魔性の血

拙訳『吸血鬼カーミラ』は公開を終了しました。

(日本語訳)エドガー・アラン・ポー「アッシャー家の崩壊(The Fall of the House of Usher)」

彼の心は琵琶のいと
触れればたちまち鳴り響く ――ド・ベランジュ

それは絶対に解けない謎であった。

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1950年に公開されたイギリスの白黒映画「アッシャー家の崩壊」のワンシーン。darkermagazine.ruより。

暗雲が低く垂れ込めるある静かな秋のひと日を日もすがら、私は馬に乗って、不思議なほど荒寥とした地方を通り過ぎた。そうして夕闇が迫るころ、ようやく陰気なアッシャー家が見えるところまでたどり着いた。何故かは知らない。だがその建物をひと目見た途端、私の心は耐え難い悲しみにむしばまれた。「耐え難い」と私は言う。それはこの悲しみが、悲惨な事実のもっとも容赦ないありのままの姿ナチュラル・イメージからも通常われわれが感受する、詩的であるがゆえになかば快 い感覚によって、緩和されることがまったくなかったからである。私は目の前の景色を見た。ただの家と土地とのシンプルな景観――寒々とした壁――虚ろな目のような窓々――二、三のランクをなしているすげ――二、三本の枯れ木の白い幹――そうしてこれらを見た時に私が感じた暗い気持ちは、これに比すべきものとしては阿片による幻覚からの覚醒――日常生活へのつらい復帰――ヴェールに隠されていたものとの恐ろしい直面――以外に何一つ思い浮かばなかった。そこには寒気さむけ、意気消沈、胸のむかつき――何か救いがたい思想の荒廃のようなものがあって、いかなる想像力の鞭撻といえどもこれを荘厳なる感情へと叩き直すことはできなかった。それは何だろうか。私は立ち止まって考えた。アッシャー家を見た私をこんなにも怖じ気づかせたものは何だろうか。それは絶対に解けない謎であった。私は自分の頭に押し寄せてくる暗い考えに溺れることしかできなかった。人をこのように惑わす力を発揮しているのは、疑いもなく、きわめてシンプルな自然の物体の組み合わせコンビネーションに過ぎないにもかかわらず、この魔力の分析はわれわれ人間の知性の手に余るという不本意な結論に、私は甘んじざるを得なかった。また私はこの場面の部品、この絵の構成要素を単に配置転換するだけで、この悲しい印象の力を緩和し、あるいは消し去ることができるかも知れないとも考えた。このような考えに基づいて、私はこの家のかたわらの、静かに光を湛えている黒く不気味な沼の険しい岸辺に馬を止めて、下を見たが、灰色のすげや、白い木の幹や、虚ろな目のような窓々の再構成された逆さの影と出会って、以前にも増してさらに慄然としただけであった。

