魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

(抄訳)エドガー・アラン・ポー「マリー・ロジェの謎(The Mystery of Marie Roget)」(その十二)

ハリー・クラーク『川まで死体を運ぶ道中、彼の恐怖は倍増する』ウィキメディア・コモンズより。

死体の首に紐を引っかけて…

「今度は死体の『上着の一部が、裾から腰にかけて、約一フィート幅の帯状に引き裂かれ』『それが腰に三重に巻きつけられて、背中でロープ結びヒッチで留めてあ』った件について考えてみよう。これは明らかに、死体を持ち運ぶための持ち手ハンドルを作る目的でなされたものだ。だが何人もの男たちが、そんな方法に訴えることを思いつくだろうか。三人ないし四人の男たちにとっては、死体の手足こそ、充分にして最良の持ち手ホールドを提供してくれる。それは人体に備えつけの小道具バイスだ。こうして僕らは『茂みから川にかけて、いくつかのフェンス横木レールが破られ、地上には何か重いものを引きずった跡があった』という事実に行き着く。はたして何人もの男たちが、死体を引きずって運ぶために、わざわざフェンスを破るような余計な手間をかけるだろうか。死体を持ち上げれば、どんなフェンスも一瞬にして乗り越えられるではないか。それよりもまず、何人もの男たちが、少しでも死体を引きずって、明らかに引きずった痕跡を残そうとするだろうか。

シンプルなスプリット・レール・フェンス。釘などの金具を一切使用しない、組み立て式だそうです。ウィキメディア・コモンズより。

「ここで僕らは『ル・コンメルシェル』紙の記事に言及しなければならない。この記事については、僕は以前、少しコメントしたのだが。いわく『彼女のペチコートの一部は、幅一フィート、長さ二フィートにわたって引き裂かれ、彼女のあごの下から後頭部にかけて巻きつけられていたが、おそらく発声を妨げる目的だろう。これはハンカチを持たない連中の仕業である』
「本物の悪党は必ずハンカチを持っている、と前に言ったね。だが僕がいま特に強調したいのはそこではない。この包帯バンデージは、『ル・コンメルシェル』紙が想像するような目的で使用されたのではない。ハンカチがなかったから代用されたのでもない。それは茂みにハンカチが残されていたことでもわかる。目的が『発声を妨げるため』でなかったことは、その目的にぴったりのハンカチよりも、この包帯バンデージが優先して用いられたことからも明らかだ。ところで証言エビデンス言葉通りランゲージでは、問題の布きれストリップは『彼女の首にゆるく巻かれ、固い結び目で留められていた』そうだ。ずいぶん曖昧な表現だが、『ル・コンメルシェル』紙の言うところとは根本的に食い違う。この布きれスリップは幅が十八インチもあり、たとえモスリンでも、縦方向に折りたたんだり、巻いたりすると、非常に丈夫なバンドになる。こうして丈夫にした形で、それは見つかった。僕の推理はこうだ。孤独な殺人者は、死体をその中ほどで、包帯バンデージロープ結びヒッチにした状態で、遠いところ(例の茂みか、その他の場所)から運んできたのだが、この手続きプロシージャ様態モードでは、死体が重すぎて、彼の力では運び切れないことがわかった。彼は死体を引きずって行くことに決めた。事実証拠エビデンスは、死体が引きずられたことを示している。このやり方に決めると、何かロープのようなものを、死体の先端に取り付ける必要が生じた。ロープのようなものを、首にこそ巻きつければ、頭部で脱落が防げるから、一番都合がいい。ここで犯人は、疑いもなく、死体の腰に巻きつけた包帯バンデージのことを考えた。彼はそれを使いたかったが、それは死体に何重にも巻きついていたし、面倒なロープ結びヒッチで結ばれていたし、考えてみれば、それは衣服ガーメントから『引き裂かれた』ものでもあった。結局、新しい布きれスリップを、ペチコートから破り取る方が簡単だった。彼は破り取り、これを彼女の首のまわりにしっかりと掛け、川のほとりまで引きずっていった。この『包帯バンデージ』は、手に入れるのに手間暇がかかる割りに、目的に適合しているとも言えないが、是非に及ばず、この包帯バンデージが用いられたということが、あのハンカチがもはや手近にない時点において、これを使用する必要が発生したことを示している。――すなわち、茂み(か、他のどこか)をすでに離れて、川辺に向かう道中で必要になったのだ」

