魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

映画『アトミック・ブロンド』をこれから御覧になる方へ

この映画(シャーリーズ・セロン主演『アトミック・ブロンド』2017年アメリカ)、昨年テレビでCMが流れていたころからとても観たかったのですが、やっと観れました。
佳かったです。ほんとに期待を裏切らない出来栄えでした。ただ、これはこの映画の最大の難点だと思いますが、設定、特に登場人物の相互関係が複雑で、一度観ただけでは話が頭に入りづらい。ある程度の「予習」をしてから観た方が楽しめるのではないか。そんな気がしましたので、これからこの映画を観てみようと思っていらっしゃる方のために、この映画の出だしの部分を少しだけ解説を入れながらご紹介したいと思います。もちろんネタバレは極力避けております。

時代背景とスパイ組織

時は1989年11月、いわゆる「ベルリンの壁」の崩壊直前から崩壊直後にかけての数日間の物語です。
冒頭、アメリカのレーガン大統領が演説の中で、
"Mr. Gorbachev, tear down this wall !"(ゴルバチョフ氏よ、この壁を取っ払いなさい!)
と呼びかけるシーンが出てきます。
ある程度の年齢の人たちにはこれで十分と思いますが、しかし若い人たちにはわからんだろうなあ。「ベルリンの壁」も「東西冷戦」も、いや「ソビエト社会主義共和国連邦」でさえ、今では遠い昔の話ですからねえ。残念ながら、私にはこれらの歴史的な事柄について語る力量がありませんので、知りたい方は他を当たって下さるようお願いします。

スパイ映画ですので、いろんな組織に属するスパイたちが出てきます。組織名を上げると、

  • ソビエト連邦国家保安局委員会(KGB
  • 英国秘密情報部(MI6)
  • 米国中央情報局(CIA)
  • 仏国対外治安総局(DGSE)
  • 東ドイツ国家保安省(Stasi)

ここではKGBとMI6との争いが中心となります。

もろもろの伏線

さて映画はいきなりある男性が追われているシーンから始まります。追われているのはMI6のジェームズ・ガスコイン、追っているのはKGBのユーリ・バクティンです。二人の間ではこんな会話が交わされます。
「どうやって俺を見つけた?」
「それは君がおそらく自分で思っているほど優秀なスパイではないからさ」
「サッチェルだ、そうだな?サッチェルが俺を密告したんだ」
そしてガスコインは最後にこう叫ぶ。
バクティン、お前はKGBでも最低のクズだ!」
まだ映画は始まったばかりですが、結構重要な会話です。まず「サッチェル」という名をよく覚えておかなければなりません。それと何故バクティンが「最低のクズ」なのかはその後のバクティンの行動を見ていればわかります。

「ロンドン、10日後」という文字が現れ、場面は変わって深夜、女性の入浴シーンとなります。
とは言っても全然色っぽい雰囲気のものではなくて、それはこの女性が浸かっているのが氷を浮かべた水風呂だからです。
彼女は風呂から上がると、素っ裸のまま、浴槽の縁に腰かけて、氷で割ったストリチナヤ(ウォッカの一銘柄)をがぶ飲みします。
それから洗面台の前に立つと、その後ろ姿が画面の中央に来て、彼女が全身傷だらけであることがわかります。
洗面台の引き出しの中をごそごそやっていると、彼女の指はある男性とのラブラブなツーショット写真に触れる。
その男性こそ先ほどのシーンでKGBに襲われたジェームズ・ガスコインです。
彼女はガスコインと恋仲だったのか?しかし彼女は写真に火をつけて燃やしてしまいます。

夜が明けて、彼女はMI6に出頭します。彼女の名はロレーン・ブロートン。MI6所属の女スパイで、この映画の主人公です。実は彼女は昨夜任地ベルリンからロンドンへ戻ってきたばかりで、完了した任務について上司に報告をしなければならないわけです。
彼女の話を聞くのは上司のエリック・グレイとそのまた上司の「C」と呼ばれる偉いさん(マジックミラーの後ろに隠れている)、それとCIAからの「ゲスト」エメット・カーツフェルド氏です。このあとのストーリーはこのロレーン・ブロートンの「報告」にしたがって展開していきます。

というわけで、話はまた十日ほど前に戻ります。ロレーンはMI6に呼び出されてある任務を与えられますが、ここで私が不思議に思うのは、彼女に任務を与える上司のエリック・グレイも、そのまた上司の「C」も、このロレーン・ブロートンのことを書類を通じてしか知らないという点です。要するに誰も彼女の正体を知らないのです。スパイってこんなものなんでしょうか?
彼らの話はこうです。昨夜ジェームズ・ガスコインが襲われて、所持していたマイクロフィルムが奪われた。そのマイクロフィルムには活動中の全スパイのリストが載っており、敵組織の手に渡れば核爆弾並みの破壊力を発揮するだろう。ちなみにこのリストを提供したのはシュタージ(東ドイツの秘密警察)のスパイグラスという男で、引き換えに西側への亡命を求めている。
よってロレーンの任務はこのマイクロフィルムの奪還ということになります。ベルリンでのわれわれのナンバーワンはデヴィッド・パーシヴァルという男だから、こいつと組め。
次のシーンではこのデヴィッド・パーシヴァルとスパイグラスの「実物」が出てきますので、われわれは彼らの顔と名前をしっかりと紐付けておかなければなりません。

一方、ロレーンは旅客機に乗って任地ベルリンへ向かいます。相変わらずストリチナヤの氷割りをがぶがぶ飲んでいます。お察しの通り、彼女の母国はイギリスではありません。

ベルリン中央空港(今は閉鎖されたテンペルホーフ空港)に降り立ったロレーン。迎えにくるはずのデヴィッド・パーシヴァルは現れず、代わりに彼の代理と称する二人組の男がロレーンを車の後部座席へと招き入れます。ロレーンの隣に乗り込んだ男はむすっとして口を利かない。彼がピストルを持っていることをロレーンは見て取ります。一方、運転席の男はとても愛想よくロレーンに話しかける。彼は「セントラル・カフェ」というバーのカードをロレーンに手渡しながら、こう言う。
"You'll need it later."(あとでお役に立ちますよ)
そうして彼は核心に迫る質問へと入っていく。「ブレモヴィッチ氏のことを覚えていらっしゃいますか?忘れるわけないですよね?氏はあなたがここで何をしようとしているのか、とても知りたがっているのですが・・・」ここでいきなり格闘が始まりますので、会話は尻切れトンボに終わってしまいますが、後から考えるとこれも結構重要な会話です。ちなみにこのブレモヴィッチというのはベルリンで活動中の東側スパイの親玉です。

以上、映画の冒頭から張られている伏線に注意しながらご覧いただければ、あとの展開がより楽しめるのではないかと思い、書いてみました。もっともこの映画の売りは言うまでもなく目を瞠るような素晴らしいアクションシーン(とラブシーン)にありますので、別に話の筋がわからなくても楽しめることは請け合いますが。