魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

再読・伊東眞夏『ざわめく竹の森』其の四

勧修寺宸殿。ウィキメディア・コモンズより。 ⑥光秀、坂本城に帰還する(五月二十四日) ⑦光秀、山科で近衛前久と勧修寺尹豊に会う(五月二十五日) ⑥光秀、坂本城に帰還する(五月二十四日) 朝廷の動向が気に掛かり、心落ち着かない光秀は、長男の光慶(通…

再読・伊東眞夏『ざわめく竹の森』其の参

吉田兼見(兼和)像。國學院大學図書館所蔵。ウィキメディア・コモンズより。 ④光秀、密かに吉田兼和の屋敷を訪問する ⑤兼和、光秀の依頼を受ける。 ④光秀、密かに吉田兼和の屋敷を訪問する 光秀は予定通り、吉田兼和(かねかず)の屋敷に到着します。家人に…

再読・伊東眞夏『ざわめく竹の森』其の弐

大英博物館に展示された江戸時代のからくり人形。「茶坊主」ってこんな姿をしていたんでしょうか。ウィキメディア・コモンズより。 ③光秀、饗応役を外される。 ④坂本への帰還 ③光秀、饗応役を外される。 茶坊主に取り次ぎを頼んだのは、光秀の賄(まかな)い…

再読・伊東眞夏『ざわめく竹の森』其の壱

摠見寺(滋賀県近江八幡市安土町)の二王門。国の重要文化財に指定されている。ウィキメディア・コモンズより。 表題の作品につきまして、一天一笑さんから再度紹介記事をいただきましたので掲載します。一天一笑さん、いつもありがとうございます。なお前回…

眠り姫

エドヴァルド・ムンク作『愛と痛み』 。ウィキメディア・コモンズより。 これはあるOLさんから聞いた話です。仮にA子さんとしておきます。A子さんには昔、B子さんという悪友がいた。悪友と言うわけは、友だちとして付き合っていた十代後半から二十代初…

吉川永青『毒牙・義昭と光秀』其の十六(最終回)

歌川豊宣(とよのぶ)画「羽柴筑前守秀吉と黒田勘兵衛尉孝高」。明治16年(1883年)出版。ウィキメディア・コモンズより。 一天一笑さんによる吉川永青(ながはる)の歴史小説『毒牙・義昭と光秀』の紹介記事、第十六回目となります。一天一笑さん、どうかよ…

吉川永青『毒牙・義昭と光秀』(其の十五)

耳川(宮崎県美郷町西郷区田代)。「耳川の戦い」(1578年)では、足利義昭の内書に大義名分を得た島津義久が、南下してきた大友宗麟軍を撃退し、九州統一のチャンスをつかみました。ウィキメディア・コモンズより。 一天一笑さんによる吉川永青(ながはる)…

吉川永青『毒牙・義昭と光秀』(其の十四)

月岡芳年作「 月下の斥候・斎藤利三」。山崎の合戦の直前、偵察を行なっているところを描いたものだそうです。元画像はこちら。 一天一笑さんによる吉川永青(ながはる)の歴史小説『毒牙・義昭と光秀』の紹介記事、第十四回目となります。一天一笑さん、ど…

ボードレール「イカロスの嘆き」他四篇

ベアトリーチェ(La Béatrice)*1 イカロスの嘆き(Les Plaintes d'un Icare)*2 悲しくてさすらいの(Moesta et errabunda)*3 顔の約束(Les Promesses d'un visage)*4 吸血鬼(Le Vampire)*5 ベアトリーチェ(La Béatrice)*1 D. G. ロセッティ作「ベア…

吉川永青『毒牙・義昭と光秀』(其の十三)

関ケ原の戦いで西軍から東軍に寝返り、大坂の陣でも活躍した脇坂安元の肖像。軍配を持ち、床几に腰かけている。ウィキメディア・コモンズより。 一天一笑さんによる吉川永青(ながはる)の歴史小説『毒牙・義昭と光秀』の紹介記事、第十三回目となります。一…