疑わしいドリュック夫人の証言

「だが、君は言うだろう、ドリュック夫人の証言エビデンス(!)によれば、犯行のあった時刻、あるいはその時分に、ある集団ギャングが茂みの近辺にいたことは確かだ、と。それは僕も認める。僕が疑うのは、犯行のあった時刻、あるいはその時分に、ドリュック夫人が言うような集団ギャングが、ルール関門付近に、一ダースほどいなかったか、という点だ。ところが、ドリュック夫人のいささか時機を失した、大いに疑わしい証言エビデンスにもかかわらず、このような非難を招いた集団ギャングは、一つだけなのだ。その集団ギャングとはすなわち、ドリュック夫人のケーキを食べ、ブランデーを飲み、それでいてお金を払うという骨折りを惜しむやからとして、この真面目で几帳面なお婆さんによって描写されたところの一集団ギャングなのだ。『それ故の怒り』かな?
「だがドリュック夫人の証言エビデンスとは、正確にはいかなるものか。いわく『柄の悪い男たちの集団ギャングが現れて、わいわい騒ぎながら無銭飲食をはたらき、二人が取った道と同じ道を取ったが、黄昏時に戻ってきて、大変な急ぎ方で、川を渡って帰っていった』
「この『大変な急ぎ方』だが、これはドリュック夫人の目には、とりわけ大変な急ぎ方と映った可能性が高い。なぜなら彼女は無料ただで出したケーキとエールについて、未練たらしく、割り切れない思いを抱えていたから。彼女はこのケーキとエールについて、支払いがあるかも知れないという微かな希望を、まだ捨ててはいなかった。それとも黄昏時だったから、彼女は急ぎ方が気になったのだろうか。悪人の一味ギャングといえども、嵐が迫り、夜が近づく中にあって、大きな川を小舟で渡らなければならぬとなれば、家路を急いだとしても無理はない。
「夜は近づいていた、なぜならまだ来ていなかったから。『悪漢たち』の怪しい急ぎ方が、ドリュック夫人の険しい目に留まったのは、黄昏時のことだった。だがドリュック夫人とその長男が『店の近くで女性の悲鳴を聞いた』のは、まさにこの夜のことなのだ。そうしてドリュック夫人は、この悲鳴を聞いた時刻を、どんな言葉で表しているだろうか。『日が暮れてすぐ』と彼女は言う。だが『日が暮れて』とはを意味する。そして黄昏時はまだ昼間だ。これで例の一味ギャングが、ドリュック夫人が悲鳴を偶然(?)耳にする前に、ルール関門を立ち去っていたことは明らかだ。たとえいま問題にしているこの相対的な表現が、僕がいま君と交わした会話の中で使った意味と、間違いなく同じ意味で使われていたとしても、この大きな差異に、新聞も、警察も、何も気づいていないのだ。
複数犯ギャング説への反証をもう一つだけ。だがこれは、僕の考えでは、あらがいがたい重みがある。巨額の懸賞金がかけられた条件下では、また、共犯者を密告すると罪が免ぜられる場合には、卑劣なならず者の集団ギャングであろうとなかろうと、さっさと仲間を売らずにいることなどできるわけがない、という点だ。そのような立場に置かれた一味ギャングの一人一人は、懸賞金が欲しくなったり、逃げ出したくなったりする以上に、裏切られることを恐れるものだ。彼は『売られてはたまらない』という本音を、いちはやく見せびらかす。だが現時点では、秘密はまだ口外されていない。この事実そのものが、秘密が本当に秘められたものであることの、最良の証拠プルーフだ。真相を知っているのは一人、もしくはせいぜい二人の人間と、神だけなのだ」

『浅黒い顔』の男

「僕らの長きにわたる分析の、貧弱ではあるが確かな成果を、合算してみよう。僕らが到達した観念は二つ。一つはドリュック夫人邸内の致命的事故の可能性*1。もう一つはルール関門の茂みで行われた殺人行為の可能性。犯人は恋人、もしくは少なくとも故人とねんごろな、秘密の関係者だ。この関係者は浅黒い顔をしている。この顔の色と、包帯バンデージの『ロープ結びヒッチ』、それにボンネットのリボンの『船乗りの結び方』、これらは海の男を思わせる。被害者は華やかではあっても、決して下品ではない若い女性だった。彼と彼女の関係は、彼が一般船員よりも上位の者だったことをうかがわせる。ここで新聞に対する、上手じょうずに書き上げられた、熱心な投書の数々が、有力な裏付けコラボレーションとなる。『ル・メルキューリ』紙が言及した最初の駆け落ちの状況は、この『海の男』の観念を、被害者をして初めて道を踏み外させたところの、あの『海軍士官』の観念と、混同させる傾向がある。
「ここで順当に頭に浮かんでくるのが、『浅黒い顔の男』の不在が続いている事実だ。少し立ち止まって、『この男の顔は浅黒い』という事実に注意してみる。ヴァレンスとドリュック夫人の両人に関して言えば、二人が彼について記憶している唯一の点を形成しているところから、尋常な浅黒さではないと考えられる。なぜこの男は不在なのか。一味ギャングに殺害されたのか。もしそうなら、殺された娘の痕跡しかないのはなぜか。二つの殺しの時期と場所とは、一致するのが自然だろう。だが彼の死体はどこだ。犯人は、二人の死体を同様に処理した可能性が高い。あるいはこの浅黒い顔の男はまだ生きていて、殺人の罪を着せられる恐れから、身をひそめているとも考えられる。この説は、今の彼、現時点での彼については、説得力がある。彼はマリーと一緒にいるところを見られているからね。だが犯行当時においては、何の説得力もない。無実の人間の初期衝動は、犯行を広く伝え、犯人たちを身元特定アイデンティファイすることであるはずだ。理性ポリシーはそう言うはずだ。彼はマリーと一緒にいるところを見られている。彼は彼女とともに、屋根のない渡し舟オープン・フェリーボートで、川を渡った。犯人を告発すること、それが自分自身の嫌疑を晴らす、もっとも確実にして唯一の手段であることは、誰にでもわかるはずだ。だからあの日曜の夜、彼が罪を犯していないとは言えないし、彼が犯行を知らなかったとも考えられない。彼がまだ生きているとして、犯人を告発しないのは、彼自身が犯人だからだ」

