魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

赤江瀑『オイディプスの刃』

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表題の作品につきまして、一天一笑さんから紹介記事をいただきましたので掲載します。一天一笑さん、いつもありがとうございます。


赤江瀑オイディプスの刃』(河出文庫)を読了して。
この作品は、2006年6月に出版されたハルキ文庫板を底本として、2019年9月に新たに河出文庫から出版された赤江瀑の長編代表作です。著者の赤江瀑山口県下関市出身で、『海峡 この水の無明の真秀ろば』『八雲が殺した』の2編で第十二回泉鏡花文学賞を受賞しています。歌舞伎・能・バレエ等に題材を求め、独特なリズムを持った流麗な文体が特色です。
この『オイデイプスの刃』は、著者の出身地、山口県下関市の旧家を舞台に、醜聞を伴う殺人事件を機に大迫家が離散し、約十三年後、自分自身を苛むような生き方をして、ゲイバーのマスターとなった次男の俊介が、兄の明彦から、行方不明になった3男の剛生と会ったとの手紙を受け取り、どうして殺人事件が起きたのかの謎解きに挑むうちに、避けられないカタストロフに巻き込まれて行くという物語です。妖刀と香水を小道具として絡めた、各々宿命に立ち向かった大迫家の三兄弟の物語です(大迫明彦と剛生は共に調香師の仕事をしています)。
目次をめくると下記の四章から構成されています。

第一章 赤きハンモックに死体は棲みて

主人公の大迫俊介が16歳の年の大暑の頃に、殺人事件が起こります。この時点での大迫家の家族構成は少し複雑です。大迫家の当主耿平と後妻の香子は再婚同士です。だから3兄弟のうち長男の明彦は前妻の子、次男俊介は香子の連れ子、3男剛生は耿平と香子の間の子供です。大迫耿平と血縁関係の無いのは俊介だけです(この耿平は旧家の当主に相応しい人物です)。そして耿平の妹の雪代(離婚して大迫家に戻っている非常に困った人物)、以上が家族です。他には事件関係者として刀研ぎ師の秋浜泰邦が出入りしています。彼は名刀、備中青江派作「次吉」の手入れのために、年に1度大迫家に逗留します。
殺人事件は突然起こります。3男剛生が、赤いハンモックでうたた寝をしている秋浜泰邦の腹部に「次吉」を刺してしまいます。泰邦の死体を見た母香子は、ためらわずに妖刀「次吉」で胸を突き、自刃します。自室から飛び出してきて、二人がこと切れたのを確かめた耿平は、子供たちに自室に入るよう命じ、母親はしなければならない事をしたのだと諭した後で、ある事をし、その後見事な割腹自殺を遂げます。子供たちを守るため、自分が殺人者の汚名を着るための偽装です(警察発表では、妻香子と泰邦が心中を試みて、それに怒った耿平が泰邦を殺害した)。こうして、夏休みの数時間の内に天涯孤独となった3兄弟は、葬式後、明彦と剛生は山口市の父の実家に、俊介は宇治市の香子の実母にそれぞれ引き取られます。大迫家で状況が変わらないのは、ふてぶてしい叔母の雪代だけです。

第二章 少年の鎧の響き

高校卒業後、俊介は、伯父が学資を出すというのに大学進学もせず、4年間の日雇い仕事を経て、父の遺産を元手に、京都でバーのマスターとなります。従業員は、家族の無いツトムとヒロシです(ヒロシの身元はビックリです)。気の合わない兄明彦からの南仏からのエアメ-ルには、剛生に遭ったと書いてありました。調香師の明彦が伝手を頼って調べると、剛生に似た人物は香水の世界の大物ピエール・デュロンの秘蔵っ子で、通称オオサカと呼ばれている調香師で、フランスの永住権をも取得している事がわかりました。俊介は自分で探偵を雇い、さらに調べてみると、本名安村憲男ともわかりました。剛生に対して罪悪感を持つ俊介はほっとします。兄とも会いますが、昔を思い返してイヤな雰囲気になります。そんなある日、俊介は、自分が投稿している詩の月刊誌に無名氏作“ ディステンパーの犬(フランスにて)”という詩が掲載されているのに目を留めます。そこに歌われている情景には、十三年前の大迫家の悲劇の現場に居た人にしかわからない事実が詠み込まれていました。俊介には「兄さん、僕はここにいるよ」と呼びかけられているように思えます。久しく忘れていた秋浜泰邦や下関の大迫家の事を思い出します。

