
「名探偵」登場
私がメモを読み終わると、デュパンは言った。「君には言うまでもないことだけど、このケースはモルグ街のよりもはるかに難解だ。あれとは大事な点が一つだけ異なっている。これは凶悪な事件だが、平凡だ。異常な点が何一つない。この理由で、解決は容易に見えるが、実は同じ理由で、解決が困難なのだ。だから最初は、懸賞金など不要と考えられた。警視総監の子分たちには、このような罪が、いかにして犯されたはずなのか、すぐにわかった。彼らは実に多くの動機を、実に多くの方法を、思いつくことができた。そうしてこの無数の動機や方法のうちの、どれが実際のものであってもかまわないわけだから、そのうちの一つに間違いないと、彼らは思い込んだ。だがこれらの動機や方法について、これを心に思い描く容易さと、それぞれが身にまとうもっともらしさとは、謎の解明にむしろ困難が伴うことを暗示している。前にも言ったが、理性が真実を求めて、手探りで前進するのは、日常の平面上に何か引っかかるものがあればこそだ。*1そのような場合には『何が起こったか』ではなく、『これまでにない何が起こったか』を問うのがよい。レスパネー母娘のケースでは、G氏の部下たちはあまりの異常さに困り果て、意気阻喪してしまったが、その異常さこそ、優れた知性にとっては、もっとも確実な成功の予兆をもたらすものだった。今回のケースでは、目につくものすべてが平凡で、同じ知性が絶望に陥るところなのに、パリ警視庁の職員たちの目には、安易な勝利を約束するものにしか見えない」……
メディアの世論操作
「世間は『レトワール』紙の意見を重んじている。『レトワール』のうぬぼれのほどは、この事件に関するある記事の書き出しを見てもわかる。いわく『いくつかの朝刊紙は、月曜日の小紙の決定的考察に言及している』――僕に言わせれば、くだんの記事は、書き手が思っているほど決定的なものではない。ここで忘れてはならないのは、新聞の目的は、真相の解明を進めることよりも、むしろセンセーションを巻き起こすこと――注目を集めることにある、ということだ。真実が追求されるのは、それが注目を集める場合だけだ。通説(それが正論でも)に賛同するだけの新聞は、大衆から決して評価されない。大衆は、通説に対して、辛辣な異論を唱える者だけを思慮深い者と見なす。文学界においても、思想界においても、もっとも直接に、もっとも広汎に受けが狙えるものは警句だ。そうして警句は、その双方において、もっとも価値の乏しいものでもある。
「何が言いたいかというと、マリー存命説を『レトワール』紙に推奨し、これに大衆の好感を確保してやったものとは、この説の信憑性ではなくて、この説のエピグラム性とメロドラマ性だということだ。この新聞の主張の要点を吟味しよう、それが表明された当初から伴っていた矛盾点を無効化しながら」……
*1:訳者注:「モルグ街の殺人事件」にほぼ同じ表現があります。