魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

ブロートン VS. パーシヴァル(映画『アトミック・ブロンド』より)

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ベルリンの街を「散歩」するブロートン(左)とパーシヴァル。'Write to Reel'というサイトの「アトミック・ブロンド - 理由なきアクション」というとても面白い記事から拝借しました。

「ロシア人運転手」のこと

折に触れては思い出す、それはこの映画の中で一番ひどい目にあった人のことです。映画をご覧になった方、おわかりでしょうか?
彼はテンペルホーフ空港に降り立ったロレーン・ブロートンをきわめて紳士的に出迎え、荷物を持ってあげたりしました。車中では「お酒を飲むなら『セントラル・カフェ』へ!」と言って、お店のカードをプレゼントしてあげたりもしました。そのお礼として、彼は愛車をひっくり返され、しかもひっくり返った車の運転席から引きずり出されてデヴィッド・パーシヴァルの車のトランクへ放り込まれ、そこで意識を取り戻しかけたところをロレーンのパンチでふたたび眠らされた。のみならず『ソ連貿易使節団』の看板の前で「ファシストの豚へのメッセージ」としてゴミのように捨てられ、そのうえ今度はパーシヴァルのパンチを喰らった。
どうして俺がこんな目に?と彼がみずからの悲運をかこったことは想像に難くありません。だからこそ、のちにロレーンを車ごと川に突き落とした際には、いかにも「してやったり」と言いたげな、いい表情をしていたのですね。
しかし最後は「同志サッチェル」の凶弾に斃れたわけで、まことにお気の毒としか言いようがない。謹んでご冥福をお祈りいたします。

悪役パーシヴァルから見た一部始終

この映画(シャーリーズ・セロン主演『アトミック・ブロンド』2017年アメリカ)について書くのは3回目になりますが、今回はネタバレ満載で、むしろこの映画を2回以上ご覧になった方々のために書いていきたいと思います。
さて、ロレーン・ブロートンというのはクールな三重スパイという設定のようですが、ほんと言うと、根は単純素朴なキャラクターなので、頭脳的プレーというか、いわゆる権謀術数にかけては、悪役デヴィッド・パーシヴァルの方に一日の長があるような気がいたします。
彼は、みずから語るところによれば、もう十年もMI6のベルリン支局長を務めている。そしてその十年の間、面倒を見てくれる大使館がなかったために、彼はすっかり「ネイティヴ化」(エリック・グレイの表現。「C」によれば「野生化」)してしまった。実は彼は東側の人たちと裏で商取引を行なっており、KGBの連中とも付き合いがあるのです。
この映画の冒頭には、パーシヴァルがジャック・ダニエルの瓶と、スパイグラスの奥さん(超美人!)へのお誕生日のプレゼントとしてジョルダーチェのジーンズを東ベルリンに持ち込むシーンが出てきます。当時東側の人々は西側の人々の暮らしに対して強いあこがれを抱いており、こうした西側の人気商品は相当な高値で取り引きされていただろうと思われます。もっともそれは金に目がくらんでやっているというよりも、ベルリンで生きていくために止むを得ずやっていることで、KGBと裏でつながっていると言っても、決してKGBに忠誠を誓った二重スパイではない。この辺の事情をKGB側もよくわきまえておりまして、彼の裏稼業を見逃してやる代わりに西側の情報を得る。そのような持ちつ持たれつの関係が長年続いてきたわけです。ただしこの関係がMI6の上層部に知れれば、彼の命はありません。
だからたとえば彼が仮にジェームズ・ガスコインから例のリストを無事受け取っていたとしても、彼にはおそらくそれをすんなりとMI6に届ける気はなかったでしょう。そのリストには彼にとって不都合な情報が掲載されている可能性が高いからです。リストがユーリ・バクティンに奪われたのは、彼にとってはむしろ都合がよかったかも知れない。もしバクティンがモスクワに逃げようと企んでも、それを阻止する手段はいくらでもあったし、もしリストがベルリン市中にあるとすれば、それはパーシヴァルの掌中にあるのと同じことだったからです。

