魔性の血

拙訳『吸血鬼カーミラ』は公開を終了しました。

ルキアノスと「麗しの売春婦」――エドガー・アラン・ポー「群衆の人」より

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アンゲリカ・カウフマン「プリュネにキューピッド像をプレゼントするプラクシテレス」。ウィキメディア・コモンズより。

「あなたは自分の情婦を聖域に安置させた。この栄誉を私のために惜しみ給うな。人々は私の姿を見、あなたの名を讃えるのです」――アルキプロン『遊女の手紙』より「プリュネからプラクシテレスへ」

「私はあらゆる種類の売春婦たちを見た…」

要するに「ルキアノスというローマ人は、なかなかいいことを言っていますよ」と言いたい。しかるのち、そのエビデンスをひと通り示して、読者の納得を得たい。
だがその前に、何故ルキアノスか?という点を明らかにする必要がある。実は先日、エドガー・アラン・ポーの「群衆の人(The Man of the Crowd)」という短編を暇つぶしに訳していて、以下のような文章に行き当たったのです。

また私はあらゆる種類、あらゆる年代の売春婦たち(women of the town)を見た。私はまだ若くて本当に美しい売春婦を見て、その姿は見る者の心にルキアノスの作品に出てくる、表面はパロスの大理石で覆われながら、内部には汚物フィルスが詰まっていたという彫像のことを想わせた。(「群衆の人」eureka0313訳)

これは語り手がある大都会のカフェの窓から雑踏を眺めているシーンで、彼女たちは通りを行き交う人たちに対して客引きをしているので、「街娼」ということになります。「街娼」というと古い日本語だから、今の日本とは関係ないと思う方もいらっしゃるかも知れないが、大阪府警大阪市内のとある繁華街の一角で、2020年12月初めまでの約一年間に数十人の「街娼」を検挙したというニュースはまだ記憶に新しいところです。

ルキアノスの「にわとり」

この「表面はパロスの大理石で覆われながら、内部には汚物が詰まっている彫像」(たぶん女神像)という言葉が出てくるルキアノスの作品をチェックしておこうと思いました。トマス・マボットの注によれば、この文言はルキアノスの「夢またはにわとり」という作品の第24節にあるとのことで、さっそく当たったみましたが、いささか手間取りました。言葉通りの表現がどこにもないのです。
まずこのルキアノスの「にわとり」の内容をご紹介します。これはプラトン風の対話篇で、ただ登場人物は哲学者ではなく、ミキュロスという靴直しの職人と、彼が飼っている一羽のにわとりです。冒頭、にわとりが、まだ夜も明けやらぬにもかかわらず、盛大に時を作る。飛び起きたミキュロスはかんかんになって、にわとりを張り倒しに行く。なぜなら彼は大金持ちになった夢を見ていて、一番いいところで眠りを破られたので、憤懣やる方ないのであります。ところがくだんのにわとりがすました顔で「夜明け前から仕事に取りかかった方がはかどるでしょう」などと言うのを聞いて腰を抜かす。このにわとり君、ただ単に人語をくするだけでなく、前世ではピタゴラスだったこともある、と言うのです。ピタゴラスが輪廻転生説を支持したことは周知の通りです。で、この偉大な哲学者の生まれ変わりであるところのにわとり君は、金持ちの夢にこだわるミキュロスに対して、自分が輪廻転生を繰り返す間に重ねた経験に基づいて、富や名誉が如何に空しいものであるかを説きさとす。そうした文脈の中で、彼(にわとり君)が人々からもっとも羨望さるべき国王の地位にあった頃の思い出話として、以下の一節が出てきます。

