がある
パリは君らを振り捨てる うるさいだけのクズどもよ

そして君らがぶっ倒れ 腹をグーグー鳴らしつつ
『消化器官が死んでいる お金 お金』とわめいても
戦火によって膨らんだ両胸を持つ『緋の淫婦』
パリは君らをかえりみず 固く拳(こぶし)を握るのだ」

パリよ 暴徒に囲まれた君の素足が舞ったとき
凶刃による刺し傷を その満身に負ったとき
その澄み切った瞳孔に 野獣の不死と再生の
ほんの微かな兆候を残して 横たわったとき

惨禍に耐えた大都市よ 死んだと言っていい都市よ
「未来」に向けて投げられた 首と二つのおっぱいは
蒼白な顔面の前 数十億のドアを開け――
悲苦(ひく)が転じて福となる日々が来るかも知れない都市よ

電気ショックで 大いなる苦痛に復帰した死体
君はふたたび「生」という猛毒を飲む 血管に
灰色をした蛆虫の群れがあふれて はっきりと
脈打つ君の全身を 冷たい指がさまよい歩く

そうして これは悪くない その体内の灰色の
蛆虫たちも「前進」の息吹きをもはや妨げぬ
夜の鳥(ストリクス)らは啄(ついば)めど 星住む蒼天(そら)の高みより
黄金(きん)の涙が降りそそぐ 女人像柱(カリアチード)の目は曇らない

そのような君を見るのは おぞましいにもかかわらず――
いかなる都市も 美しい地上にあって このような
くさい腫瘍となりはてた例はなかった にもかかわらず
パリよ 詩人は君に言う 「君の『美貌』は無敵だ」と

嵐は 君に崇高な詩の栄冠をたまわった
全宇宙的運動が君を助ける 選ばれし
「都」よ 君の絶唱の沸騰 そして死の怒号
その大いなる角笛の芯に集めよ 絶叫を

詩人はむしろ採(と)るだろう 悪人たちのすすり泣き
受刑者たちの怨恨や 呪われびとの抗言を
詩人の愛のまなざしは女子をびしびし鞭で打つ
詩(うた)のリズムは弾むのだ「どいつもこいつも地獄に落ちろ」と

――パリの皆さん 何もかも元通りです 狂宴(オージー)は
昔ながらの売春宿で 相も変わらず瀕死のあえぎ
白みゆく青空のもと 精神病のガス灯は
今も真っ赤に血塗られた塀を 不気味に照らすだけ

(1871年5月)


*原文はこちら。

(日本語訳)ランボー「ジャンヌ・マリーの手(Les mains de Jeanne-Marie)」

フェルディナント・レフマン「バリケード」ウィキメディア・コモンズより。

強い手の持ち主だ ジャンヌ・マリーは
夏の日に焼けた手だ 真っ黒な手だ
屍(しかばね)の手にように青ざめた手だ
――スペインの「ファナ」の手とは似ても似つかぬ

その手とは 快楽の沼のおもてに
褐色のクリームを汲んだ手ですか
澄み切った水面に映る月影
掬(すく)おうと びしょ濡れになった手ですか

未開地の空の下 その美しい
膝もとの静けさを飲んだ手ですか
葉巻(シガールの製造をした手でしょうか
金剛石(ディアマン)の密売をした手でしょうか

聖母(マドンナ)の火と燃える足もとに咲く
金色(こんじき)の花びらを散らしましたか
手のひらにひらめいて まどろむものは
毒草の真っ黒な血に過ぎません

東雲(しののめ)の青らみの周囲にうなり
蜜腺(みつせん)に屯(たむろ)するハエの仲間を
ことごとく狩りつくす両手でしょうか
猛毒の調合にたずさわる手か

どのような「幻想」が このような手を
屈伸の段階で虜(とりこ)としたか
未知なる国か アジアの夢か
カンガヴァルの幻想か シオンの夢か

――オレンジを売る者の両手ではない
老いるまで 神々に仕える手でも
目を閉じた 大柄な赤ちゃんのため
おむつなど洗濯をする手でもない

従姉妹(いとこ)なる美少女の両手でもない
工場が悪臭を放つ森にて
瀝青(れきせい)に酔い痴れた太陽が焼く
丸顔の女工らの両手でもない

人々に屈服を強いる手ながら
よこしまな行ないは一切しない
数々の武器よりも殺傷に長(た)け
一頭の馬よりも力が強い

燃えさかる火のごとく動き回って
全身をぶるぶると震わせながら
その肉が歌うのはマルセイエーズ
神様に祈るなど 決してしない

この手こそ 君たちの首を締め上げ
悪女らよ 君たちの手を砕く手だ
君たちの白粉(おしろい)と紅(べに)にまみれた
下種(げす)下郎(げろう)以下の手を 貴婦人たちよ

