魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

米澤穂信『黒牢城』

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角川書店による『黒牢城』の広告。amazon.co.jpより。

表題の歴史小説…というよりも推理小説(?)について、一天一笑さんから紹介記事を頂いておりますので掲載します。一天一笑さん、いつもありがとうございます。


米澤穂信よねざわほのぶ黒牢城こくろうじょう』(角川書店)を読了して。
戦国時代・天正年間、織田信長の天下がほぼ確定しつつある時期に、敵わないのを承知で謀反を起こした二人の武将がいる。信貴山城に立て籠った松永弾正久秀と、有岡城に籠城しながら、結局は一切を見棄てて逃亡した荒木摂津守村重です。
本書では、荒木村重有岡城に籠城した1578年~1579年までの時々刻々に変化する城内の様子を描いています。「序章・因」「第一章・雪夜灯篭」「第二章・花影手柄」「第三章・遠雷念仏」「第四章・落日孤影」「終章・果」の六章から構成されています。

1578年10月、嘗て伴天連ルイス・フロイスが「甚だ壮大にして見事」と評した有岡城で、粛々と籠城に備える仕度が進んでいた。
つまり、荷駄が運び込まれる。荷駄の中味は、米・味噌・塩等の食糧の他に、金銀銅貨などの貨幣、鉛・玉薬ぎょくやく・鉄・皮などの武器、燃料の薪炭等を運び入れていた。
用を果たした者たちは、一様に安堵した表情で足早に去ってゆく。
瞬く間に噂が立った。
“戦が近いぞ”
誰と誰が戦うのか?

そのような状況下、織田方と小寺こでら藤兵衛政職まさもとの二人の主人に仕える黒田官兵衛が、使者として訪ねてくる。官兵衛は織田麾下、羽柴秀吉の命令によって有岡城を訪れていた。
茶人の側面も持つ村重は、違い棚に名物の茶壷<寅申とらさる>を飾った広間に黒田官兵衛を案内する。官兵衛の用件は、ズバリ「この戦(謀反)は勝てませぬ」「毛利右馬頭うまのかみ輝元殿は、有岡城の救援には来ませんぞ」
官兵衛の話を聞き終えた荒木村重は叫ぶ。
「出会え!殺すな。刀を奪え。生け捕りにせよ」
官兵衛は、組み伏せられ、猿轡をかまされた。
「殿、こいつをどこに移しますか?」
土牢つちろうに入れよ。誰にも会わせず、殺さず、わしがよいというまで生かし続けよ」
この時代、使者は会談が終われば返すのが定法。帰さないのであれば斬るのが定法。
武門の習いに、虜囚はないのです。猿轡を外された官兵衛は叫ぶ。
「武門の習いに無いことをすれば、必ず因果は巡りましょう」

荒木村重は、戦国の下剋上を体現した人物でもあります。もともとは、国衆池田家に仕える家臣・荒木弥介であったが、池田家で頭角を現し、やがて池田家の当主・池田筑後守勝正を放逐し、主家を乗っ取る形で荒木家を興しました。権謀術数をめぐらし、裏切りを重ねた結果として摂津守に上り詰めました。帰依する宗教の違いや人間関係も入り組んで一筋縄ではいきませんでしたが、成り上りました。
さらに、息子・村友の正室として明智光秀の娘を迎えましたが、殺さず、この頃には既に送り返しています。当然摂津の国衆からも、人質を預かります。
黒田官兵衛も、息子・松壽丸しょうじゅまる黒田長政)を織田家に人質として預けています。
官兵衛が戻らない時点で、松壽丸の身の上はどうなるのか?

荒木村重は、御前衆ごぜんしゅうと呼ばれる武将たちを抱えています。
家老格の瓦林かわらばやし能登のとや、一門衆の荒木久左衛門きゅうざえもん、妹婿の野村丹後。
御前衆のこおり十右衛門じゅうえもん、秋岡四郎介しろうのすけ、伊丹一郎左衛門、いぬい助三郎、森可兵衛かへえ
雑賀衆鈴木孫一郎や通称・下針などの人物が出てきます。
さらに村重が美濃斉藤内蔵助との交渉の使僧としていた無辺も殺されてしまいます。
側室の千代保ちよほ(=荒木だし)は荒木村重と親子ほど年が離れていますが、我儘を言わず村重を支えます。高山右近の実父・高山飛騨守大慮も有岡城に詰めています。

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NHK大河ドラマでの「荒木だし」の処刑シーン。medium.comより。

第一章では人質の安部自念じねんが、村重が殺すなと命じたにもかかわらず、殺されてしまいます(暗殺されます)。凶器の弓が消えているのです。家臣たちに聞き取り調査をしても、埒があきません。互いに疑心暗鬼を抱きます。考えあぐねた村重は、地下牢に足を運び、黒田官兵衛の知恵を借ります。囚われていても頭脳明晰な官兵衛は、狂歌をもって応えます。
誰がどの様な目的を持ち、どのような方法で安部自念を死にいたらしめたのか?
この章では、下手人と目された御前衆の一人が手柄を立てますが、死にます。
その最期を見た者は誰もいません。

こうして、章が進むにつれ、陣太鼓がなるたびに、軍議が開かれるごとに、荒木家の家臣団の人数が減ってゆきます。その都度、行き詰まった荒木村重は、誰を信じてよいかわからず、官兵衛に相談します。官兵衛は忖度することなく、出来事の核心を突きます。
官兵衛の生死を確かめ、救出するべく、栗山善助ぜんすけ有岡城本曲輪ほんぐるわに忍び込むが、荒木村重は、善助を殺さず、監禁しておきます。

荒木村重遁走後、生き残った御前衆たちの身の処遇はどうなったのか?
有岡城落城後の家臣たちと妻子親族の運命は?
黒田官兵衛栗山善助たちに救出され、羽柴秀吉の勧めに従い、有馬温泉で養生したものの、歩行するには杖が必要な体になった。自戒を込めて、魔に魅入られたような有岡城での日々を振り返る。
そこへ、二人連れの客人が訪れる。客人の一人は竹中源助と名乗る。官兵衛の見出した光明とは?

毛利家が助けに来ないのを、何処かで解っていた有岡城の物語。籠城に必要なのは一致団結した人材だと痛切に悟った荒木村重の落ちゆく先と、その後の人生は?
どうぞお楽しみください。
天一