にわとり:私が治めていた国は広くて肥沃な国でした。わが国内のもろもろの都市は人口においても美しさにおいても世界に冠たるものでした。航行可能な河があり、優れた港がありました。わが陸軍は大軍で、わが槍兵は数知れず、わが騎兵隊は精鋭ぞろいでした。わが海軍も同様で、私はまた計り知れない富を蓄えていました。王者の威厳を示す如何なる小道具も欠けてはいませんでした。無数の黄金のプレートをはじめとして、あらゆる持ち物が贅を尽くしたものでした。私は自国民から最敬礼されることなしに宮殿を出ることが出来ず、彼らは私を神様だと思っていて、私が通り過ぎる姿をひと目見ようと押し合いへし合いするのでした。熱狂的な崇拝者たちのうちには、私の馬車や、衣装や、王冠や、従者たちの如何なる細部をも見逃すまいと、民家の屋根に登る者さえいる始末でした。
私は自国民のそのような愚かしさを大目に見てやることすら出来たのです。にもかかわらず、みずからの地位に関する苦悩と心痛とを思う時、私は自分が惨めで仕方がなかった。その頃の私はさながらペイディアスや、ミュロンや、プラクシテレスらの手に成る巨像のようなものでした。それらはすなわち三叉槍トライデントを持つポセイドンや、稲妻サンダーボルトを持つゼウスであって、全身が象牙と黄金とで出来ている。ところがちょいと内部なか を覗いてみると、そこにあるものと言えばモルタル瀝青ピッチの付着した棒やら、ボルトやら、釘やら、板やら、くさびやら、その他あらゆる目も当てられぬもののごちゃ混ぜです。二十日鼠やドブネズミどものあり得べき植民地を別としてもね。それが王座というものです。(ルキアノス「にわとり」)*1

にわとり君、なかなかいいことを言う、と私は思いますね。そうして上の一節の後半部分をポー流に要約したのが「表面はパロスの大理石で覆われながら、内部には汚物が詰まっている彫像」という言い回しであるらしい。
しかしよく見ると、上に引用した文章には「パロスの大理石(Parian marble)」という言葉がどこにも見当たりませんね。それはどこから来たものか、もう少し調べてみる必要があると思いました。

「クニドスのアプロディテ」

上の文章にはペイディアスとかミュロンとかプラクシテレスとかいった人名が出てきますが、これらはいずれも古代ギリシャ彫刻の巨匠たちの名です。大プリニウスの『博物誌』には、これらの人たちがブロンズの他に大理石をも素材に用い、また大理石を用いる場合には、もっぱらロス島産の大理石を用いたことが記されている。

これらの芸術家は、すべてロス島産の白大理石のみ用いた。(『博物誌』第36巻4-14)*2

上記の大彫刻家たちの名は、ルキアノスの作品に頻出します。そのわけについてはまた後で触れるとして、「パロスの大理石」という言葉が出て来るものでは、次の一文が印象的です。

アプロディテの神殿、プラクシテレスの巧みな技によるその真に魅惑的な美しさを称えられる作品を収めるあの建築も見ておこうと決まり、クニドスに投錨することにしたわれわれが静かに岸づけできたのは、女神自身が滑らかな凪を現出させ船を導いてくれたからだと思う。(中略)
庭木の鑑賞を十分に楽しんだわれわれは、神殿のなかへ入っていった。女神は中央に鎮座している。パロスの大理石を使ったたいへん美しいその作品は、軽く笑った驕慢な表情を見せている。衣服は少しも纏っていず、その美しさが裸形のなかで露わになっているが、恥部だけは一方の手でそっと覆っていた。(偽ルキアノス異性愛少年愛」)*3

この文章はプラクシテレスの代表作「クニドスのアプロディテ」を描写したもので、オリジナルは現存しないが、後世の模造品がいろいろ残っているので、それらを通して面影を偲ぶことが出来るそうです。『博物誌』には以下のように記載されています。

ラクシテレスの年代については、青銅像作者たちのところで述べた。しかし彼の大理石の作品の名声においては、青銅像作者としての名声以上であった。彼の諸作品は、アテナイのケラメイクスにある。だがプラクシテレスのいずれの他の作品よりも、また世界中にあるいずれの作品よりも優れているものは『ウェヌス』であって、それを見るためにクニドスへと航海して行った人がたくさんある。(『博物誌』第36巻4-20)

下は日本語版ウィキペディアに掲載されている画像で、「クニドスのアプロディテ」のローマ時代の模造品を、さらに後の時代になって復元させたものだそうです。

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「クニドスのアプロディテ」ウィキメディア・コモンズより。

確かに大事なところを片手で隠していますね。

人間の裸は美しいか?

