魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

(抄訳)エドガー・アラン・ポー「タマレーン(Tamerlane)」

「グーリ・アミール(王墓)」。サマルカンドに現存するティムール(=タマレーン)の墓。ウィキメディア・コモンズより。

エドガー・アラン・ポーの初期詩篇のうちの一つ。臨終の床におけるタマレーン(=ティムール大帝)の独白という形式で綴られている。人生の真相に迫らんとする少年詩人の歌声をお楽しみ下さい。原文はこちら


導師よ 俺は死を前にして(第1行~第26行)

導師よ 俺は死を前にして
懺悔ざんげがしたいのではない
俺が非道の限りを尽くしてふけってきた罪の重さを
このに及んで減じてもらおうなどと
夢にも思うとすれば 俺は阿呆だ
俺にはもう寝ぼけている時間などないのだ
あんたの言う「希望」とは何か
それは身を焦がす欲望の炎に過ぎない
俺に「希望」があるとすれば いやもちろんあるが
それはもっときよき源より発するものだ
爺さんよ あんたを愚弄する気はないが
俺が今したいのはそんな話ではない

どうか恥を忍んでありのままをさらけ出す
この俺の胸のうちを察してくれ
この俺に残されたのは盛名とともに
冷めてゆく情熱の一部分のみ――
それは地獄のオーラのごとく わが玉座星飾ほしかざ
宝石のきらめきのうちにかすむ栄誉とともに――
また一つの苦痛とともに それは堕地獄の苦痛も
もはや恐れるに足りぬほどの激痛なのだ
おお若かりし日々を
いたずらにいとおしむ俺の心よ
死せる時間の不死なる声は
いつ果てるともなきリズムを刻みながら
呪文にも似た調べをなして
お前の空しさの上に 弔鐘と鳴る

わが激情はその災いの時より(第65行~第95行)

わが激情はその災いの時より
猛威をふるうに到った それで権力の座に就いて以降は
世人が俺を根っからの
悪人と見なしたのも無理はない
とはいえ導師よ 俺が今よりもはるかに
とがっていたわが少年時代――
その頃(なぜなら人間は誰しも
年を取れば丸くなるものなのだから)
その頃でさえ この悪漢が女の弱さに
弱いことを知っている者が一人いたのだ

人を好きになる楽しさ
それは言葉ではとても言い尽くせない
だから俺は愛した女の
美以上の美についても 言いあらわそうとはするまい
心に残るその顔立ちは
さだめなき風にそよぐ影のごときものだ
それで思い出すのは 知識欲に燃える目で
古代の書物のあるページを見つめていると
意味のある文字が 遂には
意味のない空想へと
溶解するのを 俺は感じたものだ

それはそれは愛らしい少女だったよ
少年時代のわが恋は
天上の天使たちさえ焼きもちを焼きかねない
そんな恋だった 彼女のまごころは神棚で
俺のあらゆる想いと望みとは
香煙とくゆり立ち お供えとなった
それはすべて彼女の初々しいお手本にならって
幼稚でまっすぐでピュアだったから
どうして俺はこれを捨て 光にそむき
内なる炎を頼んで漂ったのか

サマルカンドを見よ(第165行~第186行)

このサマルカンドを見渡すがいい
世界に冠たる都市だ この陸離たる壮観は
他市の追随を許さない 主要国の命運は
この都市の掌中にある かつて栄華を誇った
あらゆる花の都を尻目に
この都市は時代を独走中だ
この都市の無価値な敷石のかけらは
他国の玉座の一角を成すことだろう
そうしてここを築き上げたのはこの俺だ ティムールだ
この王冠をいただいた無法者が
諸帝国を傲然ごうぜんと踏み荒らす姿に
万人が仰天したのだ

おお恋愛よ われわれが天国に望むものを
下界において体験させてくれる精霊よ
シロッコの吹き荒れる平原に降る
慈雨のごとく心をうるおす者よ
お前はひとたびその神通力じんずうりきを失うや
人心を砂漠のごとく荒廃させる
理念よ 音程のはずれた音楽と
狂気から生まれた美とによって
人生をがんじがらめにする化け物よ
さらばだ 俺は世界を制覇したから

俺が家に帰ると(第213行~最終行)

俺が家に帰ると 俺の家はもう無かった
わが一族は離散していたからだ
空き家の苔むしたドアを出ようとすると
俺は足音を立てないで歩いていたにもかかわらず
何かしら物音が 誰かの声らしきものが
懐かしい声のようなものが 玄関に響いた
地獄よ お前の火の寝床の上に
これよりも惨めな思いをしている者の姿を
見せられるものなら 見せてくれ

導師よ 俺は固く信ずる――
俺は知っているのだ――なぜなら
亡き人々が住む遠い国から
欺瞞など存在しない幸せな国から
この俺を連れ去ろうとしてやってくる「死」が
その鉄製の門扉もんびを半開きにしていて
そこからあんたの目には見えない「真理まこと」の光が
「永遠」を通して差し込んでくるから――
俺にはわかる 魔王イブリースは
人生にわなを仕掛けているのだと
でなければ 俺が「恋」の神様の
聖なる森をさまよっていた頃――
「恋」はその白い翼の上に
誠心誠意だけから立ちのぼる
燔祭はんさい供物くもつの薫りを載せて
日々送り届けてくれたのに――
その心地よい隠れ家は格子窓から
差し込む天空の光にあふれ 下界から分離され
どんな微塵みじんも どんな小蠅こばえ
「恋」の炯眼けいがんがことごとく暴露してくれたのに――
「野心」はそもそもどのようにして
この純愛の楽園へと姿なく忍び込み
果ては「恋」の乱れ髪の中でげらげら笑いながら
跳梁ちょうりょうするまでに到ったのだろうか