彼は度を過ぎて慎み深かった。

にもかかわらず、この陰気な家に私は数週間滞在するつもりなのだった。所有者のロデリック・アッシャーは私の少年時代の遊び友だちのうちの一人で、最後に会ってから長い年月が経過していた。ところが最近、遠方に住む私のもとへ、一通の手紙が届いた。それは彼の手紙で、その異常な緊急性は直接の返答以外の返答を許さなかった。その手書き文書マニュスクリプト神経症兆候エビデンスを示していた。彼はその手紙の中で、自身を苦しめている重い肉体的疾患および精神障害メンタル・ディスオーダーについて述べ、「私の最良の友ベスト・ フレンド、私の事実上たった一人の個人的な友人として、是非ともお会いしたい。それは貴殿の友情ソサエティの力にあずかることで、私自身の病苦を少しでも軽減したいという願いからである」などと書いていた。彼がこれらのことすべてやその他について書く書き方――私の来訪を求める彼の真情らしきもの――が私に躊躇する余地を与えなかった。それで私は奇怪な呼び出しだとは思いながらも、これに素直に従うことにした。
少年時代、親友と言ってよかったにもかかわらず、私は彼のことをほとんど知らなかった。彼の慎み深さリザーブはいつも度が過ぎて、板についていた。とはいえ私の知るところでは、彼の旧家は大昔から強い感受性センシビリティで知られ、それは長きにわたって多くの優れた美術作品を生み出し、近代においては人目を避けた惜しみない慈善行為の繰り返しとともに、音楽的表現術ミュージカル・サイエンスの、おそらくはその正統的オーソドックスなわかりやすい美しさよりも、その錯綜美イントリカシーの情熱的な愛好のうちに示されていた。また他にも私が知っていたのは、アッシャー家は今も昔も非常な名家であるにもかかわらず、いかなる時代にも長続きのする分家ブランチを持ったことがなく、言い換えれば、一族全体が直系の子孫だけを持ち、これまで何ら取るに足りない、短命な支流ヴァリエーションしか持たなかったという注目すべき事実だった。私の考えでは、世人はこの土地家屋プレミスの完全なる保持と、そこに住む人々の認定された性格とを想像の中で重ね合わせ、また長い間に双方が互いに及ぼした可能性のある影響をも思い合わせることで――おそらくこの傍系の子孫がないということ、およびこの家名と世襲財産との父より子への、連綿たる、逸脱なき継承トランスミッションによって、遂にこの二つを同一視し、土地家屋エステーの本来の称号と、この「アッシャー家」という奇妙な、どちらの意味にも取れる呼び名とを混同するに到ったのであった。この「アッシャー家」という呼び名は、これを口にする小作人ペザントリーたちの間では、アッシャー家一族とその邸宅との両方の意を含んでいた。
沼の中をのぞき込むという私のいささか幼稚な実験が、ただ最初の奇妙な印象を強めるだけの結果に終わったことは既に述べた。私の迷信としか言う他はないものの急速な増大を意識することが、その増大を加速アクセレートさせるばかりであったことは疑いの余地がない。それは恐怖に根ざしたすべての感情の逆説的法則である。そうして私が池に映った影から家そのものへとふたたび目を転じた時に、私の頭に奇妙な考えが浮かんだ理由はこれしかなくて、その考えはあまりにも馬鹿馬鹿しくて、今はただ私を襲った諸感情の生々しい力を示すために言及するに過ぎない。私はこの家と土地とのまわりにはある妖気が――それら自身にとっても、またその近辺から見ても特異なある妖気が漂っていて――それは天空の気とはいかなる親和性もなく、ただ枯れ木や灰色の壁や静かな沼から匂い立つもので――その妖気とはすなわち、ほとんど検知できない、どんよりとした、鉛色の、有毒な謎の水蒸気に違いないのだという気がしたのである。
妄想以外の何物でもないこんな妄想を振り払いつつ、私はこの建物の現実的な外観をさらに念入りに吟味した。その主たる特徴はあまりにも古すぎるということらしかった。一切が古色蒼然としていた。微細な菌類が外装全体にひろがり、蜘蛛の巣のように細い糸がもつれた状態で、軒端から垂れ下がっていた。しかし古いと言っても荒れ果てているわけでもなかった。崩落している箇所はなかった。そして建築の各部分の未だ完全なる適合状態と、個々の石材の崩壊寸前の状態の間には、わけのわからない食い違いがあるようにも思われた。それは墓穴に何年も放置され、絶えて外気にさらされることなく朽ち果てた木製の棺桶のもっともらしい全体像を大いに連想させた。この広範囲にわたる老朽化の兆候以外、その建物がぐらついているという証拠トークはなかった。ただ鋭い観察眼の持ち主ならば、ひと筋のほとんどわからない程度の亀裂を見つけたかも知れず、それは建物の正面の屋根から下へ向かって、壁面をジグザグに走り、沼のむっつりとした水の中へと消えていた。
以上の点に留意しながら、私はその家に向かって短い土手道を越えた。そうして待ち受けていた召使いに馬を預け、玄関のゴシック風の拱廊アーチウェイに入った。一人の下男が忍び足で現れて、口を閉ざしたまま、そこから主人の仕事場スタジオへと続く長く入り組んだ通路を案内した。道中、私が出会ったものは、何故かは知らないが、先に述べた漠たる感情をいや増すものばかりだった。私の周囲の物体――天井の彫刻や、色のくすんだタペストリーや、黒檀のように黒い床や、私が大股で歩くにつれて音を立てたお化け屋敷的ファンタスマゴリックな紋章入りの戦利品トロフィーの数々は、私が幼い頃から慣れ親しんでいたもの、あるいはそれに類するものに過ぎなかったにもかかわらず――このすべては見慣れたものだとすぐにわかったにもかかわらず――その姿イメージが醸し出す雰囲気ファンシーの何と奇怪なことかと私は驚き怪しまずにはいられなかった。階段のうちの一つで、私はこの家のかかりつけ医と出会ったが、その顔には卑しい悪知恵と当惑とが現れていた。彼はあわただしく挨拶して行ってしまった。さて、下男は一つのドアを開け放ち、主人の面前プレゼンスへと私を導いた。
その部屋はとても広くて天井が高かった。窓は縦に細長い菱形で、黒いオークの板を張った床から遠く、室内では手の届かない位置にあった。その窓格子トレリスから、かすかな真紅クリムゾンの光がさして、周囲のめぼしい物体を照らし出していた。しかし部屋の四隅は暗く、雷文細工フレットワークが施されたヴォールト天井の奥もまた真っ暗で、何も見えなかった。四壁は暗い色調の布飾りドレーパリーで覆われていた。所狭しと並べられた家具は概して古めかしく、寂しげで、傷んでいた。たくさんの本と楽器とがその辺に散乱していたが、この光景に活気ヴァイタリティを吹き込むには足りなかった。私は悲しみの空気を吸い込んだ。深刻にして救いがたい憂愁の気が、すべてを覆い、すべてに行き渡っていた。

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ウィリアム・モリスがデザインしたトレリスの壁紙。ウィキメディア・コモンズより。