ところでこの「クニドスのアフロディテ」ですが、これは世界で初めての「等身大の女性裸像」ということになっている。ここで少し頭に引っかかることがあります。
そもそも素っ裸の人間の肉体というものは、美的鑑賞に堪えるものなのでしょうか?私の認識では、人間の裸が良いものだ、綺麗なものだ、見ていて楽しいものだという思想というか、物の感じ方は、日本古来のものではありません。明治以後、西洋文明の影響下に生まれた、比較的新しいものです。敢えて言えば「近代的」な感覚です。この話題にはまた触れる機会があるかと思います。
これに対してヨーロッパの美術作品には、少なくともルネッサンス以降は、人間の裸が(神様や天使の役を振られながらも)当たり前みたいに出てまいりますね。ところが西洋においても、このプラクシテレスという人が出て来るまでは、男性の裸はともかく、女性の裸は忌むべきもの、隠すべきものだという考え方の方が支配的だったらしい。

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ミュロン「円盤投げ」のローマ時代の複製。

上はミュロンという人の代表作とされる「円盤投ディスコボロス」というブロンズ像(これもルキアノスの作中に登場します)のローマ時代の複製だそうですが、ご覧の通り、全裸です。当時、運動競技(オリンピックとか)はすべて素っ裸で行なわれていたそうですから、別に違和感もなかったでしょうが、こーゆー筋骨隆々たる男性の裸体像は存在しても、女性の裸体像はなかなか現れなかったというのですね。従ってプラクシテレスの「クニドスのアプロディテ」は、このタブーを破った画期的な作品ということになるのかも知れません。
ここで注目に値するのが、実は「クニドスのアプロディテ」は二体あった、という『博物誌』中の記述です。

彼(プラクシテレス)は二体の像をつくり、それらをいっしょにして売り立てた。そのうちの一体は、ゆるやかな衣をまとっていた。そのため選択権をもっていたコスの人びとがそれを好んだ。ただし彼はそれをいま一体と同じ値でそれを提供した。彼らはそれを上品ぶった、そして勿体ぶったやり方に過ぎないと考えた。(『博物誌』第36巻4-20)

要するにプラクシテレスは着衣の女神像と全裸の女神像の二体を造り、注文を出したコス島の人々に対して、この双方を同じ価格で提示した。これに対してコス島の人々は当然のごとく着衣の女神像を選び、全裸の女神像については「意味不明」として受け取りを拒否した、というのです。もし裸体像の方がそのまま売れ残ってしまっていたら、プラクシテレスはどうするつもりだったのでしょうか?彼の工房は巨額の負債を抱えて倒産し、そこで働いていた職人さんたちはみな路頭に迷っていたかも知れませんね。そこへクニドス市の人たちが救いの神のごとく現れた。

彼ら(コスの人びと)が拒否した像はクニドスの人びとが買った。そして計り知れないより大きな名声を博した。(『博物誌』第36巻4-20)

コス島の着衣像の方はたちどころに忘れられ、何も記録が残っておりません。
ちなみにこの「クニドスのアプロディテ」はどこから見ても美しいということで、クニドス市の人たちはこれを見やすいところに置いた。

それが立っている神殿は、その女神の像があらゆる方向から見られるように完全に解放されている。そしてその神像は、女神自身の恵みによって、そういうふうにつくられたものと信じられている。その像はいずれの角度から見ても等しく嘆賞さるべきものである。(『博物誌』第36巻4-21)

ルキアノスには以下のようにあります。

ところで神殿には、女神を背後から詳しく鑑賞したいという者のために、両側に入口が設けられており、嘆賞できない箇所はなにもないようにしてあった。もう一方から入って、女神の後ろ姿の美しさも容易に眺められるというわけであった。
そこで、女神の全体を見ようと決まり、神域の裏側に回った。鍵の保管役の女性が扉を開けたとき、われわれはたちまち女神の美への驚嘆の思いに捉われた。(偽ルキアノス異性愛少年愛」)*4

