魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

ルネ・ヴィヴィアン「永遠の復讐」他四篇

勝利(Victoire)*1

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イギリス映画『バンパイア・ラヴァーズ』(1970年)のワンシーン。m3uu.comより。

泣けるほど 痛くてつらい口づけを 下さいますか
鳥たちのかける姿が大空に今なお残る
この夕べ わたくしたちの愛のない長い交尾は
泥棒のように素敵で 強姦のように楽しい

わたくしを押しのけなさい 美しいその肉体を
恋い慕うわが唇のわななきに ぞっとしながら
「やめてよ」と叫んで 何もまとわずに立ち上がるのよ
稲妻に照らし出された大理石なめいしの墓さながらに

美しい嵐の影が 見ひらいたひとみに映る…
恋人よ 気絶するまで 軽蔑を吐き出しなさい
憤然と そのくちびるを わたくしに向けてひらいて
あふれだす毒と皮肉をゆっくりと飲み干しましょう

盗品の美を前にして 盗人ぬすびとの心は躍る
麗人の顔の血の気が失せてゆくこの病める夜
痴漢より卑劣な覇者のわたくしは 勝利の美酒に
酔い痴れて この犠牲者の寝台を立ち去るのです

その声は彫琢された一篇の佳詩…(Ta voix est un savant poème…)*2

その声は彫琢された一篇の佳詩…
精神のもろい魅力よ
魂の絶望よ あなたを不治の病のように
大切に思っています

丈高く 青ざめた 美しい姿で
遠い日の果てから帰る…
わたくしのはるかなる白いお友だち
白百合を愛するように あなたを愛しています

忘れることはできる と人は言うけれども
わたくしに想いを告げてくれたあなたの
あの声を あのように甘いひびきを
どうして忘れられよう

裸身(Nudité)*3

照明が落ちるとともに あなたから苦悩が薫り
沈黙は 今や病ましく悩ましいものに変わった
さらさらと衣ずれの音 花びらの嘆きが聴こえ
白百合の中の白百合 その肌はあらわとなった

わたくしは 不意にいやしい唇を みずから恥じた…
ともしびが今なお照らす 美しいこの肉体に
かりそめの口づけをして 小刻みにふるえる息を
吐きかける そんな甘美な妄想に とらわれたのだ

獣欲と連鎖している俗界をさげすみながら
永遠のその微笑みを 冷やかに固守するあなた
なぜならば『美』は人性を超越し 俗縁を捨て
聖壇の華麗きわまる距離感を欲するゆえに

散り果てたチューベローズのさめざめと泣き濡れるなか
処女性を誇示する胸は 直立の姿勢をとった
痛烈なエクスタシーは わたくしの視界に燃えて
神性のその入口で わたくしとあなたを抱いた

プリーツの付いたドレスの…(De ta robe à longs plis flottants…)*4

プリーツの付いたドレスの その裾はひらひらとして
もろもろの妖怪シメールたちは その中をさらさら流れ
恋人よ あなたがいつも その軽く白い両手で
もたらして下さるものは うららかな春の感情

怖いのは 華奢な乳房の ほの白く震える様子
わたくしは 恐れのあまり 身ぶるいをすることなしに
神聖なその肉体に 手を触れることが出来ない
わたくしは そのくちびるの美々しさが とても怖いの

わたくしの 奢りに満ちた接吻と愛撫のもとで
倦み果てた その青い目の輝きが その冷たさを
失って 闇の世界へ消える時 このわたくしは
みずからを 神と等しく偉大なる者と感じる

けれどこの両手の中で 真っ白に咲いたあなたは
わたくしの「愛している」という意味の 息絶え絶えの
叫びにも 何も答えず うっとりと笑みを浮かべて
それでいて その閉じた目で わたくしを凍りつかせる…

恐ろしい それはひそかにつきまとう一つの恐れ
至高なるエクスタシーも 黙秘するすべを知らない
わたくしは あなたがもしや わたくしと寝ていながらも
別人と寝ていたのではないのかと 恐れるのです