今も昔も彼は美男には違いなかった。

私が来ると、アッシャーはそれまでごろりと寝そべっていたソファから立ち上がって、明るい声を上げて私を迎えてくれたが、私は最初、そこにはあるわざとらしい優しさというか、倦怠感アンニュイに悩まされている俗人の無理な努力、といったものを少なからず感じた。とはいえ彼の顔をひと目見て、その心に嘘はないと確信した。私たちは腰を下ろし、そうして彼が言葉を探している間に、私は彼の様子を見ながら、可哀想にと思う反面、怖いとも思った。確かにロデリック・アッシャーほど短期間に見る影もなく変わり果てた者はいなかった。私の少年時代の友人と、いま私の目の前にいる半病人との間に同一性アイデンティティを認める気になるのは至難の業であった。とはいえ今も昔も彼は美男には違いなかった。真っ青な顔色。比類なく大きく、澄んだ、明るい瞳。唇はやや薄くて大変色あせてはいたが、それでも抜群に魅力的な曲線カーブを描き、鼻の形は繊細なヘブライ風で、それでいて鼻の穴は大きくて形が綺麗にそろっており、造作の小さな顎はあんまり出っ張っていないことで気迫モラル・エナジーの欠如を物語り、頭髪は蜘蛛の巣よりもソフトで薄く、これらの部品すべてが、非常に秀でたひたいとともに、一度見たら容易に忘れられない顔立ちを形作っていた。そうしてこの顔立ちにおける優勢な特質が誇張され、またこの顔に常に浮かんでいた表情が強調されているというだけで、彼はあたかも別人のごとく、私は誰に向かって話しかけているのかわからなくなるほどだった。何よりもその血の気のない素肌の色と、爛々たる目の輝きに、私は驚き、恐怖さえ感じた。絹糸のように輝かしい銀髪もまた伸び放題で、それが野生の蜘蛛の巣状態で顔のまわりに流れているというよりも浮かび漂っているので、その唐草模様アラベスク風の表現エクスプレッションは乱れ髪というよりも何か妖怪めいていた。
私はまず彼の態度にある矛盾を――ある非一貫性を感じた。そうしてそれがある常態的振戦――ある過度の神経的興奮を抑え込もうとする一連の無駄で無力な悪戦苦闘から来るものであることにすぐに気がついた。この種の事柄については、私は彼の手紙からも、少年時代のある性癖の記憶からも、彼の特異な気質と体質とによる推断からも重々承知していた。はしゃいでいるアッシャーとむっつりしているアッシャーとが交互に現れた。彼の声は(血気アニマル・スピリッツがぜんぜん足りない時の)弱々しい震え声から、元気で歯切れのいい声――素っ気なく、重厚で、落ち着いた、よく通る声――ぐでんぐでんに酔った者や、治療不能な阿片中毒患者が極度に興奮した時に発するあの鉛のように重い、自己抑制セルフ・バランスの効いた、完全に調音モジュレート済みの低いしわがれ声へと、すばやく変化した。
このような調子で彼は「ロデリック・アッシャーです。よく来てくれたね。君がくれる元気に期待しています」と言った。それから自身の病気の性質についての彼の考えを、少し詳しく語り始めた。それは彼の一族の体質的な病気で、治療法を探すのはあきらめたと彼は言ったが、ただの神経病で、すぐに治ってしまうに違いないとも即座に付け加えた。その病気は患者をもろもろの異常な感覚の宿主ホストとするという症状を呈した。そのうちの幾つかは、彼が語るにつれ、私を面白がらせるとともにまごつかせたが、それには彼の言葉の選び方と全体的な話しぶりとがあずかって力があった。彼は五感の病的な鋭敏に苦しんでいるのだった。味のない食べ物しか食べられない。ある種の生地の服しか着られない。花の香りはすべて息苦しい。ほんのかすかな光にも目を痛めてしまう。そうしてある種の音、特にある種の弦楽器の音以外の音は、すべて彼にとっては恐怖ホラーでしかなかった。
彼は一風変わった戦慄テラーの奴隷であった。「僕は気が狂って死ぬんだ」と彼は言った。「そうに違いない。他でもない、そんな死に方で僕は死ぬんだ。僕は未来の出来事そのものが怖いのではなく、その結果が怖い。いかにささいな出来事であろうと、僕の心に恐ろしい動揺を引き起こすと考えると耐えられない。僕は実のところ、危険そのものよりも、それが絶対的にもたらす効果が、恐怖テラーが怖い。こんなにも怖じ気づいた、こんなにも情けない状態で、恐怖フィアーという名の醜怪なファンタズムと戦いながら、遂には狂死しなければならない時が、いずれ来るのだ」
私はさらに、彼が話をしながら、折にふれ、断続的にばらまいていた曖昧なヒントによって、彼の病気の他の奇妙な一面をも知った。彼はある迷信にとらわれていて、それは彼が長年閉じこもっていて今も住んでいる彼の実家に関する迷信――その影響力についての彼の言葉はあまりにも朦朧としていてここには書けない、そんな影響に関する迷信――彼の家の単なる形状フォーム構成物質サブスタンスとが持つ幾つかの特性が、それが何世紀にもわたって持ちこたえているという事実によって、彼の精神にもたらしたある影響に関する迷信――灰色の城館や小塔、およびそれらが影を映している暗い湖沼の体格フィジーが、彼の存在の内面モラルに及ぼした一つの効果に関する迷信、なのであった。

私はただそのお姿を呆然と目で追っていた。

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「レディ・マデライン」。Abigail Larsonさんがdeviantart.comに投稿した画像。元画像はこちら

とはいえ、彼がためらいながらも認めたのは、彼をこのように苦しめている特異な症状の多くは、もっと当然な、もっと明々白々たる原因に帰着トレースされ得るかも知れず、それは彼の妹さん、すなわち彼の長年にわたるたった一人の友であり、彼の唯一にして最後の血縁者であるところの最愛の妹さんが、不治の病いに侵され、しかも刻々と死期が近づいているという事実だった。「彼女がいなくなると」と彼は私が決して忘れることのできない、つらい口調で言った。「僕は(こんなにも弱虫で、駄目な僕は)この旧いアッシャー家の最後の一人となってしまうんだ」彼が話している最中に、マデライン嬢(妹さんの名)が現れて、部屋の向こうの方を、私の来訪プレゼンスに気づかないまま、通り過ぎて行かれた。私は彼女を見て愕然とし、またぞっとしたが、何故かはわからなかった。私はただ通り過ぎてゆくそのひとのお姿を呆然と目で追っていた。彼女が外に出て、ドアが閉ざされると、私の視線は本能的に兄貴の方へと注がれた。だが彼は両手で顔を覆い、私はただ彼の細長い指がますます血の気を失って、その間からはらはらと熱い涙がこぼれ落ちるのを見ただけだった。
マデライン嬢の難病に、医師たちは長年、手こずってきた。その異常な所見としては根強い無気力アパシー、漸進的な肉体的衰弱、そうして部分的な強硬症カタレプシー性の頻繁ではあるが一時的に過ぎない発作があった。彼女はこれまで病苦によく耐えて、病床に就くまでには到らなかった。しかし(アッシャーがその夜、ひどく取り乱した様子で告げたところによれば)私がアッシャー家に到着したその日の夕暮れ、死病デストロイヤーの圧倒的な力の前に屈服してしまったのだった。そして私はおそらく、その日、彼女のお姿をちらりと拝見したのが見納めとなるだろう――つまり私はマデライン嬢に、少なくとも生きているマデライン嬢にお目にかかる機会はもう二度とないだろうということを知った。

