魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

エドガー・アラン・ポー「眠る女(The Sleeper)」

アイリーン(Irene)*1

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ウィリアム・ヒース・ロビンソン「眠る女」。ウィキメディア・コモンズより。

時は今(と昇る月が歌をうたう)
心地よい六月の深夜十二時
それは翼ある幻想が 明るいひとみの上に
ごろりと横たわるのを好むひととき
さもなくば 古伝説で盛装して
美少女の脳天で乱舞するうち
遂には妄想と毛髪とがこんがらがって
決してもつれの解けない塊と成り果てる時

金色こんじきに輝く月の周縁リムから
眠気を誘う暗いインフルエンスがしたたり落ちる
灰色の塔は 首から下を霧に包まれた姿で
永遠の安息へと朽ち入っている
みずうみは 死後の世界の忘れ川レテのように
故意の眠りを眠っているらしく
何があっても目をさまそうとはしない
ローズマリーは墓の上でまどろんでいる
白百合はさざなみにしなだれかかる

数知れぬ煌々たる松の林が
縦横にゆれながら 子守歌をうたう相手は
至福にふらついている孤独なならの木
それは暗い奈落の上でうなずいている

美しきものすべて眠る そうしてここに
その窓を大きく開け放ちながら
アイリーンもまた宿命さだめによって横たわっている
お月様は彼女の耳もとにささやく
「麗しの姫よ あなたはどこから来たの
あなたのまぶたは奇妙 着ているものも奇妙
そうしてその伸び放題の金髪もまた奇妙
確かに海を越えてやってきたあなたは
この荒れ地の木々にとってはわからないことだらけなのです
ある優しい風は あなたの部屋の窓を
夜間 開放しておくのがよいと考えました
それでいたずらな夜風は木々の先より
窓を越えて げらげら笑いながら流れ込みます
そうして夢を見ているあなたの瞳の上で
真っ赤な天蓋を のぼりのように波打たせるのです
姫よ 目覚めなさい 姫よ 目覚めなさい
聖なるイエス御名みなにかけて
なぜならこの部屋には 私の蒼ざめた影が
怪しくも恐ろしくも あらわれては消えるのだから」

姫は眠る 少なくとも「愛」が涙する限り
亡き人々はすべてまどろんでいる
「追憶」がその目に涙を浮かべる限り
霊魂は安らかに横たわっている
とは言え それから数週間が経ち
明るい笑いが溜息を絞め殺すころ
死者の魂は怒りに駆られ
墓を抜け出し 思い出の湖へと向かう
それは生前しばしば 友人たちとともに訪れ
大自然の美に心打たれたところ
彼女は未踏の地をさまよい 草を踏み分け 摘んだ花で
その透き通る額のための髪飾りを編む
その花々は過ぎゆく夜風に向かって
口々に言う(俺にはその声が聞こえる)
「ああ ああ つらい 悲しい」
そうして彼女はしばし物思いにふけったのちに
流れる清水の上を渡りながら
(悲しみの重みに耐えかねて)
水面に映った夜空のかげに消えてしまう

******

姫は眠っている 願わくば 彼女の眠りが
永く また深くありますように
蛆虫はあたたかく這い回りますように
俺は祈る 彼女が永遠に横たわりながら
決して目をさますことのないようにと
この部屋がさらに聖なるものへと変わり
この寝台がさらに悲しいものへと変わりますようにと

願わくば 太古さながらの暗い森のさなかに
巨大な霊廟がそのとびらを開け放たんことを
大きな音を返すそのとびらに 彼女は幼い時分
おびただしい石ころを投げつけて遊んだ――
その霊廟は 彼女のふるい一族の
葬儀のための棺布ポールが整然と並ぶ上に
しばしば 蝙蝠こうもりの翼のごとく
黒いとびらを 意気揚々とはためかせた

眠る女(The Sleeper)*2

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D. G. ロセッティ「眠る女」。大英博物館のホームページ(britishmuseum.org)より。

六月の午前零時
妖しい月明かりのもとにたたずむ
金色こんじきに輝く月の周縁リムから
鴉片アヘンの暗い蒸気が発散する
それは静まり返った山頂へ
一滴ずつ 優しくしたたり落ちて
眠気を誘う調べとともに 響きよろしく
広大な谷のすみずみへと染みわたりゆく
ローズマリーは墓の上でうつらうつらしている
白百合はさざなみにしなだれかかる

廃墟はその首から下を霧に包まれた姿で
永遠の安息へと朽ち入っている
みずうみは 死後の世界の忘れ川レテのように
故意の眠りを眠っているらしく
何があっても目をさまそうとはしない
美しきものすべて眠る そうしてここに
アイリーンもまた宿命さだめによって横たわっている

麗しの姫よ この窓を夜間
開放しておくのはよいことですか
いたずらな夜風は 木々の先より
窓を越えて げらげら笑いながらやってくる
実体のない空気は魔術師の群れ
あなたの部屋を意のままに出入りしながら
あなたの眠れる魂が秘められている
長い睫毛の生えた 閉ざされたまぶたの上で
寝台のとばりを とても絶え絶えに
とても恐ろしげに ゆさぶるものだから
それにつれて床の上にも壁の下にも
もろもろの影が物の怪のごとくあらわれては消える
親愛なる少女よ あなたは怖くないのか
何ゆえに また何ごとを夢見ておられるのか
確かに海を越えてやってきたあなたは
この庭の木々にとってはわからないことだらけなのだ
あなたの顔色は奇妙だ 着ているものも奇妙だ
しかし何よりも奇妙なのはその伸び放題の髪の毛
そうしてこの荘厳きわまる静寂である

姫は眠っている 願わくば その眠りが
永く また深くあらんことを
天はその聖なる守護を彼女にたまわんことを
この部屋がさらにきよらかな部屋へと変わり
この寝台がさらに悲しい寝台となり
影かすかなる物の怪たちが行き交うあいだ
私は彼女が永遠に目をさますことなく
ぐっすりと眠るよう 切に祈る

私の愛する少女 彼女は眠っている 願わくばその眠りが
永く また深くあらんことを
蛆虫は優しく這い回らんことを
太古さながらの暗い森のさなかに
ある巨大な霊廟のドアが開け放たれんことを
その霊廟はしばしば 彼女の偉大なる一家の
紋の入った棺布ポールが整然と並ぶ上に
その両開きの黒いドアを 誇らしげにはためかせた
人里離れたところに在るその霊廟
彼女は幼いころ そのドアに向かって
おびただしい小石を投げつけて遊んだものだった
大きな音を返すその霊廟のドアから
彼女が反響エコーを呼びさますことはもう二度とない
思っても恐ろしい 憐れむべき罪の子よ
それは死んだ人たちが中で呻いている声だったのだ

*1:1831年版『エドガー・A・ポー詩集』に拠る。

*2:ジェームズ・ロリマー・グラハム(James Lorimer Graham)所蔵の『大鴉およびその他の詩集』のコピー(ポーの鉛筆書きの訂正入り)に拠る。