永遠の復讐(L’éternelle vengeance)*5

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ルーベンスサムソンとデリラ」。ウィキメディア・コモンズより。

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アメリカ映画『サムソンとデリラ』(1949年)のワンシーン。ウィキメディア・コモンズより。

美しき売春婦デリラ 奸計と呪いを胸に
微笑ほほえむむすめ 切れ長のまなこのうちに 
太陽と風と雲とを争わせながら 心で
つぶやいた

 「この私 奴隷 あそ
欲望のうたげの席で 心なく散らされる花
ひとときを飾る音楽 消閑のためのうた
魅せながら 通りすがりに愛されて 捨てられる者
ゆきずりの恋人たちの 心ないあしらいのもと
肉体は よろこびもなく失神し たわみ 屈する
さりながら みにくいよるの暗闇の なお涙する
朝まだき 淫らな夢を見も果てず くさい寝息で
さわやかな空気をけがす もろもろの痴漢の中で
誰よりも貴様が憎い サムソンよ イスラエルの子よ
ご指名に応えるものは美少女の受け身の笑顔
この肌のきよき光と 傷あとを残さないキス
おぞましい男の肌を 咲く花の香りで満たす
サプライズめいた涙や告白を信ぜぬがよい
わが胸に秘めた侮蔑と嫌悪とは ともに烈しい
駆け引きにはしゃぐばかりの軽薄なプレイのうちに
心ない痴漢行為の辛辣なしずくのうちに
サムソンよ 貴様がきっとひっかかる罠を仕掛けた
私こそ その獣欲のはけ口を務めた者だ」

彼女は言った 練色ねりいろのシーツの上で
「流血の星よ その輝きのわけを教えて」

愛のない夜また夜の恋人は 嘘を教えた

負け犬の咽喉のどの渇きが 絶え間なく彼女を焼いた
目をみはり 耳をそばだて 待つほどに流れる時間
一喜させ 一憂させる 熱烈な期待と不安
累卵の危うさに耐え たびたびの不首尾を忍び
仇敵の寝息をそっとうかがった 復讐の鬼

それは『美』が デリラのうちに 一段と輝いた夜
うるんだ目 濡れたひとみに 外堀を埋められた彼
伸びた手の 夢うつつなるジェスチャーによって 優しく
拷問にかけられた彼 その胸の弾力のある
ふくらみや 熱い脇腹 だるいくち 息絶え絶えの
ささやきや ささやくごとき音楽に 魅せられた彼
容赦なく好意を注ぐ美少女の視線のもとで
闇の中 燃ゆるがごとき両膝の匂いの中で
それまでの記憶を失くし 永遠の魅惑に屈した
サムソンは かすかな声で 怪力の秘密を告げた


サン=サーンスのオペラ『サムソンとデリラ(Samson et Dalila)』第2幕より「あなたの声に私の心は開く(Mon cœur s’ouvre à ta voix)」。デリラ:オリガ・ボロディナ(Olga Borodina)サムソン:プラシド・ドミンゴ(Plácido Domingo)指揮:ジェイムズ・レヴァイン(James Levine)。1998年9月28日、ニューヨークのメトロポリタン・オペラ・ハウス(MET)にて。
Olga Borodina: "Mon coeur s'ouvre à ta voix". C. Saint-Saëns

サン=サーンス:歌劇《サムソンとデリラ》 [DVD]

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  • 発売日: 2020/09/09
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*1:エチュードとプレリュード』初版に拠る。

*2:エチュードとプレリュード』初版に拠る。原題は「歌(Chanson)」。

*3:エチュードとプレリュード』初版に拠る。

*4:エチュードとプレリュード』初版に拠る。原題は「歌(Chanson)」。

*5:エチュードとプレリュード』初版に拠る。

以上、テキストはすべてウィキソース版に拠る。