魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

服部まゆみ『罪深き緑の夏』

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表題の作品について、一天一笑さんよりレビューをいただいておりますので掲載します。一天一笑さん、いつもありがとうございます。


服部まゆみ『罪深き緑の夏』河出文庫を読了して。
この文庫本は、1988年に角川書店から発行された『罪深き緑の夏』の復刊です。
著者の服部まゆみさんは、2007年に肺癌のために死去されています。
そしてその活動範囲は広く、美術学校を卒業後は銅版画家としても活躍されたそうです。

この物語は、主人公の売れない(?)画家・山崎淳が、異母兄・山崎太郎と、少々権高な美少女・百合と初めて出会った、少年時代の印象的で忘れる事の出来ない夏の回想から始まります。
物語の舞台は東京と熱海です。熱海といえば有名な観光地ですね。富裕層は別荘を所有していたりもしますね。「蔦屋敷」と呼ばれる謎の洋館もこの物語の舞台になります。

大人になった淳は画廊で個展を開く機会に恵まれて、準備に追われている日々ですが、この個展が開けるのは実は、フランス帰りの秀でた新人画家の異母兄・太郎とのセットで、画廊の厚意からなのです。淳は5歳年上の異母兄に、子供の頃から敵わない感を持っていて、異母兄の端正な容姿にも絵画の才能にも圧倒されています。
ところがこの個展の作品の搬入作業中に原因不明の火事が起きて、淳の絵は全て燃えてしまい、一夜で全作品を燃やしてしまった画家として不名誉に有名になってしまいます。
しかも画廊のオ―ナーは焼死してしまいます。当然警察には執拗に事情を訊かれます。
この火事以後、醒めない悪い夢を見ているように、次々と事件が起きます。先ず異母兄・太郎が交通事故を起こします。しかも、その事故によって同乗していた婚約者の百合が、下半身不随の一生車椅子生活になる悲劇付きです。その上火事から逃れて、自宅兼アトリエに保管されていた太郎の作品が、硝酸をかけられ台無しになってしまいます。また刑事がやってきます。
その上、淳の東京の自宅で開いている絵画教室の教え子(幼稚園児)が行方不明になり、捜索願が出されて、公開捜査になり、またまた刑事がやってきます。何でもその幼稚園児が最後に目撃されたのが、淳の自宅近くの橋を歩いている姿だったとか。何か疑われているような嫌な印象ですね。淳の母親は行方不明になった洋ちゃんの話が出ると、ひたすらに泣いています。何か心当たりがあるのでしょうか?

ここでもう一人、物語のキ-パソンがズ-ムアップされます。それは百合の兄の鷹原翔です。
華族で、淳が子供のころ探検した事のある「蔦屋敷」の現在の主人です。職業は作家です。
著者は恐らく、フランス文学者の澁澤龍彦をモデルにしているのではないかと推察されます。「蔦屋敷」には使用人が3人いて、主人のいいつけをよく守ります。食堂には長いテーブルがあり、食事すら厳かな感じがします。そして、淳が一度だけ会った事のある、鷹原絹代の孫に当たります。限られた範囲内での人間関係が入り組んでいますが、これは淳の父が再婚で母が初婚だという結婚に起因しています。
鷹原翔は淳に、自分が現在住んでいる「蔦屋敷」に壁画を依頼します。淳は少し迷うのですが、百合をモデルにする事を条件に引き受けます。「蔦屋敷」に逗留して制作に励みます。まるでこれまでの鬱憤を晴らすように制作に打ち込みます。

そして、この壁画ができあがったころ、鷹原翔が内々のお披露目を計画する中、最後の事件が「蔦屋敷」で起きます。
それは異母兄・太郎の墜落死事件です。壁画(フレスコ画)の描かれた塔をよじ登ろうとして起こります。わざわざよじ登らなくても、壁画を見る事は充分に可能なのに。ここで今までの疑問、画廊の放火事件や、百合と太郎の妙に引っかかる会話の内容などが解き明かされます。
そして淳からは完璧に見えていた異母兄・太郎の、まさかそんなことで人を殺すの?(もっとも確たる証拠は一つもありませんが)といった奇々怪々な胸の内を知ることとなります。
或は性癖というか、考え方の癖のようなもの、異母兄の実態のようなものですね。この時は、鷹原翔が陣頭指揮(?)をとり、太郎が自分で誤って墜落した事故であると淳にも言い聞かせます。最後を締めくくる事件ですが、何故か刑事がやってくる場面はありません。
百合も行方がわからなくなります。

三島由紀夫澁澤龍彦に興味のある方、美術に興味のある方、極上のゴシック・ミステリーを読みたい方にお薦めします。

天一

罪深き緑の夏 (河出文庫)

罪深き緑の夏 (河出文庫)