魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

エドガー・アラン・ポー「大鴉(The Raven)」他二篇

ポーの詩のうち、リフレインの使い方に特徴があるもの、特に彼が「フィロソフィ・オブ・コンポジション(Philosophy of Composition )」というエッセイの中で提唱したリフレイン論と関係があると思われる作品を以下に三つ、日本語に訳しました。興味を持たれた方は、ぜひ原文に当たって、検証の労を取っていただくようお願いします(2019年5月)。*1


<目次>

 

ブライダル・バラード(Bridal Ballad)*2

それは指輪があるから
 それは花の冠があるから
綺麗な衣裳も宝石も
みんな私の意のままだから
 だから私はうれしい

それに何より優しい新郎がいるから
 でも彼が誓いの言葉をささやいたとき
私の胸は騒いだ
その言葉は弔いの鐘のようで
その声はあの男の声だったから
谷間の戦闘でたおれて
 帰らぬ人となったあの男の

彼はぼんやりしている私に声をかけて
 私の額に口づけをした
すると私は幻覚に襲われ
それは私を墓地へと連れて行って
それで私は目の前の男に
彼を死んだデロルミだと思って
 「うれしい」と言ったのだった

こうして愛が告げられ
 これが交わされた誓いであって
それで私が不実な女となって
ひそかに断腸の思いをしても
人はこの黄金の指輪で
 私を幸せ者と呼ぶでしょう

ああ 私は目を覚まさなければ
 なぜなら私は夢を見ていて
それで心配でたまらないから
これは一大事ではないかと
これでは見捨てられた故人が
 死に切れないのではないかと


映画『ヴェニスの商人(Merchant of Venice, 2004)』より。詩:エドガー・アラン・ポー(Edgar Allan Poe)曲:ジョスリン・プーク(Jocelyn Pook)歌:ヘイリー・ウェステンラ(Hayley Westenra)。


Merchant of Venice - Bridal Ballad (Jocelyn Pook)

ヴェニスの商人 オリジナル・サウンドトラック

ヴェニスの商人 オリジナル・サウンドトラック

 

大鴉(The Raven*3

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D. G. ロセッティ「天使らの足音」。ウィキメディア・コモンズより。

遠い日のある夜更け ぐったりと倦み疲れ
偽科学の今は稀少な諸資料をひもときながら
うたたねをしかけていると わが部屋のドアの外から
剝啄はくたくのごときかすかな物音が 不意に聞こえた
「客が来てドアを叩いているのだ」と小声で言った
「それだけだ 他にあるまい」

それは侘しい十二月 くすぶっているばらばらの
炭のかけらが床上しょうじょうに その分身ゴーストをこしらえていた
明け方の待ち遠しさよ わたくしはその夜 図書より
天使らがレノアと呼んだ絶世の美貌の処女を
うしなった悲しみからの慰めを 無駄に求めた
今はもう その名も無駄だ

パープルの絹のカーテン さらさらと鳴る物音を
耳にして 未知の恐怖に満たされたこのわたくしは
みずからの胸の鼓動を鎮めんとして起立した
「入室を求める客がこのドアの外にいるのだ
このような時間に 客が入室を乞うているのだ
それだけだ 他にあるまい」

わたくしの心はやがて強くなり もはやためらうこともなくなり
「殿様 または奥様か 深くお詫びを申し上げます
ただわたくしはうたたねを そこへあなたはおとないを
それは優しく おとなしく おとないをされましたゆえ
わたくし およそ気づきませんで」ここでとびらを広く開くと
真っ暗闇で 何もなかった

真っ暗闇を前にして ただ呆然と立っていた
夢みた者もないような不思議な夢を夢みつつ
だが沈黙は破られず また手がかりも見つからず
折しも「レノア」と呼ぶ声がたったひと声 それはただ
このわたくしのひとりごと これに「レノア」と応じた者は
木霊エコーで 他に何もなかった

