魔性の血

拙訳『吸血鬼カーミラ』は公開を終了しました。

(日本語訳)エドガー・アラン・ポー「黒猫(The Black Cat)」

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「黒猫」。AbigailLarsonさんがdeviantart.comに投稿した画像。元画像はこちら

ポール・ヴァレリーはポーについて「その全作品は各頁に、他のいかなる文学的生涯においてもこの程度に観取されることのないほどの、叡知と叡知への意志との働きを呈している」*1と讃えておりますが、この「黒猫」という短編はこの評語にぴったりの作品だと思います。現実と幻想とを交錯させる言葉のマジックのうちに、人間性に関する深い洞察がふんだんにちりばめられ、今回読み直してみて、あらためてその偉大さに感服いたしました。テキストは例によってウィキソース版に拠っております。


私は正気で、夢を見ているわけでもない。

これから書き綴ろうとしている異常な、とはいえ卑近な物語を、信じてくれなどとは決して申しません。そもそも私の五感自体が証言エビデンスを拒否するのに、それを信じてもらえると期待するなら、私は正気ではないことになりましょう。だが私は正気で――夢を見ているわけでもない。ただ今日を限りの命ですから、せめてありのままを書きのこすことで、気持ちの整理をつけて、明日に臨みたいのです。私の当面の目的は、一連のどこにでもありそうな出来事を、ざっくばらんに、かいつまんで、淡々と述べることにあります。これらの出来事の流れの中で、私は恐れおののき、苦しみ、そして破滅した。だがこれらについて謎解きを試みる気はありません。これらは私にとっては恐怖ホラー以外の何ものでもなかったが、多くの人々には怖いというより幻想的バロックと思われるかも知れません。おそらくは後世において、私の幻覚ファンタズムを日常茶飯事に還元し、私が以下に戦慄しながら書き記す事の詳細のうちに、ごく自然な原因と結果とのありふれた連続以上のものを認めない、そんな冷静沈着な、優れた知性が現れるかも知れません。
幼い頃から、私は大人しさと心の温和さヒューマニティとで評判でした。私の気立ての優しさは、仲間たちからいじめられかねないほど際立っていた。とりわけ私は動物が好きで、両親は実に多くの種類のペットを私に飼わせてくれました。少年時代の私は人間よりもペットといる時間の方が長く、これにエサをやったり、触れ合ったりするのが楽しくて仕方なかった。この傾向は私が長ずるにつれて昂じて、成人した私の主たる娯楽の資源ソースの一つとなりました。良犬を愛したことのある人には、この愉快さは説明不要でしょう。ただの「人間」でしかない連中の薄情さや不実さをしばしば身に沁みて味わった者にとって、動物の無私で無償の愛には、何かしらじかに胸を打つものがあるのです。
私は若くして結婚しました。そうして嬉しいことに、私の妻には気質の上で私と相通じるものがありました。私が生き物を飼うのが好きなことを知ると、彼女は事あるごとに骨を折って楽しい仲間を増やしてくれました。私たちは小鳥や金魚や犬やウサギやサルに加えて、一匹のを飼いました。
この猫は全身真っ黒の、とても大きくて美しい動物で、驚くほど利口でした。彼の利口さの話になるたびに、根っから迷信深かった私の妻がいつもそれとなくほのめかしたのは、黒猫はすべて魔女の化身だという古い俗説でした。彼女がこの点についていつも本気シリアスだったというのではありません。ただこれを書きながらふと思い出したので、触れただけです。
この猫はプルートーと言い、私のお気に入りのペットで、遊び相手プレイメイトでした。エサは私が手ずから与え、私の在宅時にはどこへでもついてきました。外出時までついて来ようとするので困るほどでした。
このようにして、数年間、私たちの良好な関係フレンドシップは続きましたが、その間に、私の人格が(恥ずかしいことに)「暴飲」という名の悪魔の手によって、すさんでしまったのです。私は日に日に怒りっぽく、苛立ちやすくなり、他者への思いやりを失ってゆきました。妻に対しても暴言を吐き、暴力をふるうまでになった。私のペットたちも、もちろん、私の豹変の被害をこうむりました。私は彼らをただ単に無視するだけでなく、虐待しました。ウサギやサルや、犬に対してさえも、偶然にせよ、あるいは愛情表現にせよ、私の前に現れた場合には、容赦なく懲らしめてやりましたが、プルートーに対してだけは、まだ手を出すのを差し控えるだけの自制心を保っておりました。とはいえ私の病気はいよいよ悪化して――アルコールほど恐ろしい病気はありません――年老いていささか元気がなくなったプルートーさえ、私の不機嫌のとばっちりを受けるようになりました。
ある夜、行きつけの飲み屋から酔っぱらって帰ってくると、猫が私の在宅プレゼンスを避けているような気がしました。私は彼を捕まえました。すると私の手荒な扱いにびっくりした彼は、私の手に嚙みついて、かすり傷をつけました。私は腹が立ちました。私の持ち前の優しさは、一瞬にしてどこかへ飛び去ってしまったかのようでした。ジンの酔いも手伝って、激しい怒りで全身が震えました。私は胴衣ウェストコート のポケットからペンナイフを取り出してこれを開くと、あわれな猫の咽喉のどもとを押さえながら、片目をおもむろにえぐり出しました。今これを書きながら、私は恥ずかしくて顔から火が出る思いがします。
翌朝、前夜の毒気どくけが抜けて、理性が戻ってくると、私は恐怖ホラーと後悔との相半あいなかばする気持ちを経験した。とはいえ、それはせいぜいい加減な感傷にとどまり、本性ほんしょうは無傷のままでした。私はふたたび酒に溺れ、酔い痴れることでにがい記憶をごまかしました。

