
はじめに
この辺で、ポーの詩に関する私自身の考えをまとめておこうと思うのですが、できるだけ専門的な記事にならないよう、原文の引用などはなるべく控えたいと思いますので、原文が読みたい方は、リンクを貼っておきますので、お手数ですがリンクをたどってご参照ください。なお日本語訳詩はすべて下の電子書籍から引用します。
「ブライダル・バラード」
まず、ポーは「リフレイン」と呼ばれる手法について、「詩作の哲学(The Philosophy of Composotion, 1846)と題されたエッセイの中で、次のように述べております。
リフレインの通常の使用は、ただ歌曲の歌詞に限定されているだけでなく、その印象の強さは、音と思想の双方における単調性に依拠している。快感はもっぱらその同一性、すなわち反復の感覚から演繹されている。そこで私は全体として音の単調さは維持しながら、思想に絶えず変化をつけることで、効果を多様化し、また高めようと決めた。
この「リフレイン」というのは、どこの国の抒情歌にも見られる、およそ陳腐な手法ですが、こいつを何とかしてやろうと考えたのは、ひょっとすると後にも先にもポー一人かも知れません。このリフレイン論に限らず、ポーの着眼と着想の素晴らしさを目の当たりにするたびに私が思うのは、「お宝」というのはほんとに意外なところに埋もれているんだなあ、ということです。それが「お宝」の「お宝」たるゆえんですね。大銀行の大金庫に死蔵されているようなものは、「お宝」の名に値しません。
この「リフレインの使用法に新機軸を打ち出せないか」という着想自体は、おそらくポーがきわめて若いころからあたためていたものかと思われますが、彼が実作の上で初めてこれを試みたのは、1837年(ポー28歳)初出の「ブライダル・バラード(Bridal Ballad)」という作品においてです。
この詩をご紹介する前に、この詩の設定について少し述べます。「ブライダル・バラード」というタイトルは、いささか皮肉を含んでいるように思われます。直訳すると「華燭の賦」といった感じになるかと思いますが、内容は決してそんなおめでたいものではありません。結婚式に臨んで、幸せいっぱいなはずの花嫁が、神聖な誓いを交わす土壇場になって、ふと死んだ彼氏のことを思い出し、不吉な予感に恐れおののく、という内容だからです。これには作者の個人的な失恋体験が絡んでいるという説もあるが、ここでは省きます。
以下に拙訳を示します。太字で表した部分がリフレインです。
それは指輪があるから
それは花の冠があるから
綺麗な衣裳も宝石も
みんな私の意のままだから
だから私はうれしい
それに何より優しい新郎がいるから――
だが彼が誓いの言葉をささやいた時
私の胸は騒いだ
その言葉は弔いの鐘のようで
その声はあの男の声だったから
谷間の戦闘で斃れて
帰らぬ人となったあの男の
彼はぼんやりしている私に声をかけて
私の額に口づけをした
すると私は幻覚に襲われ
それは私を墓地へと連れて行って
それで私は目の前の男に
彼を死んだデロルミだと思って
「うれしい」と言ったのだった
こうして愛が告げられ
これが交わされた誓いであって
それで私が不実な女となって
ひそかに断腸の思いをしても
人はこの黄金の指輪で
私を幸せ者と呼ぶでしょう
ああ 私は目を覚まさなければ
なぜなら私は夢を見ていて
それで心配でたまらないから
これは一大事ではないかと
これでは見捨てられた故人が
死に切れないのではないかと
おわかりでしょうか?これが「ポー式リフレイン」です。原語は「ハッピー(happy)」という、およそ平凡極まる英単語ただ一つ(最後の「死に切れない」だけ「not be happy」)です。それが詩節を追うごとに意味が変わっていくのです。これは原詩を読むと、非常に不思議な感じ――敢えて言えば、非常に神秘的な印象を受けるものです。まるで見る角度によって色が変わる宝石を見ているような気がします。もちろん、こうした効果は、訳詩では再現できません。
「大鴉」における「ネバーモア」の採用
上の「ブライダル・バラード」は、実験的な作品だと私は思います。確かに「リフレインの用法に新味を加える」という点では成功していますが、一篇の詩としては、必ずしも上出来とは言えません。「ブライダル・バラード」は、偉大な文学作品だとは、とても言えないのです。
