魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

エドガー・アラン・ポー(Edgar Allan Poe)「大鴉(The Raven)」他二篇

ポーの詩のうち、リフレインの使い方に特徴があるもの、特に彼が「フィロソフィ・オブ・コンポジション('Philosophy  of  Composition ')」という文章の中で提唱したリフレイン論と関係があると思われる作品を以下に三つ、日本語に訳しました。興味を持たれた方は、ぜひ原文に当たって、検証の労を取っていただくようお願いします。原文はこちら

ブライダル・バラード(Bridal Ballad)*1

それは指輪があるから
 それは花の冠があるから
綺麗な衣裳も宝石も
みんな私の意のままだから
 だから私はうれしい

それに何より優しい新郎がいるから
 でも彼が誓いの言葉をささやいたとき
私の胸は騒いだ
その言葉は弔いの鐘のようで
その声はあの男の声だったから
谷間の戦闘で斃れて
 帰らぬ人となったあの男の

彼はぼんやりしている私に声をかけて
 私の額に口づけをした
すると私は幻覚に襲われ
それは私を墓地へと連れて行って
それで私は目の前の男に
彼を死んだデロルミだと思って
 「うれしい」と言ったのだった

こうして愛が告げられ
 これが交わされた誓いであって
それで私が不実な女となって
ひそかに断腸の思いをしても
人はこの黄金の指輪で
 私を幸せ者と呼ぶでしょう

ああ 私は目を覚まさなければ
 なぜなら私は夢を見ていて
それで心配でたまらないから
これは一大事ではないかと
これでは見捨てられた故人が
 死に切れないのではないかと


映画『ヴェニスの商人(Merchant of Venice, 2004)』より。詩:エドガー・アラン・ポー(Edgar Allan Poe)曲:ジョスリン・プーク(Jocelyn Pook)歌:ヘイリー・ウェステンラ(Hayley Westenra)。


Merchant of Venice - Bridal Ballad (Jocelyn Pook)

ヴェニスの商人 オリジナル・サウンドトラック

ヴェニスの商人 オリジナル・サウンドトラック

 

大鴉(The Raven*2

f:id:eureka0313:20190504095708j:plain

ダンテ・ゲブリエル・ロセッティ作「天使らの足音」。ウィキメディア・コモンズより。

遠い日のある夜更け わたくしは倦み疲れ
今は廃れた学術の古雅で珍奇な諸資料を吟味しながら
うつらうつらと うたたねをしかけていると ふと微かな音を聞いた 
それは誰かがわが部屋のとびらに 優しくおとないをしているような
「客がわが部屋のとびらにおとないをしているようだ
それだけだ 他にあるまい」とわたくしは呟いた

忘れもしない それは極寒の十二月
消えかけた薪のかけらが床の上に それぞれのゴーストをこしらえていた
夜明けが待ち遠しかった わたくしはその夜 かつてレノアと呼ばれた
絶世の美貌の処女を喪った悲しみからの
一時しのぎを わが書物らに求めても空しかった
永遠に その名も空しい

パープルのシルクカーテン そのあるかなきかの衣ずれの音におののき
かつて感じたことのない恐怖で満たされたわたくしは
みずからの胸の鼓動を鎮めんとして起立した
「わが部屋の戸口で 客が入室を求めているのだ
遅い時間に わが部屋の戸口で入室を求めている客がいるのだ
それだけだ 他にあるまい」

わたくしの心はやがて強くなり もはやためらうこともなくなり
「殿様 または奥様 大変失礼をいたしました
ただわたくしはうたたねをしていて そこへあなたはおとないをされ
それは優しく それは弱々しく おとないをされましたので
ほとんど気がつかなかった次第で」ここでとびらを広く開くと
一面の暗闇で 他に何もなかった

暗闇をのぞきこみ 長らくたたずんでいた
人があえて想わないことを想いながら
されど沈黙は破られず 静寂は何の手がかりも寄越さず
そこで発言された言葉 それは「レノアか」とのささやきのみ
それはわたくしのひとりごとで「レノアか」とささやき返したのは
木霊だった 他に何もなかった