倒錯の心理

一方、猫はゆっくりと回復に向かいました。眼球のない眼窩のせいで、物凄い形相ぎょうそうを呈してはいましたが、痛みはもはや感じてはいないようでした。彼は普段と変わらず家中を歩き回っていましたが、当然のことながら、私が来るとあわてて逃げ出しました。初めのうちは私にもまだ優しい心が残っていて、以前はあんなになついていた猫が、今は見るからに私を嫌っているのを見て、悲しかった。だがやがてムカつきがこの悲しみに取って代わりました。そうしてあたかも駄目を押すかのようにやってきたのが「倒錯」の心理でした。この心理について哲学は何も説いていません。しかしこの「倒錯性」こそ人心の原始的な衝動の一つ――人格を導くところのそれ以上分割できない元素的な能力、あるいは感情の一つであることには疑いの余地がありません。してはいけないというただそれだけの理由で、悪事や愚行を繰り返した経験は誰しもあるはずです。「法」に対して、それが犯すべからざるものだとわかっているからこそ、最善の判断に逆らってこれに背こうとする不変的な傾向を、われわれは有しているのです。この心理が駄目を押したわけです。みずからを苦しめること――みずからの本性を虐げること――ただ悪のためにのみ悪をなすこと――に対するこの魂の測り知れない欲望が、私を駆り立てて、この何の罪もない動物に対するいじめを継続させ、最終的には完遂させてしまったのです。
ある朝、私は平然とその猫の首に輪縄わなわをかけ、木の枝に吊るしました。涙をぽろぽろ流しながら――しんそこ胸を痛めながら――その猫が私を慕っていてくれたからこそ――その猫が何も悪さをしなかったからこそ――この行為が罪深いものだと知っていればこそ――いかに慈悲深い神様といえども決して許しては下さらないかも知れない、それほど致命的に罪深い行為だと知っていればこそ、私はその猫をくびり殺したのです。

