魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

(抄訳)テニスン(Alfred, Lord Tennyson)「ランスロットとエレイン(Lancelot and Elaine)」

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シドニー・パジェット「ランスロットとエレイン」。馬上槍試合の優勝者への賞品として、アーサー王が与えたダイヤモンドを、ランスロットがエレインの手から受け取るシーン。ウィキメディア・コモンズより。

エレインの求愛とランスロットの拒絶(第899行~第962行)

とは言えランスロットの深い痛手が完治したのち、ランスロット、ラヴェイン、エレインの三人はアストラットへと騎馬で帰還した。それ以後、エレイン姫は毎朝出来る限り着飾ってランスロットの前に現れ、心の中で「もしも私が愛されたなら、これは婚礼衣装。さもなければ、これは神への供物の役目を負わされた者の最後の晴れ姿となるだろう」と考えていた。一方、ランスロットはエレイン姫に、彼女自身、あるいは彼女の周囲の人たちに対してそれなりのお礼がしたいから、欲しいものを何でも言ってほしい旨、繰り返し訴えた。「それゆえ決して遠慮なさらず、あなたが本心から欲しいものをおっしゃって下さい。あなたは私の命の恩人なのですから、私はあなたのためなら何でもします。私は故国に帰れば王子であり、君主です。何でも我が意のままです」すると彼女は幽霊のように青ざめた顔を上げたが、口を利く力がない幽霊のように口をつぐんでいた。ランスロットは彼女が願い事を決めかねていると見て、なおしばらく彼らのもとにとどまり、彼女の返事を待っていた。しかしある朝、庭のイチイの木立の中に彼女をたまたま見つけて、彼は言った。「もう待てません。願い事をおっしゃって下さい。私は今日にでも出発します」そこで姫は口をひらいた。「出発?それではもう二度と会えませんね。それでは私はあなたからの大胆な言葉を待ち焦がれたまま逝くのですね」彼は言った。「言うのはあなた、聞くのは私です」すると突拍子もなく、彼女は訴えた。「私は気が狂ってしまいました。あなたが好きです。殺して下さい」「姫よ、何事ですか」とランスロットが問うと、彼女は白い両手を子どものように差し伸べながら答えた。「あなたの妻になりたい」

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エリナー・フォーテスキュー=ブリックデイル「ランスロットとエレイン」。zendonaldson.comより。

「エレイン」とランスロットは答えた。「もし私に結婚する気があったなら、もっと若い時分に結婚していたことでしょう。私は妻を持たないと決めたのです」「妻になれなくてもいい」と姫は叫んだ。「ただずっとあなたのそばにいて、あなたの顔を見て、あなたに仕え、この世のどこまでもあなたについていきたいのです」「この世」とランスロットは答えた。「この世とは、物事を目と耳だけで判断する愚かな心の持ち主どものあらゆる目と耳であり、またそのような判断を喧伝する愚かな舌であります。もしそのようなことにでもなれば、私はあなたのお父様やお兄様からの御恩をあだで返すこととなりましょう」「もしもあなたのそばにいられず、顔も見られないなら、私の人生は終わりです」「姫よ、それは間違いです」と彼は答えた。「私自身も経験がありますが、それは愛ではなく、誰もが罹る初恋という名の病気に過ぎません。将来、こんな年寄りではなく、もっとあなたの年齢にふさわしい人物にその青春の花を捧げる日が来れば、あなたは今日のこの日の出来事を微笑ましく振り返られることでしょう。そのあかつきには、あなたは女性として信じられないほど私に尽くして下さったゆえ、特にあなたの夫となられる騎士が貧しい場合には、あなたに広大な領土を、海の向こうの我が領土の半分なりとも、あなたにお譲りすることで、あなたを祝福いたしましょう。のみならず、私は一生、あたかもあなたの血縁者であるかの如く、あらゆる諍いごとにおいて、あなたの味方となって戦うことでしょう。親愛なる貴婦人よ、私に出来るのはこれだけで、それ以上はお許し下さい」
姫はよろこびに赤面することも、感激に身を震わせることもなく、ただ真っ青な顔をして、そばに在るものを手でつかみながらかろうじて身を支えていたが、彼が話し終わるや「そんなものは要らない」とつぶやいて倒れ、皆は失神した彼女を塔の中へと連れ帰った。

アストラットを去る(第963行~第996行)

その時、イチイの木の暗がりを透して一部始終を見ていた彼女の父親が言った。「ああ、娘の命の花を散らしかねない恋わずらいよ。ランスロット殿、あなたは優しすぎる。娘がきっぱりとあきらめられるよう、もっと冷たくあしらってやって下され」「不本意ですが、出来る限りのことはしましょう」とランスロットは答えた。