われわれはともに絵を描き、本を読んだ。

それから数日間、アッシャーも私も、彼女の名を口にすることはなかった。そしてその間、私はアッシャーのうつ症状メランコリーを緩和しようとする真剣な努力で忙しかった。われわれはともに絵を描き、本を読んだ。彼の物言うギターの心躍る即興演奏インプロヴィゼーションにうっとりと耳を傾けたこともあった。こうして彼と親交を深め、互いに気の置けない仲となるにつれて、彼の心を奮い立たせようとするあらゆる努力が無駄であることを私はますます痛感した。彼の心からは暗黒が、 あたかも固有の正極的性質ポジティブ・クオリティのごとく、憂愁の気の不断の放射となって、精神界および物質界におけるすべての対象の上に、降り注いでいた。
このようにしてアッシャー家の主人と二人きりで過ごした長く、しめやかな時間を、私は生涯忘れることはないだろう。とはいえ彼が私を巻き込み、私に手ほどきした研究、もしくは道楽の正確な性質をいささかなりともお伝えすることは難しい。気のたかぶった、極度に病的な美意識アイディアリティが、すべてのものの上に硫黄色の光を投げかけていた。彼が即興でいてくれた長い哀歌ダージの数々は、私の耳の中で永遠に鳴り響くことだろう。中でも痛ましく思い出されるのは、フォン・ウェーバーの最後のワルツの狂暴な旋律を変奏展開させた、ある非凡な一曲のことである。彼がその幻想を精緻に、時間をかけて描き出した絵画作品、それは一筆ごとにわけがわからなくなり、見ている私がなぜ慄然とするのかわからない故になおいっそう慄然とさせられた絵画作品(私はそれらをいまだに生々しく記憶している)からは、単なる言葉による記述の範囲コンパスに収まるほんのわずかな部分以上のものを手繰り出そうとしても無駄であろう。一切の回り道なしに、画家の意図するところを赤裸々に示すことで、彼は観る者の心をとらえ、圧倒した。もし観念アイディアを描いた者がいたとすれば、それはロデリック・アッシャーだった。少なくとも、私にとっては――その頃の私を取り巻いていた状況においては――この病気不安症患者ヒポコンドリアックが物の見事にキャンヴァス上に叩きつけてみせた純粋な抽象から浮かび上がってきたものは、熾烈にして耐え難い恐怖の念であって、私がこれに似た印象を受けたのは、フュースリーの確かに見事な、とはいえあまりにも具象的な幻想絵画を観た時だけだった。

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ヨハン・ハインリヒ・フュースリー「悪夢ナイトメア」。ウィキメディア・コモンズより。

私は彼の幻想的ファンタスマゴリックな絵のうちの一枚を、それはそれほど抽象の精神に貫かれてはいなかったので、おぼろげながらも、言葉で言い表せるかも知れない。一枚の小さな絵、そこに描かれていたのはきわめて細長い地下室ヴォールト、もしくは地下道トンネルの内部で、その天井は低く、その壁は白くなめらかで、継ぎ接ぎもなければ何の飾り気バイスもなかった。絵の枝葉末節アクセサリー・ポイントが、その空洞が地下のきわめて深いところにあるという観念を伝える上で、よく役立っていた。その広大な空間のどこにも出口がなく、松明たいまつなどのいかなる人工的な光源も見当たらなかったにもかかわらず、強烈な光芒がその一帯に横溢し、一切のものがそれに照らされ、凄惨な、怪しい輝きに包まれていた。

「幽霊宮殿」(The Haunted Palace)

すでに言った通り、彼の聴覚神経は病的に鋭敏で、ある種の弦楽曲以外、どんな音楽をも聴くことができなかった。その表現手段をギターのみに絞ったことで、おそらく、彼の演奏パフォーマンスは甚だしく奇矯ファンタスティックな性質を持つに到ったのだと思われる。とはいえ、それだけでは彼の素晴らしい即興の才を説明することはできない。彼の即興曲は、先に述べたようなもっとも芸術的な高揚感の特異な瞬間においてのみ見られる、強烈な精神集中が、奇想天外な音と言葉(彼は自作の即興詩によく曲を付けていたから)となって現れた結果に相違なく、事実そうなのだった。そのようなラプソディのうちの一つの歌詞を、私はあっさりそらんじてしまった。私がそれに他の作品よりも格段に深い感銘を受けたのは、アッシャーがそれを歌ってくれた時、その謎めいた言葉の流れのうらに、彼の高邁な理性がその玉座の上でぐらついていることを、彼自身、充分に自覚しているという意味が隠されているように思われ、彼がそのような自覚を持っているかも知れないと私が気づいたのは、おそらく、それが初めてだったからである。「幽霊宮殿」というタイトルのその歌は、たとえ正確ではなくても、大体こんな歌だった。

I.

この世でもっとも美しい谷
善良な天使たちが住み家としていたある谷間に
かつては堂々たる宮殿が
光り輝く宮殿が そびえ立っていました
「思想」という名の王様の領地に
それは屹立していたのです
どんな天使も このように美しい建築の上に
翼を広げたことは かつてありませんでした

II.

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歴史的城塞都市カルカソンヌ」のランパート。Image by jacqueline macou from Pixabay


輝かしい金色こんじきの旗印が
屋根の上にひるがえり たなびいていた
(これらはすべて 遠い昔の
言い伝えの中の出来事です)
吹く風のことごとく戯れ遊ぶ
その良き時代においては
羽根飾りのある蒼白い城壁ランパートに沿って
翼ある薫香が飛び立つのでした

III.

この幸せな谷間を旅する者が
二つの明るい窓を通して目にしたものは
玉座をめぐり よく調律されたリュートの音に合わせて
見事に舞い踊る精霊スピリットたち
そうしてその中央に垣間見られたものこそ
正統なる王位継承者ポーフィロージニー!)
その栄光にふさわしく鎮座まします
この国の支配者のお姿でした

IV.