部屋に戻るや 全身に火がいたかと思われた
今度は少し大きめのノックの音を聞いたから
「何か知らぬが 必ずや何かが窓のかげにいる
みずからの目で確かめて この謎を解明しよう
みすからの心を鎮め この謎を解明しよう
風のいたずら 他にあるまい」

鎧戸シャッターを開けるや否や ばたばたとはばたきながら
やってきたのは そのかみの聖なる御代みよ大鴉おおがらす
おおよそ遠慮会釈なく またひとときもとどまららず
もったいぶった物腰で 部屋のとびらの上に来た
部屋のとびらの上にある 女神パラスの胸像の
上にとまった それだけだった

黒装束のこの鳥の まじめくさった堅物らしい
渋面を見て 気が紛れ つい微笑んだわたくしは
「頭は剃っているものの 名だたる猛者もさに違いない
『夜』の国から訪れた 昔ながらの大鴉おおがらす
『夜』の世界の三途ステュクスの川辺における名を何と言う」
二度とないネヴァーモア」と大鴉おおがらすは答えた

驚いたのは この鳥がはっきり物を言ったから
無意味で筋の通らない返事のような気もしたが
およそ鳥でも獣でも「二度とないネヴァーモア」氏というような
変な名前の生き物を 自分の部屋のドアの上
像の真上に見たという世にありがたき幸せ者は
たぶんわたくしだけだから

とは言え彼はじっとして 吐いたのはその一語のみ
あたかもそれが入魂の一語であったかのごとく
ただそれからは物言わず ただの一度もはばたかず
わたくしはふと呟いた「友人たちは皆去った
明日あすには去るだろう 去りて帰らぬ『希望』のごとく」
そのとき鳥は言ったのだ「去りはしないネヴァーモア」と

この沈黙を打ち破る 妥当至極なお返事に
驚かされたわたくしは「これこそ前の主人から
聞かされた語の復唱だ その気の毒なご主人は
目も当てられぬ災難が嫌というほど重なって
遂にひとつの言いまわしがその口癖となったのだ
絶望の哀歌は『二度とないネヴァーモア』という
リフレインを負わされたのだ」

とは言え やはり気が紛れ つい微笑んだわたくしは
鳥ととびらと胸像の手前に 椅子を移動して
そのクッションに身をゆだね 不吉な鳥の鳴き声が
この醜怪で見苦しい 昔ながらの不吉な鳥の
二度とないネヴァーモア」との鳴き声が 何を意味しているのかと
空論ファンシー連鎖リンクさせていった

この怪鳥を前にして なお一言いちごんも発し得ず
その眼光を みずからの心のコアに焼き付けて
洋灯光ランプライトを反射する 菫色ヴァイオレットのビロードの
クッションカバーに ゆったりと頭を乗せて思うわたくし
菫色ヴァイオレットのビロードの光るクッションカバーの上に
彼女がもたれることは 二度とないのだと!

時に天使ら舞い降りて その足音も玲瓏と
手に手に下げし香炉より薫る気 人を魅せんとす

みずから言った「馬鹿者よ 神は使いを遣わして
恋を忘れる妙薬を 忘れ薬ネペンテスを下さったのだ
飲まんかな 心優しき忘れ薬ネペンテス 飲んでレノアを忘れんものを」
決して忘れられまいネヴァーモア」と大鴉おおがらすが答えた

預言者よ 邪悪な者よ 鳥か魔物か なお預言者
『悪』の手先か 暴風に無理強いされて来た者か
魔に魅入られたこの土地で 『恐怖ホラー』に憑かれたこの家で
孤寥無頼の大鴉おおがらすよ 本当のことを教えてくれ
ギルアデに乳香ありや お願いだから教えてくれ」
永遠にないネヴァーモア」と大鴉おおがらすは答えた

預言者よ 邪悪な者よ 鳥か魔物か なお預言者
我らの頭上なる『天』にかけて 我らがともに崇める『神』にかけて問う
手傷を負ったこの魂は せめて彼岸の浄土において
聖少女レノアの霊を 天使らがレノアと呼んだ
絶世の美貌の処女の魂を 抱くであろうか」
絶対にないネヴァーモア」と大鴉おおがらすは答えた