その日の夕方、盾を取りに人が遣られた。乙女は神妙に立ち上がり、カバーを外した盾を渡した。窓下に蹄の音を聞いた彼女は、窓を開け放ち、ランスロットの兜を見たが、そこに彼女の紅いスリーヴの切れ端はなかった。その時、ランスロットは窓が開く音を確かに耳にしており、また恋する者の本能で、ランスロットの一挙手一投足に誰よりも敏感であったエレイン姫は、彼が彼女の視線に気づいていることをしかと感じていたにもかかわらず、彼は上の方をちらりとも見ず、手を振ることもせず、一言の別れも告げぬまま、馬を駆って行ってしまった。これが彼に出来る限りの「冷たいあしらい」だった。

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ヘンリー・ピーチ・ロビンソン「ランスロットの盾を見つめるエレイン」。ウィキメディア・コモンズより。

こうして彼女は塔の中で一人になった。ランスロットの盾はもう無く、彼女の手作りのカバーだけが、彼女の空しい努力のあととして、そこに残った。とは言え彼女の耳に、彼の声は今なお響き、タペストリーで飾られた壁と彼女自身との間に、彼の姿は今なお在って、いやましに生気を帯びるのだった。やがて父が来て、低い声で言った。「娘や、安心おし」彼女は無言で応じた。やがて兄が来て言った。「妹よ、もう大丈夫だからね」彼女はやはり無言だった。しかしふたたび一人になると、彼女は死の呼び声を聴き、それは遠い荒野から暗闇の中を近づいてくる友の声のごとく、彼女の耳に響いた。ふくろうのわびしい鳴き声は彼女の胸をかきむしり、寸断された夕雲の空や風の嘆きは、彼女の心をむしばんだ。

「恋と死の歌」(第997行-第1019行)

この頃、彼女はみずから短い歌を作り、これを「恋と死の歌」と名付けた。それは美しい歌で、彼女はこれをいとも美しい声で歌った。

まことの恋は たとえ片思いでも とても楽しい
苦しみを終わらせてくれる死はこころよ
恋と死と どちらがより楽しいか 私にはわからない

恋の方が楽しいなら 死の方が苦しいに違いない
けれども私にとっては恋がつらく 死がこころよ
恋よりも死の方がこころよいなら 私は死にたい

楽しい恋 それは永遠に色あせることがない
楽しい死 それは私たちを愛なき土くれに変える
恋と死と どちらがより楽しいか 私にはわからない

もし恋が楽しいなら 私はよろこんで恋について行く
けれども今は死が私を呼んでいるから 死について行く
私は私を呼ぶ者について行く 私は死にたい

この最後の一行とともに、彼女は声を張り上げ、それは折しも彼女が暮らしているこの塔をも揺るがす風吹きすさぶ、燃ゆるがごとき明け方のことであった。彼女の兄たちはその声を聴き、戦慄しながら考えた。「あれはこの家に取り憑いた悪魔ファントムのいまわのきわの叫び声だ」そして父を呼び、男三人で塔を駆け上がってみれば、何と、その顔一面に血潮のごとき光を浴びたエレイン姫が、金切り声で「死にたい」と歌っているではないか。

王宮への道(第1020行~第1093行)

われわれがある言葉について繰り返し考える時、何故かは知らず、熟知しているはずのその言葉がいつしか一つの謎と化するように、彼女の父は彼女の顔をしげしげと覗き込みながらひとりごちた。「これがエレインか?」少女はやがて仰向けに倒れ、その両腕をそれぞれ二人の兄に預けながら病床に就いたが、その瞳にはまだ「おはよう」の明るい光が輝いていた。遂に彼女は言った。「優しいお兄様たち、私はゆうべ、ふたたび好奇心の強い幼時の私に還りました。そのような幼い時分、私たちはともに森で遊び、またあなた方は船頭さんの舟を借りて、私を川のぼりに連れて下さったものです。ただし、あなた方はあのポプラの樹が立っている突端ケープを越えることなく、そこをリミットと定め、そこから流れに沿って引き返すのが常でした。けれど私は泣いた。なぜなら私はそこで引き返さず、輝く波をさかのぼって、遂には王様の宮殿のあるところまで行ってみたかったから。しかし私の願いは叶わなかった。ところがゆうべ、私は夢の中で、たった一人で川に浮かんでいたので、『今度こそ願いが叶う』と思いました。ところが目をさますと、私の願いはまだ叶っていませんでした。それゆえ私をしてあのポプラの樹を越え、波をさかのぼって、彼方なる王宮へと旅立たせて下さい。そこで私は大勢の人々に出会うでしょうが、私に敢えて嘲笑を浴びせる者は誰もいないでしょう。ガウェイン卿は私を見て驚き、ランスロット卿は私を見て物思いにふけられることでしょう。私に千の惜別の辞を下さったガウェイン卿と、私を素っ気なく無言で置き去りにされたランスロット卿とは。そうして国王陛下も私と私の恋をご存じになり、王妃様ご自身も私を憐れまれることでしょう。こうして私は宮廷のすべての人たちに受け入れられ、長い長い旅路の果てに、安息を得ることでしょう」

