魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

ルネ・ヴィヴィアン作『一人の女が私の前に現れた』第13章

印刷機のインクの匂いが鼻に付かないかしら」鼻の穴をふくらませながら、サン・ジョヴァンニが言った。
彼女の書斎の窓から、眼のような西日が差し込んでいた。
「確かに」と私は答えた。「これこそ文学の神様に捧げられたもっとも妙なるお香のかおりではないかしら…」
「お黙り」彼女は私をさえぎって言った。「私はあらゆる文学的表現に吐き気をもよおすのよ」
「私もよ」と私の女司祭が笑った。
そうして彼女は馬鹿にしたような目を私に向けて言った。
「あなたが『売春夫』呼ばわりしているあの感じのいい紳士と私がなぜ喜んでお付き合いしているか、あなたにわかるかしら。それは彼が先日『マドモアゼル、僕は字が読めないんですよ』と言ってくれたからなの。もし私に人が愛せたら、あの澄み切った泉のように美しい純真無垢からほとばしり出た言葉に魅せられて、それは熱い恋心を彼に捧げていたことでしょうね」
「サン・ジョヴァンニ、それじゃあなたは何のために書いているのよ」私はびっくりしてたずねた。「あなたのように知的な人の、それは道楽だって言うの?数ある暇つぶしのうちの一つで、ハエたたきよりはましな芸であるとしても、品のない娯楽に過ぎないと、あなたは自分で認めるわけ?」
「どんなオカルト・パワーに駆り立てられて、読む者を退屈させ、みずからも自己嫌悪に陥るようなこんな空しい仕事に熱中するのか、自分でもわからないのよ」と彼女は溜息をついた。「要するに私は酒や麻薬と同じ悪しき習慣の犠牲者なのよ。誰か奇特な慈善家が療養所でも建ててくれて、そこで保健衛生や投薬治療やおむつの世話をしてもらうことで、絶望的な執筆病患者が恐ろしい難病から立ち直れるようにしてくれないかしらねえ……あなたは私が冗談を言っていると思っているでしょう」と彼女は付け加えた。「私は決して冗談を言わないの。冗談などというものは、下らない男どもの発明品よ。嘘偽りなしに、私は物書きの仕事が大嫌いなの」
彼女はにっこりと笑った。
「昨日もまた、ある馬鹿者がこんな宛名書きの手紙をよこして、それで私の最も神聖な羞恥心が傷つき、私は正義の怒りに身をふるわせたものよ。

女流詩人 マドモアゼル・ウィロウビー様

「これは嫌がらせよ。こんな非常識な真似をする人はいない。たとえばこんな表書きの封筒を郵便局に持っていくようなものだわ。

『花屋敷』内
売春業者 マドモアゼル・マクシミリエンヌ様…

「詩人と売春婦。この必要悪とも言うべき二つの職業に対して、賢明なる一般大衆が同様の侮辱的な見て見ぬふりを決め込んでいる以上、私としては女流詩人に対して、せめてトップクラスのコールガールに対するのと同じ最低限の礼儀を尽くして欲しいと思うのだけれどね」
「それは売春婦よりも女流詩人の方がはるかに破廉恥だからよ」と私は言ってやった。「前者は限られた人々にからだを売るだけだけれど、後者は不特定多数の人々に心を売るのだもの。裸のからだよりも裸の心の方がもっといやらしいわ」
「あなたは私にお便りを下さる方々と同じくらいお馬鹿さんね。悪口を言うなら遠慮会釈なしに言う方が効果的よ。人が私の作品について新聞や雑誌に書きたいことを書くのは別に構わないの。ただ、たとえばこんな楽しい戯れ言を書いて寄越されるのはねえ…」
彼女は笑いながら、一通の手紙をひろげて見せた。

マドモアゼル
あなたの恋愛詩の中に男性に寄せられたものが一篇もないことを私は残念に思います。『自然』に近づくこと――これこそ文学者に課せられた最大の使命ではないでしょうか?

