魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

オウィディウスの「サッフォーよりファオンへ」

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古代ギリシャの陶器に描かれたファオンとアフロディテ。紀元前420~400年頃。神話によれば、アフロディテが老婆に身をやつしてファオンの船に乗り込んだ時、ファオンは年老いた醜い男だった。彼は彼女を小アジアへと運んだ上、代金を受け取らなかったので、彼女はお礼としてある軟膏の箱を与えた。ファオンが自分の肌にそれを塗ると、たちまち美しい青年へと身を変じ、多くの女性の心を奪うにいたった。以上、英語版ウィキペディアより。

シグナスさんも書かれている通り、古代ギリシャの大詩人の一人とされるサッフォーの作品は、もろもろの事情で今は断片しか伝わっておらず、それによって彼女の人となりに近づくのは、たとえ古代ギリシャ語に通じている専門家であっても、大変むずかしい。しかし私はローマの詩人オウィディウスの「サッフォーよりファオンへ」という書簡体の詩をアレクサンダー・ポープの英訳で読んだことがあり、それによって、少なくともオウィディウスの時代に流布していた伝説上のサッフォーの姿を知ることはできます。

  • サッフォーは地中海のレスボス島で、良家の令嬢たちに詩と音楽を教えて生計を立てていたこと。
  • サッフォーはその教え子たちや、その母親たる貴婦人たちと、肉体関係を持つことがあったらしいこと。もっともこのような悪癖(?)にもかかわらず、彼女は島中の同性たちから慕われていたらしいこと。
  • サッフォーは(この「サッフォーよりファオンへ」の中でみずから語るところによれば)背が低く、色黒で、お世辞にも美人とは言えなかったらしいこと。しかしその欠点を補って余りある天賦の才に恵まれていたこと。
  • サッフォーの詩人としての名声は国境を越えてとどろいていたこと。
  • サッフォーにはカリクサスという名の一人の兄がいて、これがさすらいのならず者で、セレブな妹にいつも迷惑をかけていたらしいこと。
  • サッフォーにはクレイスという名の一人の病弱な娘さんがいて、これがまた心労の種であったこと。子供がいるからには亭主もいそうなものですが、クレイスの父親の話はどこにも出て来ません。
  • 最後に、サッフォーはやがて船乗りのファオンという美青年を愛するようになり、彼がレスボス島を去った後、リュウカディアの断崖絶壁から海に身を投げて死んだこと。

以上がこの「サッフォーよりファオンへ」という作品に描かれている伝説的大詩人の姿です。
というわけで、今度はこの長い詩を訳してみようと思っているわけです。二百数十行ありますので、ちょっと大変ですが…まあ、サッフォーに興味を持つ方々に、何か参考になることでもあればと思っているわけですが、私の場合は例によって英訳からの重訳になるわけですが、ラテン語原典からの邦訳(松本克己訳)が筑摩書房の旧い「世界文学大系」の中の『ローマ文学集』(第67巻)という本に入っておりまして、今そのコピーが手もとにありますので、少し紹介します。
前にも述べましたとおり、サッフォーはこの詩の中で、自分が取り巻きの女性たちのうちの何人かと肉体関係を結んでいたことを認めております(とはいえ、実在のサッフォーが同性愛者だったという証拠はどこにもない)。

No more the Lesbian dames my passion move,
Once the dear object of my guilty love.

レスボスの姫君たちが私の心を動かすことは、もう二度とない。
彼女たちは、かつては私の罪深い愛情の、大切な対象であったけれども。

英訳ではこの二行だけですが、どうもアレクサンダー・ポープは邪魔くさいところを端折って訳したようで、原典訳では以下のようになっております。

もう私には、ピュッロスの乙女たちも、メテュムナの娘たちも、またレスボスの乙女の群れも、魅力がない。アナクトリエーもとるにたりない。白くまばゆいキュロドーも、いとわしい。アッティスにほれぼれと見入ったのも、昔のこと。その他あまたの、私がこれまで愛した――それも罪なしとせず――女たちも。かつては大勢の女たちのものだったその私の愛を、今は何と、あなたがひとり占め。

サッフォーの愛人だったと考えられていた少女たちの名前が、ずらりと並ぶわけです。シグナスさんが紹介されていたアナクトリアやアッティスの名も見えます。
もう一人、サッフォーの詩には「ムナジディカ」という少女の名が出て来るそうで、ピエール・ルイスの『ビリチスの歌』ではヒロインがレスボス島でこのムナジディカと恋に落ち、同棲する筋書きとなっております。

 

世界文学大系〈第67〉ローマ文学集 (1966年)

世界文学大系〈第67〉ローマ文学集 (1966年)

  • 作者: 
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 1966
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