魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

再読・伊東眞夏『ざわめく竹の森』其の二十七

「明智藪」の石碑(京都府京都市伏見区小栗栖小阪町本経寺寺領内)の奥にある案内板。矢印が藪の奥を指している。2016年1月撮影。www.travel.co.jpより。 ㊺六月十三日:山崎 ㊻伊東眞夏は推理する。光秀の策謀。 ㊺六月十三日:山崎 緊張を孕んで夜が明けた…

再読・伊東眞夏『ざわめく竹の森』其の二十六

円明寺川(現小泉川)は桂川へと注ぎ込んでいる細い川で、上の写真でいうと、右手に明智勢、左手に羽柴勢が陣取って対峙した。4travel.jpより。 ㊸六月十二日:対峙 ㊹六月十二日:並河隊の発砲 ㊸六月十二日:対峙 結局のところ、明智軍が下鳥羽の陣を払い…

「魔女狩り」他四篇

男性はすべて有罪

クリスティナ・ロセッティ『シング・ソング(Sing-Song)』より

私の目は青いのよ

再読・伊東眞夏『ざわめく竹の森』其の二十五

「長篠合戦のぼりまつり」の様子。ウィキメディア・コモンズより。 ㊵六月十一日:富田 ㊶六月十二日:下鳥羽 ㊷六月十二日:山崎 ㊵六月十一日:富田 一方、光秀がすばやく陣払いをした報せを聞いた秀吉は、軽い失望を覚えたものの、落胆はしなかった。勿論…

再読・伊東眞夏『ざわめく竹の森』其の二十四

郡山城(奈良県大和郡山市)は桜の名所でもある。ウィキメディア・コモンズより。 ㊳著者伊東眞夏の細川藤孝人物評 ㊴六月十一日:洞ヶ峠 ㊳著者伊東眞夏の細川藤孝人物評 ここで著者伊東眞夏による細川幽斎の人物評を繙ひもといてみよう。細川藤孝(幽斎)…

再読・伊東眞夏『ざわめく竹の森』其の二十三

宮津城の大手門と二の丸の塀。明治初期に撮影。ウィキメディア・コモンズより。 ㊱六月十日:丹後国・宮津城 ㊲細川幽斎の決断 ㊱六月十日:丹後国・宮津城 出家したばかりの細川幽斎は慣れない坊主頭を無意識に撫でながら、届いたばかりの光秀の書状を読み…

再読・伊東眞夏『ざわめく竹の森』其の二十二

プラザデラオ比日友好公園(マニラ)の高山右近像と記念碑。ウィキメディア・コモンズより。 ㉞光秀、御所にて任命式を済ませる。 ㉟光秀、妙心寺に帰還する。 ㉞光秀、御所にて任命式を済ませる。 「殿・・・殿・・・」遠くで声がする。どうやら自分は仰向…

再読・伊東眞夏『ざわめく竹の森』其の二十一

平成天皇の即位の礼の際、皇后陛下が着席された御帳台。ウィキメディア・コモンズより。 ㉜六月九日:光秀のタイム・トリップ(1) ㉝六月九日:光秀のタイム・トリップ(2) ㉜六月九日:光秀のタイム・トリップ(1) 光秀が玄関に向かおうとすると、「…

(日本語訳)エドガー・アラン・ポー「楕円形の肖像画(The Oval Portrait)」

「生きているとしか思えない」と彼は叫んだ。

再読・伊東眞夏『ざわめく竹の森』其の二十

国宝・曜変天目茶碗。藤田美術館蔵。ウィキメディア・コモンズより。 ㉚六月八日:坂本城 ㉛六月九日:京都 ㉚六月八日:坂本城 坂本城に帰還した光秀は、ここ2~3日の迷走状態を振り返った。どこで自分は釦ボタンを掛け違えたのだろうか。信長弑逆は世間…

再読・伊東眞夏『ざわめく竹の森』其の十九

姫路城天守。ウィキメディア・コモンズより。 ㉘六月七日:秀吉軍、中国路を駆け抜ける。 ㉙六月七日:吉田兼和の来た夜に、信長の魂を感じる。 ㉘六月七日:秀吉軍、中国路を駆け抜ける。 羽柴秀吉麾下きか、軍の体ていを成していない兵士たちは、ひたすら…

頭痛持ちの歌――日夏耿之介の「青面美童」

その夜の空は 星をちりばめ 濛々と香霧を降らし 草木うれしみ夜気を吐くのに…

再読・伊東眞夏『ざわめく竹の森』其の十八

摠見寺(そうけんじ)(滋賀県近江八幡市安土町下豊浦の安土城跡に建っている)の三重塔あたりから見た「西(にし)の湖(こ)」。ウィキメディア・コモンズより。 ㉖六月五日:安土城 ㉗六月六日:安土城 ㉖六月五日:安土城 光秀は城に上がると、躊躇(た…

