魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

(日本語訳)ボードレール「取り返せないこと(L'Irréparable)」

ヒエロニムス・ボス派「リンボに降臨するキリスト」。ウィキメディア・コモンズより。

悔いという名の感情を始末できないものかしら
年を取っても長々と 生きて動いて這いずって
蛆が死体を食うように 虫が樹木を食うように
このわれわれをむしばんで 食い物にしている奴を
悔いという名の感情を始末できないものかしら

どんな媚薬で 葡萄酒で それともどんなハーブ茶で
酩酊させてしまおうか この年老いた宿敵を
売春婦ほど貪欲で 食いしん坊で残酷で
蟻ほど我慢強い奴 悔いという名の感情を
どんな媚薬で 葡萄酒で それともどんなハーブ茶で

ねえ教えてよ 魔少女よ 知っているなら教えてよ
傷ついているこの心 痛みだらけの精神に
負傷兵らが踏み倒し 馬の蹄が踏みつぶす
そんな終わった人間と同じ私に教えてよ
ねえ教えてよ 魔少女よ 知っているなら教えてよ

狼がもう嗅ぎつけて からすがすでに目をつけた
この死にかけの人間に この臨終の存在に
この重体の兵卒に もはやお墓も十字架も
断念せねばならないか 知っているなら教えてよ
狼がもう嗅ぎつけた こんなあわれな瀕死の者に

泥にまみれた真っ黒な空を明るくできようか
瀝青れきせいよりも濃厚な闇をふたつに裂けようか
朝もなければ夜もなく 星もなければ葬送の
稲妻もない暗黒を 引き裂くことができようか
泥にまみれた真っ黒な空を明るくできようか

宿屋の窓に きらきらと輝いていた希望の
いつしかすべて消えている もう永遠にともらない
月もあかりもない夜のこの暗闇に とぼとぼと
悪路を歩む殉教者たち 憩いをどこに求めよう
宿屋の窓のともしびを 悪魔はすべて吹き消した

魔性を帯びた美少女よ 呪われびとは好きかしら
過去の重荷というものを あなたは知っているかしら
毒を仕込んだ矢をもって 人の心を射抜く奴
悔いという名の感情を あなたは知っているかしら
魔性を帯びたの美少女よ 呪われびとは好きかしら

取り返せないことどもが 呪われた歯でかじるのだ
それはわれらの魂を それはあわれな記念碑を
それはしばしばシロアリのごとく 基礎なる土台から
建築物をむしばんで 建築物をくつがえす
取り返せないことどもが 呪われた歯でかじるのだ

――どこにでもある劇場で 私は時に見たものだ
オーケストラの爆音が炎を上げている奥に
ある妖精が舞い降りて 地獄の黒い大空を
奇跡のようなあけぼのの光で照らす光景を
――どこにでもある劇場の奥に 私は時として

黄金きんと光と薄紗はくさとで合成された人物が
だい堕天使だてんしを打ち破り 打ち倒すのを見たのだが
大感激エクスタシーの訪れを絶えて知らないわが胸は
薄紗はくさの羽根で舞い降りるあの人物を 観客が
ずっと空しく待ちわびている そんな一つの劇場なのだ

*『悪の華』第二版54。原文はこちら

(日本語訳)ボードレール「どうにもならないもの(L'Irrémédiable)」

アーサー・ラッカム「メイルシュトロームへの降下」。ウィキメディア・コモンズより。

たとえば青い空を離れてちた
一つの観念イデー 一つの形態フォルム 一つの存在エートル
今はもう天界の目の届かない
三途の川ステュクスのぬかるみの中

たとえば魔性の恋人に誘惑された
一人の天使 一人の無茶な旅人
巨大な悪夢の底に沈んで
泳ぎ手のごとく 身をもがきながら

一つの大渦潮おおうずしおにあらがっている
死に物狂いで抵抗している
狂人の声で歌をうたう
闇の中の高速自転ピルエットと戦っている

たとえば一人の取り憑かれた困窮者
むなしく手探りをしている
蛇だらけの場所から逃れ出ようと
光と鍵を探して

たとえば一人の呪われびと ランプも持たず
穴のほとりを降りてゆく その穴の匂いは
手すりのない永遠の階段の
じめじめした行く先を暴露する

そこではぬるぬるした怪物たちが目を光らせ
燐光を発するその巨眼は
真っ暗闇をより暗くするから
そのほかは何も見えない

たとえば水晶のわなのごとき
極海きょっかいに監禁された船
いかなる恐怖の海峡によって
この牢獄におちいったのかを探っている

ことごとく どうにもならない運命の
きれいな象徴エンブレム すばらしい絵画タブロー
八方塞がり だからとまどうばかり
悪魔の仕事はいつも完璧

一点の曇りもない対面会話
鏡と化した心に向き合う心
暗くても見通しのいい真理の井戸
ゆれるかすかな星の光は

皮肉にかがやく地獄のかがり火
堕天使の恩寵おんちょうに満ちた松明たいまつ
たった一つの栄誉 たった一つの慰め
それは悪に染まっているという自覚だ!

