魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

吉川永青『憂き夜に花を』

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「2012年隅田川花火大会」。ウィキメディア・コモンズより。

表題の作品につきまして、一天一笑さんより紹介文を頂いておりますので掲載します。一天一笑さん、いつもありがとうございます。


吉川永青『憂き夜に花を』(中央公論新社)を読了して。
花火見物の掛け声「かぎや~」「たまや~」の由来をひもとくと、花火屋の屋号「鍵屋」にたどり着きます。たまや(玉屋)は鍵屋から暖簾分けをした店ですが、1843年に大火事を起こし、店は闕所けっしょ。当主・玉屋市兵衛は江戸追放の処分を受けます。玉屋は一代限りとなってしまいました。
その鍵屋六代目・弥兵衛やへえの「花火は夜を照らす、人の心も世の中も照らす」との思いを胸に、隅田川花火大会に賭ける情熱と苦闘を描く吉川永青の力作です。隅田川花火大会は、毎年七月の最終土曜日に行われるのですが、本年もコロナ禍のため中止となっています。

時は1733年(享保十八年)前後。将軍は、米公方こめくぼうとも呼ばれた八代吉宗です。
時代は疫病の流行と大飢饉のダブルパンチの様相でした。
遅い梅雨明け、そして冷夏がやってきます。例年にない気候と蝗虫こうちゅう(イナゴ・ウンカ)の食害は全国的なコメの不作を招きます。コメの値段は天井知らずに跳ね上がり、町人・農民の暴動が起きそうな世情です。
主人公の六代目・鍵屋弥兵衛は、幕府の御用商人(狼煙方御用達)です。そのため、町人や浪人に、余裕のある暮らし向きであろうと誤解されたりします。
幕府の御用達であるが故に、何処で筋違いの恨みを買うかわかりません。
しかしながら、鍵屋の内情はそれほど豊かではありません。何せ夏に一年間の必要経費、職人の給料、自分たち家族の生活費等々を稼ぎ出さねばなりません。花火の季節は夏ですが、春・秋・冬も稼業を怠けているわけではなく、新商品の試し打ち等を行います。火薬も結構な値段がします。
鍵屋の主な得意先は、隅田川に屋形船を浮かべる武家ですが(町人は豪商でも屋形船に乗ることは禁止されている)、このところ物の値段の値上がりや、締まり屋で万事地味好みの吉宗の影響によって収益は捗々しくありません。試し打ちを削減しようかとの案も出ています。
また時折、江戸城三之丸の御殿に出向き、狼煙方の役人、旗本・平田左近と面会します。
平田左近は気さくな人柄ではあるものの、役人には変わりありません。平田配下の岡っ引きの甚五郎とも交流があります。
高間河岸たかまがしの打ち毀しの時に、弥兵衛と元太は、この甚五郎に助けられます。高間河岸打ち毀しとは、吉宗の命により、米を仕入れた分全部売り切るのではなく、小出しに売ることによって、米の価格を安定させた米問屋・高間伝兵衛の自宅兼店舗が、暴徒化した群衆によって襲われ、家財道具を毀され、川に投げ込まれたりした事件です。

鍵屋の店の前で行き倒れていた大工の新蔵は、大工の腕前はあるものの、気が弱く、長屋普請をタダ同然で引き受け、棟梁に暇を出されてしまった。弥兵衛と妻・佐代は、このまま放り出したら江戸っ子の名折れと、今は使い走りしかできそうもない新蔵を家に置くことを決める。
また「御用達ならさぞ儲けているだろう、この南部鉄瓶を買って当たり前だ」と強面の屑鉄売りの京次が強引に売りつけようとした南部鉄瓶(鋳物の鉄)。勢い余って土間に投げつけた瞬間、今迄見たことのない明るい火花を出すことに注目した弥兵衛は、京次も住み込みで雇うことにした。この南部鉄瓶を研ぎ上げて細かく粉状に砕いたら、新しい花火の原料になる可能性がある。
また、弥兵衛の財布を掏りとろうとした木彫り職人の銀次も鍵屋で雇うことを決める。
銀次は、親方が高間河岸の打ち毀しのリーダーと見做され遠島。店は闕所となったため、ひもじさに耐えられず、やけのやんぱちで弥兵衛の財布を狙った。
京次、新蔵、銀次。彼らは皆“腕”を持ちながら発揮できない、八方塞がりの状況に腐っている。自分をどうしようもない“クズ”だと思いながら、“クズ”のままでは終わりたくない気持ちも持ち合わせている。
「政治が悪い、お上が悪い。白米を腹一杯食べることができるのは上(武家)だけ。何をしても無駄どころか、裏目に出るだけ」。このような憂き目を庶民に一晩だけでも忘れてもらおうと、鍵屋弥兵衛は水神祭の夜に花火を打ち上げる事を考案し、日頃付き合いのある商売人達を廻り、協賛金を募る。儲けが見込めないと商人は動かない。花火大会の挙行と夜店の営業については、役所の許可が必要なので、平田左近を説得する必要があります。
イベントの性質上、火除地ひよけちを使うことになるため、幕府の許可がどうしても必要です。
かなり難易度の高いハードルを鍵屋は乗り越えることができるのか?その切り札とは?

梅雨明けの猛暑に悩む夜にお薦めします。
天一