㉘六月七日:秀吉軍、中国路を駆け抜ける。
羽柴秀吉麾下、軍の体を成していない兵士たちは、ひたすら姫路を目指して走っていた。その行列は、縦に長く伸び、先頭と最後尾の時差は、数時間空いていた。兵士たちは、槍・刀・鉄砲を捨て、更に着ている物を投げ捨て、下帯姿となり、草鞋さえ脱ぎ捨てて裸足で走っている者もいた。彼らに下された命令は、ただ走れ、走れである。走るのに邪魔なものは全て捨てて行け、だ。組頭は、行列の前後を何度も行き来しながら、声を嗄らして兵士たちを激励した。
「休むな、進め。這ってでも前に進め」
近郷近在の百姓たちも、道に沿って水と握り飯を配った(後で報酬が出た?)。兵士たちは、給水所で水を飲み、或いは水を頭から被った。空腹時には、配られた握り飯をもぎ取り、パクつきながら走った。
これは、毛利との講和成立の二日後、高松城主・清水宗治の切腹から三日後の秀吉軍の有様である。慎重派の秀吉は、高松城開城後、毛利軍撤兵を確認した後、兵士たちを沼城へと撤退させた。毛利家も羽柴軍の出方を探った。実はこの時を前後して、毛利家に明智謀反・信長横死の一報が入った。秀吉に謀られた。怒れる家臣たちは、秀吉を討つべしと気勢を上げたが、智将・小早川隆景は、既に交わした血判起請文を反故にするわけにはいかないと家臣たちをなだめ、秀吉追跡を断念させた。秀吉は、小早川隆景の決断で、まさに九死に一生を得たのだった。毛利の追走が無いことを知った秀吉は、姫路城を目指して、尻に火がついたかの如く、兵士たちを走らせた。今一度秀吉は命令を下す。
「息が続くかぎり、足が上がる限り、走れ。走り続けろ」
「走るのに邪魔な兜・具足・鉄砲・刀・槍などは捨てろ。姫路城にて支給する」
「姫路城に一番乗りした者には褒美を与える。必要なのはその身一つだ」
こうして中国路は一万を超える異様な集団に埋め尽くされた。何せ全員がザンバラ髪に下帯一つ。ほぼ裸の集団が停滞することなく、東へ、東へと長蛇の列が移動していった。
そして、最も速い者は、日没前に姫路城へと駆け込んだが、大半の物は日没後も走り続けなければならなかった。やがて夜になると、姫路城に何百という松明があかあかと灯された。大半の者は、その灯りを頼りに、今にも霞みそうな目を見開き、微かに残った気力を振り絞って姫路城へとなだれ込んだ。姫路城は、程なくして秀吉軍の兵士たちで溢れ返った。
㉙六月七日:吉田兼和の来た夜に、信長の魂を感じる。
光秀は、昨夜の夢見の悪さがどうも気になった。自分の把握できないところで、決定的な悪いことが起こりそうな予感に囚われて、くよくよしていた。しかし、その夢見と相反するような朗報が届いた。京極高次と阿閉貞征が羽柴秀吉の居城・長浜城を、武田元明が丹羽長秀の居城・佐和山城を、相次いで陥落させたのだった。彼らは光秀に試される形で、同僚の留守宅を襲ったのだ。実際にあっけなく各々の城は落ちた。阿閉貞征が、自ら光秀に献上した山本城も入れると、光秀は安土城を守る支城三つをほぼ無傷で手に入れた勘定になる。これで琵琶湖南の防備は完璧だ。一番の要諦の安土城も無血開城できた。光秀は思った。やはり打倒信長は自分に与えられた天命であり、それを果たしたのだと。高揚した気分の光秀は、一つの考えに囚われて、思い込みを修正することができなかった。敵はわが本領の京都・大坂の方向から見れば東にあたる美濃・尾張から攻めてくるに違いない、と。
京から吉田兼和が、誠仁親王の勅使としてやってきた。
「このたびは・・・」
勅使として、威儀を正して礼をする兼和も、終始満足そうな笑顔を見せた。
「親王もこたびの本能寺での明智様のお働き、大変お喜びでございます」
「親王さまには二条御所で災難に遭われて、大変なことであらせられたが、その後いかがお過ごしですか?」
「いや、あれは今ではよい語り草にしておられます。さて、このたびは京都守護職をお引き受けいただきたいということでお伺いにあがったのですが」
「京都守護職」
「はい、まずはそこらあたりから始めまして、ゆくゆくは、征夷大将軍までお考えのようです」
兼和は、上目遣いで光秀の機嫌を伺ったが、直ぐにホッとして顔を上げた。