そうして宮殿の美しいとびらは
すべてルビーとパールとで飾られ
そこからきらきらと輝きながら
滔々と流れ出るのは
木霊エコー」と呼ばれる美少女たちの一群
彼女たちのたった一つの楽しいお仕事は
その比類なき美声をもって
王様の才と知とをほめ歌うことでした

V.

ところがある日「悲しみ」という名の上着ローブをまとった悪者どもが
この王様の高御座たかみくらを襲ったのです
(ああ ともに歎こう なぜなら彼の上に
新しい日はもう二度と昇らないから)
そうしてかつては彼のふるさとを取り巻くようにして
花咲いた栄華の日々も
今は知る者も少ない
昔話となってしまいました

VI.

今この谷間を旅する者は
充血した窓から いやなメロディに合わせて
何かしら巨大な影が
妖しく舞い踊るのを見るのみ
一方で 色あせたとびらからは
山を下る流れのごとく
おぞましきものどもが絶えず馳せ出で
笑いはするが 微笑ほほえむことは二度とない

「物質が感情を持っている証拠は」と彼は言った。

よく覚えているが、この物語詩バラードから読み取れる幾つかの思想についてわれわれが議論を重ねた結果、アッシャーのある持論オピニオンが明らかになって、いま私がそれに言及するのは、それが新奇だからではなく(他にも同じ考えを持っている人たちはいるから*1)、彼が頑固にそれを言い張ったからである。それはわかりやすく言えば、すべての植物が感情を持っている、というものであった。ところが彼の常軌を逸した妄想の中では、このアイディアはさらに大胆な性状を呈し、ある条件下では無機物の領域キングダムをも侵犯した。彼がこれを主張する時の最大級の、一生懸命な傍若無人はとても言葉では言い表せない。とはいえこの信念は(私が先に触れたように)アッシャー家を形作っている灰色の石材と関係があった。物質が感情を持つ条件は、彼の考えによれば、これらの石材の組み合わせコロケーションの方法や、配置の順序や、その上にはびこる多くの菌類の配置や、館を取り巻く枯れ木の配置、とりわけこの配置が長年にわたって手を加えられなかったこと、およびこの配置が沼の静止した水面によって二重化されていることによって、満たされているのであった。「物質が感情を持っている証拠エビデンスは」(と彼が言うのを聞いて、私ははっとさせられた)「家や沼が感情を持つことから来るある妖気が、少しずつ、とはいえ確実に、濃縮コンデンスしている事実のうちにある」「結果はご覧の通り」と彼は付け加えた。「その無言の、とはいえ執拗で恐ろしい影響が、何世紀にもわたってわれわれ一族の運命を決定し、僕を今の僕に――君が今見ているようなに、変えてしまったのだ」このような主観論オピニオンには何のコメントも要しないだろうと私は思う。
われわれが読んだ本、と言うのはつまり、長年にわたってアッシャーの精神生活の大きな部分を形成してきた書物を言うのであるが、これはお察しの通り、この種の妄想ファンタズムと密接な関係を持っていた。グレッセの『ヴェルヴェルとシャトルーズ』、マキャベリの『大悪魔ベルファゴール』、スウェーデンボルグの『天界と地獄』、ルズヴィ・ホルベアの『ニルス・クリムの地下世界への旅』、ロバート・フラッド、ジャン・ダンダジーヌ、およびマラン・キュロー・ド・ラ・シャンブル の『手相学』、ルートヴィヒ・ティークの『青い彼方への旅』、トマソ・カンパネッラの『太陽の都』を二人は一緒に読んだ。ドミニコ会修道士、ニコラウス・エイメリクスの『異端審問官指南』の小さな八折り版は彼の一等お気に入りであった。またポンポニオス・メラの『世界地理』の中の古代アフリカの半獣人もしくはアエギパンに関する数節を、アッシャーは何時間も夢中になって読んでいた。とはいえ彼の最上のよろこびは『マインツ教会の合唱団による告別式の歌』――今は忘れられた教会の儀式手順書マニュアル――のきわめて稀有で珍奇な四折りゴシック体版をひもとくことであった。

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ニコラウス・エイメリクス(1320年頃 - 1399年)著『異端審問官指南』(1607年版)の表紙。ウィキメディア・コモンズより。

