魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

風野真知雄『密室本能寺の変』(その十)

薙刀(なぎなた)を振るって戦う巴御前。楊洲周延(ちかのぶ)による木版画。ウィキメディア・コモンズより。 御殿の有様 本能寺炎上 光秀の尋問 御殿の有様 弥助が鉞(まさかり)を二十回ほど振り降ろした頃か、三寸くらい扉が削られ、閂(かんぬき)が見え…

(日本語訳)エドガー・アラン・ポー「メッツェンガーシュタイン(Metzengerstein)」

エドガー・アラン・ポーの短編小説「メッツェンガーシュタイン(Metzengerstein)」の日本語訳。グリスウォルド編『エドガー・アラン・ポー最新作品集』(1850年)のヴァージョンに拠る。

風野真知雄『密室本能寺の変』(その九)

久遠の像(新宿中央公園)。蓑を借りようと立ち寄った太田道灌と、貸さなかった農家の娘との大変美しい故事に因んだもの。ウィキメディア・コモンズより。 蘭丸たちの応戦 光秀 蘭丸 再び光秀 蘭丸たちの応戦 近習たちが御殿前に集合したが、誰一人として鎧…

風野真知雄『密室本能寺の変』(その八)

『大江山絵巻』。酒呑童子に関する最古の典籍とされる。ウィキメディア・コモンズより。 光秀、老いの坂を下る。 要塞化された本能寺中心部 天正十年六月二日朝 光秀、突入。 光秀、老いの坂を下る。 老いの坂(京都と亀山城の中間地点)の峠を下った所で、…

風野真知雄『密室本能寺の変』(その七)

ゲンジボタルの群れの発光。山口県下関市にて。ウィキメディア・コモンズより。 島井宗室との密談 光秀、亀山城を出立する。 再び御堂:碁の対局が始まる。 島井宗室との密談 信長は御堂の囲炉裏に戻り、島井宗室と話を始めた。茶頭の長谷川宗仁もすでに帰っ…

風野真知雄『密室本能寺の変』(その六)

京都市勧業館にあった法勝寺の復元模型。中央に見えるのは高さ約81メートルあったとされる八角九重塔。ウィキメディア・コモンズより。 スナイパーあらわる 再び丹波・亀山城 再び本能寺:宴の終わり スナイパーあらわる 蘭丸は御殿を出て回廊に立った。「雨…

(無修正版)エドガー・アラン・ポー「ベレニス(Berenice)」

エドガー・アラン・ポーの短編小説「ベレニス(Berenice)」の日本語訳。1835年に雑誌発表されたヴァージョンに拠る。

風野真知雄『密室本能寺の変』(その五)

牧谿(もっけい)筆『観音猿鶴図』(国宝、大徳寺蔵、三幅対)のうちの一幅、「白衣観音像」。ウィキメディア・コモンズより。 宴 丹波・亀山城 宴 「世に二つとない名物茶器が、信長公の手元に揃っているとの噂ですが」近衛前久が調子のいい口調で言った。…

風野真知雄『密室本能寺の変』(その四)

様々な手裏剣。甲賀市忍びの里プララにて。ウィキメディア・コモンズより。 曲者 宴の始まり 曲者 信長が長谷川宗仁に代わって茶を点て始めたとき、黒人小姓の弥助が蘭丸を呼んだ。弥助は、信長が宣教師から貰い受けた身長百九十センチを超える大男で、相撲…

風野真知雄『密室本能寺の変』(その三)

笏を持つ神職。2006年5月、鴨川のほとりにて。ウィキメディア・コモンズより。 六月一日:茶会前、公家達の様子 蘭丸、茶会の警備をする。 六月一日:茶会前、公家達の様子 公家達は、信長の機嫌がそれ程悪くなさそうだと見て、安堵した。「こちらこそ、大勢…

風野真知雄『密室本能寺の変』(その二)

二条昭実像(部分)。17世紀。ウィキメディア・コモンズより。 天正十年六月一日 天正十年六月一日 朝から絹糸のような雨が降り続いていたが、小石を敷き詰めた本能寺の境内には水溜りは出来なかった。蘭丸は急いで朝食を済ませ、信長に朝の挨拶をするとすぐ…

『D. G. ロセッティ作品集』(岩波文庫)

D. G. ロセッティ「自画像(1847年)」。wikiart.orgより。 訳詩家としてのD. G. ロセッティ 「ヘレン姉さま」と「ジェニー」 訳詩家としてのD. G. ロセッティ この本、図書館で借りて、通勤電車の中で読み飛ばし、得るところ多かったので少しまとめておこう…

風野真知雄『密室本能寺の変』(その一)

岐阜県可児市兼山の可成寺にある森蘭丸・坊丸・力丸の墓。ウィキメディア・コモンズより。 表題の作品につきまして、一天一笑さんから紹介記事をいただきましたので掲載します。どうかよろしくお願いいたします。 はじめに 天正十年(1582年)五月三十日:本…

(日本語訳)エドガー・アラン・ポー「眠る女(The Sleeper)」

エドガー・アラン・ポーの抒情詩「眠る女(The Sleeper)」の日本語訳。

再読・伊東眞夏『ざわめく竹の森』其の三十一(最終回)

園城寺おんじょうじ(三井寺)の金堂(国宝)。ウィキメディア・コモンズより。 六月十四日~六月十五日:秀吉、光秀の首を探索する。 六月十五日:秀吉、園城寺に進駐する。 後記 六月十四日~六月十五日:秀吉、光秀の首を探索する。 十四日の朝、秀吉軍は…