「喜んでいただけますか?」
「もちろんです」
「それは何より。つきましては、急ぎ京にお上りあそばして・・・」
光秀はこれ以上はないというくらい上機嫌であった。すべてがするすると進んでいる。自分の為に用意されたかのように。やはり自分が信長を討ったのは天命に従って成したことなのだ。
その夕べ、安土城で、吉田兼和を主賓に宴席が設けられた。兼和は酔った勢いで、ますます口が軽くなった。
「近い将来、征夷大将軍になられるからには、当然幕府を構えられるわけですが、何処に開かれるおつもりですか?」
「それは、少し話が早すぎませんか?」
「いや早すぎるということはございませんぞ。将軍がどこにいらっしゃるかは大問題です。例えば京か安土かによっても、今の政がガラリと変わってしまいます。しっかりとお考えいただかないと」
「うむ、坂本では手狭でしょうか?」
「坂本でも結構ですよ。今や天下の明智殿の思い通りにならないことなどないのですから」
「いやいや、今のは思いつきを言ったまでのこと。まだ真剣に考えているわけではないのです」
「古来、武門が天下を取ってから久しゅうございます。古くは平清盛、源頼朝、そして足利家。それぞれ幕府を開いた場所で文化は大きく変わりました。どの様な天下になさるのかは、明智さまの器量一つでございます。坂本も結構でございますが、できるならば京で天皇(正親町帝)とお近づきになられて、明智様のお力で華やかで活気のある都をつくられんことを。これぞ新しい時代の到来です。いや、めでたい、めでたい」
兼和は、自分の言葉に感動して、涙を流し、洟をすすりながら話をした。
光秀は静かに言った。
「しかし、まだ幕府をどこに置くかなど考えるよりは、片付けなければならない問題が山ほどあります。わしが天下を取ったように言って下さるのは嬉しいのですが、それとてまだ確かに定まったものでもありませんし」
「いやいや、もう大丈夫です。ご安心なさいませ」
「そうですかね」
「そうですよ。そうでなくてどうします」
光秀は酩酊状態の兼和の様子を面白そうに眺めて言った。
「しかしまず尾張・美濃の出方を見ない事には」
光秀は、依然として敵は東から攻めてくるという考えに取り憑かれて、他の進撃路が浮かばない。
「尾張・美濃・・・なるほど、明智様らしい。後ろに睨みを効かせながら、気負わず焦らず、次の行動に移られるわけですか」
その日の光秀はいつになく気分が良く、飲めない筈の酒も客に合わせて、数杯飲み干した。
その夜、飲み慣れない酒を過ごしたせいか、寝所に入るなり、うとうとしたが、2~3時間もすると、俄かに胸苦しさを覚えて目が覚めた。目を覚ますと同時に近くで人の気配がした。
その途端に、身体が重く感じられ、嫌な汗が滲み出た。気のせいとするには余りにも濃厚な気配だった。しかし暫くじっとしていると、人の気配が止んだ。緊張していた身体から力が抜けた。リラックスが感じられた。もう一度横になろうとした時、急に障子の向こうが明るくなった。廊下に明かりを持った誰かがいた。
“あれは信長公だ”
光秀は確信した。その明かりは次第に大きくなり、障子に燃え移り、ついには部屋全部を灰にしていく。光秀は息を詰めて障子の向こうを見つめた。明かりはそれ以上膨張せず、ゆっくりと横に移動を始めた。光秀は廊下を進んだ。そこには薄暗い廊下が続いているだけだった。気が付くと、小姓が一人、自分の足元にひれ伏していた。
「殿」
「お前は」
「宿直の者でございます。寝ずの番を務めていました」
「だったらお前も見ただろう」
「何でございましょう?」
「今、誰かが明かりを持って廊下を渡っていった」
「いえ、その様な者は・・・」
「お前はずっと起きていたのだな?」
「はい、起きておりました」
「それでも、何も見なかったのか」
「はい」
「そうか」
光秀は詮索をやめた。どうやら、信長の魂を感得できるのは己のみらしい。
「もうよい、下がれ」
余談ながら、筆者は吉田兼和の人格に演技性が見受けられるように思いますが、朝廷は元々光秀を利用する肚なので、仄めかしただけで実働部隊となった光秀を持ち上げるぐらい、御茶の子サイサイだったことでしょう。(続く)