私は一切を失いました。

この残虐行為が行われた日の夜、「火事だ」という声で私は目を覚ましました。私の寝台のカーテンが燃えていました。家全体が炎に包まれていました。私たち夫婦と一人の使用人は、何とか逃げ遅れずに済みましたが、焼失を免れたものはありませんでした。私は一切を失いました。
猫を殺した天罰が下ったのだ、などと本気で考えるほど、私は弱い人間ではありません。ただ私は事実の連鎖チェーンを述べているので、一つの円環リンクも欠かしたくはないのです。火事の翌日、私は焼け跡を訪れました。焼け落ちていない壁が一つだけありました。それはこの家の中央、私の寝台の枕もとに当たる位置の、それほど厚くない間仕切り壁の一部でした。おそらく最近塗り直されたせいか、大部分が焼け残っている様子でした。この壁の周囲に人だかりが出来て、多くの人々がこれの特定の箇所を熱心に吟味しているようでした。「変だストレンジ」「奇妙だシンギュラー」その他同様の表現が、私の好奇心を刺激しました。近づいた私の目の中に飛び込んできたものは、その白い壁面上に、あたかも淺浮き彫りバ・レリーフで描かれたかのような、巨人的ジャイガンティック似姿フィギュアでした。それは目をみはるほど真に迫ったものでした。猫の首にはロープが巻きついていました。
この幽霊としか思えないものを初めて目にした時、私は確かに背筋が寒くなりました。とはいえ、すぐに再考リフレクションが救援に駆けつけました。私は家に隣接した公園に猫を吊るしたのでした。火事の知らせで、そこはたちまち人でいっぱいになった。そのうちの誰かが、猫を木から切り離して、これを開いた窓から私の部屋の中へと投げ込んだのでしょう。おそらく眠っている私を叩き起こす狙いで為されたかと思われる。他の壁の崩落により、猫は新しく塗り直された壁へと押しつけられた。そうして壁の石灰と、炎の熱と、死骸から発生したアンモニアとが、このような似姿ポートレイチャーを描き出したというわけです。
このようにあっさりと謎解きをすることで、良心はともかく、理性を納得させることはできましたが、それでも私の脳裡には強い印象が残りました。数ヶ月の間、私は猫の幻影ファンタズムにつきまとわれました。改悛の情とは似て非なる中途半端な感情が、私の胸に戻ってきました。私はあの猫がいなくなったのを残念に思い、当時私が入り浸っていた低所得者層向けの界隈で、あの猫の代わりになるような、同じ種類の、よく似たペットが見当たらないか、気にするまでになりました。

