魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

(日本語訳)クリスティナ・ロセッティ「海に眠る(Sleep at Sea)」

クヌート・バーデ「難破」。ウィキメディア・コモンズより。

海の深さを知れ――
 誰が海の深さを知ろう?
 測鉛の長さは足りず
見張り番たちは眠ってしまった
絶壁をよじ登る苦労を
 夢に見ている者もいる
 善良な羊たちのための
牧草地を夢に見ている者もいる

いくつかの白い影が
 マストからマストへと飛び交う
 彼らは低気圧が
近づきつつあるのを知っている
切り立った岩があり
 巨大な暗礁もある
 彼らが互いに叫ぶ声は
強風に乗って響きわたる

ああ 丘の間を流れる
 せせらぎの音は優しい
 そんな小川のほとりの
小鳥の巣はこころよい
そんな巣は安全で
 安心な家庭に似ている
 愛の音楽に満たされた
暮らしぶりに似ている

そんな夢を見ながら
 皆は眠っている
 稲光りは皆の
安らかな寝顔を照らし出す
船は動いている 動いている
 急速に動いている
 なのに皆は笑っていて
精霊たちはこれを嘆く

稲光りは空を照らし
 空を真っ赤に染める
 だが皆の寝ぼけまなこには
夕焼けにしか見えない
夕陽はそんな
 沈み方をするものだろうか
 そんな沈み方をする太陽が
ふたたび昇る日が来るだろうか

「目を覚ませ」と精霊たちは言う
 だが気づく者はいない
 皆は憂いも悲しみも
期待も不安も忘れた
皆にとっては笑いも涙も
 危険も危機も過去のことだ
 皆の夢はもう何年も
皆をとらえて離さないのだ

「目を覚ませ」とふたたび声がする
 だが皆を起こすためには
 もっと手荒な手段で
叩き起こすしかない
皆は仲良し同士の
 楽しい日々を夢みている
 命ある限り続く
苦痛のことも忘れて

ひとつ またひとつ
 ゆっくりと そして悲しげに
 嘆きながら 祈りながら
精霊たちは飛び去る
雪のように真っ白な
 けがれなき精霊たち
 彼らは転覆を憂えて
青ざめている

ひとつ またひとつ
 悲しげな小鳥のように
 求愛の対象が耳を傾けてくれず
歌うのが嫌になった小鳥のように
美しい歌声は止み
 役に立たない言葉は途絶えた
 れられない望みに嫌気がさして
次々に飛び去る

船は走っている 走っている
 全速力で走っている
 そのマストからマストへと
別の影が飛び交う
死屍累々たる戦地の
 静けさのごとき静けさとともに
 白い帆に映るその影は
黒い汚点しみのようだ

呼びさましてくれる声もなく
「止まれ」と合図してくれる手もない
 皆は来る日も来る日も覚めない夢を
夢みながら滅びてゆく
空の空なるかな
 空の空なり
 虚栄の行き着く先は
ただ虚無あるのみ


*二歩格(dimeter)の詩。トマス・フッド「溜息橋」、エドガー・アラン・ポー「アニーのために」などと同じ形式。