魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

明智光秀

再読・伊東眞夏『ざわめく竹の森』其の十二

現在の妙覚寺。ウィキメディア・コモンズより。 ⑲六月二日午前九時頃:中将信忠 本能寺と同じように、周りに堀をめぐらし、小さな城郭のような構えを持つ妙覚寺に宿泊していた信忠に、本能寺の変の報せが届いた。信忠は自ら先頭に立ち、父信長の救出を試みた…

再読・伊東眞夏『ざわめく竹の森』其の十

今は京都市右京区の春光院に伝わる「南蛮寺の銅鐘」。イエズス会の紋章が彫られている。ウィキメディア・コモンズより。 ⑰六月二日:南蛮寺午前八時(佐与の回想) ⑰六月二日:南蛮寺午前八時(佐与の回想) 本能寺から約二百メートル離れているイエズス会の…

再読・伊東眞夏『ざわめく竹の森』其の九

桂川に架かる渡月橋。ウィキメディア・コモンズより。 ⑮六月二日未明:老ノ坂 ⑯六月二日払暁:京都 ⑮六月二日未明:老ノ坂 近衛邸を出た宇佐は、明智軍と行き会った。場所は明智軍が急な山を下り、やっと平地に出たあたりだった。全軍に休止の触れが出た。明…

再読・伊東眞夏『ざわめく竹の森』其の八

アドルフ・イヴォン作『ルビコン川を渡るシーザー』。ウィキメディア・コモンズより。 ⑭六月一日十九時頃:亀山城 ⑮六月一日深夜:京都 ⑭六月一日十九時頃:亀山城 山の日暮れは早い。暗い山中に位置する亀山城は、煌々と明るかった。数えきれない程の篝火が…

再読・伊東眞夏『ざわめく竹の森』其の七

『泰西王侯騎馬図』(サントリー美術館本、部分)。1610年ごろ。ウィキメディア・コモンズより。 ⑫六月一日昼、本能寺で茶会が開かれる。前久は敗北感を感じる。 ⑬前久、帰宅後直ぐ二条御所に参内する。 ⑫六月一日昼、本能寺で茶会が開かれる。前久は敗北感…

再読・伊東眞夏『ざわめく竹の森』其の六

犬夜叉が着ていた「火鼠の衣」も「水干」の一種であると言われている。MayMartinzさんがdeviantart.comに投稿した画像。元画像はこちら。 ⑩五月二十九日、信長入洛。 ⑪兼和、光秀に書簡をしたためる。 ⑫兼和、里村紹巴宅を訪問、その後ふたたび前久宅へ。 ⑩…

再読・伊東眞夏『ざわめく竹の森』其の五

「雪の京都-愛宕神社本殿」。ウィキメディア・コモンズより。 ⑧五月二十七日、愛宕神社に参詣 ⑨五月二十八日、愛宕百韻を開催 ⑧五月二十七日、愛宕神社に参詣 光秀の希望に反して、詔(みことのり)は出ないと決まった。光秀は翌日、長男光慶(みつよし)を…

再読・伊東眞夏『ざわめく竹の森』其の四

勧修寺宸殿。ウィキメディア・コモンズより。 ⑥光秀、坂本城に帰還する(五月二十四日) ⑦光秀、山科で近衛前久と勧修寺尹豊に会う(五月二十五日) ⑥光秀、坂本城に帰還する(五月二十四日) 朝廷の動向が気に掛かり、心落ち着かない光秀は、長男の光慶(み…

再読・伊東眞夏『ざわめく竹の森』其の参

吉田兼見(兼和)像。國學院大學図書館所蔵。ウィキメディア・コモンズより。 ④光秀、密かに吉田兼和の屋敷を訪問する ⑤兼和、光秀の依頼を受ける。 ④光秀、密かに吉田兼和の屋敷を訪問する 光秀は予定通り、吉田兼和(かねかず)の屋敷に到着します。家人に…