「これ以上の長居はご無用」わたくしは躍り上がった
「帰れ 『ニュクス』の領土なる三途ステュクスの川のほとりへと
ほら吹きの置き土産とて 一枚の黒い羽根をも残すな
わが閑情をかき乱すな その胸像の上を立ち去れ
わが胸の急所よりそのくちばしを抜き わが部屋のとびらよりその醜貌を消せ」
去りはしないネヴァーモア」と大鴉おおがらすは答えた


そうして鳥ははばたかず わが在る部屋のドアの上
パラスの白い胸像の上に 今なおとどまって
夢を見ている魔神デーモンの目のような目を光らせる
に照らされたその影はゆかをただよい 今もなお
ゆかをただようその幻を凝視しているこのわたくしに
明日あしたが来ることは もう二度とないネヴァーモア


黒人霊歌(教会福音讃美歌429番)「ギルアデの乳香(There is a balm in Gilead)」。The Adventist Vocal Ensembleによる無伴奏の合唱。歌詞はこんな感じ。

ギルアデには乳香があって
傷ついた者を健やかにする
ギルアデには乳香があって
罪に病む心を癒す

時として心が挫け
すべての努力が無駄だったような気がする
そんな時 聖霊が舞い降りて
魂をよみがえらせてくれる

たとえペテロのように説教できなくても
たとえパウロのように祈祷できなくても
ただイエスの愛について語り
彼が私たちみんなのために死んでくれたと伝えなさい


'There is a balm in Gilead'.

Up Above My Head

Up Above My Head

  • 発売日: 2012/05/18
  • メディア: MP3 ダウンロード
 

エルドラド(Eldorado)*4

華やかに着飾った
 女好きの騎士が
日ざしの中を また夕暮れの影の中を
 歌を歌いながら
 久しく旅し続けていた
エルドラドを探し求めて

だが彼も老いた
 この命知らずの騎士も
そうして心には影が差すのだった
 なぜなら 世界中の
 どこを探しても
エルドラドらしき土地は見あたらなかったから

遂に精魂
 尽き果てた時
彼は巡礼の『影』と出会った
「『影』よ」と彼は問うた
「いったいどこにあるのだ
あのエルドラドと呼ばれる土地は」

「月の山々を
 乗り越え
影の谷を下りて
 恐れずに馬を駆れ」
 と『影』は答えた
「エルドラドへ行きたいならば」

ポーのリフレイン論に関する覚書(2018年5月)

エドガー・アラン・ポー(Edgar Allan Poe)が「フィロソフィ・オブ・コンポジション( 'Philosophy of Composition')」 で説いた理論。
リフレインを使って詩を作る際、単なる同じ言葉の繰り返しでも、その意味に変化を持たせるようにすれば、斬新な効果を出すことができる。
これ自体はエドガーのごく若いころの思いつき――おそらく無名時代、養父アランに勘当されて、ヴァージニアやマリア・クレムや、その他母方の親戚たちと屋根裏部屋で雑魚寝暮らしをしていたころの思いつきだった。
彼はこの理論に基づいて数篇の詩を試作し、そのうち三篇だけを公開した。
一篇目が「ブライダル・バラード('Bridal Ballad')」。
二篇目が「大鴉('The Raven')」。
三篇目が「エルドラド('Eldorado')」。
いちばん最後のがいちばん完璧に近かった。
だがこれがすべてではない――もしエドガーが長生きしていれば、もっと凄いのを遺したかも知れないから。

*1:「大鴉」を改訳し、ご参考までに「覚書」を付け加えました(2020年8月)。

*2:『大鴉およびその他の詩集』(1845年)に拠る。

*3:『大鴉およびその他の詩集』(1845年)に拠る。

*4:グリスウォルド編『エドガー・アラン・ポー後期作品集』第二巻(1850年)に拠る。