魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

(日本語訳)ボードレール「殉教の女(Une Martyre)」

アントワーヌ・オーギュスト・ティヴェ(Antoine-Auguste Thivet, 1856-1927)「殉教の女」。ウィキメディア・コモンズより。

(さる無名画伯のデッサン)

ボトルやらラメ入りの服やら
絢爛たる家具調度やら
香水の薫りの染みたプリーツワンピース
絵やら彫刻やらのひしめく室内

温室のごとくただよう
ただならぬ気配にムッとした室内
ガラスの棺桶に飾られた瀕死の花々が
最期の吐息をもらす そんな室内

首無し死体が ずぶ濡れの枕の上に
河川のごとく血潮を流す
ベッドのシーツが牧草地のごとく
貪欲にこれを飲み干す

暗がりから生まれて目を釘付けにする
蒼ざめた幽霊ヴィジョンのごとく
結い上げられた黒髪と貴石きせきのイヤリングとに
飾られた女の頭部が

かたわらのテーブルの上に 一輪の金鳳花きんぽうげのごとく
転がっている 物思うことなく
白目をむいた眼球からは 黄昏たそがれのごとく
漠たる視線が逃げ去る

ベッドの上では あらわな胴体が
慎みも恥じらいも忘れて
持って生まれた秘宝を 命取りの美を
はばからず見せびらかしている

金色のスパンコールをちりばめたピンクのソックスは
片足に記憶のごとく
ガーターは燃える秘密の目*1のごとく
ダイヤモンドのひらめきを放つ

さびしさを背景として
モデルの目とポーズとが
挑発的な人物画 この異様な光景が
暴露するものは異常な情事

過激なキスだらけの
罪深い快楽と魔性のうたげ
それはひだをなすカーテンのかげに隠れて泳ぐ
邪悪な天使の群れをよろこばせた

とはいえ この角張かどば) った肩が魅せる

エレガントな痩身体形
少し突き出たヒップと いかれる蛇のごとく
引き締まった腰のくびれを見るに

この子はまだ少女なのだ――そのはやる心と
退屈でたまらない体は
暴走する欲望の飢えた群れに向かって
開かれてしまったのだろうか

生前 あなたがあれほど愛を捧げても
満足しなかった 強欲ごうよくな彼氏
動かなくなった 言いなりのあなたの肉の上で
ようやく満足したのでしょうか

答えなさい 不潔な死体 その硬い髪をつかんで
彼はふるえる手であなたを持って
教えてよ 生首よ その冷たい歯の上に
お別れのキスをしたのかしら

うるさい世間から 汚らわしい大衆から
詮索する検察から遠く離れて
変わり果てたお嬢さん そのミステリアスなお墓の中で
安らかにおやすみなさい

世界中逃げ回る彼 あなたの不死の姿が
寝ていてもそばで見守るから
彼もまたあなた同様 必ずやあなたひと筋
死ぬまで浮気しないよ


*『悪の華』初版79。原文はこちら

*1:ボードレールは時としてこの「目(oeil)」という名詞に通常の、辞書的な字義から逸脱した意味をこめて用いており、マラルメランボーもこれにならっている。同様にボードレールが特異な意味をこめて詩に用いた単語に「雲(nuage)」や「両膝(genoux)」があります。