魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

ルネ・ヴィヴィアン作『一人の女が私の前に現れた』第3章

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ナタリー・クリフォード・バーネイ。フランシス・ベンジャミン・ジョンストン撮影。英語版ウィキペディアより。

少しずつ、日は暖かくなり、春の優しさが来た。ヴァリーの大好きな四月はその奇妙な笑顔と不思議な涙とをちらりと見せた。流れる時間は二人の相異なる魂をより緊密に結び合わせた。時とともに、私の切ない恋は確かなものとなり、深いものとなった。
彼女は人工的なものが本能的に好きな人だった。その白薔薇のような肌の白さを化粧で隠しては喜んでいた。彼女の頬のいつわりの紅い色は、そのたそがれ色に染められた髪の輝きと凶暴なコントラストを発揮した。彼女のお母さんはイスラエル人で、このユダヤ系金髪美女の面食らうような魅力は母親譲りのものだったわけである。彼女のひとみの色は冬の霧よりも冷たい青で、その『東洋人』の目は、悦楽と懶惰の目の輝きを断続的に放った。彼女のいつも曲線を描いている唇は、接吻のためというよりもむしろ嘘をつくために作られたものであった。それは名匠の手で苦心して彫られたもののように見えた。それは薄情者の唇、心にもない言葉をあやつるのに慣れている者の唇である。
彼女は時としてヴェネツィアの小姓のコスチュームを身に着けた。それは月光のような青い色をしたビロードのコスチュームで、彼女の病的な髪の色と微妙に釣り合っていた。時として彼女はまたギリシャの羊飼いに変身した。そんな時にはシュリンクスの目に見えない笛の音が彼女の歩みにつれて流れるように思われ、そうして彼女は『女半獣神』たちの淫らな裸体に目で笑っているのだった。彼女は懐古趣味を持つあらゆる人間と同じように、奇妙な服装をすることで、肉体と同時に精神をも変貌させ、一時的にいにしえの美を復活させるという、あのような奇跡を追い求めていた。彼女は『両性具有の神』であり、エフェベのように強く、女のようにしなやかだった。誰もいなくなった祭壇での礼拝に、彼女が捧げた『女司祭』の情熱を、私は本当に美しいと思った。廃墟と化したもろもろの寺院の信仰を再興し、花を失った彫像たちに献花する彼女を、私は愛した。

寄せては返す波の音のような単調さで、時は流れた。
ペトルス夫妻は小さなサロンからイリスの隠れ家へと続く敷居を、二度とまたがせてもらえなかった。
「あの男は酸えた薔薇水のように臭い」とヴァリーは言った。「彼の奥さんは無限に魅力のある人だけれど、それでもあのレバント人と一緒に来られるとたまらないわ。あのように素晴らしい人が、あのような花が、あのような海中の草が、バザール商人同然の男のそばにくっついているを見るのは情けない話ね」

…イオーネは稀にしか来なかった。私の恋心はそのころ天国と地獄の間を行ったり来たりするので忙しく、もはや彼女の長い沈黙や、彼女のあまりにも広く、あまりにも高く秀でた額がいつしか収縮していることにも構ってはいられなかった。彼女は外部からの観察が見抜くことのできないようなある内面的な生を生きていて、その激しくて恐ろしい生は、彼女の全精力をゆっくりと吸い尽くしてゆくように思われた。彼女の目は絶えず同じ問いを問いかけているようで、ぽっかりと口をひらいた深淵を前にして正気を失っている人間の目のようにやりきれなかった。
そうして私はこの『人知を超えたもの』との戦い、『天使』と『人間』とのそれにも輪をかけて空しい戦いについては何も見ず、何も理解しなかった。なぜなら私はわが初恋の修羅場から一歩も外に出られず、そこで私の度を失った魂はひたすら悪戦苦闘を繰り広げていたからである。
とは言え私は時おり無口なイオーネのもとを訪れた。彼女はいつもプリーツのたっぷり入ったワンピースを着ていた。それは臙脂色のワンピースで、何故だか知らないが、私はそれを見るといつもフィレンツェの夕暮れを思い出すのだった。儀式ばったデザインのペンダント、緑金のフレームに取り囲まれ、末端に奇妙な形をしたパールがひとつ付いているピンクサファイアのペンダントが、ルビー入りのベルトを除けば、彼女が好んで身に着けている唯一の宝飾品だった。
彼女のかたわらで過ごすひととき、私の口数は少なかった。ヴァリーとのことは黙っていた。それは彼女に咎め立てされるのを恐れたからではない。彼女という人はただ単に汚れを知らないだけではなく、実に幅広い理解を示すほど心のきれいな人でもあったのである。とは言え私がことさらその話題を避けているにもかかわらず、彼女の方では察しが付いていて、それで私の地獄の苦しみに彼女が恐れおののいているらしいのが私にも感じられた。薄情なヴァリーを征服しようという私の無理な努力が何ひとつ実を結ばないままでいるありさまを、彼女は私と同じほど、あるいは私以上によく知っていた。結局のところ、ヴァリーは私を愛しておらず、私のことを好きになってくれたことなど一度もなかったのである。イオーネは私がこの無意味な苦しみに蕩尽しているのを見過ごすことができず、そうしてこの考えが、初秋の夜のように熱のこもった彼女の茶色い目の悲しさを、更に暗いものとしていた。
お互いに気を使って口が重くなることで、私たちの間に出来た心のへだたりが決定的なものとなった。人が告白を恐れるように、私たちは目と目が合うことを恐れ、人が背信を恐れるように、私たちは沈黙を恐れた。私たちは真実を恐れていた―――分けても昔のような屈託のない会話を恐れていた。
私の足は彼女の住まいから次第に遠のき、やがてほとんど絶えてしまった。彼女はそのことで私を責めたりはしなかった。放心している外国人よりももっと手の届かないところで、彼女は『未知なるもの』を前にした神秘的恐怖でないものすべてに対して無感覚になっているように思われた。とは言え彼女は私の白い白い妹で、私はかつて彼女に対して言い表わすすべもない数々の夢想を打ち明けたのだった…(第3章終わり)