「文学において『自然』に近づく最良の方法とは」とヴァリーが口をはさんだ。「誤字だらけの文を綴ることだわ」
私は同情の目でサン・ジョヴァンニを見た。
「これほどセンスの悪い手紙もないと思うわ。こんなことを書くのはどこかの大学教授か図書館員くらいのものでしょうね」
「美しくないものを美しい言葉で表現するのは至難の業よ」とヴァリーが言葉を添えた。「そうして男は美的に非ざるもののうちの最たるものよ。もし女の詩人や作家の数が少ないとすれば、それは女が社会通念上、男を実物よりも美しく描くよう、あまりにもしばしば強制されるからだわ。それは『美』をめざしたあらゆる努力を麻痺させてしまうに充分なのよ。だからこの世で唯一の女詩人はプサッファなのよ。彼女は不滅の彫像のように不滅よ。彼女はあたかも男が存在することなど知らなかったかのよう。男なんか影も形も出て来やしない。なぜなら彼女が歌ったのはアティスの甘い言葉や愛らしい笑顔であって、実在しないファオンの筋骨たくましいトルソではなかったのだから」
わが最愛の変態処女を、サン・ジョヴァンニはじっと見つめていた。そこには一つの感謝の念があって、それは私とサン・ジョヴァンニとのもっとも聖なる信条を、私たちよりもじょうずに、とは言え私たちとは異なった言い回しで、言い表わしてくれた人々に私たちが感じるものであった。
「言いたいことはまだまだあるわ」とサン・ジョヴァンニは先を続けた。「私が今しがた受け取ったばかりのこの『地方活動』誌の主幹という人の記事を読んでみて。この人の陳腐な文体は奇抜なスペリングで知的に味付けされているの。残念なことに、'philosophie'と綴るところを'filozofie'と書いているようでは、語彙の貧弱と思想の貧困は蔽うべくもない。このベルボット・ド・フォワン氏は、あらゆる地方文学者同様、無限の虚栄心で膨満している。ペトルスのように、彼は鏡の中の自分の顔ににやにやしながら、男の魅力とはかくも抗いがたいものであるゆえ、どんな女もこのような誘惑に対して無感覚でいられるわけがないと考えている。この言語道断な一節を読むから聞いて」

サッフォーは真の人間であったゆえ、最後には真実の愛に燃えた。すなわち病的でアブノーマルな肉欲ではなく、男性に対する自然な、不可避の愛に燃えたのである…

「ロマネスクの国のえせ学者の言い回しね」ヴァリーは笑いながら肩をすくめた。
「とても素敵なおじさまだと思うわ」と私は口をはさんだ。「阿呆さ加減が丸出しなだけでなく、流行遅れの文体でろれつが回らないところなんかとても素敵」
「女が恋に『燃えた』のはジャック・デリルの時代までよ」邪宗のチャペルの倒錯のマドンナが賛意を表わした。
「郵便屋さんが今朝」とサン・ジョヴァンニが言った。「ある男からの手紙を持ってきて、その男はもっとも法外でもっとも馬鹿げた讃辞を私に捧げてくれたあとで、私の写真をよこせと言うの。まあ読んでよ」
彼女は私にある地方都市の消印のある手紙を差し出した。私は読み上げた。

マダム、しかして我が親愛なる妖精よ
たとえ女神と言えども恋い慕われて悪い気はしないはずで、あなたのように性愛を讃美している女性ならなおさらでしょう。あなたの詩を熟読して以来、さぞかしお美しい方だろうと想像をたくましくしている者ですが、とは言えあらゆる夢想は真実という養分を必要とします。私は何もあなたのすべてを知りたいがために『極楽浄土』へ連れ込もうというのではない。私の立ってのお願い、それは御近影の送付であります…

「で、あなたはこの女ひでりの国の住人に、女に対する口の利き方を説教してやったわけ?」とヴァリーがたずねた。
「私の返事を読んであげましょうか。まだ投函していないから」

ムッシュ
人がその性格も暮らしぶりも知らない人に宛てて手紙を書くことには常に危険が伴うということ、また貴殿がどうやら文通相手をお間違いになっていらっしゃるらしいということに御留意下さい。わたくしは見知らぬ方には顔写真をお送りいたしません。また男の方からのほめ言葉でのぼせ上がる者でもなく、それどころかこれを攻撃と見なし、侮辱と見なす者でございます。
断じて男の方の世話にはならないというわたくしのモットーを、貴殿は知っておかれるべきでしたし、わたくしが結婚するほど素朴な女ではないということも理解しておかれるべきでした。貴殿に『マダム』呼ばわりされて、わたくしは無限に不愉快な思いをしております。
ムッシュー、貴殿のお言葉によれば、わたくしを『極楽浄土』に引きずり込む気はないとのこと。滅相もないことでございます。ある女が不幸にして詩や散文を物している場合、たとえ彼女が(貴殿の詩的な表現に従えば)『性愛を讃美する』者だとしても、だからと言って彼女が尻軽女に違いないと結論付けられる必然性はまったくございません。
以上、ムッシュー、わたくしの深甚なる吃驚の念をお受け取り下さい。

