魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

眠り姫(詩集『魔性の血』番外編)

これはあるOLさんから聞いた話です。仮にA子さんとしておきます。
A子さんには昔、B子さんという悪友がいた。悪友と言うわけは、友だちとして付き合っていた十代後半から二十代初めまでの数年間を通じて、このB子さんという人は、少なくともA子さんの記憶に残る限りでは、悪い友だちとしか言いようのない人だったからであります。知り合ったのは高校二年のころ、同じクラスで、初めのうちこそ意気投合していましたが、次第にB子さんの奔放な行動様式についていけないと感じるようになった。極めつけは高三の冬、B子さんが首謀者ではないにしろ、一枚噛んでいると見られたある悪事について、A子さんは何の証拠もないにもかかわらず、ただB子さんと親しいというだけで共犯と見なされ、一朝にして多くの友だちを失った。卒業間際になって疑いは晴れましたが、一度失ったものが帰ってくることはありませんでした。
当然のことながら、A子さんはB子さんのことを疎ましく思うようになり、卒業で縁が切れるのが内心うれしくてたまらなかった。ところがその年の春、自宅から遠く離れた大学に通うようになってから間もなく、語学のクラスでA子さんはB子さんとばったり出くわした。A子さんは天国から地獄へ突き落とされた気分だったが、先方は飛び上がって喜び、この再会を「運命」と呼んだそうです。今にして思えば、B子さんは自分に輪をかけて人望を失っていたわけだから、その分よけいに淋しかったのかも知れない、とはA子さんの述懐の言葉です。
もともと金使いの荒かったB子さん、大学生になってからはますます磨きがかかった感じで、やがてA子さんは食事をおごってもらったり、服を買ってもらったりするようになり、かつての腐れ縁がなしくずしに復活してしまった。何でもB子さんはご両親にたいそう憎まれており、学費+生活費+豪華マンション+莫大な額のお小遣いをくれてやるから二度と実家に近づくなと言われたとのこと。こんな話をB子さんはあたかも自慢話をするかのようにするのでした。

ある夜、何かの飲み会の帰り、B子さんはその豪華マンションへとA子さんを誘った。「ええもん見せたげるわ」
仕方なくついていくと、すぐにB子さんの寝室に通され、いつもはB子さんが使っているベッドに、今は見知らぬ少女が眠っている様子を見せられても、A子さんは少しも動揺しなかった。B子ならやりかねん、と思ったからです。そうか、この淫乱娘、とうとう同性にまで手を出すようになったか。
「コトが済んだら、はよ家に帰したりや。親御さんが心配しはるやろ」
「えー?何でー?何で手放さなあかんのん?こんなに可愛いのに」
B子さんは大きな黒いひとみをぱっちりと見ひらいて、A子さんを見た。
B子さんが言うには、この少女(仮にC子さんとしておく)は、もう一週間もの間このベッドで眠り続けているのである。ある夜、これまた遅くまで飲んだ帰り道、このマンションの前に倒れているC子さんを見つけた。自分が酔っていたものだから、この子も酔いつぶれているのだと思い込んでしまった。初めのうちこそB子さんが「大丈夫?歩ける?」などと声をかけると「はい…」と蚊の鳴くような声で返事をし、B子さんの腕にすがりながらも何とか自分の足でこの部屋まで歩いてきたように記憶するが、このベッドに横たえた途端、水を得た魚ではなくて、棺桶を得た死体みたいに動かなくなってしまった。とは言え心臓は動いているし、呼吸はしているし、口の中に水を流し込めばひとりでに飲んでいるから、命に別状はないのであろう。身の回りの世話はすべて自分が責任を持ってやっているから問題はない。からだは毎日拭いてやっているし、食事は毎日口移しで与えているし、下の世話も抜かりなくやっている。「ほら」と言って、ここでB子さんはC子さんが着ている(と言うか、着せられている)ガウンの前を開いて、成人用の紙おむつを指さしました。
「あんた、アホちゃう?自分が何やってるか、わかってんの?はよ警察呼んで保護してもらうか、せめてお医者さんにでも診せたげなさい」
「何でー?こんなに可愛いのに」
確かに可愛い子ではあった。と言うか、きれいな子だった。年は恐らく(当時の)自分たちより二つ三つ下、女子高生と見てまず間違いはあるまい。小柄で、ほっそりした体つきで、色白で、ゆるやかにウェーブのかかった長い髪をして…しかしこのように語りながら、A子さんは胸に一抹の疑念がきざすのを禁じ得ないのでした。C子さんは果して本当に生きた人間だったのであろうか。A子さんがC子さんの「実物」を見たのは後にも先にもその晩かぎりでしたし、その晩はA子さんも、B子さん同様かなり酔っておりましたし、今あらためてあれは等身大の人形ではなかったのかと自らに問うてみても、確信を持って言えることは何一つなかったたのであります。しかしその晩は、A子さんにとってはC子さんのことよりも、むしろB子さんの様子の方が気がかりというか、不気味だった。酔眼をぎらぎらと光らせながら、「可愛い、可愛い」を連発するB子さんの濡れた唇は、今にもよだれを垂らさんばかりに見えた。こらアカン。こいつは完全に正気失うとる。下手すると、急にあばれ出して、人に危害加えんとも限らん。あんまり刺激せん方が身のためや。そう判断したA子さんは、その場は早々に退散いたしました。

