魔性の血

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BAND-MAIDのことなど(「メイドさんの話」パートⅡ)

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2019年9月、ニューヨークのグラマシーシアターで公演するBAND-MAIDウィキメディア・コモンズより。

<目次>

「永遠メイド主義」

以前「メイドさんの話」という記事を書いた頃、私はメイド喫茶には行ったことがなかった。実は今も行ったことはないのですが、それ以後に出来た知人(アラサー女子。仮にA子としておく。別に付き合っているわけではない)がメイド喫茶にハマっていて、いろいろ話を聞かされるので、あらためて記事を書く気になりました。
A子によれば、メイド喫茶通い」などと言えば気楽に聞こえるが、その実態は苦難に満ちている。「推し」のメイドさんに会うには長い列のうしろに並ばなければならず、そうして延々と待たされたあと、やっと「お帰りなさいませ、お嬢様!」と歓迎してもらっても、他にもたくさんの「ご主人様」や「お嬢様」が来店しており、メイドさんは建前上、皆に平等に「お給仕」しなければならないので、決して「推し」が独占できるわけではない。結局ひとことふたこと口を利いただけで時間が来て「いってらっしゃいませ、お嬢様!」と放り出されて、ふたたび長蛇の列のうしろに並び、入店の機会を待つ…これを一日繰り返すのが「メイド喫茶遊び」というものらしい。よくもそんな空しいことに金と時間と労力をつぎ込めるものだとあきれますが、A子に言わせれば、A子の「推し」のメイドさんはまだそれほど人気が無いからましなのだそうで、A子の連れのB子(二十歳の女子大生。ちなみにここでの「連れ」は「カップル」の意ではない)など、「推し」のメイドさんがその店のトップクラスの人気者で、完全に天狗と化しており、B子が来店してもそっけないだけでなく、そのメイドさん関連のもろもろのグッズ(直筆サイン入りチェキとか)を大量に購入するよう命令される。「メイド」が「お嬢様」に「命令」するとは、まさに「革命的」と言わざるを得ないが、B子は「まあ、こんなもんっすよ」と別に不満もないらしい。何でもA子によれば、B子はその「推し」のメイドさんの誕生日には鼻息荒く、万札を数枚握りしめて出かけていったそうで、あれはおそらくラーメン屋でのバイト代(A子とB子は同じラーメン屋で働いている)をほぼ全額「推し」につぎ込んでいる、とA子はせせら笑うが、私に言わせればA子の散財の仕方も似たり寄ったりなので、そのうち「推し」に貢ぐ金に困って二人そろって風俗堕ちするのも時間の問題だらうと私は見てゐる。
このように書くと、彼女たちは自分たちの容姿がパッとしないから、それで可愛いメイドさんたちに憧れたりするのだろう、という風に誤解する向きもあるかも知れないが、そうではありませんで(特にA 子は実年齢よりもざっと十歳は若く見られがちな、橋本環奈似の美人)、二人とも本人たちにその気がありさえすれば、男たちが決して放ってはおかないであろうタイプです。ただ彼女たちにとっては男性との交際よりも、この「メイド喫茶」という「非日常空間」の方に強い「癒し」と「快楽」を感じるらしい。


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先日、A子の「推し」のメイドさんが、他の何人かのメイドさんと一緒にこの「永遠メイド主義」を(時々とちりながら)踊っている動画をツイッターで見たのですが、それをそのままここに貼るのははばかられるので、代わりにこの動画を貼っておきます。ちなみにこれは「お嬢様限定ライブ」の映像だそうで、どうも「お嬢様」たちの方が「ご主人様」たちよりも熱狂的というか、声援の送り方に羞恥心が感じられない気がするのは私だけでしょうか?
とはいえ、メイドさんたち、確かに可愛い(KAWAIIですよね。このようにして、ある国々におけるある時代のある人々のための「作業服」であった「メイド服」が、現代の病める日本においては「非日常空間」を演出するための一つのツールと化しているのであった。

