魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

(日本語訳)アルフレッド・テニスン「シャロットの女(The Lady of Shalott)」

エリザベス・シダル「シャロットの女」。ウィキメディア・コモンズより。

このくそ暑い夏休みは、行楽などは控え、エアコンの効いた室内で、古詩に親しまれることをお薦めします。テキストは1843年版に拠る(2022年8月)。

19世紀のドイツの運河で、馬にかれて進むからのバージ。ウィキメディア・コモンズより。

流れる川をはさんで
大麦とライ麦の畑が
地を覆い 坂の上まで続いている
その中を塔多きキャメロットへと
 続く一本の道が走っている
行き交う人々は道すがら
坂の下の川に浮かぶ
シャロットの島の周囲に
 咲いている睡蓮を見る

柳は白く ポプラは葉をふるわせ
そよ吹く風は夕暮れを告げる
大河はシャロットの島をめぐり
絶えることなく滔々とうとう
 キャメロットめざして流れ去る
四つの灰色の城塔と城壁とが
花々を見下ろしていて
この城にひっそりと隠れ住んでいるのが
 『シャロットの女』だった

柳の木陰になっている川岸近く
重荷を積んだバージが馬にかれて
鈍行するかたわら シルクの帆を張った
軽舟シャロップが 歓呼の声はないものの
 キャメロットへと急行する
だが手を振る彼女を見た者はなく
窓辺に立つ彼女を見た者もなく
その国のどこにも『シャロットの女』を
 見たことのある者はなかった

ただ朝早くから のぎのある大麦の
畑の中で働く刈り入れびとたちは
塔多きキャメロットへと 折れ曲がりつつ
流れる清らかな川の方から
 響いてくるよろこびの歌を聞いた
夜は夜とて 疲れた刈り入れびとは
風吹く丘に麦束を積み重ねながら
耳をそばだて 小声で「あの妖しい歌声は
 『シャロットの女』の声だ」と言うのだった

通行人に祝福を授ける旅の修道院長。『セント・オールバンズの書』(1486年)の木版画からのクリップアート。clipart-history.comより。

彼女はそこで昼夜を問わず
色鮮やかな妖しい織物を織っていた
「もしキャメロットを見下ろしたなら
お前は呪われる」とささやく声を
 彼女は聞いたことがあった
どんな呪いかは知る由もなく
ただ彼女は来る日も来る日も
はたを織る楽しみに打ち込み
 余念がなかった

彼女の前にはいつも
一枚の鏡がかかっていて
窓の外の景色が映るのだった
そこに彼女はキャメロットへと下る
 曲がりくねった街道を見た
川の水が渦巻くのを見た
また育ちの悪い村の男たちや
市場で働く赤い外套の女たちが
 シャロットを通り過ぎるのを見た

また時には賑やかな少女たちの一群や
老いぼれ馬で徐行運転の修道院長や
羊飼いとおぼしき巻き毛の少年や
真っ赤な服を着た長い髪の小姓などが
 塔多きキャメロットへと向かうのを見た
また時には騎士たちが二人一組になって
通り過ぎる姿が青い鏡に映った
『シャロットの女』には愛を誓ってくれる
 一人の騎士もなかった

それでも彼女は鏡に映る妖しい
夢を織るのが楽しくて仕方なかった
時には葬列が羽根飾りとランプと
しめやかな弔いの歌とともに
 キャメロットへと向かう有様を見た
また時には新婚の若い男女が
月夜にそぞろ歩く姿を見ることもあった
「私は幻視になかば疲れた」と
 『シャロットの女』は言った

ウォルター・ジェンクス・モーガン「ウナと赤十字の騎士」。「騎士」のフル装備(「兜」「羽根飾り」「盾」「襷」等)をご確認ください。エドマンド・スペンサーの『フェアリー・クイーン』の挿絵。ウィキメディア・コモンズより。

