魔性の血

拙訳『吸血鬼カーミラ』は公開を終了しました。

今村翔吾『蹴れ、彦五郎』

談山たんざん神社(奈良県桜井市)の蹴鞠祭り。2006年11月撮影。ウィキメディア・コモンズより。

表題の歴史小説につきまして、一天一笑さんから紹介記事をいただておりますので掲載します。一天一笑さん、いつもありがとうございます。


今村翔吾『蹴れ、彦五郎』(祥伝社)を読了して。
これは、甲斐・相模・駿河三国同盟の一端を担った、今川彦五郎氏真と、北条氏康の息女・早川殿(由稀)の物語です。
天文二十三年(1554年)頃、今川義元の息女が武田義信に嫁ぎ、武田信玄の息女が北条家に嫁ぎ、今川家には北条家の息女が嫁ぎます。そのような婚姻政策が破れても、添い遂げた夫婦の物語です。

永禄十二年(1569年)、今川氏真の籠城する掛川城が、徳川家康の軍に攻められ、開城する場面から始まります。桶狭間の戦いから九年後です。
これまでと悟った氏真は、家康との和睦の仲立ちを北条氏康に頼むよう、家臣に命じます。つまり北条家の厄介になりに行くわけです。

二年後、落ち延びた彦五郎と由稀、および旧今川家家臣のために館を建て、「好きなだけ居ればよい」と後押ししてくれた由稀の実父・北条氏康が病没し、次男の氏政に世代交代します。当主が変われば、政策も変わります。弟の氏照と氏邦とは揃って、由稀に今川氏真との離縁を勧めます。
夫・氏真は、駿府復帰の際には、弟・北条氏規を養子に迎えると北条家に約束していた(氏規はかつて今川家に人質として逗留していた)ものの、由稀は実家とはいえ、針のむしろ状態です、
早川館を訪問した氏規が表情を曇らせて言う。
「当家は再び武田家と同盟します。揉めるより結ぶほうが得策です。仇敵の上杉は適度に勝たせてやれば満足するが、武田はやっかいです。ここ早川館に一刻後、信玄の放った暗殺者達がやってきます。当家は暗殺を黙認します。私は姉上を小田原に無事逃がします」
その数五十。いずれも手練れの「三ツ者」(忍者)たちだ。馬を用意できたのは、彦五郎、由稀を除けば二騎である。由稀は、実父・氏康譲りの策を打つ。
徒歩の者たちを適宜に切り離し、一陣・二陣と追撃者たちを足止めするための鉄砲を打ち鳴らさせるのだ。三ツ者たちの標的は氏真一人なので、武運があれば生きられる。
だが、三陣まで撃ったところで追い付かれた。追い付かれたのち、氏真は下馬し、リズムの良い身のこなしで、塚原卜伝直伝の剣の腕を見せます。多勢に無勢のところ、三十騎を連れた氏規に助けられます。
「ここは任せて落ちられよ。我が領地・韮山までゆけば、三津みと港から船に乗れるよう、手筈はついている」
氏真と由稀はからくも窮地を脱します。

天正元年(1573年)秋、由稀と氏真は、京都に遊びに行きます。歌や蹴鞠での人脈をたどれば、宿泊先には困りません。供は僅かに二人です。気ままな旅を楽しみます。
帰途に近江国野洲やす郡にある錦織寺きんしょくじに立ち寄り、住職の慈船と語り合います。
氏真と由稀は、境内を七・八人の子供たちが掃除をしているのが、どうしても気になった。
髷を結っているからには、寺の小僧ではないと察せられる。案の定、大きな声では言えないが、信長に滅ぼされた六角氏の家臣の子供だという。慈船が保護したというが、子供心にも、親の仇討ちをして、六角家再興を果たしたいとの希望をもっているらしい。
氏真は目が覚める思いがした、今川家がなくなっても今川家再興を望まない自分は、ゆうゆうと暮らしているが、そうではない領民もいたのだろう。激しい後悔に襲われた。