再読・伊東眞夏『ざわめく竹の森』其の三十

伝説に基づき再現された鵺ぬえの像(兵庫県西脇市・長明寺)。ウィキメディア・コモンズより。 六月十三日:勧修寺尹豊と溝尾の会見 勧修寺尹豊の人物像 六月十三日:勧修寺尹豊と溝尾の会見 「お待ちください。すぐに主人に取り次ぎますので」廊下が急に騒…

再読・伊東眞夏『ざわめく竹の森』其の二十九

網代笠を被る托鉢僧。ウィキメディア・コモンズより。 六月十三日:小栗栖の光秀主従 光秀死す 六月十三日:小栗栖の光秀主従 光秀(前に一人、後ろに二人の供を連れている)は、雨の匂いのする重い風の中を駆けた。皆羽織袴を着用して、網代笠を被っていた…

クリスティナ・ロセッティ「死のよろこび (Sweet Death)」他四篇

「とわに帰らぬ(Gone Forever)」「ただ一つ確実なこと(One Certainty)」「忘れないで(Remember)」「安息(Rest)」「死のよろこび (Sweet Death)」の日本語訳。

再読・伊東眞夏『ざわめく竹の森』其の二十八

勝竜寺城の推定城郭部分。国土交通省の国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成。ウィキメディア・コモンズより。 ㊼六月十三日:親王たちの変節 ㊽光秀は勧修寺尹豊を憎む。 ㊾六月十三日:勧修寺 ㊼六月十三日:親王たちの変節 しかし、内裏の事情は複雑…

再読・伊東眞夏『ざわめく竹の森』其の二十七

「明智藪」の石碑(京都府京都市伏見区小栗栖小阪町本経寺寺領内)の奥にある案内板。矢印が藪の奥を指している。2016年1月撮影。www.travel.co.jpより。 ㊺六月十三日:山崎 ㊻伊東眞夏は推理する。光秀の策謀。 ㊺六月十三日:山崎 緊張を孕んで夜が明けた…

再読・伊東眞夏『ざわめく竹の森』其の二十六

円明寺川(現小泉川)は桂川へと注ぎ込んでいる細い川で、上の写真でいうと、右手に明智勢、左手に羽柴勢が陣取って対峙した。4travel.jpより。 ㊸六月十二日:対峙 ㊹六月十二日:並河隊の発砲 ㊸六月十二日:対峙 結局のところ、明智軍が下鳥羽の陣を払い…

「魔女狩り」他四篇

男性はすべて有罪

クリスティナ・ロセッティ『シング・ソング(Sing-Song)』より

私の目は青いのよ

再読・伊東眞夏『ざわめく竹の森』其の二十五

「長篠合戦のぼりまつり」の様子。ウィキメディア・コモンズより。 ㊵六月十一日:富田 ㊶六月十二日:下鳥羽 ㊷六月十二日:山崎 ㊵六月十一日:富田 一方、光秀がすばやく陣払いをした報せを聞いた秀吉は、軽い失望を覚えたものの、落胆はしなかった。勿論…

再読・伊東眞夏『ざわめく竹の森』其の二十四

郡山城(奈良県大和郡山市)は桜の名所でもある。ウィキメディア・コモンズより。 ㊳著者伊東眞夏の細川藤孝人物評 ㊴六月十一日:洞ヶ峠 ㊳著者伊東眞夏の細川藤孝人物評 ここで著者伊東眞夏による細川幽斎の人物評を繙ひもといてみよう。細川藤孝(幽斎)…

再読・伊東眞夏『ざわめく竹の森』其の二十三

宮津城の大手門と二の丸の塀。明治初期に撮影。ウィキメディア・コモンズより。 ㊱六月十日:丹後国・宮津城 ㊲細川幽斎の決断 ㊱六月十日:丹後国・宮津城 出家したばかりの細川幽斎は慣れない坊主頭を無意識に撫でながら、届いたばかりの光秀の書状を読み…

再読・伊東眞夏『ざわめく竹の森』其の二十二

プラザデラオ比日友好公園(マニラ)の高山右近像と記念碑。ウィキメディア・コモンズより。 ㉞光秀、御所にて任命式を済ませる。 ㉟光秀、妙心寺に帰還する。 ㉞光秀、御所にて任命式を済ませる。 「殿・・・殿・・・」遠くで声がする。どうやら自分は仰向…

再読・伊東眞夏『ざわめく竹の森』其の二十一

平成天皇の即位の礼の際、皇后陛下が着席された御帳台。ウィキメディア・コモンズより。 ㉜六月九日:光秀のタイム・トリップ(1) ㉝六月九日:光秀のタイム・トリップ(2) ㉜六月九日:光秀のタイム・トリップ(1) 光秀が玄関に向かおうとすると、「…

(日本語訳)エドガー・アラン・ポー「楕円形の肖像画(The Oval Portrait)」

エドガー・アラン・ポーの短編小説「楕円形の肖像画(The Oval Portrait)」の日本語訳。

再読・伊東眞夏『ざわめく竹の森』其の二十

国宝・曜変天目茶碗。藤田美術館蔵。ウィキメディア・コモンズより。 ㉚六月八日:坂本城 ㉛六月九日:京都 ㉚六月八日:坂本城 坂本城に帰還した光秀は、ここ2~3日の迷走状態を振り返った。どこで自分は釦ボタンを掛け違えたのだろうか。信長弑逆は世間…