ある夜、とある闇店舗で

ある夜、とある闇店舗デンで、なかばへべれけの状態で腰を下ろしていると、ジンかラムかの大樽ホッグスヘッドのてっぺんに、何か黒い物体が横たわっているのが目に留まりました。その店には酒樽以外、家具らしい家具はありませんでした。私はしばらく前からその大樽ホッグスヘッドの上を見つめていたので、どうしてもっと早くその物体に気づかなかったのか、不思議でなりませんでした。近づいて手を触れてみると、それはちょうどプルートーくらいの大きさの黒猫で、ただ一点を除いて彼に瓜二つでした。プルートーには白い毛など一本もなかったが、この猫はほとんど胸全体が、朦朧とした形の、大きな白い斑点で覆われているのです。
手を触れると、猫は即座に起き上がって、ごろごろと咽喉のどを鳴らしながら、私の手にからだをなすりつけてきました。まるで「気がついてくれて嬉しい」と言っているようです。探していたのはこれだと思って、私はすぐに「この猫を売ってくれ」と言いました。ところが店主は代金を請求しないのです――初めて見る猫で、素性も知らないから、と。
私は猫を撫で続けました。私が帰ろうとすると、猫は私の後をついてきました。帰り道、私は時折立ち止まっては、猫の頭をポンポンと軽く叩いてやりました。猫は家に着くとそのまま住み着いてしまい、間もなく妻の愛情を一身に浴びるようになりました。
私自身は、その猫のことがあまり好きになれなかった。それは私が予期していたところのまさに反対リバースでした。しかも、なぜだか知らないが、その猫が私になつけばなつくほど、私はその猫が嫌いになるのでした。この嫌悪の念は、次第に激しい憎しみへと変わりました。私は猫を避けました。とはいえ多少の羞恥心と、以前の心ない行為の記憶から、これを物理的フィジカルに虐待することはできませんでした。数週間の間、これを打つなどの暴力はふるわなかった。けれども徐々に――きわめて徐々に――私はそいつのことが言い様もなく大嫌いになり、そいつの前にいることプレゼンスがうっとうしくてたまらず、ペストの感染を恐れるかのように、無言で逃げ出すようになりました。
この猫を連れて帰ってきた翌朝、これがプルートー同様、隻眼せきがんである点に気づいたことも、私がこの猫を嫌いになった原因の一つだと思います。ところがこの同じ点が、私の妻にとってはかえってこれを可愛がる原因ともなったのです。妻は前にも述べた通り、かつては私自身の顕著な特性トレイトであり、私のもっともシンプルにしてピュアなよろこびの源泉ソースでもあった、あの心の優しさヒューマニティを、今も豊かに保持していたのです。
にもかかわらず、私がこの猫を避ければ避けるほど、この猫は私にしつこく付きまとうのでした。その執拗さは説明するのが困難なくらいです。私が座っている時はいつも、椅子の下にうずくまっているか、私の膝に飛び乗って、からだをすりすりとなすりつけてくる。立ち上がって歩き出すと、私の足の間に割り込んで、危うく私を転倒させかけたり、あるいは私の服にその長く鋭い爪を立てて、胸のあたりまでよじ登ってくるのです。そんな時、奴を一撃のもとに葬ってやりたいとも思いました。それができなかったのは、前の猫にしたことが忘れられないせいもあったが、それは主として――ひと思いに白状してしまうと――その猫が怖かったのです。
その恐怖は厳密には肉体的フィジカルな害に対する恐怖ではなかった。かと言って、他にどのように言えばいいのでしょうか。私はほとんど恥を忍んで――この死刑囚の独房にいてもなお恥ずかしく感じるのですが――この猫によって触発インスパイアされた私の恐怖は、人が持ち得る限りのもっとも純然たる妄想キメラのうちの一つによって強化されていたのだということを、認めます。私の妻は、先に私が触れた白い毛のマークについて、一度ならず私に注意を促しました。それはこの見知らぬ猫と、私がかつて手にかけた猫との間の目に見える唯一の相違点でした。思い出して下さい。このマークはもともと大きくはあっても、きわめて朦朧たる形のものでした。ところがそれは少しずつ――わからないほどほんの少しずつ明確になり、私はそれを久しく思い過ごしだとして考えないようにしてきたのですが――それは最終的にはもはや疑いの余地がないほどくっきりとした輪郭アウトラインを示すようになりました。それは今や語るも恐ろしい物体の形、「絞首台ギャロウズ」の形を取るに到ったので、だからこそ私はこの猫が嫌で、怖くて、勇気があれば処分したいところだったのです。

絞首台の図

シンプルな絞首台のイメージ。逆L字型をしている。John the killer Collectionより。

今や私の惨めさはただの「人間」以下の惨めさでした。たかが畜生が――私はその同類を虫けらのようにぶっ殺してやったものを――たかが畜生が、このに――天にまします神様にかたどられて造られた人間様であるところのこの私に、かくも耐え難い苦汁をめさせるとは。私にはもはや昼も夜も心安まる時はありませんでした。昼間は猫が私を一人にしてくれない。夜は夜で、私が絶え間ない悪夢にうなされながらふと目を覚すと、この存在ものの熱い吐息が顔にかかり、この存在ものの重いからだが――無力な私には到底払い落とすことのできない、顕在化した「夢魔ナイトメア」となって、私の心臓の上に永遠にのしかかっているのです。

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ディトリウ・ブルンク「ナイトメア」。ウィキメディア・コモンズより。