かくして「クニドスのアプロディテ」は大ヒット、クニドス市には大勢の人々が詰めかけ、老幼男女を問わず、全裸の彼女を前後左右からしげしげと眺め回して、目を楽しませたということです。ことさらにいやらしい書き方をするようですが、私はこれは本当に異様な光景だと思います。

プリュネ(Phryne)に関する補足

ギリシャ高級娼婦ヘタイラプリュネについて、こちらの記事で触れた際には「フリュネ」と英語読みにしましたが、直すのが邪魔くさいのでそのままにしておきます。ちなみにこちらのボードレールの訳詩にも「フリュネ」が出てきます。
さて、プラクシテレスは実はこのプリュネの常連客で、「クニドスのアプロディテ」は彼女がモデルだ、という説があります。出どころはどうもアテナイオスの『食卓の賢人たち』らしい。

彫刻家のプラクシテレスは彼女(プリュネ)を愛して、彼女をモデルにして、クニドスのアプロディテを作った。(『食卓の賢人たち』第13巻第591頁)*5

プリュネが霊感を与えたのはプラクシテレスだけではない。プリュネといえば、お祭りの最中に、何を思ったか、衆人環視の中でいきなりすっぽんぽんになって海に入っていった、という逸話が有名ですね。その際、海岸に殺到した野次馬どもの中には、プロの絵描きも混じっていた。

とはいえプリュネは本当に美しい女で、彼女の肉体のふだん人目にさらされることのない部分までもが美しいのだった。それゆえ彼女の裸体を見るのは容易ではなかった。なぜなら彼女はいつも全身をチュニックで覆っており、また決して公衆浴場を利用しなかったからである。にもかかわらず、ポセイドン月の祝日、エレシウスでの厳粛な祭事中に、大勢のギリシャ人が見ている前で、彼女は衣服を脱ぎ、髪をほどいて、波と戯れに海へと入っていった。こうしてアペレスは彼女をもとに「海から上がったアプロディテ(Aphrodite Anadyomene)」を描いた。(『食卓の賢人たち』第13巻第590頁)*6

何と大胆な…これが今の日本だったら、どうでしょうか。きっとみんなモバイル・フォン片手に海岸へと押し寄せて、写真や動画をツイッター等に投稿しまくるんでしょうね。……いや、その前に、公然わいせつの現行犯で逮捕されておしまいですね。いずれにせよ、殺風景な時代になったものです。

「夢について、またはルキアノスの経歴」

ポーの「表面はパロスの大理石で覆われながら、内部には汚物が詰まっている彫像」という一句をめぐって、だいぶ回り道をしているわけですが、「パロスの大理石」についてはこれでひとまず措くとして、次はこの言い回しの意味内容について考えてみます。
ポーはこの言い回しを使って、要するにくだんの売春婦は外見は美しくとも、内面は悪徳まみれである」と言いたいのではないかと思います。まあ常識的に、人道的観点から考えて、ただただ生活の必要のためだけに体を売っている女性に対して「悪徳まみれ」とは少し言い過ぎのような気もしますが、いわゆる「色恋営業」で客を引っかけ、これを骨までしゃぶり尽くしながら、自分は贅沢三昧で遊び暮らしているとなると、世間の風当たりも強くなるでしょう。事実アテナイオスは、上の高級娼婦ヘタイラプリュネについて、喜劇詩人ポセイディッポスの『エペソスの女たち』からの引用として、こんな台詞を紹介しております。

「一昔前、テスピアイのプリュネは、あらゆる遊女仲間の中で抜群に有名だった。あなたはまだ新米だけど、それでも彼女が裁判にかけられたことは知っているはず。彼女は民衆裁判所で、全市民を堕落させたとして、死に値する罪に問われた。けれど彼女は裁判官一人一人に向かって涙ながらに命乞いをして、かろうじて刑を免れたのよ」(『食卓の賢人たち』第13巻第591頁)*7