再読・伊東眞夏『ざわめく竹の森』其の十七

清水宗治公首塚(岡山県岡山市)。ウィキメディア・コモンズより。 ㉔六月三日・四日:備中高松城 ㉕六月五日:安土城 ㉔六月三日・四日:備中高松城 人口湖の上に浮かぶ高松城では、城主・清水宗治を中心に、白熱した総員参加の軍議が開かれていた。廊下や…

「内気なむすめ」他五篇

あふれよ さらば満たされん

再読・伊東眞夏『ざわめく竹の森』其の十六

関ヶ原古戦場。ウィキメディア・コモンズより。 ㉓六月三日:坂本城 翌朝、目覚めた光秀は、ここは何処だろうと思った。更に、自分はどうしてここにいるのだろう、戦に行かなければならないのに、と嫌な胸騒ぎがした。寝起きの良い光秀にしては珍しいことだ…

(抄訳)テニスン(Alfred, Lord Tennyson)「ランスロットとエレイン(Lancelot and Elaine)」

「私は気が狂ってしまいました。あなたが好きです。殺して下さい」

再読・伊東眞夏『ざわめく竹の森』其の十五

歌川国芳「赤松(高松)之城水責之図」。ウィキメディア・コモンズより。 ㉒六月三日 主人信長の命令で、中国戦線に投入された秀吉は、六月二日の時点で、何処で何をしていたのだろうか。天然の要害、高松城を攻めあぐんでいた。小高い山脈を背にして、城の…

再読・伊東眞夏『ざわめく竹の森』其の十四

広重が描いた瀬田大橋。ウィキメディア・コモンズより。 ⑳六月二日:瀬田橋炎上 ㉑六月二日夕刻:安土城下 ⑳六月二日:瀬田橋炎上 ここで著者の伊藤眞夏は、史書の「風の吹くように」という文言に注目している。“烽火(のろし)”を使用したのではないかと推…

ケイト・ブッシュ(Kate Bush)『ドリーミング(The Dreaming)』の歌詞和訳

ケイト・ブッシュ(当時24歳)悲願の単独プロデュースによる会心作。1982年9月リリース。

霧島兵庫『静かなる太陽』(2)

オーストラリア出身のジャーナリスト、ジョージ・モリソン(George Morrison, 1862 - 1920)。イギリスの画家フレデリック・ホワイティング(Frederic Whiting, 1874 – 1962)の手になる肖像画。ウィキメディア・コモンズより。 一天一笑さんによる霧島兵庫…

霧島兵庫『静かなる太陽』(1)

「陸軍砲兵中佐柴五郎氏」。ウィキメディア・コモンズより。 表題の作品につきまして、一天一笑さんから紹介記事をいただきましたので掲載します。一天一笑さん、いつもありがとうございます。 はじめに 柴中佐、北京に着任する。 はじめに 霧島兵庫『静かな…

再読・伊東眞夏『ざわめく竹の森』其の十三

落合芳幾画「平蜘蛛を割る松永久秀」。この姿は人間ではありませんね。ウィキメディア・コモンズより。 ⑲六月二日:妙心寺 妙心寺に到着した光秀は、静かに信長公遺体発見の知らせを待った。信長の遺体と首級が無ければ、光秀は反逆者と認定される。何が何で…

「岬」ほか四篇

青い海のかなたに白い詩のような船が咲いても

再読・伊東眞夏『ざわめく竹の森』其の十二

現在の妙覚寺。ウィキメディア・コモンズより。 ⑲六月二日午前九時頃:中将信忠 本能寺と同じように、周りに堀をめぐらし、小さな城郭のような構えを持つ妙覚寺に宿泊していた信忠に、本能寺の変の報せが届いた。信忠は自ら先頭に立ち、父信長の救出を試みた…

リェーナ・カーチナ「t.A.T.u.は時代を超えたプロジェクト」(「リェーナ・カーチナ vs. t.A.T.u.」番外編)

2020年8月、彼女は今ツアー再開を待っています。

再読・伊東眞夏『ざわめく竹の森』其の十一

揚斎延一・延重作『本能寺焼き討ちの図』(1894年)。手前は安田国継を迎え撃つ森蘭丸。奥に信長自刃の様子が障子に映る。ウィキメディア・コモンズより。 ⑱南蛮寺:六月二日午前六時~ ⑱南蛮寺:六月二日午前六時~ 佐与が南蛮寺に駆け込んだ頃から時間が遡…

リェーナ・カーチナ vs. t.A.T.u.「Mステドタキャン」篇

18歳の時、私は初めて日本を訪れました。私は大きなショックを受けました。

リェーナ・カーチナ vs. t.A.T.u.「t.A.T.u. vs. ユーロビジョン」篇

人気ユーチューバー「ポピー(Poppy) 」ことモライア・ローズ・ペレイラ(Moriah Rose Pereira)さんによる「 オール・ザ・シングス・シー・セッド」のカバー。下はライブ映像ですが、このカバーの公式版とおぼしき動画には以下のようなコメントが添えられ…