魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

ルネ・ヴィヴィアン作『一人の女が私の前に現れた』 より『二姉妹の間』のことなど


二姉妹の間 (トリップアドバイザー提供)

アルハンブラ宮殿の『ドス・ヘルマナスの間(the Sala de las dos Hermanas)』すなわち『二姉妹の間』では、本当にルネ・ヴィヴィアンが描写した通り、部屋の中央にしつらえられた噴水をはさんで二つの大理石像が向かい合っていたのでしょうか?インターネット上にアップされている多くの写真を見る限りでは、そこはただ中央に枯れた(?)噴水があるだけの、がらんとした淋しい部屋のようです。それよりもこの部屋の天井の細工が見事だと言うので、ブロガ―さんたちは皆天井の写真ばかりアップしておられます。
ルネの時代にはどうだったのでしょうか?すなわちルネ・ヴィヴィアンがここを訪れた今から百数年前には、ひょっとして噴水がまだ活きていて、一対の大理石像が微笑み交わしていたのでしょうか?無論そんなはずはなく、ルネが見たのも今と同じくがらんとした何もない部屋で、『一人の女が私の前に現われた』の中の描写は100%ルネの妄想の産物です。
もう一つ、ここでルネが『二姉妹』にひっかけているネタは、アルハンブラ宮殿にまつわる『三姉妹伝説』と呼ばれるもので、これも多くのブロガ―さんたちが紹介しているので詳しくは書きませんが、大体こんな話です。昔々ある王様にサイーダ、ソライダ、ソラハイダという三人の美しい娘がいた。ところが愛する妻に先立たれて頭がおかしくなった王様は、妻の忘れ形見のこの三人の娘をどこへもやるまいとして、宮殿の端っこの塔に幽閉してしまった。王女たちはこの塔の中で淋しく暮らしていたが、ある日、道に迷った三人の騎士たちが偶然彼女たちを垣間見て一目惚れをする。この時三人の王女たちのうちサイーダ姫とソライダ姫とは騎士たちの求愛を受け容れて駆け落ちし、異国で結婚式を挙げて幸せになったが、三女のソラハイダ姫だけは脱走する決心がつかなくてそのまま塔に残り、結局この幸せになる生涯唯一のチャンスを逃した自分の選択を悔やみながら、一人淋しく亡くなったというものです(塔から飛び降りて死んだという説もある)。
ところでルネ・ヴィヴィアンは例によって、この伝説にも独自の解釈を示しているもののごとくです。つまり彼女に言わせれば、これは「駆け落ちのススメ」ではなくて「姉妹の悲恋物語」なのですね。ただひとり塔に残ったソラハイダ姫は、何も男にホイホイついていかなかったことを悔やんで泣き暮らしていたのではない。大好きなお姉様と離ればなれになってしまったことが悲しくて泣いていたのである。一方、男にホイホイついていってしまったソライダ姫の方も、塔に残してきた可愛い妹のことを思って心を痛めていたに違いない。そこから噴水の水煙という「越えがたい壁」を隔てて呼びかけ合っている姉妹のイメージとか、「『願望』と『後悔』との限りない魅力」などといった表現が導き出されて来たもののように思われます。