かくもさんざんに責め立てられて、私の内部に残っていた最後の良心のかけらもを上げてしまいました。悪意が――もっとも暗く、もっとも凶暴な悪意だけが、私の唯一の友となった。私の日頃の鬱憤は積もりに積もり、遂には万事に対する、万人に対する憎しみとなりました。一方、突然の、頻繁な、制御できない癇癪玉の破裂によってわれを忘れる私のかたわらで、いちばん日常的に当たり散らされ、いちばん健気に耐え忍んでいたのは、愚痴の一つもこぼしたことのない、可憐な私の妻でした。

妻は一声も発することなく

ある日、私と妻は、何か家の用事があって、落ちぶれた私たちが仕方なく暮らしていた古い家屋の地下室へと降りてゆきました。急な階段を降りてゆく私のあとについてきた猫のせいで、危うく転落しそうになった私は、怒りのあまり気が変になってしまいました。すっかり頭に来た私は、それまで子どもじみた恐怖心からこの猫に対して手を出せなかったことも忘れて、一本の斧を振り上げました。もしこれが私の狙い通りに振り下ろされていれば、この畜生は、もちろん、即座にくたばっていたことでしょう。ところが妻が私の手をつかんで制止した。この邪魔立てにカッとなった私は、その手を振りほどくと、斧を彼女の脳天めがけて振り下ろしました。妻は一声も発することなくその場に倒れて、死にました。

「今度ばかりは頑張った甲斐があったな」

こうして凶行を犯してしまうと、私は直ちに死体を隠す方法について考え始めた。昼夜を問わず、これを隣人に目撃されるリスクを冒さずに外へ持ち出すことは不可能でした。 多くの計画プロジェクトが私の脳裡を行き交いました。死体をバラバラにして焼却しようかとも思いました。地下室の床に穴を掘って埋めようかとも思いました。庭の井戸に放り込もうかとも、通常の商品のように梱包して荷運び人ポーターに運び出してもらおうかとも思いました。最後に名案がひらめきました。死体を地下室の壁に塗り込めよう――それは中世の僧侶たちが罪人たちを処罰するのに用いたとされる方法でした。

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純潔の掟を破った廉で「監禁死(immurement)」の刑に処せられる尼僧の図。ヴィンツェンツ・カッツラー(Vinzenz Katzler, 1823 - 1882)によるリトグラフウィキメディア・コモンズより。

その地下室はそのような目的にうってつけでした。その壁は石の積み方がいい加減で、むらのある漆喰の塗り方をしている上に、塗ってからまだ日が浅く、地下室の湿気のせいで生乾きの状態だった。おまけに四壁のうちの一つの壁には突起部があり、そこはもともと形ばかりの煙突か暖炉であったものを、開口部を塞ぐことで、他の壁と似たような外観にしてありました。この部分の煉瓦は簡単に外せそうなので、中に死体を入れ、元通りに壁を塗り直して、誰にも怪しまれないように仕上げることは自力で出来るに違いないと思いました。
この推測は大当たりでした。バールを使うと簡単に煉瓦を外すことができて、それで私は奥の壁に死体を倒れないようしっかりと立てかけ、煉瓦を難なく元通りに積み上げると、モルタルと、砂と、獣毛とを出来るだけこっそりと入手して、古い壁と同じ色に漆喰を練り、新しい煉瓦細工の上に細心の注意をもって塗りつけました。私は仕上げに満足しました。壁をいじった形跡は一切残っていなかった。床の上はきれいに掃除しました。私は得意げにあたりを見まわして「今度ばかりは頑張った甲斐があったな」と独りごとを申しました。
次の段階ステップは、このような厄介ごとの元凶であるところのあの猫を探すことでした。なぜなら私は今度こそ奴をぶっ殺してやろうと固く心に決めていたからです。もしこの時、奴と出くわしていたら、奴の命は無かったことでしょう。ところがどうやらあの悪賢い猫は、私の癇癪に恐れをなして、ほとぼりが冷めるまで身をひそめているようでした。奴がいなくなったことで私の心に生じた深い安堵感は何とも言い表しようがありません。奴はひと晩中あらわれませんでした。こうしてあの猫がわが家にやってきて以来、少なくともそのひと晩は、私はぐっすりと眠れました。そうです。人殺しの罪を犯した身でありながら、眠ったのです。

