魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

クリスティナ・ロセッティ「三つの舞台(Three Stages)」

Ⅰ 想いのはざまに

私は無いものを あり得ないものを探し求めていた
 そうして望みが絶たれるたびに つくづく嫌気がさした
 しかし青春の希望の息の根を止めるには
  ずいぶんと時間がかかるものだ

私は不屈不撓の意志をもって待ち続けた
 そうして私がかくも憧れていた対象が
 次第に遠ざかってゆくのを目にしながら 来る日も来る日も
  待って 待って 待ち続けた

時として私は言った「こんなのはもうこれっきりよ
 私はそのうち期待する気力も失うわ
 私はすっかりあきらめて 心静かに暮らしていけるのよ」
  なのに私はどうしてもあきらめきれなかった

時として私は言った「私が憧れているのは ひとつの空虚な
 名前に過ぎない どうして私が名前なんかに
 これから生きていかなければならないすべての日々の平安を捧げなければならないのよ」
  なのに私はまたしても すべてを捧げてしまうのだった

おお愚か者よ あたかも健全なるよろこびや
 ためになる苦痛にはふさわしからざる者のごとく
 お前は追い駆けても無駄だと知っている なのに今また
  振り返り 追い駆けている

(1848年2月 作者17歳)

Ⅱ 第一部の終わり

私の幸せな 幸せな夢は終わってしまった
 私がその中で 一人ひさしく生きてきた私の夢が
眠っていた私の心 今やめざめた私の心
 それは私が思っていたほど強い心ではなかった

ああ まことしやかな夢からの物憂いめざめよ
 苦痛なくしては目覚められないよろこびに満ちた夢よ
私は見せかけにすべての信頼を寄せ
 その信頼はすべて裏切られた

今や私は自らの手で築き上げた宮殿を打ちこわし
 わが魂のよろこびだった花園を掘り返さなければならない
高らかな笑い声を 罪びとの苦い涙へと変え
 この身を鎖につながなければならない

私が大事にしてきた私のすべての秘密
 秘め隠してきた私のすべての希望が 今や断罪される
私のいのちの一部は息絶え 一部は病み そうして一部は
 火刑に処せられているのだ

私がなれたかも知れない者に対するはかない未練は
 今もわたしにつきまとい 今後も私のこころをかき乱すことだろう
北風は私の緑をすべて灰色に変え
 私の日は没した

けれども私の宮殿がそびえたっていたところに 私は同じ石を用いて
 緑の蔭深い隠れ家を建てよう
そこで私は長い長い年月を
 一人ぼっちで暮らしていこう

その周囲には これまでとは別の庭園がひろがるだろう
 馥郁たるブライアーやタイムの薫りに満ちみちた庭園が
そこで私はただ一人 最後の鐘の音の
 余韻に耳を澄まそう

(1849年4月 作者18歳)

Ⅲ (無題)

私は一撃のもとにすべてを終わらせるつもりだった
すべてを捧げ ただ一度だけ これが最後だと思って
それからは海辺に座して低い波の音を聞き
 しんしんと降り積もる雪を眺めて暮らすつもりだった

「休息よ」と私は言った「それは暗黒と沈黙のうちにある
「たとえ他には何もなくとも それは全身を浸してくれる
 私はもはや罌粟に飾られた小麦畑も
  空に舞い上がる雲雀も目にすることはあるまい

「鐘はゆっくりと打ち鳴らされる しかし最後には鳴り止む
 砂はゆっくりとこぼれ落ちる しかしいつかは尽きてなくなる
 そうしてすべてが終わる前に しなければならないことが
  嫌なことが山ほどあるのだ

「だから私は働くだろう けれど楽しむことはもはやあるまい
 苦労ばかりしょい込んで もう二度と夢は見まい
 激痛の訪れにも それに見合った快感の訪れにも
  等しく死者のように無感覚となって」

そのように私は心の中で言った そうして私の人生は
単調な繰り返しのうちに過ぎてゆくように思われた
私は心を閉ざし 誰をも求めず 誰からも求められずに
 ひとりぼっちで生きていくつもりだった

ところがやってみると*1 私の用心はおろそかになり
私の心もまた夢うつつ 恐らくあてどなくさまよいはじめた
私はふたたび日の光が輝くのを見 そうして燕が
 ふたたび大空を翔けめぐるのを感じた

あらゆる小鳥たちが青葉の中で巣作りを始めた
あらゆる花が咲き 芳香を発散させた
そうして私の心もまた知らず知らずのうちにめざめ 豊かな
 実りの季節に恋い焦がれるのだった

打ち止んだと思っていたいのちの熱い脈動
帰らないと思っていた青春の胸の高鳴り
ああ 私はもはや小鳥たちのように巣作りはできない
 私はもはや

この宴のために むらさきの花の冠をいただくことも
顔を火照らせて笑うことも 歌に盛り上がることもできない
この季節の流れにつれ この歓喜の情も流れただよい やがては
 かつて終わったように ふたたび終わるのだろう

私は追い駆けるだろう たとえ手が届かないとわかっていても
口渇き 息せき切って このいのち尽きる時まで
あるいは思いとどまると見えても みずからを励ましながら ふたたび
 すべてを捧げてしまうのだろう

1854年7月 作者23歳)

*1:"But first I tried,"、別の版では"But first I tierd,"となっており、どちらが本当かわかりません(訳者)。