魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

『決戦!大坂城 』

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表題の作品集につきまして、一天一笑さんから紹介記事をいただきましたので掲載します。一天一笑さん、いつもありがとうございます。


『決戦!大坂城』(講談社)を読了して。
葉室麟、木下昌輝、富樫倫太郎、乾緑郎天野純希、冲方丁伊東潤の7人が、ひたすら滅亡へと突き進む豊臣家の人々と、和睦条約で掘りを埋められ燃えゆく大坂城とをテ―マにした競作集です。夏の陣(慶長19年・1614年)と冬の陣(慶長20年・1615年)とを時間軸にして7篇の時代小説が楽しめます。
年代や登場人物は『三成の不思議なる条々』『家康の遠き道』(いずれも岩井三四二著)と重複するでしょう。

<目次>

鳳凰記」葉室麟

後陽成天皇鳳凰の如き女人と褒めたたえた淀殿(茶々)の物語です。何故戦巧者の徳川家康相手に、自分の命を的にして戦い、結果的に相討ちのようにして果てたのか?
家康は、1616年に胃癌により死亡しています。淀殿と秀頼は、大坂城の山里廓で自刃します。
淀殿は、従来のようにただ血統意識に凝り固まった權高いだけの女性でなく、かつての猶子の完子(さだこ=末妹・江と羽柴秀勝との娘)を公家関白九条忠秀に嫁がせ、秀忠と江との間の娘・千(家康の孫娘)を秀頼に嫁がせ、浅井三姉妹の絆によって徳川一強となりつつある時流に立ち向かおうとした女性として描かれます(縁組がどの程度効果があったのかは別として)。
故太閤の朝廷を奉じる淀殿に対して、自ら征夷大将軍となり、『吾妻鏡』をそらんじる程読み込んでいた家康は、朝廷と武家の二重権威は認められない、朝廷は政治に関わってはいけないと考えます。
どうやっても、妥協点はみつかりませんね。淀殿の女いくさの終焉を描きます。

「日ノ本一の兵」木下昌輝

真田左衛門佐信繁と父真田昌行の父子相剋の物語です。信繁は、徳川家の支配が決定的となった頃、共に九度山に流され、死にゆく父昌行を看取る。父の最後の“武人として大将首を獲れなくて残念だ、無念だ”との言葉と共に、自分を認めず兄真田源三郎信幸のみを真田家の棟梁として認める父を見返してやりたい、冥府の父を見返したいとの執念信念のもと自分自身の人生を全うする物語です。幼いころから北条家やその他の家へ人質に出され、周囲から物のように扱われた信繁の少し歪んだ存在証明。遺言に出で来る、忍びの馬場主水を通じて銃の幸村を使い、家康の首を獲ろうと戦う物語です。
自ら顔を変えて西尾宗次となった真田信繁の活躍をお楽しみください(登場人物が入り組んでいて少し分かりにくいです)。

「十万両を食う」富樫倫太郎

経済面から見た大坂城です。慶長19年大坂冬の陣の直前に、籠城を決意した豊臣家に兵糧米を売り、プチバブル的に儲けた近江屋三代目伊三郎が、一転して売れない茶米と借金を抱えながら再起に向けて奮闘する物語です(廃業の瀬戸際にいる)。徳川家康に経済封鎖をされた状況下、近江屋復活のために米の売買を決めた相手とは?その方法は?発見されたら殺されるリスクも伴う仕事です。謎の抜け穴は何処へ通じているのか?真田十勇士穴山小助霧隠才蔵、由利鎌野助、海野六衛門等が出てきます(猿飛佐助は出てきません)。そして彼らが守り仕える秀頼の遺児国松は、家康の包囲網を抜けて長い旅程を無事に薩摩までたどり着けるか?

「五霊戦記」乾緑郎

1582年、甲州武田家が滅亡した後、恵林寺が焼け落ち、住持の快川紹喜が「心頭滅却すれば火もまた涼し」の言葉を遺して死んだ頃、僧侶姿の六角義定(六角義方の次男)が奥州伊達家の虎哉宗乙を頼り名前を法雲と変える場面から始まります。
慶長20年、水野日向守勝成は、叔母お大を通して家康と従兄弟に当たるが、水野家から奉公構えを受けている現状です。その勝成が小西行長から下賜された印籠(中身は秘薬・襟草五霊丸)を巡っての物語です。大坂夏の陣では張り切って出陣します。
法雲は伊達家で虎哉宗乙の後釜となり、当主伊達政宗にかわいがられますが、重臣安部対馬守をはじめとする周囲には不審人物とされます(彼らは主君政宗が豊臣家につく事はあってはならぬと考えている)。
安部対馬守率いる黒脛巾組の活躍、水野勝成の客将兼用心棒の宮本武蔵の活躍、そして法雲と水野勝成の因縁の死闘、政宗が何故秘薬を欲しがるのか?お楽しみください。

