表題の歴史小説につきまして、一天一笑さんから紹介記事をいただておりますので掲載します。一天一笑さん、いつもありがとうございます。
葉室麟『実朝の首』(角川文庫)を読了して。
葉室麟の初期の長編歴史小説の代表作です。暗殺された実朝の首は、何処へ持ち去られたのか。実行犯・公暁を暗殺した黒幕は誰で、どのような目的をもってなされたのか。公暁の乳母子の美貌の少年・弥源太を進行役に当てながら、探ってゆきます。
物語は1219年、深い雪の中、源実朝が、右大臣拝賀の式典を鶴ケ岡八幡宮で執り行う最中に、甥の公暁に惨殺されたあげく、その首が行方不明になるところから始まります。実朝28歳、公暁20歳。8歳違いの叔父・甥の間柄ですね。
首を獲られるのは武家にとって“敗北”を意味します。しかも実朝は、武家の棟梁たる“征夷大将軍”の地位にありましたから、北条家側の屈辱感は一通りではありません。
公暁は父・源頼家の死後、祖母・北条政子の屋敷で、袴着の儀式を行い、実朝の猶子となった。更に成長した公暁を別当阿闍梨に任じ、鎌倉に呼び寄せたのも、全て北条政子の命令だった。ある意味、公暁を監視する必要があった。
衣冠束帯姿の実朝は手に錫杖を持ち、静々と石段を降りていた。その時、誰かが実朝の下襲を踏んだ。実朝は思わず倒れかけた。大銀杏の木から飛び出した公暁は言った。
「我は別当阿闍梨。父の仇、実朝討つべし」
誰かが、思い込みが強く、激しやすい性格の公暁を唆したのだ。
その者は公暁に言った。源氏の不遇の子であらせられるが、万が一実朝がいなくなったら、そなたが将軍位に就く。実朝を殺さなければ、そなたが実朝に殺されるとも。
公暁は備中阿闍梨の雪ノ下の屋敷で、剥き出しの実朝の首を横に置いたまま、湯漬けを掻き込んだ。
乳母子の弥源太(三浦一族)に手招きして言った。
「わしは、実朝を討ち果たした。将軍になる迎えをよこせと三浦義村の館に駆けて参れ」
「すぐに、お迎えいたすによって、お待ちあるように」
驚き、悲嘆にくれる芝居をした三浦義村は、そう返事をした。そしてすぐさま北条館に使いを出した。目的は義時の生存確認だ。義時が生存ならば、公暁を始末せねばならない。
弥源太は雪ノ下の僧房に帰った。
「遅かったな。三浦の迎えと一緒ではないのか。何故すぐに迎えを寄越さぬ」
「いますぐ三浦館に出向かれた方がよろしいのでは?執権から三浦に手が伸びる前に」
高揚した気持ちが収まった公暁は初めて自分が大変なことをしたと思った。
公暁は、御剣役の北条義時も討つ予定で、「悪僧」と呼ばれる従者たちを配置していたが、どうやらしくじったらしい。これは誤算だ。公暁は身震いをして言った。
「三浦館に行く。弥源太、供をしろ。首は袈裟に包んで、弥源太が持て」
三浦義村の使者の前に姿を現した北条義時ははっきりとした声で言った。
「逆賊・公暁を討て。長尾定景を追手とする」
執権には誰も逆らえない。
程なくして、怒号と悲鳴が聞こえた。松明はあかあかと燃えている。
「別当阿闍梨、ここにおわす」
「謀反人を討ち取れ」
「馬鹿な。私は将軍になる身だ」
公暁は叫びながら、武士の群れに斬り込んでいく。
「弥源太、先に行け」
それが、弥源太が聞いた公暁の最後の言葉だった。
公暁は三浦館の塀までたどりついたが、塀を乗り越えようと跳躍した時に射殺された。
最後に思った。やはり私も首になるのか・・・
