魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

松岡圭祐『瑕疵借り』

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表題の作品につきまして、一天一笑さんから紹介記事をいただきましたので掲載します。一天一笑さん、いつもありがとうございます。


松岡圭祐『瑕疵借り』講談社を読了して。
作家デビュー20年を越えた松岡圭祐が、不動産業界の微妙な問題を浮き彫りにしながら、賃貸物件に住む社会的弱者あるいは生活弱者(生活保護を受給するつもりはない)が、ある日突然家族と死に別れることによって発生した問題との関わりを経て、人生を投げずにやり直す迄を描いたロードマップ小説です。
この小説は、土曜日のアパート保証人のスネップ百尺竿頭にあり転機のテンキ-の四篇から成り立っています。この四篇には何れも、資金力に余裕の無い不動産業者と契約し瑕疵借りを生業とする、30代なかばにさしかかる藤崎が出てきます。この藤崎は表面上無職ですが、賃貸物件に短期間住む瑕疵借りをしているのに、他人にはまともに生きろと語りかける、不思議な人です。そして、何故か彼と対面で話し合った人は、心が柔らかく、軽くなります。
ここでの瑕疵借りというのは、賃借人が死んだり、事件・事故が起きたりして、瑕疵について説明義務が生じた物件に、あえて住む人の事を指しています。その目的は不動産業者の瑕疵の説明責任(告知義務)を失効させることです。藤崎は、言わば合法か非合法か際どいグレーゾーンの行為を承知でして、物件退去の際には塵ひとつ残さず去っていく凄腕の瑕疵借りです。
土曜日のアパート編では、自力で学費を稼ぐ薬学部の女子大生吉田琴美が、単身で見知らぬ人の藤崎の部屋を訪ねる場面では、何か犯罪に巻き込まれたりしないかと、要らない心配をしたりするのですが。
保証人のスネップ編では、40歳越えの牧島譲二が、在宅収入を得ようとして、連帯保証人の名義貸しに応じたことから、話が始まります。筆者としては、免責条項があるにせよ、そんなに簡単に印鑑証明を保証人紹介会社に渡すなよ!署名するなよ!どんな災難が待ち受けているかわからないぞ!とこれまた心配してしまうのですが。
百尺竿頭にあり編では、人生が上手く廻らない56歳の梅田昭夫の、独立している独身の長男睦紀が、賃貸物件で、縊死一週間後に発見される場面から話が始まります。 死亡した睦紀とイメージが重なる瑕疵借り藤崎を仲介(?)として、次男秀平と初めて腹を割って話をする事ができました。梅田は一時、経済的にも、心身的にも疲弊するのですが、疲弊の底に着いた頃に、睦紀の手紙にもあった予てよりの約束の重さが充分に理解できるまでに回復します。 いずれにしろ、書類が整っているならば、一度は死亡保険金を請求するのも、死者を偲ぶ一つの方法かと筆者は思いますが。ここでも藤崎は見事に自分の痕跡を消します。
転機のテンキ-編では、就職内定を得た短大生西山結菜が母の突然死により、3LDKの賃貸物件から2DKの物件へ引っ越しを余儀なくされ(引っ越しでは数多くの思い出の品も捨てなければなりません)、世間の好奇の目にさらされながら、体調不良に陥りながら、瑕疵借り藤崎と対峙し、その延長線上に、何かいつも社会のマニュアルみたいな事しか言わない父にも親心があること。母がパティシエ志望の結菜に、パティシエもお菓子を作るだけではなく、まずは社会人として礼儀作法・書類を読み解く力・計算力等が必要なこと等を、縷々説いていたこと。そして父が、母の製菓道具や資料(引っ越し段ボ―ル2箱)を結菜に見せながら、結菜がパティシエの道を行きたいのなら、応援するとまで結論が出ます。 瑕疵借りの藤崎が、これから社会にでる娘さんに道を示すべきではないのですかなどと勧めるのは、ブラックユーモアですがね。 何れも前触れもなく、肉親に死に別れる苛酷な体験をしながら、また引っ越しや賃貸物件の後始末等の大変さを引き受けながらも、これからの人生の羅針盤を見つけていく。その手助けをするのが藤崎です。
不動産売買に興味のある方、松岡圭祐に興味のある方にお薦めします。
天一

瑕疵借り (講談社文庫)

瑕疵借り (講談社文庫)