「あなたが腹を立てるのはもっともだわ」と私は言った。「おお『性愛を讃美する』ミューズよ、まだ何か癪の種がおありなの」
「大ありよ。ある地方の三流紙の編集長がね、彼の小雑誌『アキテーヌ文学』に私の詩についての好意的な批評を掲載したら、何人もの愛読者が予約購読を断ってきた由、わざわざ葉書に書いてよこしたのよ」
「その紳士は恐らく、あなたがこれまで一度も管理人さんのご機嫌を損ねたことがないとは知らないのよ。管理人さんがその葉書を目にしたら、きっとあなたを下宿から叩き出すだろうと信じているのね」
サン・ジョヴァンニはぷりぷりしながら語り続けた。
「これから読むのもまた同じ種類の別の手紙からの一節なのよ。ある批評家に私は『マダム』ではないと教えてやったら、その返事がこれ」

『マダム』と呼ばれて気を悪くされるなんて絶対に変です。あなたの男性嫌悪は実体験に起因するものとしか考えられません。そもそも異性について何も知らない人に、異性をあしざまにこきおろす権利などあるでしょうか?

「何と下品な文体」私はむかむかした。
「この男は近眼の粗忽者よ」と私の『絶世の美女』が言った。「女は妻になったり愛人になったりすることなしに、男をその言動から完全に評価できる。さて、男は常に唯一の目的のために行動していて、それは彼の筋の通らない気まぐれ、彼の肉欲、彼の不正で暴力的な専制に対して、女を奴隷のごとく従わせることなの。そうして自分の前に主人づらをして現われる者に対し、嫌悪感を抱かない者など誰もいない。あらゆる知的で誇り高い人間は、相手が自分と対等の者である場合は時おり、しかし相手が自分よりも劣った者である場合はもっともしばしば、相手のくびきにつながれることに対して必然的に反逆するものよ」
「男たちのあのゴリラを思わせる毛深い顔を見ただけで、付き合う気がしなくなる」とサン・ジョヴァンニは訴えた。「ひげが生えてくる夢を見たことがあるのよ。黒い氷の中、闇の鏡の中をのぞき込んだ時の、あのショックは一生忘れられない」
言葉を切った。それから吐き出すように、
「おお、男たちの醜いこと」
「けれど、このどちらかと言えば期待はずれのすべての手紙の中にも」と私は言った。「心からの賞賛のあかしがきっと見つかるはずよ」
夢を見ているようなサン・ジョヴァンニの目が怒りにぱっと燃え上がった。
「あんな心にもないおべんちゃらのことは何も言わないでちょうだい。それはただ病的な好奇心と、浮かれた変態性欲との、口にするのもおぞましいごちゃまぜに過ぎないのだから」と女詩人は怒鳴った。「あんなお世辞に比べれば批判や侮辱の方がよっぽどましよ。プライドが傷つき、自尊心がはねつけます。あんな軽薄な讃辞が表わしているのは彼らの中身の無さだけだわ。男たちは女同士の愛に、自分たちの退屈な性生活を復活させてくれる一種の薬味のようなものしか見ようとはしない。ところが、ひとたびこの美とデリカシーへの信仰において、男の出番も居場所も無いことがわかると、彼らは自分たちをはなから相手にしないこの純粋な愛に対して反逆する」
「私はと言えば」ほとんど厳粛と言っていいほど大真面目に、彼女は付け加えた。「私はこの女性美と気高い調和への愛を、一つの信仰にまで高めたの。熱誠と献身の啓示を与えるあらゆる信仰は本物の宗教よ」
「残念だけど」と私は言った。「あらゆる宗教は本物ではあっても、まともなのは一つも無いわ」
「私のは別」と彼女は言い切った。
そうして彼女はより暗い顔をして語り続けた。
「詩を書く女となったのは昨日今日のことではないけれど、このやりきれない仕事がなぜ近頃はひとしおつらく感じられるのか、私にはわからない。売春婦たちも、その醜い生き様にもかかわらず、ベストをめざしたあらゆる飛躍を忘れない者は、私と同じ不快感に悩んでいるに違いない。彼女たちも私と同じように、つらいなりわいにつくづく嫌気がさしていることでしょうね。良心の声よ、あなたの言うとおり、私は心を売り飛ばしたの。けれども私の愚かさに対する罰は世人のいわゆる賞賛のうちにあるので、それはアーティストとしての私ではなく、女としての私に向けられた賞賛なのよ。私はもはや石で打たれる栄誉すら奪われてしまった。ああ、姉妹のような人にめぐり会いたい、びっくりしたり、ほめちぎったりしない人に。私が読まされたり聞かされたりしたすべての言葉について慰めを与えてくれる、女らしい無言の理解者にめぐり会いたい」
「わかるわ、サン・ジョヴァンニ」ヴァリーは溜息をつくと、私の方を振り向いて言った。
「私にとって、この疑いなく甘美なシンパシーの化身となってくれる人はあなたではなくてよ。なぜならあなたは私を理解することなしに愛し、私を盲目的に崇拝しているのだから。私はうんざりした心のすべてで、この未知の友情にあこがれる。飽き飽きした心のすべてで、この黄昏どきの彼女に思いを馳せるの」
「ああ私の女司祭さん」と私は言った。「もし私があなたのイメージをあなたが仕えている女神、あなたが信奉することを教えてくれたあの神秘的な女神のイメージと混同しているとすれば、それは私が半端に愛したり憎んだり出来ないからよ。私は絶対的な愛であなたを愛している。あなたの偉大な飛躍を愛するのと同じように、あなたの嘘や浮気も愛しているの。あなたの言う通り、私の愛は盲目で、前後を顧みることなくみずからをさらけ出す。とは言え私が最高の自分と最低の自分を曝露している時に、あなたは無理な友情を要求することね」
ヴァリーは私の話など聞いていなかった。
「サン・ジョヴァンニ」と彼女は言った。「心から同情するわ。芸術家の私生活と、彼が苦労して作り上げた作品とは、混同されてはならないと私は思う。作家の生活をめぐって公に組織されたこの覗き見行為は、死後出版や死後に書かれる伝記類の卑劣な墓荒らしと同様、断罪されるべきよ」
私はヴァリーに向かって言った。
「私はこの台詞が、あらゆる本当の反骨精神の中で、一番苦しんでいる人間が吐いた愛の叫びだと思う。