リヴィング・ラヴィング・メイド」の歌詞

ここでふと思い出したのでついでに触れておくと、大昔のイギリスのロックバンド、レッド・ツェッペリンLed Zeppelinのセカンド・アルバム(1969年リリース)にリヴィング・ラヴィング・メイド(Living Loving Maid)」という歌(歌詞全文の日本語訳はこちらを参照)が入っているが、あれはメイドさんの歌ではありませんで、まさしく風俗堕ちした女性の歌です。タイトルの “Living Loving Maid” の中の “maid” という言葉は “maiden” (「乙女」「処女」)の意。ただしこの歌の三番目の歌詞に、

With the butler and the maid and the servants three.
(執事とメイドと三人の召使いとともに)

こちらの “maid” は文字通り「メイド」の意です。
ちなみにこの歌のサブタイトルの “She's Just a Woman” ですが、ここでの “woman” は “lady” と対立する概念で、「彼女はかつては『貴婦人レディ』であったが、今はただの『ウーマン 』に過ぎない」という皮肉と嘲笑を込めたリフレインとなっております。この歌に限らず、レッド・ツェッペリンの歌詞の多くは相当女性蔑視ミソジニー的なものであると言うことができる。以上、「大きなお世話」的な解説でした。

下は “Ken Tamplin Vocal Academy” のSara Loeraさんによるカバー。

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メイド服の「神通力」

「バンドメイド(BAND-MAID)」というロックバンドがある。
ちなみに私の職場の机の引き出しには、常に一箱の「バンドエイド(BAND-AID)」が入っている。これはアメリカのジョンソン・エンド・ジョンソン社の製品だと言われているが、「バンドメイド」は純日本産のバンドである。


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威風堂々たるものだ。ちょっと調べてみると、このバンドのメンバーはオルタナティブなど、他のジャンルからシフトしてきた人たちばかりなので、そこいらのヘビメタ一辺倒のカスバンドとは格が違うのです。
上の一曲を聴いただけでも、このバンドが世界に通用するレベルの演奏力を有していることがわかる。とはいえ世界で通用するレベルの実力派ロックバンドというのは日本にはごまんといるので、その中でこの「バンドメイド」が一歩先んじる形で海外進出の手がかりをつかんだとするならば、それにはやはりこのメイド服の「神通力」によるところが大きいと言っても過言ではあるまい。


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まるでアニメの世界から抜け出してきたかのような女の子たちの姿に、外国の「ご主人様」たちも大興奮!特にメイン・ヴォーカルの女の子のしなやかな体の動きには、目が釘付けになってしまいます。
ところで、この「バンドメイド」は「可愛らしいメイド服を着てハードロックをることによるギャップで売る」という明確なコンセプトを持つバンドだが、メイド服を着ているのは五人中三人だけで、メイン・ヴォーカルとベースの女の子はゴシック風味の黒いワンピースを着ておりますね。くわえてセカンド・ギターの女の子のステージ・アクションにはロリータ・ファンがよろこびそうなところがある。すなわちこのバンドには日本発祥の「ゴシック&ロリータ」の要素があり、これがまた海外受けする一因ではないかと思われる。…なんちゃって、どうしてここでこじつけ丸出しでゴスロリの話を持ち出してくるかというと、日本語版ウィキペディアの「ゴシック・アンド・ロリータ」の項に、こんなことが書いてあるのを見たからです。

ゴシック・アンド・ロリータとオタク文化は相反する存在であるとの見解もある。例えば、メイドカフェに見られるようなアキバ系のコスプレファッションの本質はゴシック・アンド・ロリータとは全く違う。メイドカフェのメイドが一部の人々の享楽のためにあるのに対し、ゴシック・アンド・ロリータは、それを着る少女達を精神的に癒すもので、ただ自分のためだけに着飾るものである、云々。

何だって?それじゃメイド服に人権はないというのか?ゴスロリを着た少女たちはすべて誇り高く胸を張っているのに対し、メイド服を着たメイドさんたちは皆着たくもない服を無理やり着せられて、顔を赤らめ、下を向きながらいやいや「お給仕」をしているとでもいうのでしょうか?おそらく話はその逆で、多くの少女たちはメイド服姿にあこがれ、プライベートでメイド服を着て街を歩く勇気はなくとも、仕事でなら大っぴらに着られると思い、メイド服デビューのその日を夢に見ながらメイド喫茶の面接を受けに行くのではないでしょうか?