室内に戻るや 全身の血がかっと燃え上がった
先ほどよりいささか大きな物音を聞いたからだ
「確かに 確かに何かが格子窓のあたりにいる
何がいるか この目で見て この謎を解明しよう
みすからの心を鎮め この謎を解明しよう
風のいたずら 他にあるまい」

シャッターを開け放つや おびただしいはばたきとともに
そのかみの聖なる御代の 堂々たる大鴉が飛び込んできた*3
遠慮会釈もなく ひとときもとどまることなく
居住まいを正しながら わが部屋のとびらの上にとまった
わが部屋のとびらの上のパラスの胸像の上にとまって
とまって ただそれだけだった

そうしてこの真っ黒な鳥の  まじめくさった堅苦しい渋い顔を見て
気がまぎれ ほほえみを誘われたわたくしは
「頭は丸めていても 勇敢な騎士とお見受けする*4
『夜』の岸辺からさまよい出でた おどろおどろしきいにしえの大鴉よ
プルートーが支配する『夜』の岸辺において その高貴なる名を何と申すか」
大鴉は答えた「もう二度とない」

この醜い鳥がこのようにはっきりと物を言うのを聞いて驚いた
その返事は意味が乏しく 妥当でもなかったけれど
なぜなら鳥にしろ獣にしろ「もう二度とない」などという名のついた
生き物を 自室のとびらの上に見た人は
それを自室のとびらの上の胸像の上に見た人は
わたくしが初めてだと言わざるを得ないから

だが彼はじっとしたまま 吐いたのはその一語のみ
あたかもそれが入魂の一語であったかのごとく
それからは物も申さず ひとたびのはばたきもせず
やがて小さな小さな声で わたくしは言った「友はみな去って行った
彼も朝には去ることだろう かつて『希望』が彼方へ飛び去ったように」
すると鳥が言った「もう二度とない」

かくも適切な応答によって打ち破られた沈黙に はっとさせられた
このわたくしは「疑いもなく これは前の飼い主から聞き覚えたものの復唱だ
その不幸な飼い主は 災いがいやが上にも度重なり
やがてひとつの言葉が口癖となった
彼の『希望』への挽歌は『もう二度と もう二度とない』という
リフレインを持つまでにいたったのだ」

とは言えこの鳥になおも心癒され ほほえんだわたくしは
鳥ととびらと胸像との正面へ クッション椅子をまっすぐに移動させ
ビロードに身を沈めながら このいにしえの凶鳥が
この醜怪でおどろおどろしい いにしえの凶鳥が
「もう二度とない」という言葉で 何を言おうとしているのかを考えながら
妄想をリンクさせていった

鳥を前にして黙り込み
その眼光を みずからの心の芯に焼き付けながら
頭を椅子のクッションに預けて 妄想にふけるわたくし
椅子の背もたれに張られたクッションのビロードには ランプの光が反射していたが
ランプの光が反射している菫色のビロードの背もたれに
彼女が身を預けることは もう二度とない!

折も折 空気は濃い上に濃く 天使らが提げた不可視の香炉によって
くゆり立ち 天使らの素足は タフテッド・マットの上で鈴の音のように鳴り響いた
「あわれな奴よ」とみずから叫んだ「そなたの『神』は天使らをここに遣わし
レノアを忘れるための痛み止めを ネペンテスを貸し与えたもうた
おお飲め この心あるネペンテスを痛飲して 死んだ女のことなど忘れてしまうのだ」
大鴉は答えた「もう二度とない」

預言者よ 凶(まが)なす者よ 鳥か魔物か とにかく預言者
『誘惑者』の手先か あらしに吹き飛ばされて来た者か それは知らぬが
魔に魅入られたこの荒涼の地で 『恐怖』に取り憑かれたこの家で
孤独ながら恐れを知らぬ大鴉よ まことを告げよとお願いする
ギレアドにバームはありやなしや? 教えてくれ お願いする」
大鴉は答えた「もう二度とない」