ところで上のルキアノスの「にわとり」の台詞では、美しい彫像のかげに隠れているものは「悪徳」というよりも「楽屋落ち」で、作品を楽しむ側の人々が知る由もない制作者側の苦しい実情です。実はルキアノスは若い頃、彫刻家に弟子入りして挫折した過去があり、それでこのような台詞が重い響きを持つのです。「夢について、またはルキアノスの経歴」と題された作品の中で一部始終が語られておりますが、彼の母方の叔父さんが彫刻家で、彼は弟子入りしたその日のうちに厳しい修行に耐え切れず、逃げ出してきた。その夜、夢に二人の女神が現れて、一人は「石工術」、一人は「教養」と名乗った。このうち「石工術」の方はこのように語った。

「わたしの姿の卑しい様子とか、服装の汚らしさを嫌ったらだめだよ。ゼウスの像を世に現したあのペイディアスも、ヘラの像を制作したポリュクレイトスも、評判の高いミュロンも、みなから感心されるプラクシテレスも、こういうなりから身を起こしたのだからね。あの人たちは、神様同然に敬われているじゃないか。お前もそういうひとりになれば、自分がだれひとり知らぬもののない有名人になる上に、父親もお前のお陰で羨まれ、祖国も面目を施されるということになるわけさ。」(ルキアノス「「夢について、またはルキアノスの経歴」)*8

これに対して「教養」の方はこう言った。

「お前が石工になったらどんなよいことがあるのかということは、今この人が言いました。要するに、労働者以外の何者でもなく、体力を用いて働き、体に人生の希望のすべてをかけるという人間になるわけです。(中略)またもしお前が、ペイディアスやポリュクレイトスのようになって、人が感心する作品をたくさん作るようになれば、たしかにみながお前の技を誉めてくれるでしょうが、お前の様子を見て、同じようになりたいと願う者は、正気であれば、だれもいないでしょう。どのようになろうと、結局お前は職人と見られ、手を道具とし、手仕事をする者と見なされるのです。」(ルキアノス「「夢について、またはルキアノスの経歴」)*9

目が覚めた時、ルキアノスの心は決まっていた。要するに「アーティスト」などと言えば聞こえはいいが、その仕事の大部分は陽の目の当たらない裏方の仕事であり、地道な忍耐の積み重ねです。それよりも手っ取り早く人々に振り向いてもらえる弁論家ソフィストとして立ちたいと彼は思った。これはもっともなことだと私は思います。だから彼はプラクシテレスらの作品を激賞はしても、彼らのようになりなさいとは決して言わない。「わたしがこの夢を諸君に語って聞かせたのも、若者たちが向上心をもって勉学に励んでほしい、とりわけ貧困のため、本来は卑しくない素質を無にし、弱気のあまり悪いほうへ転落しそうな若者がいたら奮起してほしいと思ったからだ…わたしは、それ以上ではないとしても、少なくとも石工のだれにも劣らない誉れを得て帰ってきたのである」*10と彼はこの文を結んでおります。

ルキアノスの「肖像」

ポーの「表面はパロスの大理石で覆われながら、内部には汚物が詰まっている彫像」という一句は、この「群衆の人」という短編の文脈の中では、美女の内面の醜さを指摘したものだと言えると思います。この女性の内面の美醜という点について、上に引用した「にわとり」よりもしっくりくる表現が、ルキアノスの作品の中にあります。「肖像」という作品です。
簡単に内容を紹介しますと、これはリュキノスとポリュストラトスという二人の若者の対話篇で、まずリュキノスが「さっき街を歩いていて、通りすがりに、誰だか知らないが、目が覚めるほど美しい女性を見た」と切り出す。そこでポリュストラトスが「どんな容姿の女性だったか、描写してくれ」と言う。リュキノスは返答に窮し、過去の大彫刻家(プラクシテレスら)や大画家(アペレスら)や大詩人(ホメロス)の作品から「いいとこ取り」をしてこれらを寄せ集めることで、彼女の外面の美を描き出そうとする。これに対してポリュストラトスは「そのひとなら個人的に知っている」として話の続きを引き取り、彼女の内面の美を描き出す。この話題の転換点に、以下のような一節があります。