第三章 ラベンダーの刃

一方、明彦は一級調香師の資格を持ち、継母香子に似た雰囲気をもつ高子と結婚し、S香料から化粧品メーカーの東美堂へと転職します。転職の手土産は明彦の処方箋です。明彦の開発した“刀”の香水が発売される予定です。順風満帆です。しかし、僅かの差で、フランスの「マルセル」から速く「カタナ」の香水が発売されてしまいます。しかも、慌ててフランスから取り寄せた「カタナ」の成分分析をしてみると、ほぼほぼ香子の好きだったラベンダーを基調に配合した香水でした。これでは明彦の"刀”は発売出来なくなります。7年間が無駄になったと明彦は荒れます。やはり安村憲男は剛生でした。俊介に高子から連絡が入るのですが、高子には会っても明彦には会いません。そんなある日ヒロシが、東京の刀研ぎ師、慶山に弟子入りしているのを伝えききます。東京に行き、本人に直接尋ねると、何とヒロシは泰邦の実弟だというのではありませんか。泰邦は「次吉」を偽物にする手入れをするために大迫家を訪れていたこともわかりました。ヒロシは泰邦の家を定期的に訪れる俊介を偶然見て、俊介の側にいたくて俊介の店の従業員になったのだとも言いました。俊介は久しぶりに「次吉」の存在を思い出しました。恐らく殺人事件の証拠品として押収され、保管庫に眠っていると想像しました。同時にどうあがいても、十三年前の事件から逃れられない自分を感じていました。

第四章 花鎧の緒は切れて

ヒロシから、明彦が刀剣愛好家の刀を見せ合う会に「次吉」を出品するとの連絡が入ります。会場は京都の高級旅館「墨野」です。俊介は明彦から奪い取るようにして「次吉」を手に入れます(刀剣所持許可証は持っていません)。どうも「次吉」に魅入られてしまったようです。そのような折、店に出ている俊介に瀕死の剛生から電話が入ります。用件は本物の安村憲男に戸籍を返す約束が果たせそうもないから、代わりに会って書類を渡してほしいとのことです。俊介が慌てて剛生の宿泊先へ行くと、剛生は「カタナ」の六角形の香水瓶の尖を腹部に刺されてこと切れていました。出血多量死でした、手当が速ければ助かったかもしれませんが、それより十三年前の記憶を俊介に呼び起こさせる方を選んだのでした。剛生の腹部に壜がささっているのは、泰邦の腹部に「次吉」が刺さっていたのを思い出させます。そうです、最初に泰邦の腹部を刺したのは俊介でした。誰にも止めようのない運命が廻ります。俊介は明彦を「墨野」の黒塀に呼び出し、剛生を殺した事を認めさせますが、叔母の雪代がタクシーで行き合わせ、タクシーで明彦を拾ってゆきます。どうやら、行先は大原野の善峯寺らしいです。そこの百草湯に湯治に行くそうです。俊介は、ツトムに後を託し、ゴルフバックに「次吉」を入れて、初めて自分のしなければいけない事を果たしに出かけます。妖刀「次吉」に翻弄された大迫家の悲劇は、冬の京都を舞台に起こります。雪が彼らの血を清めるように吸い取ってゆきます。兄弟げんかはよさないかと常に言っていたあの世の父耿平は、彼らの悲劇(元凶の雪代も含む)を何と思うのでしょうか?
赤江瀑ならではの耽美・幽玄の世界をお楽しみください。
天一

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月刊誌『詩世紀』第100号(昭和35年8月号)の目次には、赤江瀑が本名の長谷川敬名義で発表した詩作品「ディステンパーの犬」のタイトルが見えます。貴重な文学史的資料だと思います。元画像はこちら

 

オイディプスの刃 (河出文庫)

オイディプスの刃 (河出文庫)