魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

『ドラキュラ(Dracula)』に先駆けて現れたレズビアン・ヴァンパイア『カーミラ(Carmilla)』

以下は「アトラス・オブスクラ(Atlas Obscura)」に掲載されたマリアナ・ザパタ(Mariana Zapata)さんの記事を無断で日本語に訳したものです(マリアナ・ザパタさん、ごめんなさい)。『カーミラ』を鑑賞される上で参考にしていただければ幸いです。元の記事はこちら

『ドラキュラ』に先駆けて現れた『カーミラ

第14章「邂逅」より

西欧世界における吸血鬼文学の起源について考える時、あなたはおそらくブラム・ストーカーの『ドラキュラ』を思い浮かべることだろう。この傑作は、出版されてから既に100年以上もの間、このジャンルの典型であり続けてきた。
しかしストーカーがこの本のために懸命にリサーチをしていた何年も前、別の吸血鬼小説がアイルランドで書かれていた。ジョゼフ・シェリダン・レ・ファニュ作『カーミラ』は、近代ヨーロッパにおける最初の吸血鬼小説と呼んでいいだろう。
この小説は、美しき吸血鬼の餌食となったローラというある若いイギリス人女性の一人称で、1871年に書かれた。少し詳しく言うと、ローラはまず、カーミラという名の見知らぬ客を、彼女の家へともたらした奇妙な事故についてわれわれに語る。

カーミラ』のあらすじ

ローラはこの新参者が、幼い頃に見た悪夢に出てきたお化けにそっくりなのを見てぞっとする。しかしこの恐怖感はたちどころに収まり、熱い友情が取って替わる。
一方で、近郊の都市の少女たちが、謎の病気で苦しみ、命を落とすという事件が続き、パニックが起きる。遂にはローラ自身も病気となり、夜間、巨大な猫に襲われる夢を繰り返し見る。

第4章「彼女の習慣‐ある日の散策」より

奇妙なめぐりあわせで、同じ病気で姪を亡くしたある将軍がローラの父を訪ねてくる。この将軍は吸血鬼の人相を知っており、カーミラを――彼が言うところのミラーカを――探している。将軍とカーミラは鉢合わせをして喧嘩となり、正体を暴かれたカーミラは逃走する。
この事件の後、ローラは連れ戻され、数名の人々に護衛される。一方で、ローラの父と、将軍と、ヴァンパイア・ハンターとが、カーミラの隠された墓を見つけ、彼女の心臓に杭を打ち込み、首を刎ね、亡骸を焼き尽くす。ローラの容態は回復するが、全快はせず、その短い生涯の残りをカーミラの記憶に憑きまとわれながら過ごす。

『ドラキュラ』への影響

カーミラ』の中の数々の要素が、修正され、敷衍されながらも、『ドラキュラ』の中に見出されることで、ほとんどの学者たちが『カーミラ』の『ドラキュラ』への甚大な影響を認めている。たとえば、女吸血鬼の美貌については、両者ともまったく同じである。彼女たちはバラ色の頬と、大きな目と、ふっくらした唇と、そしてほとんど抵抗しがたい肉感性を持っている。またいずれにおいてもヴァンパイア・ハンターなる者が助けに来て、混乱した犠牲者に、世に知られざる知識を分かち与える。物語の枠組み自体も、犠牲者の一人称で書かれているという点で、ストーカーの傑作はレ・ファニュのそれとまったく同じである。

愛すべき「レズビアン・ヴァンパイア」

しかしながら『カーミラ』をかくも愛すべきものとしているのは、このジャンルの他の作品との共通点ではなく、その水際立った相違点である。もっとも注目すべきは、この物語が二人の女性を中心としており、その二人のややこしい関係が淡いレズビアニズムのアンダートーンによって彩られている事実である。

第6章「怪しい苦悶」より

この小説はヴィクトリア朝時代に書かれた。それは厳格な道徳律と性的抑圧で知られる時代であり、吸血鬼小説が脚光を浴びたことに何の不思議もない。これらの小説は、もっとも純粋な心といえども、超自然的な存在の誘惑には抗し得ないという考えが前提となっている。この考えは、ヴィクトリア朝時代の上流人、特にその欲求が厳しく制限されていた上流婦人たちにとって、きわめてこころよいものであった。
しかしながら、誘惑に対して無力だからといって罪が許されたり償われたりするわけもない。なぜならそのような誘惑能力は悪しき力であり、悪魔的な力であると考えられたからである。ほとんどの吸血鬼譚では、いけにえとして供された女性は、まだ生きているうちに男性が助けに来ない限り、死んでしまう。このように、吸血鬼の比喩は、抑圧された性的欲求のはけ口と同時に、さような欲求に屈服する危険性についての道徳的教訓をも提供していたのである。

カナダのネット・ドラマシリーズ『カーミラCarmilla)』のワン・シーン

この意味で、ローラはいけにえとして完璧である。彼女は吸血鬼に対して反発すると同時に惹きつけられる。この奇妙な美しい生き物に対する自分の感情に屈服したいという願いと、この感情から身を引きたいという願いの両方を心に抱くのである。そうしてこの美しい生き物が抗しがたく魅力的な女性だという事実が、彼女の感情をさらに混乱させる。

私は奇妙な、心をかき乱すような興奮を経験し、それは快感には違いなくても、時として恐ろしさと厭わしさとの漠たる感覚が入り混じっていた。(中略)私は一つの愛が慕情へと成長してゆくのを意識しながら、同時に彼女のことが大嫌いだとも考えていた。(第4章「彼女の習慣――ある日の散策」より

心が揺れていたのはローラだけではなかった。カーミラは、その犠牲者たちのほとんどに何の関心も示さないにもかかわらず、少数の人たちには純粋に魅せられるのである。彼女はローラに恋をしているように見える。

そうして彼女はうっとりとした目つきで私を抱き寄せると、その熱い唇が接吻を浴びせながら私の頬の上を旅した。そうして彼女はほとんどすすり泣きながらささやいた。「あなたは私のもの。誰にも渡さない。あなたと私は永遠に一つに結ばれている("You are mine, you shall be mine, you and I are one for ever.")」(第4章「彼女の習慣――ある日の散策」より)

このような狂おしい興奮のひとときに、カーミラは、二人が一つになるためには、ローラが死ななければならないことを示唆している。ローラの血を飲むことで、二人は永遠に結ばれるのである。『カーミラ』は、そのままで、『ドラキュラ』以降の吸血鬼たちを圧迫してきた「異性愛をノーマルとする」('heteronormative')男性中心社会へのアンチテーゼとなっている。それは凡百のレズビアン・ヴァンパイアものと同様、カナダの同名のネット・ドラマシリーズを含む数篇のリメイクに霊感を与えてきた。
このような歴史的背景に鑑みれば、この小説が当初書かれた頃にはさほど注目を集めなかったことも驚くにはあたらない。それから145年経った今こそ、カーミラが墓からよみがえるべき時である。(2016年10月31日)