「お黙り」と彼女の父は答えた。「娘よ、何をたわけたことを言っているのだ。病気のお前がそのような長旅に堪えられるわけもなく、またわれわれすべてを見くだしているあの思い上がった騎士が、ことさらお前に面会してくれるわけもない」
この時、血気盛んな騎士トーリは息が荒くなり、じっとしていられなくなって、激しくむせび泣きながら言った。「俺はランスロットが憎い。もしもどこかで彼に出くわしたなら、彼がどんなに偉大な騎士だろうと、彼に殴りかかり、彼を殴り倒し、出来ることなら彼を殴り殺したい。彼は家族をそれほど苦しめたからだ」

これに対して優しい妹は答えた。「お兄様、お怒り遊ばすな。私を愛して下さらなかったのはあの方の落ち度ではなく、むしろあの方に恋してしまった私の方に落ち度があるのです。あの方は私にとって最も気高い男性と思われました」

「気高い?」娘の恋を冷まそうと考えた父親は、その言葉尻をとらえて言った。「いやいや、娘よ、お前の言う『気高い』の意味が、わしにはわからぬ。わしにわかるのは、世のすべての人々と同様、これだけだ。あの男は王妃に思いを寄せている、それは公然たる恥辱だ。そうして王妃もまた彼の思いに報いている、これまた公然たる恥辱だ。これをもって『気高い』とするなら、何をもって『卑しい』とすればよいのか」

そこでアストラットの百合乙女は答えた。「優しいお父様、私は怒りで胸がむかつき、気が遠くなりそうです。おっしゃることは誹謗中傷の類いです。およそ高貴な人間はさような噂に惑わされないものです。人間には味方もいれば、敵もいるのが当たり前だからです。とは言え、私が今誇りに思うのは、自分が一点非の打ち所のないお方に恋をしたことです。それゆえ、あなたの目にどのように映ろうとも、お父様、私は決して可哀想な娘としてではなく、たとえ片恋でも、この世で最高の恋をした娘として死にとうございます。あなたが私の寿命を延ばそうとして下さっているのは理解できますが、あなたの努力は逆効果です。なぜならあなたのお話を信じることは、私の死期を早めることになるからです。それゆえ、お父様、もう何もおっしゃらず、ただ神父様をお呼びになって、私に最後の秘跡を受けさせて下さい」

エレインの死(第1094行~第1129行)

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ヘンリー・ピーチ・ロビンソン「フェイディング・アウェイ」。ウィキメディア・コモンズより。

神父が来て帰ると、罪が許されたせいか、姫はとても明るい顔で、騎士ラヴェインを呼んで、一通の手紙を口述し、一句たがわず、これを筆記してもらった。騎士ラヴェインは尋ねた。「この手紙はわが親愛なるランスロット卿に宛てたものかい?なら僕がよろこんで届けよう」彼女は答えた。「ランスロット様と、王妃様と、全世界とに宛てたものです。しかしこれは私自身で届けなければなりません」やがて手紙が書き上げられ、折りたたまれると、姫は言った。「おお、優しくて誠意あるお父様、聞いて下さい。あなたはこれまで私のどんなわがままでも聞いて下さいました。だから私のこの最後のわがままをも、たとえ如何に奇妙なものであろうと、聞き届けて下さるものと信じます。私の臨終の時が来たら、私にこの手紙を持たせ、指を折りたたんで下さい。私は死んでもこの手紙を守り抜きます。そうして私のからだが完全に冷たくなったら、恋わずらいで死んだこの私の小さなベッドを、王妃のベッドのごとく飾り立て、また私自身も王妃のごとく着飾らせて、そこに寝かせて下さい。そうして一台の霊柩馬車チャリオット・ビアを手配して私を川へと運び、川には黒い布飾りで覆われた一艘の小舟を待たせておいて下さい。私は堂々と宮廷に出向いて、王妃様にお目通りします。そこで私はお父様やお兄様たちよりもきっと上手に、自分自身の身の上を物語ります。それゆえ、私にはただあの口のきけない老僕一人だけをつけて下さい。彼は舵と櫂とをじゅうぶんに操って、私を王宮とその数々のとびらへと導いてくれるでしょう」

姫は語り終わると、もう何も言わなかった。父は約束した。それ以来、彼女はとても朗らかに見えたので、彼女の病いは気の病いに過ぎず、一命を取り止めるのではないかとも噂された。しかしそれから十日の時が経ち、十一日目の朝、父は娘の手に遺書を持たせ、その指を折りたたんだ。その日、アストラットは深い悲しみに包まれた。

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ランスロット・スピード「舟の上のエレイン」。ウィキメディア・コモンズより。