Go thy ways to a nunnery.
(尼寺へ行け)

ハムレットほど、この世のあらゆる人や物に愛想を尽かした者はいない。王家の者としての怒りに身を震わせながら、彼は自分が愛した女を汚濁の世界から守り、気高い孤独のうちに引きこもらせようとしたのよ」
ミチレーネの女詩人が歌った。

Be thou as chaste as ice, as pure as snow, thou shalt not escape calumny.
(たとえ氷のように身持ちが固く、雪のように純潔であろうとも、そなたは中傷を免れまい)

「人が死を夢みるように、私はよく礼拝堂のすがすがしさを夢に見たものよ。自分にもう少し信仰心があればといつも思った。この世でうらやむべき唯一の幸福は、修道女や、世捨て人や、隠者の幸福だもの」
「同感だわ」と私のロアリーが言った。「恋する女はあらゆる責め苦を受ける運命にある。なぜなら男たちは彼らのくびきのもとに屈した人間を、知らず知らずのうちにないがしろにするから。彼らは見掛け倒しの動物のようなもので、ぶたれるのが好きなのよ。それが彼らの内部で物を言う最強の本能よ。だから男は自分を馬鹿にする女しか愛さない。そもそも、サン・ジョヴァンニ、女が男を愛したことなどあるのかしら」
「そのような語義の逸脱は、私には理解不能ね。サディズムや幼女凌辱の方がまだしもノーマルな欲望よ。ジュリエットたちや、イゾルデたちや、エロイーズたちは、恋することを愛したのであって、何も男が好きだったわけではないわ」
「いいこと、サン・ジョヴァンニ…」と私は言いかけた。
ヴァリーはこちらに疑いの目を向けた。
「あなたは今、人に助言を与えようとする者の愚かしくも厳粛な様子をしているわね」彼女はぴしゃりと言った。
「私の『絶世の美女』、その言葉にはある引用で答えるわ。あなたはサン・ジョヴァンニが数々の教訓を託したあの『蛇使い』の言葉を覚えているかしら」

『私がいま君に与えているこの助言も含めて、どんな助言にも従ってはならない。すべての人間は個人的な生を生き、多大な犠牲を払って何の意味もない経験を勝ち取らねばならぬ』

「わかったわ」とヴァリーは譲歩した。「とは言えあなたが押しつけようとしている忠告に、私たちが耳を貸さないことには変わりがない」
「サン・ジョヴァンニ、文学者と付き合っては駄目よ。批評家と同様、作家とも絶交なさい。そうすることによってのみ、あなたは悪人の平和を楽しむことが出来る。善人に平和が訪れることはない。良心がいつも彼らを苦しめるから」
「憎らしい人ね」とサン・ジョヴァンニは答えた。「正しいことを言うすべての人と同じように」(第13章終わり)