壁の中から一つの声が

二日目が過ぎ、三日目が過ぎても、あの猫は姿を現しませんでした。奴隷の身分から解放されて、私はふたたび自由人として呼吸しました。あの猫は、怖くなって、永久にこの家をあとにしたのだ。私はもう二度と奴を見ないで済むのだ。私は有頂天でした。罪の意識はほとんど私を苦しめませんでした。幾つか質問も受けましたが、難なく答えました。家宅捜索さえ行なわれましたが、もちろん、何も出て来るわけがありません。「ようやく俺にも運が向いてきたぞ」と私は思いました。
四日目になって、数人の警官が、まったく何の前触れもなく家の中へと押し入ってきて、ふたたび厳重な捜査に入りました。とはいえ死体の隠し場所がばれるはずもないので、私は何の痛痒も感じませんでした。警官たちは捜査に立ち会えと私に言いました。彼らはあらゆる物陰ヌック、あらゆる片隅コーナーを捜索しました。最後に彼らが地下室に降りて行ったのは、もう三度目か四度目のことだったでしょう。私は平気の平左でした。私の心音はすやすやと眠る無垢な子どものように安らかでした。私は地下室を歩き回りました。腕組みをして、悠々と行ったり来たりしました。警察は気が済んだと見えて、引き上げようとしました。私は得意の絶頂でした。私は勝利宣言として、また彼らに対して私の無実を二重に印象づける意味でも、何かひとこと言ってやりたかった。
「紳士諸君」階段を上がってゆく一行に向かって、私はついに声をかけました。「嫌疑が晴れてうれしいねえ。諸君の健康を祈る。ちなみに君たち、もう少し礼儀正しくした方がいいと思うよ。ところで紳士諸君、この家は実に堅固な家だ」(何かしらペラペラ喋りたいという狂的ラビッドな欲望に駆られて、自分でも何を言っているのかわからなかった)「この家は実に堅固な造りで――おや、お帰りかい、紳士諸君――この壁など、実に丈夫にできている」こんなことを言いながら、私がひたすら虚勢を張りたい一心で、手にしていた杖をふるって発止と打ったその壁は、ちょうどその裏側に死体が隠されているあたりでした。
ところが、その打撃音の余韻が消え去るや否や、壁の中から一つの声が私に答えたのです。初めのうちこそ子どもがすすり泣くような、押し殺された、息も絶え絶えのしのでしたが、やがて大声に急変し、果ては延々と打ち続く甲高い叫び声となりました。それはまったく獣的な奇声。極度の恐怖によるかのような、それでいて勝ち誇ったかのような声。たとえば泣き叫ぶ亡者らの声と、これを痛めつけてよろこぶ地獄の鬼どもの快哉かいさいの声とを一つにしたかのような、そんな狂おしい声なのです。
私の心境たるや、言うも愚かです。気が遠くなって、私は反対側の壁へとよろめきました。一瞬、階段上の人々は、凍りついたかのように静止しましたが、次の瞬間には多くの逞しい腕が壁を崩しにかかっておりました。壁は崩れ去りました。腐乱した、血まみれの女の死体が、これを取り巻く人々の前にたたずんでいました。そうしてその頭上に鎮座していたのは、一つしかない目を爛々と光らせ、真っ赤な口を大きく開いたあの黒猫でした。この猫の工作によって私は殺人の罪を犯し、この猫の通報によって私は極刑を免れぬ身となったのです。私はこの化け物を壁に塗り込めていたのですよ。

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バイアム・ショーによる挿画。ウィキメディア・コモンズより。

アメリカ映画『バットマン リターンズ』(1992年)の中の猫女が出て来るシーンの映像に、ジャネット・ジャクソンのヒット曲「ブラック・キャット」(1989年)の音源をかぶせて作られたビデオ・クリップ。2010年9月公開。


www.youtube.com


 

 


*1:ポール・ヴァレリー「ボオドレールの位置」(1924年)佐藤正彰訳。