『悪の華』の邦訳

以下の記事は、今から10年以上前に書いた記事に、少し引用文を付け足したものであることを、先にお断りしておきます(2020年5月)。 さっき近所の紀伊国屋に行って、『悪の華』の邦訳が無いか探してみましたが、昔ながらの堀口大学訳(新潮文庫)と鈴木信太…

吉川永青『毒牙・義昭と光秀』(其の十二)

現在の恵林寺三門。右の柱に「安禅不必須山水」、左の柱に「滅却心頭火自涼」の偈(げ)が記されている。ウィキメディア・コモンズより。 一天一笑さんによる吉川永青(ながはる)の歴史小説『毒牙・義昭と光秀』の紹介記事、第十二回目となります。一天一笑…

ボードレールの「レスボス」

ボードレールの「レスボス」について 「レスボス(Lesbos)」*1 ボードレールの「レスボス」について ジャン=バプティスト・ルニョー作「眠れるヴィーナス」。ウィキメディア・コモンズより。 ボードレールは女子同性愛をもっぱら審美的観点から、純粋に美…

吉川永青『毒牙・義昭と光秀』(其の十一)

姫ヶ淵慰霊碑。自刃した北条夫人と、その後を追って淵に身を投げた16名の侍女たちの慰霊碑。山梨県甲州市大和町、景徳院駐車場奥。ウィキメディア・コモンズより。 一天一笑さんによる吉川永青(ながはる)の歴史小説『毒牙・義昭と光秀』の紹介記事、第十一…

吉川永青『毒牙・義昭と光秀』(其の十)

三木城主・別所長治と照子夫人の首塚。兵庫県三木市上ノ丸、雲龍寺内。ウィキメディア・コモンズより。 一天一笑さんによる吉川永青(ながはる)の歴史小説『毒牙・義昭と光秀』の紹介記事、第十回目となります。一天一笑さん、どうかよろしくお願いいたしま…

エドガー・アラン・ポー原作「アッシャー家の崩壊(The Fall of the House of Usher)」

「ライジーア」と「アッシャー家の崩壊」はラブストーリーだ。――D. H. ローレンス

吉川永青『毒牙・義昭と光秀』(其の九)

幸盛寺(こうせいじ)(鳥取県鳥取市鹿野町)にある山中鹿之助の墓。ウィキメディア・コモンズより。 一天一笑さんによる吉川永青(ながはる)の歴史小説『毒牙・義昭と光秀』の紹介記事、第九回目となります。一天一笑さん、どうかよろしくお願いいたします…

吉川永青『毒牙・義昭と光秀』(其の八)

興国寺本堂(和歌山県日高郡由良町)。ウィキメディア・コモンズより。 一天一笑さんによる吉川永青(ながはる)の歴史小説『毒牙・義昭と光秀』の紹介記事、第八回目となります。一天一笑さん、どうかよろしくお願いいたします。 義昭の帰京と光秀の懊悩 1…

エドガー・アラン・ポー「ライジーア(Ligeia)」

「ライジーア」。 Abigail Larsonさんがdeviantart.comに投稿した画像。元画像はこちら。 「夏休み特別企画」などと称して、前のブログにポーの「エレオノーラ」を訳載したのは、確かリーマン・ショック後の大不況の頃だったかと記憶します。「エレオノーラ…

吉川永青『毒牙・義昭と光秀』(其の七)

「槇島(まきしま)城記念碑」。槇島公園(京都府宇治市槇島町)内。ウィキメディア・コモンズより。 一天一笑さんによる吉川永青(ながはる)の歴史小説『毒牙・義昭と光秀』の紹介記事、第七回目となります。一天一笑さん、どうかよろしくお願いいたします…

吉川永青『毒牙・義昭と光秀』(其の六)

