表題の作品について、一天一笑さんからレビューをいただきましたので掲載します。一天一笑さん、いつもありがとうございます。
松岡圭祐『シャーロック・ホームズ対伊藤博文』講談社文庫を読了して。
美しきパワフル・ヒロイン岬美由紀(航空自衛隊隊員)が活躍する『ミドリの猿』で注目を集めた松岡圭祐が、作家活動20周年を記念して繰り出す歴史小説第2弾!
この物語の舞台は、19世紀ビクトリア女王統治下のイギリス、そして明治維新から約20年後の日本です。日本史の教科書に掲載されている、有名な大津事件(津田巡査にロシア皇太子が刺される)が起きたころです。
19世紀のイギリスと言えば、架空の人物ながら、根強い人気のあるシャーロック・ホームズがいます。この時期のホームズはライヘンバッハの滝でのモリアーティ教授との死闘の結果、殺人事件の捜査対象となり、兄のマイクロフト・ホームズの協力を得て、日本へ密入国した時期、所謂ホームズの失踪時期に当たります。年齢は39歳前後です。
このマイクロフトとシャーロックの微妙な兄弟関係も、人間シャーロックを知る上では注目です。4か月に渡る航海の途中も、日本に到着した後も、ホームズは絶えず、価値観の転換を経験せざるを得なくなります。
アレクサンドル3世統治下のロシア帝国は、何某かの陰謀をもって東京お台場沖に、ロシア帝国軍艦の威容を並べて、停泊させます。その中には、皇太子ニコライのお召艦が当然存在します。シャーロック・ホームズは疑いを持ちます。ロシア帝国はなぜ大津事件の時、ロシア皇太子ニコライを守った車夫2名に対して、多額の報奨金を与えるだけでなく、終身年金の権利を与えたりするのか?当然彼らは平民です。日本人の平民にそこまで報いる必要があるのか?口止め料ではないのか?(その後彼らは身を持ち崩すようですが)一緒にいたゲオルギイ王子の動きも怪しいと。
何よりも、事件当初は、犯人の津田巡査に厳罰を望まなかったロシア帝国が、津田元巡査を無期懲役ではなく、死刑にせよと迫ってきます。これにはさすがの伊藤博文も苦慮するのですが、そこは政治家伊藤博文の腕の見せ所です。
この急展開の裏には何が隠されているのでしょうか?
まあ皇太子のユウツウ病からくる冒険ごっこの高い代償を、日本が払わされるところだったのですが。
また国際スパイ小説としても、『ロシア大百科』を巡るロシア随行員とのやりとりなども楽しめます。彼らは自分の信じる組織の為に行動し、そして命を落とします。この辺りにも、後のロシア革命の萌芽が見られます(皇太子ニコライは言うまでもなく、ロシア革命で一家全員殺されたニコライ二世です)。
歴史の教科書に僅か数行しか記載されていない大津事件にも、一筋縄ではいかない国際陰謀が隠されていて、それに振り回される人間の哀しさがあります。
そして、シャーロック・ホームズの再生の物語としても楽しめます。物語の終わりで、ヴィクトリア女王の書状により嫌疑が晴れたホームズは、正規に日本を出国出来る事になります、ここに至ってシャーロック・ホームズは兄マイクロフトが、自分自身の役人生命を賭して自分の密出国を図ってくれた事に、初めて思い至ります(ずっとマイクロフト自身の保身のためにシャ-ロックを出国させたと信じていた)。女王の書状と伊藤博文の身元保証により、チベットに入国できるようになります。また常用していたコカインの吸引を辞める事を決意します。
伊藤博文の複雑な家族関係にも、明るい兆しの波紋を残し、ホームズは日本を離れます。
そして、最後のセバスチャン・モラン大佐との対決をもって、ホームズはモリアーティ教授との因縁にケリをつけます。
先が気になって仕方がないエンタテイメント小説としても、歴史小説としても、ホームズものとしても、理屈抜きに楽しめる小説を読みたい方にお勧めします。
一天一笑
- 作者: 松岡圭祐
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2017/06/16
- メディア: Kindle版
- この商品を含むブログを見る