魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

映画『アトミック・ブロンド』のアクション・シーンについて及びその他

『ペテン師をペテンにかけることは二重の快楽である』――ニッコロ・マキャベリ
*この映画の中ではマキャベリの言葉とされておりますが、実はマキャベリはこんなことは一言も言ってなくて、本当の出典はフランスの詩人ラ・フォンテーヌの『寓話集』第2巻(1668年)だということです。


先日この映画『アトミック・ブロンド』についての記事を書いてから、たくさんの他のブロガーさんたちの記事を読み、たくさんのことを教わりました。その上で、この映画の魅力について、もう少し書いておきたいと思います。まずこの映画の最大の「売り」と思われるアクション・シーンから。

迫り来る「核爆弾女」、震え上がる男たち

この映画の公式サイトに「超豪華キャスト、スタッフが放つ、スタイリッシュ・スパイアクション」とあります。この「スタイリッシュ」という言葉の意味がわからなくて、オンライン辞書で調べたところ、主な意味として「当世風の、粋な、ハイカラな」とありました。このうち「粋な」というのは、私の認識に誤りがなければ、江戸時代に江戸の人々が江戸っ子について使っていた褒め言葉でしょう。「ハイカラ」については死語だとばかり思っておりました。「当世風」はまだわかりますが、この映画の舞台は先の記事にも書いた通り1989年のヨーロッパです。30年も昔の話のどこが当世風なのでしょうか。

なるほど、確かにこの映画の主人公は「スタイリッシュ」な人なのかも知れない。それは彼女がしきりに服装(outfit)がどうのとか、髪型がどうのとかいう話をするからです。髪型と言えば、彼女はデヴィッド・パーシヴァルの髪型(丸刈り)を形容するのに、わざわざ反骨精神で知られるアイルランド出身の女性歌手、シネイド・オコーナーの名を引き合いに出している。これは彼女の「おしゃれ」とか「流行」とかに対する並々ならぬ関心の高さを示しているだけでなく、のちの「恋愛事件」の伏線にもなっているようです(シネイド・オコーナーはバイセクシュアルを公言しております)。ともあれ、ひとたび「ガチ」の喧嘩が始まってしまえば、なりふりに構っている暇などありますまい。

その日、主人公ロレーン・ブロートンは東ベルリンにいて、要人とともにデモ隊の人混みにまぎれて国境へと向かっているところを狙撃されます。ところが彼女は驚いて逃げ惑うどころか、狙撃班が潜んでいるビルを探り出して逆に乗り込んでいく。他のシーンでもそうですが、この好戦的な性格は一体どこから来たものなのでしょうか。狙撃班は屈強な男性の二人組ですが、迫り来るこの「核爆弾女」の姿を見るや、震え上がって無線で(ケータイがない時代なので)助けを呼ぶ始末。続々と駆けつける悪漢たち。いつ果てるともなく繰り広げられる死闘。それはいささか古風な言い回しを借りるならば肉を切らせて骨を断つと言った感じの、きわめてシビアな、見事なアクション・シーンです。いわゆる「スタイリッシュ」な要素などどこにもありません。

ついでにベッド・シーンについても触れておきましょう。とても綺麗でよかったと私は思います。R15に指定されているのはあのシーンのせいでしょうか。15歳以上の方(特に女性)にはじっくりとご観賞いただきたいと思います。

ロレーンのデルフィーヌに対する「気持ち」

もう一つ、心に残ったのは、主人公はジェームズ・ガスコインについては(あるいはアレクサンドル・ブレモヴィッチについても)ただ単に利用しただけ、という風に見えますが、DGSEのデルフィーヌ・ラサールに対する気持ちは結構本気だったようだという点です。おそらくこの辺を心配した、本来は部外者のはずのCIAのカーツフェルド氏が、わざわざベルリンまで来てロレーンと接触する。映画の台本によると、こんな会話が交わされます。

カーツフェルド:単刀直入に言おう。ゆうべ、女と会っていただろう。デルフィーヌ・ラサールはずぶの素人だ。もろもろの情況をかんがみるに、俺は一つのエグゼクティヴ・オーダーが、彼女の無頓着のせいで失敗に帰するところを見たくない。
ロレーン:無頓着?おっしゃる意味がわかりません。彼女が無頓着?
カーツフェルド:ロレーン、俺の情報網を甘く見るな。自分の胸に手を当ててみろ。

この「無頓着(disinterest)」という言葉の意味するところが、私にもよくわからないのですが、あるいはロレーンがデルフィーヌに対して警戒心を失いつつある、と言いたいのでしょうか。要するにCIAは、MI6ともども、デルフィーヌに深入りするなと警告しているわけです。

にもかかわらず、ロレーンはデルフィーヌを愛さずにはいられない。デルフィーヌはロレーンの「タイプ」だったのでしょうか。こういう妄想に、私はほんとにうっとりしてしまうので、個人的にはこの映画のここが一番気に入っている点です。ロレーンは最後はデルフィーヌを連れて逃げるつもりだったようにも見受けられる。パーシヴァルに対する「銃弾」も、「裏切り者に対する当然の報い」ではなくて、本当はデルフィーヌの仇を討ちたかったのではないでしょうか。

ロレーン:あの子を手にかけたわね。
パーシヴァル:ええ?今頃になって、急に良心に目覚めたか?自分に近づく者のすべてが惨めな最期を遂げることに、やっと気づいたか?
ロ:あなたはブレモヴィッチに計画の詳細を漏らした。KGBに私を始末するよう依頼した。自分で手を下すのが怖かったからよ。
パ:というよりも、俺の頭がよすぎたからさ。もしKGBの×××どもがちゃんと仕事をしていてくれたなら、俺は今ごろ女王陛下に×××をしてもらっていたはずだったのに・・・ロレーン、俺はリストを読んだ。君は大変な役者だった。大変な淫乱娘だった。スパイグラスは誰にとっても厄介者だった。彼を君に任せるのはリスクが大きすぎた。
ロ:デヴィッド、リストはどこ?
パ:持ってない。そのうちMI6に届くだろう。もともとMI6のものなんだから。
ロ:最後の最後まで嘘を吐き通すわけ?
パ:何が嘘で何が真実なのか、そんなこと、俺たちみたいな者にはわからないさ。
ロ:いいえ、デヴィッド。真実は真実、嘘は嘘。私たちはただ知らないふりをしてるだけ。そうではなくて?『同志サッチェル』。
パ:謀ったな。
ロ:『ペテン師をペテンにかけることは二重の快楽である』。
パ:お見事(Well played)。