友愛に満ちみちた手のひらめきが
羊らの頭骨(とうこつ)をこちらに向ける
偉大なる日輪は キスによろしき
指骨(しこつ)をば 紅玉(こうぎょく)の指輪で飾る

昨日(さくじつ)のおっぱいのごとく茶色い
その色は貧困に染まりながらも
その甲はうぬぼれた「反逆者」らが
ことごとく接吻を捧げた場所だ

動乱のパリ中の機関銃たち(ミトライユーズ)
青銅の火器という火器の上から
友愛の火を注ぐ日ざしを浴びて
青ざめる それは君たち 左右の手と手

わななきが止まらないわれらの唇(くち)が
永遠に酔い痴れる 聖なる「両手」
澄み切った声をした鉄の鎖が
時にその手首にて さらさらと鳴る

すると ある奇妙なる垂直跳び(スーブルソー)が
俺たちの胸に湧く それは奴らが 
君たちの指たちに血を流させて
黒い手を白い手にする気だからだ


*原文はこちら。

(日本語訳)ランボー「泥棒された心臓(Le cœur volé)」

ジェームズ・アンソール「ピエロの絶望」ウィキメディア・コモンズより。

俺の悲しい心臓が 船の後尾で涎(よだれ)する
奴らの好きな黒煙草(カポラル)の葉っぱまみれの心臓が
そこへ奴らが飛ばすもの それはスープの飛沫です
俺の悲しい心臓が 船の後尾で涎(よだれ)する
ひとりぼっちの心臓を みんなで笑いものにする
そんな卑劣な連中の 白い視線にさらされて
俺の悲しい心臓が 船の後尾で涎(よだれ)する
奴らの好きな黒煙草(カポラル)の葉っぱまみれの心臓が

勃起男根崇拝の 血気盛んな兵士的
あの連中の爆笑で わが心臓がぼろぼろだ
操舵室(そうだしつ)にはフレスコ画 勃起男根崇拝の
血気盛んな兵士的 卑猥きわまる落書きだ
アブラカタブラ的な波 寄せては返す白波よ 
わが心臓を持ち去って 洗い清めてやってくれ
勃起男根崇拝の 血気盛んな兵士的
あの連中の爆笑で わが心臓がぼろぼろだ

あの連中の大好きな煙草が 遂に切れる時
俺たちは何としようぞ 泥棒された心臓よ
それはいよいよ酒神(バッカス)のしゃっくりの場となるだろう
あの連中の大好きな煙草が 遂に切れる時
たとえ胃の腑が驚いて 泣いてわめいてあばれても
わが心臓がしょんぼりと無抵抗なら この俺は…
あの連中の大好きな煙草が 遂に切れる時
俺たちは何としようぞ 泥棒された心臓よ


*ベリッション版による。原文はこちら。

(日本語訳)ランボー「しらみを探す少女たち(Les Chercheuses de Poux)」

ムリーリョ「シラミを取る老婆」ウィキメディア・コモンズより。

少年の顔面(おもて)が 紅いわずらいでいっぱいになり
漠とした夢想の 白い集団を乞い願うとき
銀色の爪がかがやく 華奢(きゃしゃ)な指をした
美しい二人の姉が ベッドのそばを訪れる

蒼天が水浴させる光景は百花繚乱
そのような窓のほとりに 彼女らは彼を座らせ
水滴がしたたり落ちる少年の豊かな髪を
細長く 美しく 恐ろしい指がさまよう

歌うたうのは 女人(にょにん)らの恐る恐るの息づかい
薫(かお)るのは 植物性で薔薇色の うすい蜂蜜
時として割り込む 風を切るごとき物音 それは
接吻をこらえる声か 垂れるよだれを飲む音か

芳(かぐわ)しい沈黙(しじま)の中で 少女らの黒いまつ毛が
またたいている音がする また彼のグレーの髪を
かき分ける 電気(エレキ)を帯びた たおやかな指と指とが
王族の爪で しらみをつまみ取り つぶすひびきも

そして今 彼の頭にのぼるのは「懶惰(らんだ)」の美酒だ
錯乱を奏(かな)でかねないハモニカがもらす吐息だ
ゆるやかな愛撫につれて さめざめと泣きたい欲が
絶え間なく湧き起こっては消えるのを 彼は感じる


*ヴェルレーヌの『呪われた詩人たち』に引用されたヴァージョンによる。

(日本語訳)ランボー「たまげた奴ら(Les Effarés)」

フランスにおける地下室の換気口の一例。こうした換気口は地表すれすれに設置されるようで、この詩に出てくる子どもたちは、みんな地べたに四つん這いになって中をのぞいていたようです。ウィキメディア・コモンズより。

霧と雪との中 黒い影
光がもれる換気口前(かんきこうまえ)
 尻の円陣
跪(ひざまずいたる子どもが五人
黄金色(こがねいろ)した大きなパンが
 焼けるのを見る

白くて太い両手が 生地(きじ)を
捏(こ)ねて かまどに入れる様子を
 穴から見つめ
こんがり焼ける音に聴き入る
笑みを浮かべたパン屋はうなる
 昔の節(ふし)を

一致団結 身じろぎもせず
おっぱいみたいに熱くて紅い
 空気(いき)を吸ううち
断食(だんじき)明けか何かのために
ブリオッシュほど細工をされた
 パンの仕上がり

すすけた梁(はり)の下 こおろぎと
薫(かお)りよろしきパンの皮とが
 歌うたうとき
いのちを 熱い穴は吹き込み
ぼろをまとった霊たち 天に
 のぼらんばかり

芯まで冷えた「救いの御子(みこ)」ら
「今日まで生きていてよかった」と
 みんなそろって
ピンクの鼻を格子(こうし)につけて
あいた穴から 鼻息荒く
 唱える言葉

神を讃える愚かな奴ら
ふたたびひらいた天のとびらに
 前のめり過ぎ
半ズボンには裂け目ができて
のぞくパンツは 真冬の風に
 ぶるぶる震え


*ヴェルレーヌの『呪われた詩人たち』に引用されたヴァージョンによる。