表題のミステリー小説につきまして、一天一笑さんから紹介記事をいただておりますので掲載します。一天一笑さん、いつもありがとうございます。
- はじめに
- 伝説を語る里見医師はゆり子の心に入り込む。
- 里見とゆり子は実験を行う。
- ゆり子は自分の誘拐事件を洗い直す決心をする。
- ゆり子と里見は真相に迫るか?
- 父と叔父の諍い
- 翌朝ゆり子は、石灯籠近くに砕けた陶器を発見する。
- 果たして真相は?
はじめに
多島斗志之『不思議島』(徳間書店)を読了して。
この物語の舞台は、瀬戸内海に浮かぶ島々です。十二歳の時、誘拐された過去を持ち、遠距離通学で、四国松山の大学を卒業後、伊予大島の公立中学に数学科の教師として着任した二之浦ゆり子がヒロイン。一月前に伊予大島に赴任してきた療養所の医師、里見了司とともに、漁師の栄吉の協力を得て船に乗せてもらいながら、我が身に起こった誘拐事件の真相に辿り着くまでの約十日間を描いています。
二之浦ゆり子の家庭環境は、入り婿ではあるが、現職の町会議員であり、直近の町議選にも打って出ようとする父親・礼次郎。美貌だが躁鬱病に苦しみ、通院の欠かせない母。高等師範学校卒の祖母・ハツ。東京の大学卒業後、父との約束通り、今治の会社に勤める妹・ちあき。
そして、祖父の没後、勘当が解け、家に出入りするようになった母の実弟(叔父)で、医大中退の落ち着いた雰囲気の父とは違い、如何にも抜け目のなさそうな精力的な印象の庄吾の五人です。島中皆顔見知りばかりで、無責任なうわさが飛びかねない封建的な気風が残る島では、村上水軍の末裔を誇る二之浦家は、地元の名士と言えるでしょう。里見了司は、三十歳前後の独身医師なので、嫌でも島の人々の耳目を惹きます。
本人のいうには、喘息の転地静養を兼ねて島の診療に応募したらしい。また、服装にはあまり構わず、自分でも気になることがあると納得するまで調査をしないと気が済まない気性の持ち主です。
今治と伊予大島を結ぶフェリーに乗り合わせたことから、急スピードで交際が始まります。
伝説を語る里見医師はゆり子の心に入り込む。
400年前、戦国時代、村上水軍に帆別銭&櫨別銭(=通行料)を支払わず、夜間霧に紛れて来島海峡を通り抜けようとした船があり、成功したように思われたが、たった今通り抜けたはずの島が目の前に現れ、結局くぐりぬけは失敗した。船頭と水夫は掟により首を刎ねられたが、炊事係の少年だけが生き残って、来島海峡には「不思議島」があると伝えた。そのそっくりの島・不思議島(伏木島)の存在は過去の文献で明らかにされているから、自分はその謎を解いてみたいと語った。その為にトレッキングシューズも購入した。
下田水港付近の駐車場に車を置いてきたゆり子は、里見を送りがてら、自宅に招待した。
祖母は里見を歓迎、ちあきも愛想よくするが、母は里見をじっと見つめただけだった。
里見は「ワイ潮」として謎解きされた潮流を自分の目で確かめたいので船を出せる人がいたら紹介してくれないかと頼む(日時まで指定して)。
この時から、里見はゆり子の心にスルリと入ってきた。裏には里見の思惑が隠れていた。
里見とゆり子は実験を行う。
祖父と縁のあった漁師の栄吉の船で、馬島と中渡島潮流信号機を超えて南下する。中渡島の立ち入り禁止の立て札のある潮流信号所でデートとなった。以前のゆり子には考えられない事。
栄吉の船が能島を過ぎ、ゆり子と里見の眼前に九十九島が現れ、里見の「この島が文献に出てきた伏木島かもしれません。上陸できますか?」と栄吉に尋ねる声を聴いたとたん、ゆり子は冷や汗が出て、蹲った。十五年前の誘拐事件を知る栄吉は、すぐさま進路変更し、友浦に船を寄せた。実験は中止となった。
ゆり子は自分の誘拐事件を洗い直す決心をする。
ゆり子の帰宅直後、町議選立候補の根回しで忙しいであろう叔父が来ていた。
「ちあきに聞いたが、宮窪の診療所の医師と付き合っているだって?この町にも妙な余所者が入ってくるから、しっかり気いつけろよ!」
ゆり子は不愉快になった。
少し眠り、落ち着いたゆり子は、里見からの夕食の誘いに応じ、車を運転して出かける。
昼間栄吉の言った通り、霧が出て不透明な夜だった。
島に一軒だけあるホテルで夕食を済ませた後、車の中でゆり子は昼間里見の実験を中止させた事をわびた。
里見は実は自分は誘拐事件を知っていたと言った。診療所の年配の看護師から聞いて、今治の図書館で、十五年前の誘拐事件の新聞記事をコピーしたと言って、ゆり子に見せた。
新聞記事の横には、祖父の背に隠れて顔だけのぞかせているゆり子の写真と、九十九島の全景写真、大島付近の概略図が掲載されていた。
里見は言った。
「誤解しないでほしい。君に興味を持った後でこの誘拐事件に興味を持った。順序が逆なのだ」
車から出て、里見と霧の夜の散歩をしたゆり子は、問わず語りに事件後の自分の心境を話した。誘拐事件の被害者の立場を忘れられないこと。父は自分をお姫様扱いにして妹と差をつけたが、ちあきはグレなかったこと。結局誘拐事件は、二之浦家が警察に届けずに、身代金500万を届けたせいか、犯人不明のままになったこと。
自分としては、思い出したくないが、背中の手の届かないところに泥が付いている気分になることがある、と里見に打ち明け、同時に今、事件の真相を少しでも知りたいと思うようになった。
ゆり子と里見は真相に迫るか?