「武闘派」ブロートン対「知略派」パーシヴァル

だからMI6からリスト奪還のために別のエージェントを派遣すると知らされた時には、彼はほとほと弱った。ロレーン・ブロートンは優秀な女スパイで、特に喧嘩がめっぽう強いと聞いている。実はパーシヴァルは喧嘩があまり強くないのであります。しかし彼は肉体的戦闘能力の劣る分、いつも自慢の「頭」を駆使して生き残ってきた。
パーシヴァルとしても、本音を言えばロレーンと戦いたくはない。ガセネタでも掴ませて、早々にロンドンへお引き取りいただくのが、彼としては一番ありがたいのです。しかも本人に会ってみると、喧嘩は強いし、頭は切れるし、何より任務遂行に意欲を燃やしている。ここで彼にとって一番恐ろしかったのはおそらく、リストがどうのこうのよりも、彼女にKGBとの関係を暴かれて、それをMI6幹部に密告されることであったろうと思われます。だから彼女がどこで何をしているかは常に把握しておかなければならないし、彼女の会話はすべて盗聴していなければならない。いつか彼女を倒さなければならなくなった時、肉弾戦では勝ち目がありませんので、その前に綿密に奸策を張り巡らして、彼女を周囲から陥れていこうと考えていたのですね。KGB側に常時彼女に関する情報を流していたのもそのためです。
たとえばロレーンが来るとわかっている日の自室には、過激な内容の成人雑誌を、わざわざ目に付くところに置いておく。これも「私はやる気のない三流スパイですよ」と見せかけて、ロレーンを油断させようという一種の作戦で、ずいぶん手の込んだことをするものですが、ロレーンもその辺は見抜いていて、こんなことを言う。「あなたのその二日酔いだとか、寝坊だとか、『右も左もわかりません』みたいなお芝居を、私は買わないわ。かえって油断ならないから」。しかしパーシヴァルが仕掛けた盗聴器に気づくまでにあれだけ時間がかかったことを考えると、結局のところ、彼女もまたパーシヴァルの術中にはまっていたのだと見てよろしいでしょう。デヴィッド・パーシヴァルって何だか憎めないキャラクターですもんね。たとえばスパイグラスの亡命が失敗に終わったことが明らかになった時、彼はCIAのカーツフェルド氏と、こんな会話を交わします。

カーツフェルド:われわれはブロートンと合流して、情報を共有しなければならない。リストの必要性は、以前にも増して高まっている。
パーシヴァル:・・・(怪訝な表情で)ブロートン?
カーツフェルド:彼女はまだ生きてるぞ。
パーシヴァル:・・・へえ、そう(内心がっかりしながらも、顔色は変えずに)・・・そういえば昔、イタリアの別嬪さんに、こう言われたことがある。「デヴィッド、女を抱いたら、責任を取らなきゃならないのよ」ってね。女はいつも先へ行く邪魔をする!

パーシヴァルを唖然とさせたリストの内容

ロレーン・ブロートンは、ベルリンに着いてからというもの、至る所で「敵」に襲われ、おまけにほとんど利用価値のない相手に惚れてしまったりして、さっぱり仕事がはかどらない。一方で、デヴィッド・パーシヴァルの目論見は着々と進行しておりました。上にも申し上げた通り、例のリストには彼にとって不都合な情報が掲載されている可能性が高い。だからリストは必ず自分一人の手で奪い取らなければならないし、いったん奪い取ったリストは誰にも渡してはならない。しかし実際にリストを入手してみると、そこには彼自身唖然とするような驚くべき事実が記されていた。そこで彼は事態を一気に解決へと導くある計画を思いつきます。以下、彼とKGBのブレモヴィッチとの会話を、映画の台本から出来るだけ忠実に訳します。

パーシヴァル:ずいぶんたくさんお友だちを連れて来たな。
ブレモヴィッチ:バクティンがちょっとした事故に遭ったそうだ。
パ:ああ、転んだ拍子にアイスピックが頭に突き刺さったらしいな。ベルリンは物騒な街だ。
ブ:バクティンのような裏切り者にとっては特にな。
パ:おいおい、そう共産主義者ぶるなよ。何か問題があるのか。
ブ:大ありだ。貴様、リストを持ってるんだろう。
パ:俺たちは長年ともに戦ってきた戦友じゃないか。こういう場合、ベルリンにはベルリンのルールがあることを知っているはずだ。それより俺は(東西の)バランスを保てるある情報を持ってきた。どうだ、聞く気はあるのか、ないのか?