再読・伊東眞夏『ざわめく竹の森』其の弐

大英博物館に展示された江戸時代のからくり人形。「茶坊主」ってこんな姿をしていたんでしょうか。ウィキメディア・コモンズより。 ③光秀、饗応役を外される。 ④坂本への帰還 ③光秀、饗応役を外される。 茶坊主に取り次ぎを頼んだのは、光秀の賄(まかな)い…

再読・伊東眞夏『ざわめく竹の森』其の壱

摠見寺(滋賀県近江八幡市安土町)の二王門。国の重要文化財に指定されている。ウィキメディア・コモンズより。 表題の作品につきまして、一天一笑さんから再度紹介記事をいただきましたので掲載します。一天一笑さん、いつもありがとうございます。なお前回…

吉川永青『毒牙・義昭と光秀』其の十六(最終回)

歌川豊宣(とよのぶ)画「羽柴筑前守秀吉と黒田勘兵衛尉孝高」。明治16年(1883年)出版。ウィキメディア・コモンズより。 一天一笑さんによる吉川永青(ながはる)の歴史小説『毒牙・義昭と光秀』の紹介記事、第十六回目となります。一天一笑さん、どうかよ…

吉川永青『毒牙・義昭と光秀』(其の十五)

耳川(宮崎県美郷町西郷区田代)。「耳川の戦い」(1578年)では、足利義昭の内書に大義名分を得た島津義久が、南下してきた大友宗麟軍を撃退し、九州統一のチャンスをつかみました。ウィキメディア・コモンズより。 一天一笑さんによる吉川永青(ながはる)…

吉川永青『毒牙・義昭と光秀』(其の十四)

月岡芳年作「 月下の斥候・斎藤利三」。山崎の合戦の直前、偵察を行なっているところを描いたものだそうです。元画像はこちら。 一天一笑さんによる吉川永青(ながはる)の歴史小説『毒牙・義昭と光秀』の紹介記事、第十四回目となります。一天一笑さん、ど…

吉川永青『毒牙・義昭と光秀』(其の十三)

関ケ原の戦いで西軍から東軍に寝返り、大坂の陣でも活躍した脇坂安元の肖像。軍配を持ち、床几に腰かけている。ウィキメディア・コモンズより。 一天一笑さんによる吉川永青(ながはる)の歴史小説『毒牙・義昭と光秀』の紹介記事、第十三回目となります。一…

吉川永青『毒牙・義昭と光秀』(其の十二)

現在の恵林寺三門。右の柱に「安禅不必須山水」、左の柱に「滅却心頭火自涼」の偈(げ)が記されている。ウィキメディア・コモンズより。 一天一笑さんによる吉川永青(ながはる)の歴史小説『毒牙・義昭と光秀』の紹介記事、第十二回目となります。一天一笑…

吉川永青『毒牙・義昭と光秀』(其の十一)

姫ヶ淵慰霊碑。自刃した北条夫人と、その後を追って淵に身を投げた16名の侍女たちの慰霊碑。山梨県甲州市大和町、景徳院駐車場奥。ウィキメディア・コモンズより。 一天一笑さんによる吉川永青(ながはる)の歴史小説『毒牙・義昭と光秀』の紹介記事、第十一…

吉川永青『毒牙・義昭と光秀』(其の十)

三木城主・別所長治と照子夫人の首塚。兵庫県三木市上ノ丸、雲龍寺内。ウィキメディア・コモンズより。 一天一笑さんによる吉川永青(ながはる)の歴史小説『毒牙・義昭と光秀』の紹介記事、第十回目となります。一天一笑さん、どうかよろしくお願いいたしま…

吉川永青『毒牙・義昭と光秀』(其の九)

幸盛寺(こうせいじ)(鳥取県鳥取市鹿野町)にある山中鹿之助の墓。ウィキメディア・コモンズより。 一天一笑さんによる吉川永青(ながはる)の歴史小説『毒牙・義昭と光秀』の紹介記事、第九回目となります。一天一笑さん、どうかよろしくお願いいたします…

吉川永青『毒牙・義昭と光秀』(其の八)

興国寺本堂(和歌山県日高郡由良町)。ウィキメディア・コモンズより。 一天一笑さんによる吉川永青(ながはる)の歴史小説『毒牙・義昭と光秀』の紹介記事、第八回目となります。一天一笑さん、どうかよろしくお願いいたします。 義昭の帰京と光秀の懊悩 1…

