魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

(日本語訳)ボードレール「堕天使連祷(Les Litanies de Satan)」

アレクサンドル・カバネル「堕天使」。ウィキメディア・コモンズより。

最高の英知の天使 絶世の美貌の天使
宿命のままにわれて 声望を失った神

堕天使よ 俺の久しい窮状を憐れんでくれ

流刑に処された王子 不当なる扱いを受け
倒れても 旧に倍する勢力で立ち上がる君

堕天使よ 俺の久しい窮状を憐れんでくれ

一切を知っている君 冥界の偉大なる王
苦悩する者に寄り添い これをよく癒す治療者

堕天使よ 俺の久しい窮状を憐れんでくれ

癩病らいびょうの患者たちにも 人外じんがいの賤民らにも
恋により 天上界のよろこびを教える君よ

堕天使よ 俺の久しい窮状を憐れんでくれ

年老いてなおたくましき情婦たる「死」が君により
はらむのは 人が「希望」と呼ぶ女子だ 狂気の美女だ

堕天使よ 俺の久しい窮状を憐れんでくれ

ギロチンを囲むすべての人々を見下している
囚人に 肝の据わった眼光を与える君よ

堕天使よ 俺の久しい窮状を憐れんでくれ

けちくさい神が隠した貴金属 それが大地の
広がりのどの一角に存するか 君は見破る

堕天使よ 俺の久しい窮状を憐れんでくれ

大量のきんぎんどうが埋められてまどろんでいる
地下深き宝庫の場所を 君はその炯眼けいがんに知る

堕天使よ 俺の久しい窮状を憐れんでくれ

建物の端を 眠りに落ちたまま さまよう人が
下を見てくらまぬように 広い手で目隠しをする 

堕天使よ 俺の久しい窮状を憐れんでくれ

夜の帰路 馬車にかれた酔漢の老いた背骨を
へし折らず 魔力によってしなやかに曲げるのは君

堕天使よ 俺の久しい窮状を憐れんでくれ

「金持ち」のひたいの上に 下劣なるその品性と
悪徳の烙印を捺す 腹黒い共犯の君

堕天使よ 俺の久しい窮状を憐れんでくれ

少女らの目にも胸にも 聖者らが負った傷への
崇拝と まとう襤褸ぼろへの愛着を植えつける君

堕天使よ 俺の久しい窮状を憐れんでくれ

流人るにんらを支える杖よ 発明家たちのランプよ
吊るされる者と一味の告白に耳澄ます者

堕天使よ 俺の久しい窮状を憐れんでくれ

天上の父なる神が 真っ黒な怒りに駆られ
地上なるパラダイスから追い出した者の養父よ

堕天使よ 俺の久しい窮状を憐れんでくれ

祈祷

堕天使よ 君に讃辞と栄光の絶え間無くあれ
そのかみは 君が治めた天国で そうして今は
敗残の君が静かに夢を見る地獄の底で
いつの日かそのかたわらに 俺もまた眠りたいのだ
横たわる君のひたいに萌え出でた「知恵」の大樹が
新たなる「寺院」のごとく 鬱蒼うっそうと茂る季節に

*『悪の華』第二版120。原文はこちら