彼の普段の態度は消えた。

この本に出てくる野蛮な儀式や、これの病気不安症患者ヒポコンドリアックに対する予想される影響について、私は思いやらざるを得なかった。するとある夜、アッシャーは藪から棒にマデライン嬢が亡くなったと言い、そのご遺体を(最後の埋葬の前に)二週間、建物の中心部にたくさんある地下室のうちの一つに保管するつもりだと言った。しかしこの通常では考えられない処置に付けられた世間的理由は、私がとやかく言える筋合いのものではなかった。アッシャーがこのような処置に踏み切ったのは、彼自身の言うところによれば、故人の疾病の普通ではない性質や、医師たちからの無遠慮なうるさい詮索や、一族の墓地が遠く離れた、吹きさらしの場所にあるという事実をおもんばかってのことであった。アッシャー家に着いたその日に階段のところで出くわしたあの男の人相の悪さを思い出すと、私はこのせいぜい無害でしかなく、また決して不自然でもない用心に、取り立てて反対する気にはなれなかった。
アッシャーに頼まれて、私は個人的にこの仮埋葬の段取りを手伝った。ご遺体はすでに納棺されていて、われわれはそれを二人きりで安息所レストへと運んでいった。われわれが棺を安置した地下室は(長年閉め切られていたため、澱んだ空気の中で松明たいまつがなかば消えかけ、それで内部を詳しく調べてみることはできなかったが)狭くて湿っぽく、採光のための窓がまったくなかった。またその部屋は、その建物の私自身の寝室がある部分のちょうど真下の、地下深くにあった。それは見たところ、遠い封建時代には地下の牢獄ダンジョン・キープという最悪の目的に、またのちには火薬か、その他の火気厳禁物質の保管庫として使用されてきたもののごとく、その階のその部分、および私たちが通ってきた長い拱廊アーチウェイの内部全体が注意深く銅板で覆われていた。厚い鉄のドアもまた同様に銅板で保護されていたけれども、非常に重かったので、蝶番ちょうつがいによる開閉の際に、異様に鋭い軋轢あつれきの音を立てた。
この部屋の長机トレッスルを並べた上に棺を置いてから、われわれはまだ固定されていない棺の蓋を少しずらして、故人のお顔を拝見した。その時初めて、私はこの兄妹が瓜二つであることに気がついた。するとアッシャーは、おそらく私の考えていることを察して、二言三言ささやき、それで私はこの兄妹が双子で、二人の間には常に不思議な共感シンパシーが存在していたことを知った。とはいえわれわれは、故人のお姿をほんのちらりと拝ませていただいただけであった。なぜなら恐怖を感じないで彼女を見ていることは不可能だったからである。このお嬢さんの命を花のさかりに奪った疾病は、厳密に強硬症カタレプシー的な性質を持つすべての疾病の常として、顔と胸とにうっすらとした血の気のごときものを残し、またその唇にとどまっていた妖しい微笑ほほえみは、死者の顔にあっては大変恐ろしいものであった。われわれは棺にふたたび蓋をしてこれをねじで留め、鉄のドアをしっかりと締めて、この家の上階に在る同様に陰気くさい部屋々々へと難儀して戻った。
そうして深い哀悼の数日間が過ぎたころ、アッシャーの精神障害メンタル・ディスオーダーの症状の上に注目すべき変化が現れた。彼の普段の態度は消えた。彼の日課は閑却され、または忘れられた。彼は乱れた歩調で、あわただしく、あてもなく、部屋から部屋へとさまよった。彼の血の気のない顔は、可能な時には、さらに血の気のない色を呈した。しかし目の輝きはすっかり消えてしまった。かつては折にふれて聞かれたドスの利いた声ハスキー・トーンももはや聞かれず、これに代わって極度の恐怖によるかのような おどおどした震え声クエイバーが、彼のいつもの声となった。実のところ、私の目には、彼が心に込めがたい秘密を抱えて絶えず取り乱していて、それを打ち明けるのに必要な勇気を探し求めて苦しんでいるように見えることもあった。また時としてそのすべてを狂人の単なる説明のつかない気まぐれと解せざるを得ないこともあった。なぜなら私は彼があたかも聴こえない音に聴き入っているかのごとく、長時間にわたって、一心不乱に、虚空の一点を見つめ続けている姿を目撃したからである。彼の病気が私に恐怖心を植えつけ、私に伝染したとしても何の不思議もなかった。私は彼の荒唐無稽ファンタスティックな、とはいえ美しい迷信の大きな影響が、徐々にではあるが確実に、わが身に忍び寄るのを感じた。

「まだ見ないのか」

とりわけ、マデライン嬢を地下室ダンジョンに横たえてから七日目か八日目かの夜、私は遅い時間に眠りに就こうとして、そのような感情の最大限の力フル・パワーを経験した。夜が更けても、私は眠れなかった。私は自分を支配している不安感を理性によって解決しようと努力した。その原因のすべてではなくても、多くは部屋の陰気な家具や、あるいは嵐のさきがけたる突風によって無理に動かされ、壁面を断続的にあちらこちらへと揺れながら、ベッドの飾り物のあたりで落ち着きなくさらさらと音を立てている暗い色調の、すり切れたカーテン類ドレーパリーの困った影響であると信じようとした。だが無駄だった。手に負えない戦慄が次第に全身に広がり、遂にはわけのわからない恐怖の夢魔インキュバスが私の胸の上に居座った。これを振り払おうと、私は息を切らして輾転反側しながら身を起こした。そうして真っ暗な部屋の中をじっとのぞき込みながら――何故かと問われれば、本能の声に従ったとしか言いようがないが――耳を澄ました。するとどこかわからないところから、あるかすかな、定かならぬ物音が、風雨の絶え間に、長い間隔インターバルをおいて、聞こえてきた。説明できない、それでいて我慢がならない恐怖の念に駆られて、私は(もう徹夜するしかないと思ったから)急いで服をひっかけ、部屋の中を早足で行ったり来たりすることで、この情けない状態から立ち直ろうと躍起になった。
何往復もしないうちに、隣の階段を駆け上がってくる軽やかな足音がして、それはアッシャーの足音だった。彼はすぐに優しくドアをノックし、ランプを手にして入ってきた。彼はいつものように真っ青な顔をしていて、あまつさえ、目には狂喜が輝き、また態度全体に抑制された病的興奮ヒステリアが現れていた。その様子にはぎょっとしたけれども、ただ私としては、それまで長時間我慢していた淋しさに比べれば、何だって有難かった。彼が来てくれて助かったとさえ私は思った。
「まだ見ないのか」しばらく口を閉ざしたまま周囲を見まわした後で、彼は不意に言った。「まだ見ないのか。待ち給え。見せてあげよう」そう言って、ランプに注意深くシェードをかぶせると、彼は窓のうちの一つに駆け寄り、嵐に向かっていっぱいに開け放った。
われわれを床から持ち上げるほどの暴風が吹きこんできた。それは大荒れの、とはいえ厳として美しい夜、その恐ろしさにおいても、美しさにおいても常軌を逸した夜であった。旋風がこの近辺に勢いを集中させているのは明らかで、風向きは頻繁かつ狂暴に変わってやまず、そうして低く垂れこめた雲(城館の小塔が隠れるほど低くかかっていた)のせいで視界が悪かったにもかかわらず、われわれはその雲の塊が遠く去ることなく、あらゆる拠点ポイントから殺到しては錯綜して、あたかも生けるがごとく躍動する様子を見て取ることができた。私は今、雲のせいで視界が悪かった、と言った。事実、夜空には月もなければ星もなく、前方を照らし出してくれる稲光りもなかったのである。だがこの濛々たる雲塊の底は、館を密接に取り巻いているあらゆる地上の物体と同様、妖しく照らされ、そのほのかに明るく、また肉眼でもはっきりと認められる発光気体ガスの発生は館をめぐり、これを屍衣シュラウドのごとく包み込んでいた。
「駄目だ。見るな」私は身震いしながらそう言うと、彼を優しく、力をこめて窓から引き離し、椅子に座らせた。「君の心をかき乱すこの光景は、大して珍しくもない電気現象、でなければ沼の腐った瘴気によるものだ。この窓を閉めよう。夜風は冷たくて、君の体にさわるから。ここに君のお気に入りの物語ロマンスがある。俺が読むから、君は聞け。そうして二人一緒にこの恐ろしい夜をやり過ごそう」
私が手に取った古書はランスロット・キャニング卿の『狂気の密会』だった。ただ私がこれをアッシャーのお気に入りと言ったのは、本気でというよりも、悲しい冗談としてであった。なぜなら、実のところ、この本の稚拙で、想像力に乏しい、退屈な記述の中には、彼の高尚で、非世俗的な美意識アイディアリティを惹きつけるものなど何もなかったからである。とはいえ手近にある本はそれしかなかったし、それにこの病気不安症患者ヒポコンドリアックを乱心させている興奮状態が、私が読む話の馬鹿馬鹿しさによってさえ、落ち着きを見出す(精神障害メンタル・ディスオーダーの歴史は同様の変則に満ちているのだから)かも知れないという漠然たる希望に、私は溺れたのだった。実際、もしも熱心に耳を傾けている、もしくは耳を傾けているふりをしている彼の尋常でない、過度に張りつめた様子から判断すれば、私は自分の目論見の成功を喜んでもいいはずだった。