それ以来、B子さんは、キャンパスでA子さんを見かけるたびに、呼ばれもしないのにすりすりとすり寄ってきて、訊かれもしないのにC子さんの話を得々とするようになった。A子さんとしては、B子さんの話がすべて作り話であってくれればいい、と思っていた。「ああ、あの子?あれは親戚の子が一晩泊まりに来てただけや」などと軽く流してくれればいい、と思っていた。ところがB子さんの話はそんなA子さんの願いとはうらはらに、ますます薄気味悪く、おぞましいものとなってゆくのでした。まとめると以下のようになります。

あの夜、C子さんをマンションの前で拾ってベッドに寝かせたまでは嘘はないが、その後の出来事で、まだA子さんには話していなかったことがある。実はC子さんが眠り込んでしまったのを見て、寝苦しくないようにと、上着を脱がせ、ブラウスのボタンをはずしているうちに、まったくの出来心から(B子さんはこの点を強調した)、彼女のブラウスの下に手を忍び込ませてしまった。怪しい気分の高揚があった。気がつくと、B子さんはC子さんを裸にして、全身を撫で回していた。至福の時が流れた。B子さんはいつしか眠りに落ちてしまいました。
翌朝、明るい日ざしの中で目を覚ましたB子さんは、C子さんが昨夜のままの姿で眠っているのを見て、ひとまず安心した。とは言えB子さんの心は必ずしも晴れ晴れとしたものではなかった。その原因の一つは頭痛であり、また身体中の骨を抜き取られたような脱力感であって、それは恐らく昨夜の深酒が祟ったものだったのでしょう。しかしそれ以上にB子さんの心を暗くしていたのは、大変なことをしてしまった、人間として、してはいけないことをしてしまった、という罪悪感で、この「罪悪感」という言葉自体はB子さんは使いませんでしたが、その代わり「ものすごくうしろめたく、後味が悪かった」と語ったということです。しかしそれにもましてB子さんにとって恐ろしかったのは、昨夜B子さんがC子さんに対して為した行ないを、眠っていたはずのC子さんが何らかの形で記憶していて、それを他人に暴露することでした。確かにB子さんは「前科者」であった。と言っても、別にB子さん自身が警察のご厄介になったわけではないのですが、B子さんの悪評は地元では知れ渡っており、帰省すれば必ず後ろ指をさす人間がいるのである。だから今さら罪名が一つ二つ増えたところでどうということはない。B子さんは常々そのように自分自身に言い聞かせてはいたのですが、まさか年下の同性(それも無抵抗の)にいたずらをしたというような汚名を背負って生きていく勇気は、少なくともその時点では、B子さんにはなかった。C子さんがそのうち目を覚ましたとして、もし彼女が昨夜のことを覚えていた場合、どうするか。最悪の場合、口止め料としていくら必要か。そのお金はどうやって工面すればよいか。そのような打算が、B子さんの頭の中を駆けめぐりました。B子さんは見栄っ張りで、人前ではいつも大金持ちのように振舞っていましたが、お金はあればあるだけ使い切ってしまうタイプだったので、親御さんから莫大な額の仕送りを受けていたにもかかわらず、懐の中はたいてい素寒貧なのでした。
お昼になりました。午後からはどうしても出なければならない講義があったので、B子さんは置き手紙を書いた。「おはよう。私は○○大学二年生のB子というものです。決して怪しいものではありませんから、安心してね。昨夜あなたがこのマンションの前に倒れていたので、私の部屋で休んでもらいました。あなたが着ていた服は、この部屋を出た左手の部屋のクローゼットの中に吊るしてあります。お腹が空いたら、廊下の突き当たりのキッチンに冷蔵庫があるから、好きなものを出して…」というようなことをこまごまと書いた最後に、自分は何時までに必ずここへ帰ってくるから、そうしてあなたのことは責任を持って自宅まで送り届けてあげるから、決して勝手に外へ出て行かないように(生体認証式のオートロックですから、出たくても出られないはずなのですが)、また外部への連絡もなるべく差し控えるように、それだけのことはきちんと書いて、それでも不安に苛まれながら、B子さんはキャンパスへと向かいました。
日が傾いてから帰ってくると、C子さんは出かけた時と同じ状態で眠っていて、置き手紙を読んだ形跡もなかった。B子さんはほっとすると同時に、心の中のどこかでこうなることを知っていた、という気がした。C子さんは恐らくもう二度と目を覚まさないだろう。そうしてC子さんが目を覚まさない場合、自分がどういう行動を取るかもわかっていた。B子さんの家には複数の寝具があり、部屋も余っていましたから、B子さんだけ別の部屋に布団を敷いて一人で眠る、ということも出来ないではなかったが、C子さんにはそんなことをする気はさらさらありませんでした。