由稀が兵法を教え、弓槍の使い方を教えるのは氏真である。
寺で軍事訓練もどきをする訳にはいかないので、近所に手頃な家を借りた。
武将としては、からきしの氏真だが、人に教えるのは上手故に、少年たちの進歩は速かった。だが人殺しの技を教えている心の呵責に耐えかねて、京都からかんな毬括まりくくりの道具、算盤そろばん、画材、茶道具を取り寄せた。
「私たちは武士になりたいのです」
と叫ぶ少年たちの前で、見事な蹴鞠の技を見せ、
「これを身に着けるまで二十年かかった。毬括りの技もそうだ。今から自分の好きを見つければ、やがて形が見えるだろう。道具を手に取ってみよ」
子供たちは、あるものは算盤を、あるものは画材を手に取ります。お家再興だけが、人生のすべてではないのだ。氏真は安堵します。

天正二年(1574年)、氏真と由稀は、家康からの報せにより、駿河に戻っていった。
氏真は、家康から告げられた。
「織田殿が治部じぶ殿の蹴鞠を見たいと言っている」
無下には断れないが、いかな氏真でも、父・義元の仇の前で晒し者にされるのは…。
家康には気の毒ではあるが、病気と偽り、日延べをしているうちに、信長が忘れてくれるように祈った。なので、出歩く訳にはいかず、錦織寺の子供たちに会いに行くわけにもいかなかった。氏真なりに、信長の気性は理解している。
案の定、信長からふた月毎に「本復したか」との催促が来た。

天正三年(1575年)、錦織寺の慈船から書状が届いた。
読み終えた氏真は、由稀が今まで見たことの無い怒りの表情をしている。
譫言うわごとのように言った。
「寺の子供たちが殺された」
信長の命令で六角氏の残党狩りが行われた。錦織寺に六角氏所縁の者がいると誰かが密告したのだろう。子供たちは連行され、いずれの者も斬首された。
氏真は鬼気迫る表情をして由稀に言った。
「由稀、信長に物申したい事がある。蹴鞠の申し出、受けて立つ」

天正三年三月二十一日、相国寺しょうこくじにて蹴鞠を披露することが決まった。
当日の朝、氏真に蹴鞠用の鴨靴かもぐつを渡しながら言った。
「ご武運をお祈り申し上げます」
氏真は、蹴鞠の正装である、水浅葱みずあさぎ毬水干まりずいかん毬袴まりばかまに身を固めた。

蹴鞠は、本来の段階を踏んだ流れではなく、信長の意に沿った形で行われる。
対戦相手は、百年に一度の名足といわれる飛鳥井雅教まさのり率いる飛鳥井の七名。氏真の方は当日の寄せ集めである。
しかも、信長の狙いは氏真を辱める事なのだ。
試合の結果はどうなるのか?信長に申し述べたいこととは何か?

一メートル七十七センチ前後と体格に恵まれ、身体能力も高かったであろう氏真はどう戦うのか?
この試合後、氏真は蹴鞠を止めた(燃え尽きた?)。
武家に生まれながらも、職業選択の自由(?)の先駆けをしたような氏真の活躍をお楽しみください。
天一

 

 

(日本語訳)ボードレール「うつ(Spleen)」

リアンダー・ラス(Leander Russ)「ピラミッドにて」。ウィキメディア・コモンズより。

うつ:雨降り月はこの街の…(Spleen : Pluviôse irrité…)*1

1682年、ノートルダム大聖堂のブルドン「エマニュエル」の洗礼式の際のVIP席の配置図。ウィキメディア・コモンズより。

雨降り月プリュヴィオーズはこの街のあらゆるものに腹を立て
近隣の墓場に眠る亡者もうじゃらに 闇の冷気を
霧深き郊外に住む生者しょうじゃらに 死の運命を
ひっくり返したバケツから洪水にしてぶちまける

わが愛猫あいびょうは床石の上に寝藁ねわらを求めつつ
疥癬かいせんを病む がりがりに痩せた体をふるわせる
年老いた詩人の霊は 寒がりの死人の霊の
悲しげな声音こわねとともに 雨樋あまどいの中をさまよう

陰気な音で鳴る大鐘ブルドン くすぶまき歌声ぱちぱち
お風邪を召した柱時計ちくたくの伴奏による超高音ファルセット
全身がむくんで死んだ婆さんが遺してくれた

たまらない匂いの染みたトランプの面子メンツの中に
スペードの女王陛下とハンサムなハートのジャック
今は亡き恋を悔やんで 物騒な会話を交わす

うつ:千歳だった場合よりも…(Spleen : J’ai plus de souvenirs…)*2

フランソワ・ブーシェ「ポンパドゥール夫人の肖像」。スコットランド国立美術館蔵。ブーシェの人気は死後凋落し、19世紀に入ると大作でさえ捨て値で売買されたという。ウィキメディア・コモンズより。