彼は唇をふるわせて弱々しく微笑んだ。

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ハンス・クレル画「オルシャの戦い」(部分)。中央の老騎士が振りかざしているのがメイス。ウィキメディア・コモンズより。

物語は佳境に入って、そこでは『密会』の主人公エセルレッドが、隠者の住処すみかへ穏便に入れてもらおうとしてれられず、強行突破する。この箇所は、周知の通り、このように描かれている。

こうして生まれつき勇猛果敢であるが上に、先ほど飲んだワインの薬効で勢いづいたエセルレッドは、実に強情かつ意地の悪い隠者と話し合うためにもはや待つことをせず、ただ肩の上に雨の降るのを感じ、また嵐が来るのを恐れるがゆえに、棍棒メイスをただちに振り上げ、何度か打撃を加えることで、板張りのドアに、彼の籠手ガントレットを装着した手が入るほどの隙間をすばやく作った。そうしてそこから力いっぱい引っ張ることで、ドアを割り、むしり、ばらばらに引き裂いたので、その木材の乾いた、虚ろな響きはけたたましく森中にこだました。

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メディナシドニアアロンソ・ペレス・デ・グスマン(1550年 - 1619年)のガントレッドウィキメディア・コモンズより。

この文の終わりまで来て、私ははっとして、読むのを止めた。なぜなら(もっともそれは興奮している私の気のせいだとただちに断定したのだけれども)、この屋敷内のどこか遠く離れたところから、ランスロット卿が特に詳しく述べたあの木の板が割れ、砕ける音とまったく同じ性質の反響エコー(押し殺された、鈍いものではあったが)が、かすかに聞こえてきた気がしたからであった。私が気になったのはこの偶然の一致コインシデンスだけで、窓のサッシの鳴る音や、いよいよ激しくなる風雨の通常のざわめきの中にあって、その音は、それ自体としては、何ら気になるようなものではなかった。私は先を続けた。

ところが、ドアの中へと入った勇者チャンピオンエセルレッドは、あの意地悪な隠者がどこにも見当たらないので、いたく驚き、また憤慨した。ただその代わり、鱗に覆われた巨体と、炎の舌とを持つ一頭のドラゴンが、床が白銀でできた黄金の宮殿の前に座して番をしていた。そして壁にはこのようなレジェンドが刻まれた真鍮のシールドが掛けられていた。

ここに入ってきた者は勝利者である。
このドラゴンを倒す者は、このシールドを得るであろう。

そこでエセルレッドは棍棒メイスを振り上げ、ドラゴンの脳天を一撃。ドラゴンは彼の前に倒れてその有毒な息を引き取ったが、折しも恐ろしくもけたたましい、つんざくような叫び声を上げたので、エセルレッドは耳を両手でふさぎ、この聞いたこともないような絶叫を聞くまいとした。

愕然として、私はここでふたたび言葉を切った。なぜならこの時(方角は不明ながら)はるかかなたから、かすかな、それでいて耳障りで長く尾を引く、異常極まる軋轢あつれき音、もしくは金切り声が確かに聞こえてきて、それは私が物語作家の描写に従って、すでに心に思い描いていたドラゴンの尋常でない叫び声の正確な相似形カウンターパートだったからである。
この二度目の偶然の一致コインシデンスに際して、驚き怪しむ気持ちと、恐れおののく気持ちとを主とした幾多の相反する感情に圧倒されながらも、私はまだ精神の安定プレゼンスを保っていて、何としてもアッシャーの繊細センシティブな神経を刺激しないようにしなければと考えた。私は彼が問題の音に気づいたかどうか、確信が持てなかった。ただこの数分の間に、奇妙な変化が生じていた。彼は私の方を向いて座っていたのが、次第に椅子の向きを変え、今は部屋のドアの方を向いて座っていた。それで私には彼の顔の全部は見えなかったけれども、あたかも口の中で何やらもごもごと呟いているかのごとく、唇がふるえているのはわかった。彼はがっくりとこうべを垂れていた。しかし横顔をちらりと見た限りでは、目は大きく見ひらいていたので、決して眠っているのではなく、それにまた彼が優しく、一定の間隔をおいて、絶えず椅子を前後に揺らしているところから見ても、彼が目をさましていることは明らかだった。これだけのことをすばやく見て取ってから、私はランスロット卿の話の続きへと戻った。

