魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

『一人の女が私の前に現れた』(ルネ・ヴィヴィアン)

19世紀末のパリで活躍したオープン・レズビアンの詩人ルネ・ヴィヴィアンの自伝的ファンタジー小説『一人の女が私の前に現れた』の日本語訳。本邦初訳かも。

ルネ・ヴィヴィアン『一人の女が私の前に現われた』へのイントロダクション――ゲイル・ルービン(3)

パリはマレ地区のタンプル通りとオードリエット通りの交差点にある「ルネ・ヴィヴィアン広場(La place Renée-Vivien)」。2007年命名。ウィキメディア・コモンズより。 「…頭上に冠をいただいた 他の九柱のミューズたちが、アポロの周りにたたずんで、 苦悩…

ルネ・ヴィヴィアン『一人の女が私の前に現われた』へのイントロダクション――ゲイル・ルービン(2)

1907年1月、ムーランルージュで「エジプトの夢」と題した無言劇を演じるコレット(左)と、当時コレットと愛人関係にあり、この舞台での共演者であり、この芝居の作者でもある「男装の麗人」ベルブーフ侯爵夫人マチルド「ミッシー」ド・モルニー。ちなみに私…

ルネ・ヴィヴィアン『一人の女が私の前に現われた』へのイントロダクション ――ゲイル・ルービン(1)

2012年6月、サンフランシスコのGLBT歴史博物館で講演するゲイル・ルービン。ウィキメディア・コモンズより。 こちらの記事にも少し書きましたが、ルネ・ヴィヴィアンの『一人の女が私の前に現れた』の英訳本('A Woman Appeared to me' 1976)の冒頭に、文化…

ルネ・ヴィヴィアン作『一人の女が私の前に現れた』第22章(最終章)

煙草の花々は、そのまどろみの香りによって、蒼ざめた夜気の痛みをやわらげていた。その危険なけだるさに満ちた吐息は、悪しき妄想をとめどなく生ぜしめた。沈黙はその熾烈さゆえに恐るべきものであった。それは『夜』を乱心せしめる苦悩の沈黙であった。植…

ルネ・ヴィヴィアン作『一人の女が私の前に現れた』第21章

一年後、クレマティスの花薫るある夏の夕暮れ、イギリスのアンティーク家具に飾られた図書室で、私はエヴァとともにいた。私が安らぎを見出したこのエヴァの屋敷においては、すべてが飾り気がなく、嘘がなかった。すべてが人を暖かく迎え入れてくれた。壁に…

ルネ・ヴィヴィアン作『一人の女が私の前に現れた』第20章

エヴェリーナ・「エヴァ」・パーマー=シケリアノス(Evelina "Eva" Palmer-Sikelianos, 1874-1952)。日本語版ウィキペディアより。 春の混迷は去った。夏が、あの『熱病の聖母』の想いびとが、燃え上がる大地へとみずからを注ぎかけた。灼熱の時の流れの上…

ルネ・ヴィヴィアン作『一人の女が私の前に現れた』第19章

オリーブとレイモンド。レイモンドはアルフレッド・ダグラス卿との間の一人息子。ちなみにナタリー・バーネイはダグラス卿とも懇意で、レイモンドが生まれた際、名付け親となりました。olivecustance.orgより。 ダグマーは結婚した。彼女は向こう見ずにも、…

ルネ・ヴィヴィアン作『一人の女が私の前に現れた』第18章

アルフレッド・ダグラス卿。英語版ウィキペディアより。 ダグマーはひさしく顔を見せなかった。私は人が少女時代を想うように、彼女を想っていた…ある雨の日の午後、夕闇と紫煙とに蒼ざめた図書室にこもっていると、扉がそっとひらいて、ダグマーがためらい…

ルネ・ヴィヴィアン作『一人の女が私の前に現れた』第17章

ダグマーは、すべての花のうちでも、物思うことなく再生するリラの花を特に好んだ。ヴァリーが愛したのはくちなしの花で、それも繊細に加工され、ほんのかすかに風が触れただけでも色あせてしまうようなものが好きだった。「ダグマー、あなたはこれまでにな…