次の晩も、その次の晩も、B子さんはC子さんと同じベッドで眠り、やがてそれは日課と化してしまいまして、たとえば誘われて夜遅くまで飲んでいる時など、どうでもいいから早く帰ってC子と寝たい、などと強く思うようになった。それで朝まで飲み歩く、というようなことがなくなったのはよかったが、このB子さんとC子さんとの奇妙な同棲生活は、必ずしもよいこと尽くしではなかった。何よりも朝がつらい。夢も見ないほど熟睡したはずなのに、激しい脱力感と疲労感で布団から出られない。何とか力を振り絞って起き上がってみても、まるで食欲がなく、したがって体を動かす元気も湧いてこない。B子さんは自然と午前の講義に出てこなくなり、また人付き合いもだんだんと悪くなりまして、A子さんがキャンパスでB子さんを見かける機会も少なくなりました。またA子さんはB子さんの頬の肉が落ち、顎がやたらととんがってきていることにも気がついていた。とは言えB子さんは高校時代から無茶なダイエットを繰り返していましたし、A子さんとしては、とにかく以前ひどい目に会わされた苦い経験があるものですから、要らぬ忠告などして深入りするのもかなわぬ、という気持ちでした。
そんなA子さんの陰ながらの心配を知ってか知らずにか、B子さんはA子さんを見かけると、相変わらず上機嫌で近づいてきて、のろけ話(?)を繰り広げるのでした。それはたとえば夜、いつものようにC子さんとくっついて眠っていると、時として眠っているはずのC子さんの両手がB子さんの背中にすうっと伸びてきて、B子さんを優しく抱きしめるような仕草をすることがある。そんな時、自分たちは「一心同体」とまでは行かなくても、少なくとも「相思相愛」なんだ、という感じが強くして、天にも昇るような喜びを感じ、もう死んでもいいと思うくらい気持ちが高ぶる、というような話です。しかしこのような「与太話」(A子さんの表現)をしている時のB子さんの表情にはどこか不自然なところがあり、結局B子さんはA子さんが目をむいたり、不快感に顔をしかめたりするところが見たかっただけではないのか。早い話が自分はからかわれていただけではないのか。そんな風に思われてならない、とA子さんは言うのでした。ここであえて私見を差し挟むなら、B子さんはA子さんの人格に対して非常に篤い信頼を寄せていたので、第三者が聞いたら唖然とするような話でも、この人ならばと見込んで打ち明けることが出来たのではないか、と推察します。