一方、弥源太は、三浦館を通り過ぎ、若宮大路を疾走した。雪が途切れた頃、由比ヶ浜に出た。
流木を使い、穴を掘り、そこに実朝の首を埋めた。首が傷むのは残念だが、明日掘り起こして、大倉御所か三浦館に持っていこう。公暁の悪鬼の形相が目に焼きついている。
しかし、翌朝には首は或る者に盗られてしまいます。
登場人物も多士済々です。例えば北条政子。
胆力の裏に隠れた、母親としての私情。頼朝との間の4人(2男2女)の子供すべてに先立たれた。子や孫を権力闘争の捧げものとした。父親も追放した。
「姉上は我が子が死んでもお悲しみではないのですか」
政子は手をぶるぶる震わせながら義時に向かって言った。
「我が子が死んで悲しくない母がこの世にあると思うのですか。まして実朝を殺したのは孫の公暁。これ程つらい目にあった女人がこの世にいると思いますか」
政子は、頼朝急死後、北条家の要となり、後鳥羽上皇との承久の乱に勝つ。御所に集合した北条家一族郎党に語りかけた演説は政子の真骨頂であった。
しかしながら、政子も実朝がこの世にある時よりも、首なし死体となった今の方がその影響力を及ぼしていることを認めざるを得なかった。実朝がいなくなった途端に朝廷やら和田合戦の生き残りやら、三浦一族やらが魑魅魍魎のごとく動き出したと感じている。
そして姉・政子に頭の上がらない北条義時。彼は確かに策謀を巡らし、ライバルを蹴落とすが、その原動力は、上昇志向を持つ小心者にありがちな、喰うか喰われるかの2択の思考の持ち主だった(姉・政子の心の襞は理解不能)。
もう一人、女性陣では竹ノ御所・鞠子(頼家の息女、公暁の妹)が出てきます。
ひっそりと養育され、14歳になるまで祖母・政子とも会ったことがなかったのですが、自分の境遇に不満を言うことなく、知恵を出して窮地に陥った三郎義秀たちを助けます。
彼女をヒロインとして描いた他の作品では涙無くして読めない仕上がりになっていますが、葉室麟の作品らしく、絶対的な権力にはかなわないが、自分らしく行動して一矢報います。
政子譲りの胆力と、年頃の娘の気持ちがバランスよく描かれています。
承久の乱の敗者の後鳥羽上皇。日本史ではあまり評価されていないが、実は義時が恐れるほどの所領を持ち、西面の武士を育成した。英邁にして文武両道。何より人の遣い方を心得ている。摂津源氏の誇りを持つ源頼茂(源頼政の孫。頼朝の河内源氏より自分たち摂津源氏の方が家格は上と主張する)の自尊心をくすぐる辺りはさすがです。
勿論、以仁王と源頼政の平氏追討の令旨が、源氏繁栄の嚆矢になったのは事実ですね。
また弔問使を使い、実朝の首を取り返すのも見事です。後鳥羽上皇曰く、頼朝は朝廷に対して礼を尽くしたが、北条は何もわかっていない。礼儀知らずだと開戦を決意します。
そして、最初に実朝の首を供養した、和田義盛の三男・朝比奈三郎義秀とその同志たち。弥源太は彼らと行動を共にします。廃れ館に陣取って、弓の名人・愛甲党まで担ぎ出し、実朝の首を取り返しに来た長尾定景相手に活躍する。実は三郎義秀は、実朝の首を祀るに最もふさわしい僧形の人物の指令を受けて、行動しているのだ(勿論自らの思いもある)。
その他の歴史の表面に出ない、汚れ仕事を引き受ける御使雑色の安達新三郎(安達盛長の孫)の心理的葛藤を抱えながら主命に従う姿。
朝廷と鎌倉幕府、和田合戦の生き残りの三つ巴の歴史ミステリー。清冽な読後感が得られると思います。お楽しみください。
一天一笑