預言者よ 凶(まが)なす者よ 鳥か魔物か とにかく預言者
我らの頭上なる『天』にかけて 我らがともに崇める『神』にかけて問う
十字架を背負ったこのたましいは 遠きエデンの園において
聖少女レノアの霊を 天使らがレノアと呼んだ
あの絶世の美貌の処女のたましいを 抱くであろうか」
大鴉は答えた「もう二度とない」

「その言葉をお別れの合図としよう」立ち上がったわたくしは金切り声で
「嵐の中を プルートーが支配する『夜』の岸辺へと舞い戻れ
そなたが弄した嘘偽りの名残とて 一枚の黒い羽根をも残すな
わが独り在る心境を掻き乱すな わが部屋のとびらの上なる胸像を去れ
この胸の急所よりそのくちばしを抜き この部屋のとびらよりその醜貌を消せ」
大鴉は答えた「もう二度とない」

そうして大鴉は絶えて飛び回ることなく わが部屋のとびらの上の
パラスの胸像の上で 今なおじっとしている じっとしている
その目は夢を見ている魔神の目のあらゆる外観をまとっていて
ランプの光は彼の影を床の上に投げ
床の上を漂っているその影に沈んだこのわたくしの
たましいの再起せんこと もう二度とない!


「大鴉」を基にした短編映画は、ユーチューブ上に、大昔のものからごく最近のものまで、それこそ掃いて捨てるほどアップされておりますが、下の一本をおすすめするわけは二つ、一つはレノア役の女の子が可愛いのと、もう一つは本物のワタリガラスが出てくるからです。恋人を海で亡くした作家の末路とは・・・?


Edgar Allan Poe's The Raven 2011 Full movie

エルドラド(Eldorado)*5

華やかに着飾った
 女好きの騎士が
日ざしの中を また夕暮れの影の中を
 歌を歌いながら
 久しく旅し続けていた
エルドラドを探し求めて

だが彼も老いた
 この命知らずの騎士も
そうして心には影が差すのだった
 なぜなら 世界中の
 どこを探しても
エルドラドらしき土地は見あたらなかったから

遂に精魂
 尽き果てた時
彼は巡礼の『影』と出会った
「『影』よ」と彼は問うた
「いったいどこにあるのだ
あのエルドラドと呼ばれる土地は」

「月の山々を
 乗り越え
影の谷を下りて
 恐れずに馬を駆れ」
 と『影』は答えた
「エルドラドへ行きたいならば」


Dan D. Dirgesとおっしゃるユーチューバーさん。「エルドラド」にご自身で曲を付けて、ギターの弾き語りをされています。素晴らしい出来だと思いますのでご紹介します。


ElDorado (Edgar Allan Poe) - original music


*1:1945年刊『「大鴉」およびその他の詩集』のヴァージョンに拠る。

*2:1945年刊『「大鴉」およびその他の詩集』のヴァージョンに拠る。

*3:ここに出てくる鳥の種類の名(レイヴン)に「大鴉(おおがらす)」の字を初めて当てたのは日夏耿之介ですかね?この詩の雰囲気にぴったりで、素晴らしいと思いますが、グーグルの自動変換ですと「ワタリガラス」と出てくることが多いようですね。日本では冬季に渡り鳥として北海道へ飛来するそうですが、われわれ本州人にはとんと馴染みのない鳥で、特に今から約四十数年前、初めてこの詩を読んだ時には、カラスがオウムのように人語を模倣するという設定にびっくりしたのを覚えています。
ただ、今回この訳詩をアップするに当たって、実写版の「ザ・レイヴン」の動画をユーチューブで幾つか観た限りでは、「もう二度とない(nevermore)」などと実際に発音している「大鴉」は一羽もおりませんで、みんなわれわれがよく知っているカラスのように「カアカア」と鳴いておりました。大鴉が「もう二度とない(nevermore)」と鳴いているように聞こえるというのは、むしろ語り手の幻聴と解した方がいいのかも知れません。

*4:その昔、臆病者呼ばわりされた騎士は、頭を丸める習慣があったそうです。またカラスは普通、オウムのような立派な羽冠を持っていません。それを坊主頭に見立てて、何の罪もないカラスをからかっているのです。

*5:1850年刊『作品集』のヴァージョンに拠る。