ポリュストラトス:だが、よき友よ、君はまるで稲妻がそばを走り過ぎたかのように一度彼女を見ただけであり、はっきりしたものだけを、つまり身体とその姿だけを、めているように見える。ところが、魂の美点の数々については君は見ていないし、彼女にあるそちらの美しさがどれほどのものか、身体よりもそれがどれだけはるかによく、神々しいものであるか、ということを君は知らないのだ。
しかし僕の方は、彼女の知り合いであるし、何度も言葉を交わしたことがある。同郷の人間なのでね。僕は、君も知っているように、なごやかさや、親切心や、心の大きさや、節度や、教養を、美しさよりも誉める人間なのだ。そういう性質のほうが、身体よりも優先されるべきだからね。衣服のほうを、身体よりも嘆賞するのは、不合理だし、滑稽でもある。
しかし、完璧な美とは、僕の思うに、魂の美徳と身体の見目麗しさとが出会っている場合だろう。間違いなく僕は、たくさんの女性が、見目はよいが、他の点ではその美をはずかめる人間で、一言口を開けばその花が衰え、枯れてしまう――正体が明かされて醜い姿をさらす、もともと悪い主人である魂と不相応に同居していたので――という例のあれこれを君に示すことができるだろう。
そしてこういう女性は、エジプトの神殿と似ているように思える。かの地の神殿そのものは、とても美しく壮大だ――高価な石材で造られ、黄金や絵画で華やかに飾られている。ところが、その内部で神を捜してみると、それは猿であったり、イビスであったり、山羊であったり、猫であったりする。そういうような女性をたくさん見ることができるのだ。(ルキアノス「肖像」)*11

この最後に出て来る異形の神をまつったエジプトの神殿の比喩の方が、先の「にわとり」に出て来る巨匠らの手に成る巨像の比喩よりも、ポーの「表面はパロスの大理石で覆われながら、内部には汚物が詰まっている彫像」という警句の内容とよくマッチしているように思います。ちなみにこのポリュストラトスは、ここから始まって、相手のリュキノスに、くだんの女性が備えている「魂の美点」を以下のように数え上げる。

  • 声の美しさ。歌のうまさ。竪琴の弾き語りが巧みなこと。座談の妙手で、言葉の発音が正確で、滑舌がよいこと。古今の詩歌に通じていること。
  • 詩歌だけではなく、雄弁家、歴史家、哲学者の著作に親しみ、教養を積んでいること。思慮分別に富み、研ぎ澄まされた知性を持っていること。ここでは当時、知的女性の代表格と考えられていたアスパシア、ピタゴラスの妻テアノ、サッポー、プラトンの『饗宴』に出て来るあのディオティマといった人たちの名がずらりと並ぶ。
  • 温厚な性格と弱者への思いやり。ここではアンテノルの妻テアノやホメロスの『オデュッセイア』に出て来る王妃アレテとナウシカ姫が引き合いに出される。
  • 伴侶への愛と貞操の堅固さ。オデュッセウスの妻ペネロペ、アブラダタスの妻パンテイア。
  • そして最後に一番大事なこと、それは謙虚であることです。

ポリュストラトス:というのは、これほど勢威ある地位にありながら、彼女は、順境のゆえに傲り高ぶることもなく、自分の幸運をたのむあまり人間の分際を越えて尊大になることもない。むしろ、人びとと同じ地面に立ちながら、優美さに欠ける低俗な思い上がりを避け、訪ねてくる者に庶民的な、分け隔てのない態度で接する彼女であるし、暖かい心で示す歓待ぶりと善意は、より地位の高い人から表わされるのに勿体をつけていない分だけ、それにあずかる者にはいっそう喜ばしいのだ。自分の権力を、人を見下すことに用いるのではなく、むしろ逆に親切を施すことに使う人間は、運の女神から授けられた幸福にふさわしい人だと思われ、こういう人びとだけが、正当にも、世間のねたみを免れるのだ。(ルキアノス「肖像」)*12