その城の軒端から矢の届く距離
麦束の堆積やまの間を 馬に乗って通る男
まぶしい日ざしは木々をつらぬき
怖いものを知らないランスロット卿の
 真鍮の脛当すねあてを照らした
貴婦人の足下に忠誠を誓う
赤十字の騎士が描かれた盾
その盾はシャロットの島のかたわら
 金色こんじきの野に光を放った

彼の手綱は燦然として
夜空を飾る天の川の
星の流れのように輝いた
手綱に付いた鈴を鳴らしながら
 彼はキャメロットへと馬を駆った
紋章入りのたすきからは
銀製の立派な喇叭らっぱがぶら下がっていた
シャロットの島のかたわらを進むにつれて
 彼の武具は音を立てた

雲一つない青空のもと
宝石をちりばめた鞍の皮革はきらめいた
兜と兜の羽根飾りとを
一体の炎のごとく赫々かっかくと燃やしながら
 彼はキャメロットへと馬を駆った
その姿は星降る夜に時として
パープルの闇を引き裂き
静かなシャロットの上空を通過する
 長く尾を引く流星のよう

彼の秀でたひたいは輝いていた
彼の愛馬の蹄は磨かれていた
兜の下から 内部なかに収まりきれぬ
黒い巻き毛を風になびかせながら
 彼はキャメロットへと馬を駆った
川辺かわべから また川面かわもから
その影は光となって鏡にひらめいた
「ティラ・リラ」と鼻歌を歌いながら
 彼は川のほとりを通り過ぎた

彼女は手を止めて織機しょっきを離れ
室内を三歩だけよぎった

目の前に睡蓮が花咲き乱れ
羽根飾りと兜とが光り輝き 
 彼女はキャメロットを見下ろしていた
織物はたちまち破れて散った
鏡には横一文字にひびが入った
「私は呪われたのだ」と
 『シャロットの女』は叫んだ

ウォーターハウス「シャロットの女」。ウィキメディア・コモンズより。

東風が吹き荒れる中
色づいた葉を落とす木々
大河は音を立てて流れ
キャメロットまで掛かった低い雲からは
 雨粒がしたたり落ちた
彼女はさまようほどに
柳の木の下に乗り捨てられた
一艘の小舟ボートを見つけ その舳先へさき
 『シャロットの女』と書いた

そうしてみずからの最期を予見しながら
なお毅然きぜんたる見者けんじゃのごとく
彼女は涼しい顔で
暗い川の下流を見た
 キャメロットの方角を見据えた
日が暮れる頃
彼女は鎖を解いて横になった
大河の流れは『シャロットの女』を
 はるかかなたへと運んで行った

白いローブをまとって横たえた身は
移ろう流れにまかせ
落ち葉は降るにまかせて
彼女は夜のざわめきのさなかを
 キャメロットへと下って行った
そうしてめぐりめぐる船の舳先へさき
丘や野原を分けて進むにつれて
丘や野原は『シャロットの女』が
 最後に歌う声を聞いた

その歌は悲しい祝歌キャロル 聖なる祝歌キャロル
その声は時には高く 時には低く
そうするうちに彼女の脈はおとろえ
キャメロットの方角を見据えていた目には
 もう何も見えなくなった
彼女を乗せた船が
都会の最初の人家へとたどり着く頃
末期まつごの息の下でなおも歌いながら
 『シャロットの女』はこと切れた

塔の下を 露台の下を
塀のかたわら 歩廊ほろうのそばを
彼女はほのかな光となって漂った
城と城との間を死体となって 音もなく
 キャメロットへと流れ着いた
船着き場には騎士も紳士も
貴人も貴婦人も駆けつけてきて
読んだのは舳先へさきに記されている
 『シャロットの女』という名前だった

これは誰だ? どうしてここに?
煌々こうこうあかりがともる ほど近い王宮に
歓声はぱたりと止んで
キャメロットつどった騎士たちは皆
 怖くなって十字を切った
だがランスロットは 少し考えてから
言った「綺麗なお嬢さんだね
願わくはこの『シャロットの女』とやらに
 神の温情のあらんことを」