魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

ルネ・ヴィヴィアン作『一人の女が私の前に現れた』第8章

私はイオーネの庭にいた。そこでは百合よりも神秘的な白いアイリスが青ざめていた。私はこの白いアイリスのことを一生忘れまい。そうして菫の物悲しい香りが、別れの言葉のように、小道を立ち去りがてに漂っていた。
彼女が恐らくは考えごとをしながら、好んで歩いたであろうこの庭を、私は眺めた。彼女はこれらの花々が好きだったろう。白いアイリスの方へ身を傾け、菫の匂いを嗅いだろう。
彼女はもう死んでしまっているような気がした。希望を持とうとする努力は悪い予感に押しつぶされた。
真っ青な沈黙の中で、遠い日の言葉が谺した。ある霧の夜、サン・ジョヴァンニはこのようにささやいたのだった。
「友情は恋愛よりも危険。なぜなら友情の根は恋愛の根よりも深いから…
「友情の痛みは恋愛の痛みよりももっとつらい」
どうしてその時そのような過去の言葉が私に取り憑いたのか知らない。思考は大きな痛みのもとにさらされると時として道を失い、どうでもいいことにしがみつく。深淵に呑み込まれる者が一握りの草に空しくすがるように。
はっきりと告げられた言葉があった。あなたはイオーネを失おうとしている…イオーネは死にかけている…それは何度聞いても意味のわからない言葉だった。
私は目の見えない者の仕草で白いアイリスを摘んだ。私はひとりごちた。この花は死にかけている、イオーネのように…この花はもう死んでいる、イオーネのように…この花は死んでしまった、イオーネのように…
私はふと目を上げた。背の高い、黒い人影が私の前を通り過ぎた。それは僧侶だった。私は唖然とした。
僧侶?この燃える花々の間に、この芳香のくゆり立つ庭の中に…イオーネは死の床に僧侶を招いたのだ…なぜ?…
私は彼女が賛成してくれた自分の言葉を思い出した。
「私の森において、花は何かのシンボルではない。それはただ美しい色と香りに過ぎない。私は詩人と彫刻家の『永遠』以外の『永遠』を認めない…」
そのイオーネが、みずからのそばに僧侶を呼んだとは。
私は友の見ひらいたままの目を、たとえ睡眠中でも閉じることが禁じられているらしい目を、そうしていつも考え込んでいる額を思い起こした。私はこの絶え間ない沈思黙考のあらゆる恐怖を理解した。それこそがイオーネの脆弱な肉体をゆっくりと荒廃させ、心なく破壊した張本人だった。
このかわいそうな子は、底知れぬ『神秘』を前に憔悴し、旧教の人間的慰安のうちに避難したのであろう。『沈黙』は彼女をしんそこ脅えさせたので、それで彼女は希望や、魂の平安や、開け放たれた天国の扉やらについて語る声に耳を傾けるようになったのだ。理性が『不可知』によって屈服させられた結果、あらゆる理性を侮蔑し、否定し、愚弄する素朴な人々の信仰にすがりついたというわけである。
そうしてみずからの姿が闇に消えてゆくのを見て、彼女は説明出来ぬものを説明すると称するあの聖なる嘘に救いを求めたのだ。
それが僧侶が来た理由だ。
彼女はかつて霊魂と死後の世界について私に意見を求めたことがあった。私は悲劇的な答えしか答えられなかった、「知らない」と。
彼女は大きな溜息をついた…
「そのような主題について、私はいかなる考えも持っていない」と私は付け加えた。「考えたこともないし、これから考えることもない。考えは浮かんでは消え、移り変わるものよ。感情だけが不滅なの。思想は滅びる、生き残るのは愛だけ」
…私はすでに葬式の家の灰色の飾り付けがなされている家に入った。そうしてひと目でいいからイオーネに会わせてほしいと言い張った。必死の嘆願ののち、私は病人の部屋に通された。
彼女を見た時に私をとらえた印象を、どう言い表わせはよいだろうか。友を気遣う気持ちは極度の恐怖で麻痺してしまった。
…それはもはやイオーネではなかった…彼女はすでに死んでいた。私の目の前で高熱にふるえ、身悶えしている物体は、まだ体温のある死体に過ぎなかった。
彼女の茶色い髪の毛、初秋の夜のように熱い髪の毛は、切り落とされていた。あわれな唇は絶え間なく動き、支離滅裂な語を発していた。何物をも判別していないうつろな目は、私に向けられていた。イオーネは私を長いこと見つめていたが、私に気づいていたかはわからない。彼女はもはや無意味な苦しみに過ぎなかった…この廃せられた人格の恐ろしい謎に、私は凍りついた…それで私もまたイオーネと同じように、無意味に苦しむばかりだった…
生まれてはじめて、廃人たることのあらゆる恐怖を、私は知った…
『病い』や『老い』や『思いがけない不幸』は、希望が身投げをする深淵だ。なぜならそれは手の施しようもない醜さであるからだ。
かつてイオーネだった者を前にして、私は恐怖に襲われた。このメタモルフォシスに比べれば、死の方がまだしも冷酷でないように思われた。私はもう逃げ出したいという本能しか持っていなかった。この子供のように、馬鹿者のように、極度に年老いた者のように、何も見ず、何も聴こえず、何も言わず、何もわからない無自覚者、これがイオーネだとは。これがイオーネ、あの深遠で繊細なひと、あの思想家、あの錯綜した知性だとは…
私の目は最後にもう一度だけ、別人のような彼女のその顔面をさまよった。そのあまりに広く、あまりに高く秀でた額は、白い枕の上で膨張し、ほとんど醜怪にさえ思われた。
私は外へ連れ出された。そうして両手で顔を覆い隠した卑怯者の私はただ逃げた、逃げた…(第8章終わり)