*『悪の華』第二版84。原文はこちら

(日本語訳)ボードレール「堕天使連祷(Les Litanies de Satan)」

アレクサンドル・カバネル「堕天使」。ウィキメディア・コモンズより。

最高の英知の天使 絶世の美貌の天使
宿命のままにわれて 声望を失った神

堕天使よ 俺の久しい窮状を憐れんでくれ

流刑に処された王子 不当なる扱いを受け
倒れても 旧に倍する勢力で立ち上がる君

堕天使よ 俺の久しい窮状を憐れんでくれ

一切を知っている君 冥界の偉大なる王
苦悩する者に寄り添い これをよく癒す治療者

堕天使よ 俺の久しい窮状を憐れんでくれ

癩病らいびょうの患者たちにも 人外じんがいの賤民らにも
恋により 天上界のよろこびを教える君よ

堕天使よ 俺の久しい窮状を憐れんでくれ

年老いてなおたくましき情婦たる「死」が君により
はらむのは 人が「希望」と呼ぶ女子だ 狂気の美女だ

堕天使よ 俺の久しい窮状を憐れんでくれ

ギロチンを囲むすべての人々を見下している
囚人に 肝の据わった眼光を与える君よ

堕天使よ 俺の久しい窮状を憐れんでくれ

けちくさい神が隠した貴金属 それが大地の
広がりのどの一角に存するか 君は見破る

堕天使よ 俺の久しい窮状を憐れんでくれ

大量のきんぎんどうが埋められてまどろんでいる
地下深き宝庫の場所を 君はその炯眼けいがんに知る

堕天使よ 俺の久しい窮状を憐れんでくれ

建物の端を 眠りに落ちたまま さまよう人が
下を見てくらまぬように 広い手で目隠しをする 

堕天使よ 俺の久しい窮状を憐れんでくれ

夜遅く 馬車にかれた酔漢の老いた背骨を
へし折らず 魔力によってしなやかに曲げるのは君

堕天使よ 俺の久しい窮状を憐れんでくれ

「金持ち」のひたいの上に 下劣なるその品性と
悪徳の烙印を捺す 腹黒い共犯の君

堕天使よ 俺の久しい窮状を憐れんでくれ

少女らの目にも胸にも 聖者らが負った傷への
崇拝と まとう襤褸ぼろへの愛着を植えつける君

堕天使よ 俺の久しい窮状を憐れんでくれ

流人るにんらを支える杖よ 発明家たちのランプよ
吊るされる者と一味の告白に耳澄ます者

堕天使よ 俺の久しい窮状を憐れんでくれ

天上の父なる神が 真っ黒な怒りに駆られ
地上なるパラダイスから追い出した者の養父よ

堕天使よ 俺の久しい窮状を憐れんでくれ

祈祷

堕天使よ 君に讃辞と栄光の絶え間無くあれ
そのかみは 君が治めた天国で そうして今は
敗残の君が静かに夢を見る地獄の底で
いつの日かそのかたわらに 俺もまた眠りたいのだ
横たわる君のひたいに萌え出でた「知恵」の大樹が
新たなる「寺院」のごとく 鬱蒼うっそうと茂る季節に

*『悪の華』第二版120。原文はこちら

(日本語訳)ボードレール「描きたいという欲望(Le Desir de peindre)」

フィリッポ・ヴィターレ「ユディトとホロフェルネス」。ウィキメディア・コモンズより。

欲望に苦しむ男はおそらく不幸である。だが欲望に苦しむ芸術家は幸せ者だ。
私はごく稀に私の前に現れ、たちどころに消え去ったある女を描きたい。彼女の姿は夜の中へと連れ去られたさすらいびとの、美しく、名残惜しい置き土産のようだ。彼女がいなくなってからもう何年が経つだろう。
彼女は美しい。いや美しい以上だ。彼女は驚異的なのだ。彼女の内部には黒色があふれいている。そうして彼女がインスパイアするすべては夜に似て、意味深長だ。彼女の目はミステールが微光を放つ二つの洞窟であり、彼女の視線は稲妻のごとくひらめく。それは闇の中の一つの爆発だ。
もし人がこの世に光と幸せとをもたらす黒い天体といったものを考えることができるなら、私は彼女を黒い太陽にたとえたい。だが彼女がもっと容易に連想させるものは月で、月は疑いもなく、彼女に恐るべき影響を与えた。それは冷たい花嫁にも似た、牧歌的な白い月ではない。嵐の夜の奥にかかって、流れる雲に突き動かされている酔い痴れた、不吉な月である。それはきよき人々の眠りを訪れる平和な、大人しい月ではない。テッサリアの魔女たちによって、夜空から引きずり下ろされ、震える草の上で乱舞することを心ならずも強いられている、敗残の、不平満々たる月である。
彼女の小さな額には不屈の意志と貪欲どんよくな愛が住んでいる。とはいえ、二つの鼻の穴が未知と不可能とを呼吸してうごめいている、表情が読めないこの顔面の下部においては、言うに言われぬ上品さとともに、紅い唇と白い歯との、あでやかにして巨大なる口のげらげら笑いが噴出しており、それは火山地帯に咲き乱れる妖花の奇跡を、人に夢想させる。
世には征服したい、楽しみたいという欲望を掻き立てる女たちがいる。だが彼女は、この女に看取られながら静かに息を引き取りたいという欲望を、人に与える。

