魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

(日本語訳)エドガー・アラン・ポー「眠る女(The Sleeper)」

眠る女(The Sleeper)*1

The Sleeper

D. G. ロセッティ「眠る女」。大英博物館のホームページ(britishmuseum.org)より。

六月の深夜十二時
神秘的ミスティックな月影のもとにたたずむ
黄金色こがねいろの月の周縁リムから
阿片を含む蒸気が発散する*2
それは静まり返った山頂に
優しく滴々たらたらとしたたり落ちて
微睡まどろみながら音楽的に
広い谷のすみずみへと忍び入る
ローズマリーは墓の上で点頭うなずいている
白百合はさざなみにしなだれかかる

胸部を霧に包まれた廃塔は
倒壊寸前でこと切れている
湖は幽界の忘れ川レテのごとく
故意の眠りを眠っているらしく
何が何でも目覚めようとはしない
すべての美は眠る――そうしてここに
アイリーンもまた宿命さだめによって横たわっている

綺麗なお嬢さん この窓を夜間
開放する是非を問う声には如何いかん
いたずらな夜風は樹々の先より
笑いながら窓を越えて舞い降り
実体のない空気は幻人の集まり
あなたのお部屋をみだりに出入り
あなたの夢想おもいが秘められたまぶたの上で
長い睫毛に縁取られたまぶたの上で
天蓋のとばりを 発作的に
おびやかすかのように揺さぶるから
それにつれて床の上にも壁の下にも
陰影ものかげ亡霊もののけのごとく出没します
ああ可愛いひとよ 怖くはないの
どんなわけでどんな夢を夢みているの
あなたこそ海を越えてやってきた魔女
この庭の樹々にとっては解きがたい謎
その顔色は謎 着ている服も謎
何よりも謎なのはその髪の長さと
この沈痛きわまる物音の無さ!

姫は眠る 願わくはその眠りが
永く また深くあらんことを
天はその聖なる守護を賜わんことを
この一室がより神聖な一室となり
この寝台がより悲痛な寝台となった今
白衣を着た影たちの行き交う間
姫が決して目を覚ますことなく
昏々と眠るよう 切に祈る

わが想いびとは眠る 願わくはその眠りが
久しく また深くあらんことを
蛆虫よ 優しく這い回るのだ
太古のままの森の奥処おくが
聳え立つ墓の扉が開放されんことを――
その墓は家柄の紋の入った
棺布ポールの並ぶ上にしばしば
黒い扉を華々しく羽ばたかせた――
人里離れた場所に在るその墓
少女は幼時 その扉で遊び
その扉にたびたび石を投げつけてよろこび――
その墓の泣き叫ぶ扉に姫が
返事エコーを強いることはもう二度とない
思えば罪深い子どもだった
その声は死者たちの呻吟だった

*1:ジェームズ・ロリマー・グラハム(James Lorimer Graham)所蔵の『大鴉およびその他の詩集』のコピー(ポーの鉛筆書きの訂正入り)に拠る。原文はこちら

*2:この辺の数行、ポーはおそらくシーシャ(水たばこ)をイメージしているのだと思います。