見よ 西方はるか浮かぶ都市
この孤立せる異様な都市に
「死」は自らの玉座を据えた
善人も悪人も至善の人も極悪人も
皆ことごとく死に絶えた街
神殿も宮殿も城塔も
(年古りてなお揺るぎなき城塔も)
この世のものとも思われず
吹き上げる風に忘られ
空の下 希望を絶たれて
沈痛の海水横たわる
天からの光は差さぬ ひと筋も
この死の都市の無明長夜に
だが海は妖しく光り輝いて
静かに照らす 小塔を
目路はるか 乱立せる小尖塔を
円屋根 尖塔 王の宮居を
荒れ寺やバビロン風の城壁を
忘られし四阿 そこを飾るのは
石の木蔦と石の花々
照らし出される神殿あまた
その帯状装飾に彫られたものは
琴とすみれと蔓草模様
空の下 希望を絶たれて
沈痛の海水横たわる
小塔はその倒影と結ばれて
物ことごとく宙吊りに見え
市中の高塔からは「死」の神が
巨人のごとく見下ろしている
荒れ寺の内部なる墓はあばかれて
輝く海水にすべてひたされ
されどこの偶像たちの目に光る
ダイヤモンドの巨万の富も――
貴人らの満艦飾もいかんせん
墓を満たした水は動じず
さびしさの鏡のごとき水面に
漣ひとつ絶えて立たねば
異世界の海から 波が押し寄せて
風立ちぬとも告げてはくれず
これほどに凪いではいない他国の海に
風は吹くよと告げてもくれぬ
されど見よ 大気は戦ぐ
波は立ち 物はうごめく
もろもろの城塔 今や沈下して
澱める潮を押しやるごとく
曇天と塔の尖との境い目に
少し隙間が生じたようだ
波は今紅く明るく輝いている
「時」は今低くかすかに息づいている
阿鼻叫喚のごとき地鳴りに
この都市が下へ下へと沈みゆく時
地獄とて千の王者を王座より起ち上がらせて*1
敬意を表するだろう
葛生千夏のアルバム『THE CITY IN THE SEA』(1991年)より、ポーの「海中の都市」の第12行~第23行(上に訳詩で言うと「天からの光は」から「蔓草模様」まで)に曲をつけたもの。この詩にインスパイアされた楽曲というと、ヘヴィメタル調のおどろおどろしいのが多いのですが、これはいかにも日本人らしい、優しい曲想。
葛生千夏 - The City In The Sea # 2