千歳だった場合よりも多くの思い出が わたくしにはある

引き出しにしまったものは数枚のバランスシート
韻文も恋の手紙も恋歌ロマンスも訴訟書類も
レシートにそっと包んだ艶やかな女の髪も
何もかも放り込まれた大型のキャビネットとて
わたくしの頭脳以上の秘めごとを隠していない
それは一つのピラミッド 一つの地下神殿で
一集落の共同墓地よりも多くの死者を収容している
――わたくしはお月様にも疎まれた一つの墓場
痛恨の化身のごとく 細長い虫が這いずり
今は亡き恋人たちを今もなお蝕んでいる
わたくしは干からびた薔薇の花びらだらけの寝室
流行遅れの服が山と積まれ
悲しげなパステル描きと色あせたブーシェの絵とが
気の抜けた香水瓶の残り香を ぼつねんと嗅ぐ

何よりも長々しきは既に蹉跎さだたるわが人生
春を待つ年また年の 降りつのる雪に埋もれて
倦怠アンニュイという名の果実 厭世の無味な果実は
神さびた不朽不滅の様相をまとうに到る
生きている一物質よ この日より お前はもはや
朦朧たるサハラ砂漠の奥深くまどろんでいる
謎めいた ただ一塊の花崗岩たるに過ぎない
軽薄な世には無視され 地図からも忘れ去られて
激越なその性分は 残照を浴びた時だけ
歌うたう前世の遺物 スフィンクスたるに過ぎない


ノートルダム大聖堂の火災後一年の節目に打ち鳴らされる、焼け残った南塔のブルドン「エマニュエル」。電気が使えないため、手動で鳴らされた。これらの鐘を電動で鳴らす装置の配線からの出火が火災の原因とする説もある。

*1:悪の華』初版59。原文はこちら

*2:悪の華』初版60。原文はこちら

(日本語訳)ボードレール「うつ(Spleen)」

オラース・ヴェルネ「鷹狩りを楽しむアルジェリアの貴婦人」。ウィキメディア・コモンズより。

うつ:雨天の国の王様に…(Spleen : Je suis comme le roi…)*1

フルール・ド・リス。ウィキメディア・コモンズより。

雨天の国の王様に 俺は似ている
金持ちだが無能ばかで 子どもだがうに老いぼれ
へりくだる家庭教師らを見下しており
犬にもほかのペットにもうんざりなのだ
獲物ジビエも 鷹も 露台前での
公開処刑も わくわくしない
今はもう好きな道化が歌うたう
グロテスク・バラードにすらときめかず
フルール・ド・リスの寝台は墓と化した
王という身分に弱い姫たちも
これ以上いかに淫美に着飾れば
この廃人が艶笑わらうのか とんとわからぬ
錬金の秘儀に通じた科学者も
惰弱だじゃく元素もとつすべがない
古代ローマの書に見える生き血の風呂*2
権力者らの回春の切り札なれど
体温は戻らなかった この死屍を流れるものは
血ではなく レテのみどりの水だから

うつ:大空は低く重たく…(Spleen : Quand le ciel bas et lourd…)*3

アッバース朝イスラム帝国の国旗。「ジョリー・ロジャー」などの海賊旗(黒地にドクロの旗)はこの黒旗に由来するという説がある。ウィキメディア・コモンズより。

大空は低く重たく 倦怠アンニュイを長くわずらう
精神の上にかかって 圧することふたのごとく
蒼穹のその円周を取り巻いた地平線から
夜よりももっと悲しい 暗黒の日をそそぐとき

大地とて様変わりして 陰湿な牢獄と化し
在りし日の「希望ゆめ」は内部を蝙蝠こうもりのごとく飛び交い
恐る恐るの羽ばたきで 壁をはたはた叩いたり
ぼろぼろの古天井ふるてんじょうで 頭を強打したりするとき

しとしとと降る雨脚の数知れぬ垂直線が
広大な囚人室の鉄柵の真似をして見せ
いまわしい蜘蛛ささがにどもの物言わぬ群れがこぞって
俺たちの頭脳の奥に 巣の網をめぐらせるとき

そんなとき 前触れもなく 数々の鐘が怒りに
躍り立ち 空に向かって恐ろしい叫びを上げる
眠るべき墓を持たない さすらいの亡霊たちが
死に切れず あきらめ切れず もう一度泣き出すように