こうして出来上がった女性像は、一点非の打ち所のない理想的な女性像です。ところが面白いことに、ここで賞めちぎられている女性もまた「売春婦」なのです。読んでいるうちにうすうす気が付くように書かれているのですが、彼女は当時ローマ皇帝の愛妾を務めていたパンテイアという高級娼婦ヘタイラ(上のアブラダタスの妻と同名)で、それゆえ幾ら相手が皇帝の愛人だからといって、一介の売春婦に対しておべんちゃらが過ぎるのではないか?といった批判もあるようですが、私にはとてもそんなケチな作品とは思えません。とにかく一人の女性の美しさを、これほど絢爛たる措辞をもって賞揚した文学作品を、不勉強な私は他に読んだことがないからです。しかもなお面白いことに、この「肖像」という作品には続編*13がありまして、そこではこの「肖像」に対してパンテイア本人から「賞めすぎだ」とクレームが来たという設定で、これに対して反省の弁を述べると見せかけて、これを逆手に取り、更にもう一段彼女を賞め上げてみせるという離れ業をやってのけております。全く驚くべき文才です。

まとめ

結論として、この「表面はパロスの大理石で覆われながら、内部には汚物が詰まっている彫像」という一句は、学生時代、古代ギリシャ語(ルキアノスギリシャ語の作家です)の授業の際に読まされた上記のようなもろもろのルキアノスの作品がポーの頭の中でごっちゃになり、化学反応を起こした結果、生まれた言い回しではないかと考えられる。従ってルキアノスのものというより、ポーが発明した警句と言った方がいいかも知れません。ちなみにポーはこの警句がとても気に入っていたようで、他の書評やアフォリズムでも(全然違う文脈で)用いております。
最後に、「クニドスのアプロディテ」の模倣作の一つとして、「メディチ家のヴィーナス」というのが有名ですが、これの画像はポーの「密会(Assignation)」という短編の日本語訳のページに掲載する予定なので、ここではこれまた「クニドスのアプロディテ」に触発されたとおぼしき有名な絵を一枚貼っておきます。

ボッティチェッリ「ヴィーナスの誕生」

ウィキメディア・コモンズより。

こういう画像を眺めていると、ポーが「正銘の美人(the unequivocal beauty)」と讃えた売春婦の面影が何となく目に浮かんでくるような気がいたしますが、いかがでしょうか?

 

 

*1:プロジェクト・グーテンベルク版の英訳からの重訳。呉茂一の原典訳(『神々の対話―他六篇 (岩波文庫 赤 111-1)』所収)も一応参照はしました。

*2:雄山閣プリニウスの博物誌〈6〉第34巻~第37巻』より。以下『博物誌』からの引用はすべてこの本に拠りますが、この雄山閣版の全訳は貴重な訳業ではありますが、なにぶん英訳からの重訳ということで、多くの疑義があり、ラテン語原典からの邦訳が待ち望まれるところです。

*3:ルキアノス選集 (叢書アレクサンドリア図書館)』(内田次信教授全訳)に拠る。なおこちらのサイトでは同じ訳文が全文無料で公開されています。ちなみにこの「異性愛少年愛」(原題「エローテス(さまざまな愛)」)という作品は、偽書の疑いのある作品ですが、英語版ウィキペディアによれば、偽書の疑いをかけられたのが20世紀の初めのことなので、ポーの時代にはまだルキアノスの真作だと信じられていた可能性があります。内田教授の訳は、私が読んだ限りでは、古代ギリシャ語作品の現代日本語訳としてもっとも流麗な訳文です。

*4:内田次信訳『ルキアノス選集』に拠る。

*5:柳沼重剛訳『食卓の賢人たち〈5〉 (西洋古典叢書)』に拠る。

*6:この部分は英訳からの重訳です。興味深いことに、故柳沼重剛教授の原典訳では、プリュネは全裸にはなっておりません。

*7:これも英訳からの重訳。

*8:内田次信訳『ルキアノス選集』に拠る。

*9:内田次信訳『ルキアノス選集』に拠る。

*10:内田次信訳『ルキアノス選集』に拠る。

*11:内田次信訳。京都大学学術出版会『ルキアノス全集〈4〉偽預言者アレクサンドロス (西洋古典叢書)』所収。こちらのサイトに別人の原典訳が無料で公開されています。

*12:上記内田次信訳に拠る。

*13:「『肖像』の弁明」。こちらのサイトに「似像のために」というタイトルで原典訳が公開されています。