「三方原古戦場」の碑(静岡県浜松市北区根洗町、三方原墓園駐車場敷地内)。1984(昭和59)年建立。ウィキメディア・コモンズより。 一天一笑さんによる吉川永青(ながはる)の歴史小説『毒牙・義昭と光秀』の紹介記事、第六回目となります。一天一笑さん、…

吉川永青『毒牙・義昭と光秀』(其の五)

現在の勝竜寺公園の模擬櫓と虎口跡。ウィキメディア・コモンズより。 一天一笑さんによる吉川永青(ながはる)の歴史小説『毒牙・義昭と光秀』の紹介記事、第五回目となります。一天一笑さん、どうかよろしくお願いいたします。 光秀、織田家専属となる。 京…

吉川永青『毒牙・義昭と光秀』(其の四)

「宇佐山城主・森可成公之墓(蘭丸の父)」。滋賀県大津市比叡辻、聖衆来迎寺内。ウィキメディア・コモンズより。 一天一笑さんによる吉川永青(ながはる)の歴史小説『毒牙・義昭と光秀』の紹介記事、第四回目となります。一天一笑さん、どうかよろしくお願…

吉川永青『毒牙・義昭と光秀』(其の参)

琵琶湖へと注ぐ姉川の河口。2006年撮影。ウィキメディア・コモンズより。 一天一笑さんによる吉川永青(ながはる)の歴史小説『毒牙・義昭と光秀』の紹介記事、第三回目となります。一天一笑さん、どうかよろしくお願いいたします。 金ヶ崎の退き陣 姉川の戦…

吉川永青『毒牙・義昭と光秀』(其の弐)

現在平安女学院大学敷地内にある旧二条城(二条新御所)跡。こだわりの旅の達人が集うサイト「ツアーマスター」より。 一天一笑さんによる吉川永青(ながはる)の歴史小説『毒牙・義昭と光秀』の紹介記事、第二回目となります。一天一笑さん、どうかよろしく…

吉川永青『毒牙・義昭と光秀』(其の壱)

表題の作品につきまして、一天一笑さんから紹介記事をいただきましたので掲載します。一天一笑さん、いつもありがとうございます。 はじめに 足利義昭・その人となり 光秀との出会い 信長との対面 本圀寺の変 はじめに 吉川永青『毒牙・義昭と光秀』(角川書…

葉室麟『墨龍賦』其之八(最終回)

宮本武蔵筆「枯木鳴鵙図」。和泉市久保惣記念美術館にて、例年五月の連休頃に公開されているとのこと。 一天一笑さんによる葉室麟(はむろ りん)の歴史小説『墨龍賦(ぼくりゅうふ)』の紹介記事、第八回目となります。一天一笑さん、どうかよろしくお願い…

葉室麟『墨龍賦』其之七

建仁寺禅居庵。ウィキメディア・コモンズより。 一天一笑さんによる葉室麟(はむろ りん)の歴史小説『墨龍賦(ぼくりゅうふ)』の紹介記事、第七回目となります。一天一笑さん、どうかよろしくお願いいたします。 春日局は語る⑯安国寺恵瓊に引導を渡す 春日…

葉室麟『墨龍賦』其之六

建仁寺の方丈と、本坊へと通じる大玄関。この方丈(重要文化財)はもともと建仁寺のものではなく、恵瓊が再建に当たった際、広島の安国寺から移築されたもの。当時は海北友松筆の水墨障壁画があったが、現在は襖から掛軸に改装され、京都国立博物館に寄託さ…

葉室麟『墨龍賦』其之五

狩野永徳筆「唐獅子図屏風」。ウィキメディア・コモンズより。 一天一笑さんによる葉室麟(はむろ りん)の歴史小説『墨龍賦(ぼくりゅうふ)』の紹介記事、第五回目となります。一天一笑さん、どうかよろしくお願いいたします。 春日局は語る⑪狩野永徳と袂…