「忠直の檻」天野純

慶長19年、大坂冬の陣での物語です。
主人公松平忠直は、父結城秀康を通じて孫にあたりますが、家康とは相容れません。
正室の勝子は、秀忠の娘なので親戚ですが“将軍家ご息女”の権威(?)を笠に着るため
逆主従関係のようでとても鬱陶しい存在です。妾のお蘭といる時だけが息抜きできます。
越前松平家の筆頭家老、本田富政は家康の回し者です。過酷な状況の中、戦場で手柄を立てれば状況が好転するかと望みを賭けますが、家康からは、戦に出遅れるとは何事かと怒りを買い、徹底的に干されます。鉄砲隊の西尾仁左衛門真田信繁の首を獲るのですが、それすら拾い首であろうとされ、褒美は茶道具「初花」の茶入れのみです。家臣たちに何と説明したらよいのでしょうか?忠直の心は荒みます。
正室勝子にキリシタンを匿っていたことを告げ口され、忠直は出家して豊後に配流になります。傍らにいるのはお蘭一人でも、忠直の心は平和です。
藤堂高虎真田信繁保科正光毛利勝永福島正則の毛利隊の活躍、茶臼山での戦いをお楽しみください。

「黄金児」冲方丁

慶長5年に8歳となった豊臣秀頼の、23歳で母淀殿大坂城で自刃するまでの人生が、秀頼自身の視点から、連綿と語られる絵巻物タッチの歴史小説です。
生まれながらの次期天下人を表面上約束されている秀頼、そして意地でも大坂城を出ない母淀殿。対するは五大老筆頭ではなく、正真正銘の天下人の座を狙う家康。
外祖父浅井長政の遺伝か、大柄な体格で、有職故実に通じている文化人秀頼の面が描かれています。最初から正室千姫による舅秀忠への助命嘆願は効かないと、自己の証明のために大坂城で死ぬべきと母を説得する秀頼。最後まで秀頼に付き従った28人一人一人に声をかけ、作法に則り切腹してゆく場面が切ないですね。大伯父織田信長ではないが、秀頼の遺体は徳川方の探索にも関わらず見つかりませんでした。
大野治長織田有楽斎の外交策、豊臣恩顧の大名の人間関係や、浅井三姉妹の心情など
お楽しみください。

「男が立たぬ」伊東潤

1616年、無紋の裃を着用し、頭を剃った坂崎出羽守直盛・平三郎父子が江戸屋敷で、柳生但馬守宗矩の介錯で死んでゆく物語です。本来は検死役だった柳生但馬守が、介錯を務めるまで譲歩する。そして例の物を秀忠に渡せば、直盛のみの切腹で収め、嫡子平三郎に家督相続をさせ坂崎家を存続させると言う。悪い話ではない。武家にとっては家の継承が何より大事なはずなのに、例の物を秀忠に渡せば、男が立たぬと死への道を選んだ。家より男の意地?
家臣たちの再仕官先は決定しているが、個人主義といえば個人主義。死後江戸屋敷を捜索されたら発見されるであろうに、合理的でなく、馬鹿馬鹿しいとも思えますが、無意味ではないですね。この坂崎出羽守は、燃え行く大坂城から龍涎香と共に千姫を救出した人物です。
その出来事が、切腹の原因となるのは、如何にも理不尽ですね。家康は余程、長男信康を自刃に追い込んだ贖罪をしたいのでしょうか?
龍涎香は、淀殿京極竜子も愛用していました。
大坂城落城の場面や、節を曲げない福島正則の生き方や、城は人なのだ、現代風に言えば、父親が家の要にならず、表札とお金の価値だけで存続しようとする家は歪で行き詰まる可能性があるのだとの考え方も一緒にお楽しみください。

戦国時代は大坂城落城をもって終わるとの考えもあります。戦国時代の掉尾を描く個性豊かな競作集をお楽しみください。戦国時代や徳川家康・秀忠、浅井三姉妹高台院との駆け引き、秀吉没後の豊臣家に興味のある方にお薦めします。
天一

決戦!大坂城 (講談社文庫)

決戦!大坂城 (講談社文庫)