ルネ・ヴィヴィアン作『一人の女が私の前に現れた』第16章

オリーブ・エリナー・カスタンス(Olive Eleanor Custance, 1874-1944)。1910年ごろ。olivecustance.orgより。 冬の終わりごろ、私はこの素晴らしい街を去った。私がパリへと舞い戻ってきたのは、美しいヴァリーの姿をたとえ遠目にでもひと目見たいという、…

ルネ・ヴィヴィアン作『一人の女が私の前に現れた』 より『二姉妹の間』のことなど

二姉妹の間 (トリップアドバイザー提供) アルハンブラ宮殿の『ドス・ヘルマナスの間(the Sala de las dos Hermanas)』すなわち『二姉妹の間』では、本当にルネ・ヴィヴィアンが描写した通り、部屋の中央にしつらえられた噴水をはさんで二つの大理石像が向…

ルネ・ヴィヴィアン作『一人の女が私の前に現れた』第15章

翌日、私はトレドへ向けて旅立った。記憶の中でいつまでも色あせない姿をとどめているあの街の秋の日のたたずまいが、私は好きだ。あの街の不治の病に冒された家並みや、病める舗道や、傷だらけの壁や、断末魔の苦しみにあえいでいるフレスコ画の数々が、私…

ルネ・ヴィヴィアン作『一人の女が私の前に現れた』第14章

その日、薄紫色の織物のように、美しい黄昏がおのずと紅潮している巷々をさまよいながら、私はふとサン・ジョヴァンニの姿を見つけた。彼女の姿はいつもにも増して、古い額縁によって周囲から切り取られているかのように見えた。その凹凸を欠いた胸や腰は、…

ルネ・ヴィヴィアン作『一人の女が私の前に現れた』第13章

「印刷機のインクの匂いが鼻に付かないかしら」鼻の穴をふくらませながら、サン・ジョヴァンニが言った。彼女の書斎の窓から、眼のような西日が差し込んでいた。「確かに」と私は答えた。「これこそ文学の神様に捧げられたもっとも妙なるお香のかおりではな…

ルネ・ヴィヴィアン作『一人の女が私の前に現れた』第12章

夕暮れは『ホサナ』の声のごとく輝くかつて それは私を理解し なぐさめた迷妄のうちにある凡人の上に広がるオークルの空を見て 私は涙する『友』の熱い思い出が空に満ちみちている海上に『死』の虹が立つそうして巫女であるあなたと その信者である私の前に…

ルネ・ヴィヴィアン作『一人の女が私の前に現れた』第11章

「友情の痛みは恋愛の痛みより更につらい」そう言った時、サン・ジョヴァンニは正しかった。ヴァリーの数々の心ないふるまいも、決してイオーネの喪失ほど私を苦しめはしなかった。ヴァリーのもろもろの口から出まかせも、決してイオーネの沈黙ほど私を傷つ…

ルネ・ヴィヴィアン作『一人の女が私の前に現れた』第10章

私の闇は最後に夜明けとともに破れて、人や物のおぼろげな輪郭が悪夢の恐怖に取って替わった。言葉が聞き分けられるようになるとすぐ、イオーネが死んだと聞かされた。彼女は地下の墓所で永眠していた。窮屈そうな棺桶が白いすみれの花で飾られていた。薄闇…

ルネ・ヴィヴィアン作『一人の女が私の前に現れた』第9章

引き続き訪れた時間の脈絡の無さに、私は驚き、ぞっとした。にわかに黒内障を発症した人のごとく、私は闇夜の中を長いあいだ手探りで歩いた。寝室には猛毒のように甘美な香りが立ち込めていて、鼻と咽喉とが焼けつくように痛かった…私にはイオーネの途方も無…