ひょっとすると、作者はこれを失敗作と見ていたかも知れません。エドガー・アラン・ポーは大変気難しい批評家で、他人の作品に対しても辛辣でしたが、自作についても容赦なかった。彼が自分の詩を「ガラクタ(trifles)」と呼び、自分の詩集について「この中には公衆にとって有益なものも、私自身にとって自慢になるようなものも何一つない」と書いたのは有名な話です。彼は上の「ブライダル・バラード」について、「どうして失敗したのか」「どこを改善すればいいのか」と、われ知らず自問自答していたのかも知れません。そうして敗因の一つとして気づいたのが、リフレインとして採用した「ハッピー」という言葉の響きの軽さだったのではないでしょうか。
「詩作の哲学」の中で、彼は名作「大鴉(The Raven)」の創作過程を分析しながら、こう書いています。
リフレインを使うと決めたからには、詩を詩節に分けることは必然の帰結で、リフレインは各詩節の結語となる。さような結語が力を持つためには、その語が響きがよくて、長い強勢を置くことができるものでなければならないことは必定である。
「ハッピー」では響きが軽すぎて、強勢を置くことができない。だから読者に強い印象を残すリフレインが作れなかった。それではもっと重い響きの言葉を使ったらどうだろう。そうした反省から、数ある英単語の中でもチャンピオン級の重い響きを持った「もう二度とない(nevermore)」という単語が選ばれたのではないでしょうか。
「ブライダル・バラード」では、ポーはリフレインの「ハッピー」という単語の辞書的な意味そのものを変化させて用いましたが、「ネバーモア」ではそれは難しいので、彼は詩「大鴉」全体を物語仕立てにすることで、違う文脈でこの語を繰り返し登場させて効果を多様化しようとしました。ボードレールの指摘を待つまでもなく、この創作が非常に困難だったことは明らかで、まあ常識的に考えて、おそらく着手から脱稿までに数年はかかっているでしょう。いま「脱稿」という言葉を用いましたが、ポーのようなタイプの詩人の場合、「完成」という言葉は使いづらい。ポール・ヴァレリーの純粋詩論によれば、「詩は決して完成しない」からです。
トマス・マボット教授による「大鴉」の注釈の中に、こんな話があります。ジェームズ・バーハイトという人が少年のころ、ニューヨーク州のサラトガで、未完成の「大鴉」を大声で朗読しているポーとばったり出くわした。少年は言った。
「おじさん、『ネバーモア』なんて名前の鳥、本当にいるの?」
するとポーは叫んだ。
「それこそが…俺が探し求めていたものなんだ!」
マボット教授は、この話は「面白すぎ」て、信憑性には乏しい、としています。しかしポーが「詩作の哲学」にある通り、もし本当に「大鴉」をクライマックスから書いていったのなら、どうやって話をそこまで持っていくかという問題は、大変な難問だったろうと思われます。結末の絶望感をより深いものとするために、その前に少しユーモラスな、敢えて言えば読者が脱力するようなシーンを入れることで、落差をつけたい、という思惑は、ポーの頭に自然に浮かんできたことでしょう。語り手が鳥に名前をたずね、鳥が「ネバーモア」と答えるというあのシーンは、上のような偶然のきっかけから生まれたものだったのかも知れません。
「アナベル・リー」と「エルドラド」
「大鴉」で成功を収めて以来、「ポー式リフレイン」はポーの得意技となりました。たとえば死後発表の「アナベル・リー(Annabel Lee)」という詩に用いられている「海のほとりの王国で」というリフレインは、きわめて音楽的で、ただ単に反復されるだけでも耳に快いものですが、ポーはこれに、さらに深く、さらに豊かな寓意を込めようとして、工夫を凝らしました。
だから天で人々を仕切っている天使たちも
海で人々をおびやかす魔物たちも
俺とアナベル・リーとを結ぶ固い絆を
断ち切ることはできません…
だが「ポー式リフレイン」がもっとも華々しい成功を収めたのは、これまた死後発表の「エルドラド(Eldorado)」という詩においてである、と私は思います。もう詳しい解説は省きますが、これは一詩節六行×四詩節=全二十四行の短い詩ですが、「ポー式リフレイン」の真骨頂が見られます。各詩節に「影(shadow)」という単語と「エルドラド(Eldorado)」という単語とがリフレインとして配置され、このうち「シャドウ」という単語は、「ブライダル・バラード」の時と同様、辞書的な意味が変化します。それにつれて「エルドラド」のイメージも、第一詩節における「桃源郷」「楽園」といった明るいイメージから次第に暗転して、最終的には人間が足を踏み入れてはいけない領域――そこへ踏み込む者は、狂死を覚悟しなければならない、そんな禁断の世界を暗示するようになります(ボードレールの「旅」の結末と少し似ています)。この作品は、まさにマジックです。「ミステリアスにして十全なること水晶のごとし」というボードレールの讃辞は、「大鴉」よりもこの「エルドラド」にこそふさわしい、と私は思います。
