魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

ルネ・ヴィヴィアン作『一人の女が私の前に現れた』第10章

私の闇は最後に夜明けとともに破れて、人や物のおぼろげな輪郭が悪夢の恐怖に取って替わった。言葉が聞き分けられるようになるとすぐ、イオーネが死んだと聞かされた。
彼女は地下の墓所で永眠していた。窮屈そうな棺桶が白いすみれの花で飾られていた。薄闇の向こうに、夢で見たのとまったく同じ三つの棺があることに気がついて、私は身ぶるいした。

私はその日いちにち死者に囲まれて過ごし、夕暮れまでそこを離れなかった。瀕死の花の香りが何かしら酸えた匂いと入り混じり、気が遠くなった。時として、棺の板がしじまの中できしみ、薔薇の花びらが静かに舞い落ちた。地上に戻ってくると、目に映るものすべてが新しく、不可解に思われた。私は生者よりも死者に似ていた。人語を耳にしてその耳慣れぬひびきに驚き、通りの車の音に仰天し、人々の姿を見て茫然自失した。

「明日お葬式です」ある日、人がそのように告げた。
涙で曇る心に、冷たい教会が、大勢の弔問客が、心から嘆き悲しんでいる数名の人の姿がよみがえる。白い棺台と汚れなき花々をふたたび見る。冷たいイギリス人牧師と冷たいイギリス式の葬儀を思い出す…イオーネのカトリックへの改宗にもかかわらず、彼女の両親は強引にプロテスタントの儀式を選択したのである。
『復活』と『永遠』を呼ばわる声は、白い花々が散ってゆく棺の前でうつろに響いた。私はまたもろもろのすすり泣きの声の上に、経文の一節が弔いの鐘のように鳴り響くのを聴いた。

Though worms shall eat this body…
(たとえ身は蛆の餌食となろうとも…)

そうして私のかすんだ目に浮かんだものは、あの柔らかくてデリケートな肉体が蛆虫に食い荒らされてゆく様子だった。

Though worms shall eat this body…
(たとえ身は蛆の餌食となろうとも…)

この句はあらゆる不死の約束よりも深く深く鳴り響いた。私の異教徒の魂は滅びた美を、失われた優しさを思って呻吟した。私は絶望した悔恨だった。そうしてキリスト教の慰めはもっとも心ない嘲りであるように、私には思われた。
私は跪いた。誰の前に、何の前に、何のために。わからない。私はただ何か私の苦しみの上にあるもの、そうして私が了解するすべもないものの前に、おとなしく跪いたのだ。

『神』よ…人が名付けようのないものに付けた、この憐れな、情けない名前よ。名前、すなわち人間が同類間で理解し合うために発明したラベル。名前、すなわち人の頭脳が考え出した定義に過ぎないものが、どうして『無限なるもの』を表現できよう。
それに、愛する者のなきがらを前にして、『神』だの『無限』だの『永遠』だのと言う言葉に、そもそも何の意味があろうか。(第10章終わり)


訳者注:上の「『神』よ…」以下の行、私が使用している仏語原文では欠落しており、ジャネット・フォスターの英訳によって補います。