魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

(日本語訳)ボードレール「信号灯(Les Phares)」

レオナルド・ダ・ヴィンチ「岩窟の聖母(ロンドン・ヴァージョン)」ウィキメディア・コモンズより。

ルーベンス 忘我の川だ 自堕落な遊びの庭だ
咲きめた女体にょたいまくら 恋人ひとと寝るものではないが
空中の空気のごとく 海上の海波のごとく
生命せいめいはさらさら流れ 脈々と息づいている

レオナルド・ダ・ヴィンチ それは薄暗く 深い鏡だ
見目麗しい天使らが 甘美なる微笑びしょうとともに
その土地の最果てにある松林 そして氷河の
影の中から ことごとく神秘を帯びて現れる

レンブラントは病人の嘆きに満ちた病院だ
内部を飾るものとては 大十字架だいじゅうじかが一つだけ
汚物から 涙ながらのお祈りが 立ちのぼるかと
見るうちに 冬の日ざしのひと筋が 不意につらぬく

ミケランジェロは幻視の場 そこではイエス・キリストが
ヘラクレスほどたくましく 元気になった亡者もうじゃらは
しらじらと白む夜明けの空のもと みずからの手で
みずからの装束しょうぞくを引き裂いて まっすぐに立つ

ボクシング選手の怒り 牧神の破廉恥行為
君はく 教養のないひとの美を 拾い集める
顔色の悪い病人 それでいて胸は誇りに
満ちた君 苦役者くえきしゃたちの悲しげな帝王 ピュジェ

ワットーは謝肉祭です 数知れぬ紳士淑女が
華やかな翼をひろげ さまよえば胡蝶のごとし
シャンデリア 照らされるのは軽やかで涼しい虚飾
照明は ワルツを踊る人々に 狂気をそそぐ

ゴヤ それは魔性のえんもたけなわに 煮られる胎児
姿見すがたみに見入る老婆や 悪霊あくりょうを誘惑せんと
素裸すはだかになったからだに 靴下だけを着けた女児
何もかも 何が何だかわからない そんな悪夢だ

ドラクロワ それは邪悪な天使らが住む秘境にて
常緑のもみの木陰に 鮮血をたたえた池だ
ウェーバーの楽曲に聴く 殺された吐息のごとき
不気味なるファンファーレのみ 悲しき空の下をゆく

この呪詛じゅそと 罰当ばちあたりなるこの罵詈ばりと この愁嘆と
この狂喜 この叫び声 この涙 この讃歌テ・デウムこそ
一千の迷路の内部なかこだまする一つの反響エコー
心ないわれらのための 神聖化された阿片だ

一千の哨兵しょうへいたちが繰り返す いつの号令
一千のメガホンたちが受け渡す 一つの指示だ
一千の牙城の上にともされる信号灯だ
森林で迷子になった猟師らの合図の声だ

それは主よ これぞまさしくわれわれが 人たることの
尊厳を世に示し得た 最高のあかしだからだ
時代から時代を超えて 永遠の「神の国」へと
流れ着くまでは消えない この熱きすすり泣きこそは


*『悪の華』第二版6。原文はこちら