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上の “After Life” という曲のミュージック・ビデオは、曲も素晴らしいが、メイドさんたちが大暴れするシーンが面白くて気に入ったので、ご紹介しました。

日本語で押し通そう!


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上の “Thrill” という曲は、今のところ「バンドメイド」の代表的なヒット曲ということになっている。ちなみに私は日本人だが、この曲の冒頭部分の歌詞は、何度聞いても聞き取れない。以下、ちょこっとだけ著作権を無視して引用させていただきますと、

見たくもない光景ばかり
四角に閉じ込め
小さな空に声が――鳩?
Who are you?見上げるわ

この辺は聴き取れるし、共感もしますが、なかなか微妙な表現で、外国人に理解できるかどうか。試みにネットで英訳をチェックしてみると、

I always see the scenery I don’t want to see
Imprisoned in a room of four walls
A dove creates an arc on such a small sky
Who are you, as I look above

とあるのは苦心の訳と言えよう。ちなみにこの歌のラスト、

この上ない快感が私を走らせる
覚悟の先へと スリルと共に
身を捧げて

この「身を捧げて」が英訳では ‘I devote my body’ となっていたが、ここでの日本語の「身(mi)」は「肉体」の意ではなくて「全身全霊」、もしくは「生命」そのもの、といったニュアンスであろうと考えられる。

Yes, this world is always full of injustice
Pause for a moment, and I'll lose my mind
I’ve got to run
Do you call me crazy?
I don’t care, let me go!

I’ve gotta be on my way (HEY!!)
On those easy roads, I can’t find any interest in them
Just breakin’ new gate (HEY!!)
And I’ve told myself I'll never regret

It’s this unbearable pleasure
That makes me keep running on to the bitter end
And crucify myself with some chilling thrills!

一般に欧米のポップソングの歌詞は単純素朴で分かりやすいのが多いのに対して、日本のポップソングの歌詞は複雑怪奇でわけのわからんのが多い。直感的に理解できるものでも、これを日本語を知らない人に説明するのは大変です。


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たとえば上の「この恋はスクープされない」という曲、これはA子に教えてもらった曲で、日本人なら誰しも「いい曲だ」と感じるであろうと思うのでここに例として挙げますが、たとえばこの歌詞を英訳したとして、外国人に理解できるかしらん?「この恋はスクープされない?それがどうしたと言うのか?フォロワーが少ないことを嘆いているのか?」などと真逆の意味にも取られかねない気がします。
この点、歌詞がわからなくても楽しめるのが痛烈なビートに支えられたハードロック系の音楽の長所ですね。「バンドメイド」のヴォーカリストはなかなかの歌唱力の持ち主で、そもそもヘビメタ系のヴォーカルというと、甲高い声でただギャーギャー喚いているだけ、というイメージが強いが、彼女の表現には一定の繊細さが感じられる。とはいえ外国の多くのリスナーたちは、おそらく歌を聞いているというより、ただ声に反応しているだけでしょう。それがロックだ、と言ってしまえばそれまでです。が、しかし。



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この “Daydreaming” のようなバラード調の曲で、客席から上がるコーラスの声を聴いていると、この聴衆はただ単に歌詞を記憶しているだけでなく、歌詞の意味を理解することによって、もっと深く「バンドメイド」の音楽を楽しもうという明確な意欲を持っているように見える。これはまったく驚くべきことです。
考えてみると、もし日本のアーティストが海外進出を目指すなら、この道以外にありません。なぜなら言うまでもなく日本人は世界一英語が下手くそだからです。この辺を憂慮した文部科学省は、英語を小学校からの必修科目としたようですが、そんなことをしても駄目なものは駄目なので、日本人に英語ができないのはもっと深いわけがあるからであって(その「わけ」とは何なのかは私も知りませんが)、決してわれわれの努力が足りないからではありません。音楽的才能に恵まれた普通の日本人が、宇多田ヒカルやMai Kurakiレベルに上達するまで英語の勉強に励んでいたら、曲を書く暇がなくなって、せっかくの才能が干からびてしまうでしょう。したがって「バンドメイド」のこのスタンス、すなわちあくまでもBroken Englishと日本語で押し通し、海外のファンには日本語を勉強してもらおうというスタンスは、今後海外進出を目指す多くの日本人アーティストのお手本となることであろうと思われます。