うつ:雨降り月はこの街の…(Spleen : Pluviôse irrité…)*1
雨降り月はこの街のあらゆるものに腹を立て
近隣の墓場に眠る亡者らに 闇の冷気を
霧深き郊外に住む生者らに 死の運命を
ひっくり返したバケツから洪水にしてぶちまける
わが愛猫は床石の上に寝藁を求めつつ
疥癬を病む がりがりに痩せた体をふるわせる
年老いた詩人の霊は 寒がりの死人の霊の
悲しげな声音とともに 雨樋の中をさまよう
陰気な音で鳴る大鐘 燻る薪の歌声は
お風邪を召した柱時計の伴奏による超高音
全身がむくんで死んだ婆さんが遺してくれた
たまらない匂いの染みたトランプの面子の中に
スペードの女王陛下とハンサムなハートのジャック
今は亡き恋を悔やんで 物騒な会話を交わす
うつ:千歳だった場合よりも…(Spleen : J’ai plus de souvenirs…)*2
千歳だった場合よりも多くの思い出が わたくしにはある
引き出しにしまったものは数枚のバランスシート
韻文も恋の手紙も恋歌も訴訟書類も
レシートにそっと包んだ艶やかな女の髪も
何もかも放り込まれた大型のキャビネットとて
わたくしの頭脳以上の秘めごとを隠していない
それは一つのピラミッド 一つの地下神殿で
一集落の共同墓地よりも多くの死者を収容している
――わたくしはお月様にも疎まれた一つの墓場
痛恨の化身のごとく 細長い虫が這いずり
今は亡き恋人たちを今もなお蝕んでいる
わたくしは干からびた薔薇の花びらだらけの寝室
流行遅れの服が山と積まれ
悲しげなパステル描きと色あせたブーシェの絵とが
気の抜けた香水瓶の残り香を ぼつねんと嗅ぐ
何よりも長々しきは既に蹉跎たるわが人生
春を待つ年また年の 降りつのる雪に埋もれて
倦怠という名の果実 厭世の無味な果実は
神さびた不朽不滅の様相をまとうに到る
生きている一物質よ この日より お前はもはや
朦朧たるサハラ砂漠の奥深くまどろんでいる
謎めいた ただ一塊の花崗岩たるに過ぎない
軽薄な世には無視され 地図からも忘れ去られて
激越なその性分は 残照を浴びた時だけ
歌うたう前世の遺物 スフィンクスたるに過ぎない
ノートルダム大聖堂の火災後一年の節目に打ち鳴らされる、焼け残った南塔のブルドン「エマニュエル」。電気が使えないため、手動で鳴らされた。これらの鐘を電動で鳴らす装置の配線からの出火が火災の原因とする説もある。