ここまでの推理のまとめ

「さて、われわれには真相に到達するための、どんな手段があるだろうか。われわれの手段は多岐にわたり、歩を進めるにつれ、はっきりした証拠ディスティンクトネスが集まってくるだろう。最初の駆け落ちの件から徹底的に調べよう。くだんの『士官』の全経歴を、彼の現在の状況を、殺人が行なわれた時刻における彼の居場所を、調べよう。夕刊紙に送られたさまざまな手紙を、一つ一つ、注意深く比較しよう。それは複数犯ギャングに罪を着せるものためのものだったね。それが済んだら、これらの手紙を、文体についても、筆跡についても、朝刊紙に送られたものと比較してみよう。こちらはムネ氏を強く罪に問うものだった。それも済んだら、今度はこれらの手紙を、例の士官の手書きの手紙と比較しよう。それからドリュック夫人とその息子たち、それに乗合馬車運転手オムニバス・ドライバーのヴァレンスに、何度も質問して、『浅黒い顔の男』の身体的特徴と物腰とを確認するよう努めよう。巧みに仕組まれた問いかけによって、このうちの誰かから、特定の点、あるいは他の点について、貴重な情報を引き出すことができるだろう。それは彼ら自身も持っているとは気づいていない情報かも知れない。次に、僕らは例のボート追跡トレースしよう。それは六月二十三日(月)の朝、船舶事務所員によって拾われ、くだんの士官のいる前での認知を経ないまま、そうして舵を失ったまま、死体発見前のある時点に、船舶事務所から引き取られた。適切な用心と忍耐とをもってすれば、僕らは必ずやボートのありかを見つけ出せるだろう。それを拾った職員が、それを一致確認アイデンティファイできるだけでなく、舵が手もとにあるからだ。何もやましいところのない人間が、何の問い合わせもせずに、帆掛け船の舵を置いていくわけがない。ここでちょっと疑問を呈したい。このボートを拾ったという広告は出なかった。それは船舶事務所に黙って持ち込まれ、黙って持ち出された。だがそのボートの所有者ないし使用者は、火曜日の朝というような早い時期に、広告の力も借りず、月曜日に接収されたボートのありかの情報を、偶然にせよ、いかにして入手できたのだろうか。そこには何か海軍とのつながり、すなわち海軍内でのささやかな関心事や、小さなローカル・ニュースについて教えてくれる、何か個人的で恒常的なつながりが存在するのではないだろうか」

犯人の心理状態

「死体を岸辺まで運んできた孤独な犯人について語りながら、僕はすでに、彼がボートを使用した可能性を示唆した。つまりわれわれは、マリーがボートから川に投げ込まれたと理解すべきなのだ。そう考えるのが自然だからだ。死体は川の浅瀬に流れ着いた。被害者の背中と肩に付いていたいた特異な傷は、船底の肋材によるものと考えられる。死体におもりが付いていなかった事実も、この考えを裏付けるものだ。川岸から投げ込まれたなら、必ずおもりが付けられていたことだろう。犯人が船を出す前に、おもりを用意することを怠っていたと考えなければ、われわれはおもりがない理由を説明できない。遺体を水にゆだねる行為の中で、彼はきっと手抜かりに気づいたはずだ。だが手っ取り早い善後策はなかった。川岸へと引き返すことには、あらゆるリスクが伴う。恐ろしい重荷から解放され次第、犯人は大急ぎで街へ戻ろうとしただろう。それで、どこかの暗い波止場から、彼は陸地へと飛び移った。だが彼はボートを繋留しただろうか。彼はあまりにも急いでいて、ボートを繋留する暇などなかった。あまつさえ、ボートを固定することは、彼自身に不利な証拠エビデンスを固定することにもなる。彼は自分の犯行と関係のあるものを、可能な限り、すべてかなぐり捨てようと、自然に考えたはずだ。彼は波止場から逃げただけでなく、波止場に船が残ることをも許容しなかった。彼はボートを漂流するにまかせたまま、顧みなかったに違いない。空想のあとを追いかけよう。翌朝、犯人は、くだんのボートが、彼が毎日通っている場所に繋留されているのを見て、愕然とした。その場所は、おそらく、彼の職場だったんだね。それでその夜、舵のないまま、ボートを移動した。それではその舵のないボートはどこか。第一にそれを探そう。ボートの影がちらりと見えた瞬間、事件解決の夜明けが始まる。このボートは僕らを、僕ら自身も驚くほど迅速に、これを用いた人物へと導いてくれるだろう。裏付けコラボレーションの上に裏付けコラボレーションが積み重ねられ、真犯人へとたどり着く道が開けるだろう」

*1:訳者注:この行も後から書き足されたものです。