ルネ・ヴィヴィアン作『一人の女が私の前に現れた』第8章

私はイオーネの庭にいた。そこでは百合よりも神秘的な白いアイリスが青ざめていた。私はこの白いアイリスのことを一生忘れまい。そうして菫の物悲しい香りが、別れの言葉のように、小道を立ち去りがてに漂っていた。彼女が恐らくは考えごとをしながら、好ん…

ルネ・ヴィヴィアン作『一人の女が私の前に現れた』第7章

数日後、イオーネは発った。彼女から太陽の恵みに満ちみちた花が届き、優しい手紙があとに続いた。幸福が希望のあとに続くように。彼女のことが気になって仕方ない時もあったが、そのあとにはふたたび貪欲な恋情のとりことなった。なぜならヴァリーは私から…

ルネ・ヴィヴィアン作『一人の女が私の前に現れた』第6章

大地は『冬』の最初の接吻でよみがえった。彼は幸福な巨人のように笑いながら、雪や、氷や、霜や、心ある風を楽しんだ。その年初めての寒気による酔い痴れ心地が、活力と満足感とで空を満たした。愛の歓びのように鋭い冷気に身を震わせて、私は狂喜した。私…

ルネ・ヴィヴィアン作『一人の女が私の前に現れた』第5章

それは手に入れたばかりの自由に酔い痴れていた二十一歳のころ、イオーネに伴われて訪れたヴァリーの家で、私は初恋の甘美きわまる胸の痛みを知った。青空と夕闇とのその日以来、友情は恋愛のかげに隠れ、私の白い妹イオーネの姿は遠景へとしりぞいた。私は…

ルネ・ヴィヴィアン作『一人の女が私の前に現れた』第4章

ジョン・コリア作「リリス」(1892年)。日本語版ウィキペディアより。 四月も末のある日、ヴァリーが受け取った手紙の紙面には、あまりにも繊細であまりにも不明瞭な文字が蛇行しており、それはあの官能的神秘主義者、あるいは神秘的官能主義者の筆跡に違い…

ルネ・ヴィヴィアン作『一人の女が私の前に現れた』第3章

ナタリー・クリフォード・バーネイ。フランシス・ベンジャミン・ジョンストン撮影。英語版ウィキペディアより。 少しずつ、日は暖かくなり、春の優しさが来た。ヴァリーの大好きな四月はその奇妙な笑顔と不思議な涙とをちらりと見せた。流れる時間は二人の相…

ルネ・ヴィヴィアン作『一人の女が私の前に現れた』第2章

ジョゼフ=シャルル・マルドリュス(Joseph-Charles Mardrus, 1868 - 1949)。ウィキペディア・コモンズより。 こめかみを霧雨に濡らしたまま、私はヴァリーのサロンに入った…鬼百合は巨大な花冠を広げ、そこから強烈な香気を発散させていた…ヴァリーはペル…

ルネ・ヴィヴィアン作『一人の女が私の前に現れた』第1章

ルネ・ヴィヴィアン。1905年ごろ。仏語版ウィキペディアより。 「今夜行きます…星が見たいの」私は急いでしたためた。青い洋ランの花々の房の垂れ下がっている向こう側に、こちらを冷やかに見つめているヴァリーの目があるような気がした。私はこの手紙に、…

ルネ・ヴィヴィアン作『一人の女が私の前に現れた』献辞と序文

レオナルド・ダ・ヴィンチ作『バプテスマのヨハネ』。1514年ごろ。ルーヴル美術館蔵。日本語版ウィキペディアの「レオナルド・ダ・ヴィンチ」の項より。 わが友H.L.C.B.へ 『蛇使い』、それは蛇たちから闇の知識を学んで知っている者であるが、彼はエフェベ…

ルネ・ヴィヴィアン作『一人の女が私の前に現れた』主な登場人物とあらすじ

ルネ・ヴィヴィアン(Renée Vivien/Pauline Mary Tarn, 1877-1909)のファンタジー小説『一人の女が私の前に現れた』('Une femme m'apparut', published by Alphonse Lemerre, 1904)を訳出する前に、この作品の英訳本('A Woman Appeared to me', publishe…