そんなとき 霊柩馬車の行列が 太鼓の音も
歌もなく わが胸中を練り歩き 敗れた「希望ゆめ」は
すすり泣き おごり高ぶる「激痛」は 暴君らしく
うなだれたわがこうべの上に 真っ黒な戦勝旗を立てる

*1:悪の華』初版61。原文はこちら

*2:この「生き血の風呂」なる風習は『ロンドン・メディカル・ガゼット』誌第13号(1834年刊)にドクター・ヘッカーなる人物が寄せた記事によれば、「古代エジプト王家の風習として、大プリニウスに言及がある」ということで、『博物誌』をざっと当たってみましたが、残念ながら確認できませんでした。ただ『博物誌』第28巻第2章「人間に由来する治療法」の初めの方に「てんかん患者は剣闘士の生き血を飲んで活力に満たされ、本復する」という記述があり、こちらの英訳に附された注によれば「この療法はヨーロッパ中世においてもほそぼそと受け継がれ、ルイ十五世は若返りのために幼児の血で入浴したとして国民の批難を浴びた」そうです。日本語版ウィキペディアにも似たような記述があります(「国王は処女の血の風呂に浴している」云々)。

*3:悪の華』初版62。原文はこちら

(日本語訳)ボードレール「けだもの女とお嬢様(La Femme sauvage et la Petite-Maîtresse)」

ホイッスラー「白のシンフォニー第3番」。ウィキメディア・コモンズより。

「お嬢さん、実のところ、あなたは僕をつくづく疲れさせる。あなたの溜息のつき方ときたら、まるで60歳の落穂拾いのお婆さんか、酒場キャバレーの出入口で残飯をあさっている年老いた女乞食よりも深刻な悩みを抱えているかのようだ。
「もしその溜息が深い改悛の情から来ているのなら、あなたはそれで名を上げるかも知れない。だがあなたの場合、それはただ満ち足りた暮らしと閑暇の過剰とを示しているに過ぎない。のみならず、あなたは無意味なセリフを絶えずペラペラとまくし立てる。『私を愛して。私には愛が必要なの。優しく口説いて。強く抱きしめて』待った。僕はあなたを癒して差し上げたい。遠出せずとも、いちの立つ日に、2スーも支払えば、手立てが見つかるだろう。
「ほら、あの頑丈な鉄製の檻をごらんなさい。あの中でいきり立って、地獄の亡者のごとく吠え、密林を追われて憤慨しているオランウータンみたいに鉄格子を揺さぶっている、毛髪に覆われた一匹の怪物。時には虎そっくりに円を描き、時には白熊みたいによたよたしながら歩いているが、その姿は何となくあなたに似ていなくもない。
「この怪物こそ通常『可愛いお前モナージュ』と呼ばれているところの動物、すなわち妻だ。棍棒を手に、声を限りに叫んでいるもう一匹の怪物、あれが夫だ。彼はその正統なる配偶者を野獣のごとく鎖につなぎ、市日いちびの郊外で見世物にするのだが、当局の許可を得ていることは言うまでもない。
「よく見て。夫が投げ与える生きたうさぎや泣き叫ぶ家禽の類を、妻がどんなにガツガツとむさぼり食うか(おそらく演技ではない)。夫は『全部食うな、明日の分がなくなる』と言う。このように賢明なるお言葉とともに、彼は冷酷にもエサを取り上げるのだが、そのエサのだらりと垂れたはらわたは、なお一瞬、猛獣の、すなわち妻の、歯にぶら下がったままだ。
「そら、妻を大人しくさせるための夫の棍棒の一撃だ。なぜなら、妻は取り上げられたエサを、なおも未練たらしく睨みつけていたからだ。うーん、驚いたことに、あの棍棒はコメディの棍棒ではない。人工毛髪かつらの上からにもかかわらず、肉の鳴る音がしたよね。彼女は目をむき、より気取らない叫びを上げる。怒りに燃える彼女は、打たれた鉄のごとく、全身から火花を散らす。
「これぞ神の手に成る二作品、アダムとイヴとの末裔による結婚生活なるものの常態だ。あの女は人妻たる甘酸っぱいよろこびを知らぬわけではないとしても、不幸には違いない。もっと報われない、悲惨な不幸というものも存在する。だが彼女には、みずからが投げ込まれたこの世界において、女性が他の運命に値するとはどうしても信じられなかった。
「さて、お嬢さん、僕ら二人についてだが、このようにありふれた地獄を見物した後で、ご自分の柔肌と同じほど柔らかい布団の上でしか眠らないあなた、火の通った肉しか食べない、それも腕のいい使用人が心して小分けにした肉しか食べないあなたは、あなたのその優しい地獄について、僕にどう考えろというのだろう。
「そうして頑健なるコケットよ、そのかぐわしい胸をふくらますもろもろの溜息や、本で覚えたもろもろの思わせぶりや、見る者の心に同情とは正反対の感情を呼びさますその不屈不撓のうつ症状メランコリーが、僕にとって何の意味があるというのか。実際、僕は時として、あなたに真の不幸というものを思い知らせてやりたくなるのだ。
「あなたがこのように、繊細なる美少女よ、足をぬかるみに突っ込んだまま、あたかも王子様を探しているかのごとく、ぼんやりと空を見上げている姿を目にしたら、人はおそらく非現実リデアルを追い求める幼い蛙と呼ぶことだろう。もし根太ねだ(僕)を馬鹿にして恥じないなら、あなたを欲しいままに噛み砕き、呑み下し、亡き者とするあの鶴に用心なさい。*1
「僕は詩人だが、あなたが思っているほどボンクラではない。もしあなたがそのもったいないお涙で僕をあまりにもしばしば疲弊させるなら、僕はあなたをあのけだもの女なみに扱おう。さもなくば、気の抜けた香水瓶のように、窓から捨ててしまおう」