*『小散文詩集(パリの憂鬱)』36。原文はこちら

BAND-MAIDの「you.」

ザ・ウォーニングのニューアルバム「キープ・ミー・フェッド(Keep Me Fed)」のジャケット写真。タイトル通り、「酒池肉林状態にある悪の三姉妹の図」といったところでしょうか。amazon.co.jpより。

ザ・ウォーニングの「オートマティック・サン」の歌詞

先日の記事で、ザ・ウォーニングの「オートマティック・サン」という曲について「恋愛中毒」の歌と書きましたが、この曲の歌詞の解釈については英語圏のファンの間でも議論があるらしい。実を言うと、私も最初「オートマティック・サン」とは何ぞや?と考え込んでいたところ、下のショート動画に出会った。


www.youtube.com

ここに「あなたのオートマティック・サンは誰?」と書いてあるのを見て、「ああ、そういう意味か。ふざけやがって」と納得したのです。先日の訳詞は中途半端だったので、下にきちんと訳しておきます。

やっと自由になれたと喜んでいた
なのにあたしはまだ罠にかかったままだった
深夜に一人ぼっちでいると
背後からあんたにネイルを打ち込まれている気がする

深く考えることはないよね
一人ぼっちのつらさも切なさも
所詮はしつこい頭痛みたいなもの
だからあたしはあんたに乞い求めるの

(コーラス)
非情の太陽オートマティック・サンを燃やして
惨めなあたしを見て
心をむしばむ愛サイコソマティック・ラブをちょうだい
壊れてゆくあたしを見て

もしあんたが帰ってきてくれたら
鏡のように あたしの想いを映してくれるかしら
ああ あんたは今あたしの手の届かないところにいる

もっともっといじめてちょうだい
この依存症は治療困難
すべて欲しいなら すべて奪って
だってあたしはあんたにはまってるから はまってるから!

(コーラス くりかえし)

深く考えることはないよね
一人ぼっちのつらさも切なさも
所詮はしつこい頭痛みたいなもの
もっともっといじめてちょうだい
この依存症は治療困難
すべて欲しいなら すべて奪って 奪って…

(コーラス くりかえし)

下は今年(2024年)4月のイギリスツアーでのライブ映像。


www.youtube.com

BAND-MAIDの「you.」の歌詞

「恋愛中毒」とは何ぞや?という話ですが、これは申すまでもなく、酒やギャンブルと同様、やめたくてもやめられない状態を指すのです。いわゆる「運命の赤い糸」で結ばれた相手という奴が、品行方正な紳士淑女であるなら問題ないのかも知れないが、まあ大抵はとんでもない浪費家か、凶状持ちか、浮気者かだったりするわけで、人は「金輪際、縁を切ってやる!!」という状態と「やっぱり好きで、別れられない」という状態との間を行ったり来たりするうちに、理性が崩壊してゆく。これはきわめて平凡でありふれた話で、こういうひどい目に会う人が会わない人よりも圧倒時に多いのは、よくわかりませんが、たぶん宝くじに当たる人よりも当たらない人の方が圧倒的に多いのと同じ理屈によるのでしょう。しかもこのような悲惨な経験は、いくら積んでも、何ら得るところがない。金になるわけでも、知恵がつくわけでもない。ただこうしたボップソングの歌詞に多少敏感になる程度です。
このような嘆かわしい状態を歌った曲に、もう一つ、BAND-MAIDの「you.」がある。この曲はいろいろな点で見事ですが、特に歌詞が見事だと私は思ふ。この歌詞の内容については、まったく議論の余地がない。小鳩ミクはこの曲に歌詞をつけるに当たって、いつもの凝りに凝った表現を一切用いず、きわめて平易で甘美な日本語で書いた。ためにこの曲を聴く日本人は誰しも「やれやれ、かわいそうに」と嘆息せずにはいられないのです。


www.youtube.com