魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

再読・伊東眞夏『ざわめく竹の森』其の十六

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関ヶ原古戦場。ウィキメディア・コモンズより。

㉓六月三日:坂本城

翌朝、目覚めた光秀は、ここは何処だろうと思った。更に、自分はどうしてここにいるのだろう、戦に行かなければならないのに、と嫌な胸騒ぎがした。寝起きの良い光秀にしては珍しい現象だ。光秀は混乱しながらも、自分は信長を倒して、天下人になったのだとの記憶にたどり着いた。奥方の熙子ひろこは女人たちを指揮して青梅干しをしていた。
光秀は熙子に話しかけた。
「おい、京で何があったかわかっているのか?」
「はい、信長さまが亡くなられ、あなた様が天下様におなりだそうで」
「うむ」
「あなたが天下様になられたとは言っても、わたくしが庭で梅を干してはいけないということはないでしょう」
光秀は苦笑して、地図を見るために書院に入るると、長男・十五郎を呼んだ(天下の仕置きに地図は不可欠)。地図は2種類用意した。京を中心に日本海側・若狭から、丹波・丹後を経て山城から大和に到達する縦の地図。もう一つは、安土を中心とした湖南の東西にのびる一帯の地図だった。光秀は一心に地図を眺めると、自然に作戦や戦術が浮かんでくるのだった。
「父上、十五郎で ございます」
襖の向こうで声がした。光秀は腰に差している扇子を出して、地図の一点一点を指し示しながら話を進めた。
坂本城を中心に、丹波・丹後は我が領地。その北、若狭は細川藤孝殿、難波津は高山右近殿・中川清秀殿、大和は筒井順慶殿。いずれもよしみを通じている。何かあれば合力下さる」
「では、ここら一帯は安全ということですね」
「うむ。問題はこちらだ」
光秀は湖南を中心とした安土の地図を示した。
「ここは信長公の領地だった。今は誰のものでもない。わしが入ればわしの物になる 」
十五郎は言った。
「では、安土と丹波が父上の領地となるのですね」
「一応な。しかし湖南には手強い城がある。潰さなければならない」
佐和山城丹羽長秀さまと長浜城羽柴秀吉さまですね。今はどちらも城を空けておられます」
「よく知っているな。では、これらの城を落としたとして、その後の処置はどうする」
「・・・」
「それも地図を見ていれば見えてくる。地図が語りかけてくる」
十五郎にはとんと見当がつかないようであった。光秀は言った。
「まず城内の兵を追い払う。兵は何処へ逃げると思う」
「さあ・・・」
「兵の大半は、尾張・美濃の出身だ。皆故郷を目指して逃げる。最後に尾張・美濃に兵が集まる。わしはそれと戦うことになる。天下を分けるような大きな戦が起こる。問題はそれがどこで起こるかだ」
光秀はゆっくりと湖南の東の境を扇の先で指し示した。その場所はまさしく、岐阜県不破郡関ヶ原町。東海道新幹線の車窓から臨めます。
「今からでも遅くはない。陣構えをはじめ、万全の対策をとらねばならない」
「はい、私も参戦します」
「いや、お前は留守番だ」
光秀は一方的に言い放ち、不服そうな十五郎を下がらせた。

一人になった光秀は、地図をにらんだ。今、十五郎に話した通りに事が進むと仮定して、一万五千の明智勢をどう動かすか。周囲の城を一つ一つ落としていき、東に睨みを効かせるにはどれくらいの兵員が必要か。わざと守りを薄くし、付け込む隙を見せて敵をおびきだし、迎え撃つ作戦でゆく。兵員は五千残す。そして湖南が落ち着いたら、京に上る。細川・高山・筒井に招集を掛ければ、兵員の数は三万程に増員される見込みだ。
随時、美濃・尾張の動静に注意しながら、湖南が落ち着くようであれば、北陸・中国方面軍の追い落としを図ってゆく。最優先する当面の敵は、羽柴秀吉。毛利と呼応して挟撃すればよい。毛利は大国だから二万ぐらいの兵員は出せるだろう。自軍を合わせると約四万の兵員になる。さしもの秀吉も始末できるだろう。柴田勝家は、上杉と呼応して挟撃すれば造作もない。光秀は改めて地図に目を通して、吟味した。見落としはない筈だ。一人満足した笑みを浮かべた。余談ですが、光秀が関ヶ原を天下分け目の戦場になると読んだのはさすがですね。家康は大垣城にいた石田三成をおびき寄せるため、石田三成は地の利と人の和があると見て、関ヶ原を戦場としました。(続く)

ざわめく竹の森 ―明智光秀の最期―

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