映画ではここで場面が変わります。なぜならKGBの二重スパイ「サッチェル」が実はCIAのエージェントだったなどという情報は、まだ観客には伏せておかなければならないからです。「同志サッチェル」のここ数日間の不審な行動(と言うか、わけのわからないお転婆ぶり)に頭を抱えていたブレモヴィッチもこれで納得。ロレーン・ブロートンをスパイグラスともども始末しなければならない。両者の利害関係は完全に一致し、緊密な協力態勢に入ります。

ロレーンを窮地に陥れたパーシヴァルの「絶妙手」

ここで「知略派」パーシヴァルの面目躍如たる絶妙の一手が飛び出します。それは一本の電話でした。
のちの「報告会」で、MI6のエリック・グレイは、ロレーン・ブロートンに向かってとても言いにくそうにこう言います。「実はその夜、パーシヴァルから、リストを入手した由、電話があった。ただ彼は『仕上げにもう少し時間が要る』と言っていた。また彼はサッチェルの正体がわかったとも、サッチェルは自分の親友だとも言っていた」それから何が可笑しいのか、クスッと笑います。
エリック・グレイはこの電話があったことをロレーンに隠していました。これは彼がパーシヴァルの言葉を信じ、ロレーン・ブロートンに憎むべき二重スパイの嫌疑をかけていたことを示しています。ただ、それはまだ彼の胸のうちに秘められた疑惑だった。ここでパーシヴァルがなぜ「ロレーンが『サッチェル』だ」と断言せず、わざと「サッチェルは俺のすぐそばにいる(I'm very close to Satchel)」というようなぼかした表現を選んだのかがわかります。「ロレーンが『サッチェル』だ」と断言してしまうと、それはもはやグレイ一人の胸に秘めておけるような問題ではなくなり、パーシヴァルのもとへは証拠としてただちにリストを提出するよう指令が飛んだでしょう。それはパーシヴァルにとっては都合が悪かったし、パーシヴァルとしてはこの時点ではグレイに漠然とロレーンを疑ってもらうだけでよかった。あとはロレーンがこの世にいなくなってから、いくらでも話を作ればいいのです。
実際、エリック・グレイはこの時点では、パーシヴァルが「仕上げ」に何をしようとしているかはわからなかったが、仮にパーシヴァルがロレーンを手にかけるようなことがあっても、ロレーンがサッチェルだという証拠さえ得られれば何も問題はないと考えていたであろうと察せられます。またグレイはこの話をCIAにもしなかった。自分の組織に二重スパイが潜んでいたなどという情報は、出来れば内密にしておきたいところですからね。CIAのカーツフェルド氏はこのころ西ベルリンにいて、亡命者の受け入れ準備を進めていたようですが、自分たちの化けの皮が剥がれかかっていることには全然気が付いていなかった。こうしてMI6とロレーンとの間の信頼関係は断ち切られ、MI6とCIAとの間の協力関係にもひびが入った。ロレーンを援護してくれる勢力は、もはやメルケル率いる東ベルリンの反体制地下組織のみとなりました。ロレーンはスパイグラスの命が狙われていることはもちろん、パーシヴァルが嘘をついていることも重々承知していた。しかし彼女自身が標的となっていることは知らなかった。彼女は知らず知らずのうちに、絶体絶命の窮地に立たされていたのです。


以上の記事を書くにあたって、黒鵜さんとおっしゃる方の『記録と名のつくものは』というブログ内の記事を参考にさせていただいたことをお断りしておきます。

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