かくしてドラゴンの怒りを免れた勇者チャンピオンは、かの真鍮のシールドのことを思い出し、またそれにかけられていた魔法が解けたと考えて、邪魔な死骸を押しのけ、シールドが掛かっている壁の方へと、城の白銀の廊下の上を意気揚々と進んでいった。するとくだんのシールドは、彼が来るのを待たずして、凄まじき大音声だいおんじょうとともに、彼の足もとの白銀の床へと落下した。

ここまで読み終わるや否や、あたかも真鍮のシールドが本当に、時を同じくして白銀の床の上へと落下したかのごとく、明瞭で、鈍重で、金属性の、とはいえどうやら押し殺されているらしい反響音が聞こえてきた。怖じ気づいて、私は立ち上がった。けれどもアッシャーは、何事もなかったかのように、一定の間隔で椅子を揺らしていた。私は彼の椅子へと駆け寄った。彼は下を向いて目をみはったまま、その顔には何の表情も浮かんでいなかった。だが私の手が肩に触れると、全身に戦慄が走った。彼は唇をふるわせて弱々しく微笑んだ。そうしてあたかも私の同席プレゼンスがわからないかのごとく、妙なことをぼそぼそと早口で口走った。私は彼の上にかがみ込み、彼の口もとへと耳を近づけて、ようやく彼が大変なことを言っているのがわかった。
「聞こえない?――いいや、聞こえる。以前から、ずっと前から、何分も、何時間も、何日も前から聞こえていた。だが僕には言えなかった。なぜなら僕はこんなにも弱虫で、意気地なしで、駄目な奴だから、だからどうしても言えなかった。マデラインはまだ死んではいなかったんだ。僕の耳が聞こえ過ぎることは前にも言ったろう。今だから言うが、僕は彼女が棺の中で、初めてかすかに動く音を聞いた。何日も、何日も前に聞いたんだ。なのにどうしても言えなかった。そして今――今宵こよい――エセルレッド――ハ!ハ!――隠者のドアが裂けたり、瀕死のドラゴンが鳴いたり、シールドが鳴ったり。ではなくて、あれは生き返った彼女が棺の蓋を破って、鉄の蝶番ちようつがいを軋ませながら外に出て、銅張りの拱廊アーチウェイを転げながらさまよっている音だと言った方がいい。ああ、どこへ逃げよう。彼女は今にやってくる。僕のあやまちを許すまいと、息せき切ってやってくる。階段を上がってくる彼女の足音がしないだろうか。活発に鼓動している彼女の心音が、僕の耳には聞き取れていないだろうか。どうかしている」ここで彼は狂おしく立ち上がるや、死力を尽くして、次の一語一語を絞り出した。「どうかしている。彼女は今そのドアの向こうに立っているんだよ」

それは一陣の風の仕業に過ぎなかった。

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ハリー・クラーク「しかしその向こうには、屍衣を身にまとった、気高いマデライン・アッシャー嬢の立ち姿が確かにあった」ウィキメディア・コモンズより。

彼のこの発言の鬼気迫る勢いに、あたかも魔法の力がこもっていたかのごとく、彼が指さした古めかしい大扉板パネルは、間髪を入れず、その重々しい黒檀の両顎ジョーズを、後方へゆっくりと開け放った。それは一陣の風の仕業に過ぎなかった。――しかしその向こうには、屍衣シュラウドを身にまとった、気高いマデライン・アッシャー嬢の立ち姿が確かにあった。彼女の白い上着ローブには血がついており、がりがりに痩せた彼女の満身の創痍は、何らかの悪戦苦闘の証拠エビデンスに違いなかった。マデライン嬢はちょっとの間、入口のところで小刻みに身をふるわせながら、あちらへ、またこちらへとふらついておられたが、やがて低い唸り声とともに、兄に向かって身を傾けたかと思うと、最後の力を振り絞って絶命した兄を床の上へと押し倒し、彼をかねてより危惧していた惨事テラーの犠牲とした。
その部屋から、またその家から、私は逃げ出していた。気がつくと、私はいまだ縦横無尽に吹き荒れる風の中、古い土手道を駆け抜けていた。突然、私の進路に沿って、ひと筋の異様な光が射した。変だと思って、私は振り返った。なぜなら私の背後には大邸宅とその影しかない筈だったからである。その光は今まさに没せんとする紅い満月の光で、建物の屋根から基礎にかけてジグザグに走っていると私が先に言った、あのほとんどわからない程度だった亀裂から射して来るのだった。見る見るうちに、亀裂はひろがった。旋風が吹きつけてきた。月の全貌が現れた。頑丈な壁がまっぷたつに裂けてゆくのを見て、私の頭はふらついた。幾千の海鳴りにも似た、長い轟音が来た。そうして私の足もとにひろがる深い沼は、残骸と化した「アッシャー家」を覆い尽くして、むっつりと、黙々と、その水面を閉ざした。

 


ウェーバーの最後のワルツ(Weber's Last Waltz)」。本当の作曲者はカール・ゴットリープ・ライシガーだが、ウェーバーの遺稿に紛れていたため、このように誤り伝えられた。ポーは「狂暴な旋律」と言うが、今われわれが聴くと実に素朴で可憐な小品です。本来はピアノ曲で、ここで演奏されているのはクラシック・ギター向けにアレンジされたもの。

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こちらはロシアのクラシック作曲家、ニキータ・コシュキン(Nikita Koshkin)が書いたヒット曲「アッシャー・ワルツ(Usher-Waltz)」。これはいかにも「アッシャーのワルツ」という感じがします。演奏しているのは作曲者の奥さんだそうです。

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*1:原注:ワトソン、ドクター・パーシヴァル、スパランツァーニ、特にランダフ司教。『化学論集』第五巻を見よ。