ある土曜日の午後、補講を受けなければならなかったA子さんが、人気のないキャンパスを歩いていると、突然B子さんに呼び止められた。B子さんはさらに人気のない場所へとA子さんを引っ張ってゆき、高価そうなハンドバッグを開いて、中から一枚の写真を取り出した。写真と言うか、A4用紙にカラーで印刷された、一枚のデジタル画像です。
A子さんはその写真を見せられた時、A子さん自身の言葉によれば、「いきなり後頭部を鈍器でどつかれた」ような気がした。
それはC子さんが男性に汚されている図でした。
そうしてA子さんはその男性の顔に見覚えがあった。A子さんやB子さんと同じゼミを取っている男子大学生です。仮にD君としておきましょう。
D君は真面目で大人しく、心優しい青年であった。またD君がB子さんに気があるらしいことも、A子さんは知っていた。
顔を真っ赤にして固まっているA子さんのかたわらで、B子さんは例によって得々と語り始めた。自分はDのことなど別に何とも思っていないが、彼が女に飢えていることは知っていた。そこで先日、非常にお金に困っていた日に、「ウン十万円、現金でくれたら、めっちゃ可愛い女子高生とやらせたるで」とひそかに持ちかけたところ、何とD君はその日のうちに銀行からお金を下ろして、B子さんのマンションまでのこのこ従いてきた。望外の成果に気をよくしたB子さんは、兼ねてからの計画を実行に移すこととし、D君がC子さんを辱めている様子をデジタルビデオカメラに収めるとともに、折に触れD君に指図して、ことさら淫らなポーズを取ったところをデジタルカメラで撮影した。言うまでもなく、インターネットを通じて違法に売りさばくためです。B子さんは腹を抱えて笑いながら、こんな言葉を口走った。
「ああ可笑し。あの子とやりながら気イ失うてしまうのん、うちだけや無かったんやわ」
実はD君は行為の真っ最中に、白目をむいてぶっ倒れてしまったのだそうで、そのあまりにもみっともない姿をまじまじと眺めながら、B子さんは「自分も夜な夜なこのような醜態をさらしているのか」と我ながら浅ましく感じると同時に、D君のことを少し哀れに思ったそうです。とは言えいつまでもC子さんのかたわらを占領されているのは「ムカつく」ので、力ずくでD君をベッドから引きずり下ろして床に転がし、入れ替わりに自分が布団の中に潜り込んで、いつものようにC子さんのからだを抱きしめて眠った。ところが翌朝、B子さんが目を覚ましても、D君はまだ眠っていた(と言うか、伸びていた)ので、足蹴にするなどして叩き起こし、インスタントコーヒーを一杯ご馳走してやったところ、D君はいまだ夢うつつの態ながら、平身低頭してB子さんに感謝の意をあらわし、約束の金額を耳をそろえて支払った上、昨夜のことは決して口外しない由、彼が信仰している宗教の神様の名にかけて誓った。それから全然恥じる様子も悔いる様子もなく、それどころかすっかり満足した様子で、ふらふらとマンションを去っていったということです。

D君の後ろ姿が街並みに消え去るのを見届けてから、B子さんはふたたびデジカメを手にして寝室へ戻り、全裸のまま眠っているC子さんに様々なポーズを取らせ、わいせつな写真を撮りまくった。「そうしてこれでもか、これでもかとシャッター切りながら、うちは心の中で叫んでてん。『この子はうちのもんや。誰にも渡さん。この子はうちの最後の切り札なんや』って。……なあA子、うちの顔、よう見てみ。皺だらけやろ。うち、まだ二十歳になったばっかりやのに、おばはん通り越して、お婆さんや。この顔、もうどないしても元に戻れへんねん。……思えばこれまで悪いことばっかりしてきて、あんたにもえらい迷惑かけたさかい、バチが当たってんなあ。……あの子はちゃうで。あの子は日に日にきれいになってくる。うちにはハナからわかっとったんや。あの子は不老不死や。年を取る、言うことが無いんや。何でやて?何でや言うたら、あの子はほんまもんの『眠り姫』やからや。遠い遠い昔に、誰かがかけた魔法が解けるまで、あの美しい姿のまま、いつまでも、いつまでも眠り続けるんや。……あんなきれいな子、ひと目見たら、男でも女でも誰でも目エくらむ。誰がお金に糸目なんか付けるかいな。そやから、うちが自分で自分のからだ売るよりも、あの子のからだ売った方がはるかに儲かるんや。うち、一生遊んで暮らせるかも知れへんで」
「こんなあこぎな真似して」A子さんは写真を返しながら言った。「もし『眠り姫』が目エさましたら、あんた、ただでは済めへんで。殺されるで」
するとB子さんは、見る影もなく落ちくぼんだ目で、天を仰ぎながら言った。「百も承知や」

夏休みが来て、A子さんは帰省しました。
秋が来て大学に戻ってしばらくして、A子さんはB子さんが亡くなったことを知りました。
B子さんはマンションの自室で、一人で死んでいた。「変死」ということで、警察の取り調べがあり、A子さんも幾つかの質問に答えなければなりませんでした。
A子さんに言わせれば、B子さんの周囲の人間は、自分以外はすべて怪しい人たちばかりだったそうです。しかしB子さんが亡くなった日の前後(八月下旬ごろと推定された)に不審な行動を取っていた人物はいませんでした。ただ一人、D君だけが、B子さんの部屋に泊まったとされる日の翌日から行方がわからなくなっているとのことでした。
司法解剖の結果も、事件性を証するに足るものではありませんでした。結局B子さんの死は、「神経性無食欲症」(別名「拒食症」)による餓死ということで落着しました。そうして最後に、これは申すまでもないことながら、B子さんがA子さんに見せたというわいせつ画像も、ネットを通じてばらまくとうそぶいていた動画データも静止画データも、それどころか『眠り姫』の実在を示す証拠となるようないかなる物的痕跡も、B子さんの部屋からは見つからなかったということです。