*『小散文詩集(パリの憂鬱)』11。原文はこちら

 

 

(日本語訳)ボードレール「この世の外ならどこへでも(Anywhere Out of the World​ )」

フランツ・ディデリック・ボエ(Frants Diderik Bøe)「白夜の海鳥」。ウィキメディア・コモンズより。

人生は一つの病院で、全患者が病床を交換することばかり考えている。暖炉の前で苦しみたいと願う者もいれば、窓辺で治るはずだと信ずる者もいる。
俺も自分が不在の場所でこそ、常に元気でいられるような気がする。引っ越しは、俺がわが魂と絶えず議論を交わしている一つの問題である。
「教えておくれ、俺の凍えた魂よ。リスボンに移り住んではどうだろう。あそこは温暖に違いないから、お前も蜥蜴とかげみたいに回復することだろう。あの街は水辺にある。聞いた話では、それは大理石で建てられた街で、住民はあらゆる樹木を引っこ抜くほど植物が嫌いなのだそうだ。お前の好みにぴったりの風景がある。光と、鉱物ミネラルと、それが映る液体とでできた風景だ」
わが魂は答えない。
「動くものを眺めながら、じっとしているのが好きなお前は、人を幸せにするあの国、オランダに行って暮らしたくないか。お前は美術館でよくオランダの絵を観て喜んでいたから、あそこへ行けばおそらく気が晴れるだろう。ロッテルダムはどうだ。お前の大好きな帆柱マストの森や、家並みの土台に繋がれた船の数々が見られる」
わが魂は黙ったままだ。
バタヴィアの方がもっとお前に微笑んでいるかも知れず、そこではヨーロッパの才気エスプリと熱帯の美とが仲睦まじく暮らしている」
沈黙。わが魂は死んだのかしら。
「お前の無感動は限界ポイントに達して、とうとう苦痛以外の楽しみがなくなってしまったのか。それではの国に似た国々へと逃げ出そう。あわれな魂よ、この俺が万事引き受けた。荷物をまとめてトルニオへと旅立とう。いや、もっと遠く、バルト海の果てまで行こう。いやいや、もっと遠く、できるなら、もっと命の気配のしない彼方まで。俺たちは北極をつい棲家すみかとしよう。そこでは太陽は大地を斜めにかすめるのみで、明暗の緩慢なる交代が多彩を抑制し、虚無の半身であるところの単調を増大させる。そこで俺たちは暗闇に長々とひたることができる。時として北極光は、俺たちを喜ばせようと、地獄の業火の反映のごとく、薔薇色の光の雨を降らせてくれることだろう」
わが魂が遂に口を利き、悟り澄まして叫ぶには「かまわないわよ、どこだって、この世の外でさえあれば」

*『小散文詩集(パリの憂鬱)』48。原文はこちら。タイトルについてはトマス・フッド「溜息橋」参照。

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