ゆり子と里見は、大三島の大山神神社(日本で現存する唯一の女武者用の鎧「紺糸裾素懸威胴丸」、その他国宝や重要文化財に指定された武具が奉納されている)にドライブ・デート。その後、誘拐事件を担当した所轄警察署を訪問するが、当時の担当刑事は留守だった。
その後、里見とともに、連絡の取れた田平刑事と能島で会うことになった。
ゆり子は、誘拐事件の真相を知りたいが、里見の強引さに呆れもした。
だが、田平の態度はゆり子に同情しながらも、にべもなかった。
「もう時効だし、何せ手掛かりが少なすぎた。身代金の金額も二之浦家には短時間で用意できる、泣き寝入り可能な金額だった。つまりは、真相が知りたかったら、ご家族にせがんでみたらどうですか」
との返答だった。
犯人は二之浦家の誰かであるが、皆何らかの共通認識をもって、知っていて庇っている。
父と叔父の諍い
その夜、父に尋ねようと夜遅くまで待っていたがが、居間には見知らぬ届け物があった。
車庫から叔父と父の話が聞こえた。
「義兄さん、俺はどうも不安だ」
「大丈夫だと言っているだろう」
ガシャン!何かが砕ける大きな物音がしたので、ゆり子とちあきはパジャマのまま、居間の様子を見に行った。
「何が大丈夫だと!」
叔父が荒い語気で父に詰め寄った。
今にも殴り合いが始まりそうな雰囲気です。叔父も町議選に立候補している(選挙区は棲み分けている)。
父は黙って叔父をにらみ返していた。二人とも縁側にいた。父は娘たちに気が付くと言った。
「何でもない。選挙のことだ。部屋に戻りなさい」
叔父は二人から気まずそうに目をそらした。
翌朝ゆり子は、石灯籠近くに砕けた陶器を発見する。
翌朝、担任分担会議終了後、父が運転する車で自損事故を起こし、右足を骨折したとの電話が祖母から入った。普段はしっかり者の祖母でも、こういう緊急事態にはあまり役には立ちません。叔父がフェリーで、父を今治第一病院まで運んでくれたそうだ。
いつもは慎重すぎるぐらいの運転をする父が、事故?
叔父は親切ごかしをしているのではないか?里見にも島を出ていくように強く迫ったらしい。叔父の二之浦本家の当主の座を狙っているのだろうか?ちあきと従兄弟・潤也の交際を認めているのもその布石だろうか?誘拐事件では、父は身代金を運んだが、叔父も何らかの“役割”を果たしたのではないのだろうか?
果たして真相は?
余りにも苦い真相を知ったゆり子の行動は?
一つの誘拐事件を多面的に、執拗に追う里見医師の出した結論は?
何故証言能力があるゆり子が狙われたのか?ゆり子が解放されたのは本当に九十九島か?
父親に溺愛されたゆり子の母親は、扱いに困るような存在に見えるかもしれないが、彼女が沈黙を貫いているから、二之浦家は醜聞から守られている。その沈黙の重みに耐えかねて、治る見通しが立たない躁鬱病を患っている。角度を変えてみると、二之浦家の人柱かもしれない。聡明なはずの祖母は、誰でも知っていた島の噂にも、真相にも辿り着かない。
村上水軍の歴史的な背景や、瀬戸内海の小舟での島巡りも楽しめます(地図も掲載されています)。ゆり子とちあきの姉妹の性格の違いもよく描かれています。
第106回直木賞候補作、お楽しみください。
一天一笑