うつ:雨天の国の王様に…(Spleen : Je suis comme le roi…)*1
雨天の国の王様に 俺は似ている
金持ちだが無能で 子どもだが疾うに老いぼれ
へりくだる家庭教師らを見下しており
犬にもほかのペットにもうんざりなのだ
鷹も獲物も 露台前での
大虐殺も わくわくしない
今はもう好きな道化が歌うたう
グロテスク・バラードにすらときめかず
フルール・ド・リスの寝台は墓と化した
王という身分に弱い姫たちも
これ以上いかに淫美に着飾れば
この廃人が艶笑うのか とんとわからぬ
錬金の秘儀に通じた科学者も
惰弱の元素を絶つすべがない
古代ローマの書に見える生き血の風呂*2は
権力者らの回春の切り札なれど
体温は戻らなかった この死屍を流れるものは
血ではなく レテの碧の水だから
うつ:大空は低く重たく…(Spleen : Quand le ciel bas et lourd…)*3
大空は低く重たく 倦怠を長くわずらう
精神の上にかかって 圧すること蓋のごとく
蒼穹のその円周を取り巻いた地平線から
夜よりももっと悲しい 暗黒の日をそそぐとき
大地とて様変わりして 陰湿な牢獄と化し
在りし日の「希望」は内部を蝙蝠のごとく飛び交い
恐る恐るの羽ばたきで 壁をはたはた叩いたり
ぼろぼろの古天井で 頭を強打したりするとき
しとしとと降る雨脚の数知れぬ垂直線が
広大な囚人室の鉄柵の真似をして見せ
いまわしい蜘蛛どもの物言わぬ群れがこぞって
俺たちの頭脳の奥に 巣の網をめぐらせるとき
そんなとき 前触れもなく 数々の鐘が怒りに
躍り立ち 空に向かって恐ろしい叫びを上げる
眠るべき墓を持たない さすらいの亡霊たちが
死に切れず あきらめ切れず もう一度泣き出すように
そんなとき 霊柩馬車の行列が 太鼓の音も
歌もなく わが胸中を練り歩き 敗れた「希望」は
すすり泣き おごり高ぶる「激痛」は 暴君らしく
うなだれたわが首の上に 真っ黒な戦勝旗を立てる
*2:この「生き血の風呂」なる風習は『ロンドン・メディカル・ガゼット』誌第13号(1834年刊)にドクター・ヘッカーなる人物が寄せた記事によれば、「古代エジプト王家の風習として、大プリニウスに言及がある」ということで、『博物誌』をざっと当たってみましたが、残念ながら確認できませんでした。ただ『博物誌』第28巻第2章「人間に由来する治療法」の初めの方に「てんかん患者は剣闘士の生き血を飲んで活力に満たされ、本復する」という記述があり、こちらの英訳に附された注によれば「この療法はヨーロッパ中世においてもほそぼそと受け継がれ、ルイ十五世は若返りのために幼児の血で入浴したとして国民の批難を浴びた」そうです。日本語版ウィキペディアにも似たような記述があります(「国王は処女の血の風呂に浴している」云々)。