吉川永青『毒牙・義昭と光秀』(其の七)

「槇島(まきしま)城記念碑」。槇島公園(京都府宇治市槇島町)内。ウィキメディア・コモンズより。 一天一笑さんによる吉川永青(ながはる)の歴史小説『毒牙・義昭と光秀』の紹介記事、第七回目となります。一天一笑さん、どうかよろしくお願いいたします…

吉川永青『毒牙・義昭と光秀』(其の六)

「三方原古戦場」の碑(静岡県浜松市北区根洗町、三方原墓園駐車場敷地内)。1984(昭和59)年建立。ウィキメディア・コモンズより。 一天一笑さんによる吉川永青(ながはる)の歴史小説『毒牙・義昭と光秀』の紹介記事、第六回目となります。一天一笑さん、…

吉川永青『毒牙・義昭と光秀』(其の五)

現在の勝竜寺公園の模擬櫓と虎口跡。ウィキメディア・コモンズより。 一天一笑さんによる吉川永青(ながはる)の歴史小説『毒牙・義昭と光秀』の紹介記事、第五回目となります。一天一笑さん、どうかよろしくお願いいたします。 光秀、織田家専属となる。 京…

吉川永青『毒牙・義昭と光秀』(其の四)

「宇佐山城主・森可成公之墓(蘭丸の父)」。滋賀県大津市比叡辻、聖衆来迎寺内。ウィキメディア・コモンズより。 一天一笑さんによる吉川永青(ながはる)の歴史小説『毒牙・義昭と光秀』の紹介記事、第四回目となります。一天一笑さん、どうかよろしくお願…

吉川永青『毒牙・義昭と光秀』(其の参)

琵琶湖へと注ぐ姉川の河口。2006年撮影。ウィキメディア・コモンズより。 一天一笑さんによる吉川永青(ながはる)の歴史小説『毒牙・義昭と光秀』の紹介記事、第三回目となります。一天一笑さん、どうかよろしくお願いいたします。 金ヶ崎の退き陣 姉川の戦…

吉川永青『毒牙・義昭と光秀』(其の弐)

現在平安女学院大学敷地内にある旧二条城(二条新御所)跡。こだわりの旅の達人が集うサイト「ツアーマスター」より。 一天一笑さんによる吉川永青(ながはる)の歴史小説『毒牙・義昭と光秀』の紹介記事、第二回目となります。一天一笑さん、どうかよろしく…

吉川永青『毒牙・義昭と光秀』(其の壱)

表題の作品につきまして、一天一笑さんから紹介記事をいただきましたので掲載します。一天一笑さん、いつもありがとうございます。 はじめに 足利義昭・その人となり 光秀との出会い 信長との対面 本圀寺の変 はじめに 吉川永青『毒牙・義昭と光秀』(角川書…

葉室麟『墨龍賦』其之八(最終回)

宮本武蔵筆「枯木鳴鵙図」。和泉市久保惣記念美術館にて、例年五月の連休頃に公開されているとのこと。 一天一笑さんによる葉室麟(はむろ りん)の歴史小説『墨龍賦(ぼくりゅうふ)』の紹介記事、第八回目となります。一天一笑さん、どうかよろしくお願い…

葉室麟『墨龍賦』其之七

建仁寺禅居庵。ウィキメディア・コモンズより。 一天一笑さんによる葉室麟(はむろ りん)の歴史小説『墨龍賦(ぼくりゅうふ)』の紹介記事、第七回目となります。一天一笑さん、どうかよろしくお願いいたします。 春日局は語る⑯安国寺恵瓊に引導を渡す 春日…

葉室麟『墨龍賦』其之六

建仁寺の方丈と、本坊へと通じる大玄関。この方丈(重要文化財)はもともと建仁寺のものではなく、恵瓊が再建に当たった際、広島の安国寺から移築されたもの。当時は海北友松筆の水墨障壁画があったが、現在は襖から掛軸に改装され、京都国立博物館に寄託さ…