一天一笑さんから表題作の紹介文を頂いておりますので掲載します。
田中啓文『信長島の惨劇』(ハヤカワ時代ミステリー)を読了して。
多作の奇才、田中啓文の魅力が存分に発揮された傑作。巻頭の献辞に「アガサ・クリスティーに」とある通り、『そして誰もいなくなった』を下敷きに、奇想天外な時代劇ミステリーが展開されます。
天正十年六月十日、本能寺の変が起こる。六月十三日に平定。そこから六月二十七日に所謂「清須会議」が開かれた。この二週間の間に、「信長島」で衝撃的な出来事が起こったが、生き残った参加者たちは何も喋らなかった。皆申し合わせたように口をつぐんだ。
三河湾に点在する島々の中に「のけもの島」と呼ばれる無人島がある。この南側以外は断崖絶壁の孤島に、突然鐘楼のある、黒い土塀に囲まれた寺院が建てられた。無人の筈なのに鐘楼の鐘が鳴り響く。山門の額には只一言「信長」と書かれていた。浜から上陸し、建物を発見した漁師は、手間賃を通常の三倍支払うとの好条件に応募した大工たちが、誰一人として帰って来なかったという話を、最近三河の港で聞いたことを思い出した。その後、その島は“信長島”と呼ばれることとなった。
ちょうど其の頃、京で或るわらべ歌が流行り始めた。最初は子どもたちだけが口ずさんでいたが、やがて大人たちも口ずさむようになった。
“かごめかごめ、かごのなかのこまどりが言うことにゃ、人もかよわぬ山奥に六つの獣がござった”で始まる六番まである残酷なわらべ歌は、誰が流行らせたのか?
“信長島”に招待された人々のメンツ(到着順)。
彼らは皆、亡き信長に対して後ろめたい事情を抱えている。
- 中国大返し後、山崎の戦いを制し、ほぼ天下人間違いなしの羽柴秀吉。
- 秀吉と密約をかわし、山崎の戦いをサボった柴田勝家。
- 摂津・高槻城城主、四万石のキリシタン大名、ジュストこと高山右近。千宗易の高弟。
- 堺から伊賀越えを果たし、山崎の戦いに出向こうとした徳川家康。
- 遅参確定の謎の客。
饗応役のメンツ。
- “謀反人の娘”として丹後・三戸野の細川屋敷に幽閉されている筈の玉。
- 信長の小姓頭にして五万石大名、顔に刀傷と火傷の痕を持つ森蘭丸。
- “上様の名代”を以て任ずる、黒頭巾と褐色の道服を着用の信長茶堂、千宗易。
- 本能寺で行方不明になった筈の弥助。
- 新しく雇われた料理人二名と下男下女四名。
彼らを信長島に招待したのは本当に信長なのか?
六人は皆信長の真筆と思われる書状を携えてきた。
文面、筆跡、花押。どれをとっても真筆と判断せざるを得ない書状だ。
書状の内容は次のとおり。
余は存命である。本能寺の火災をからくも抜け出すことができた。
向後のことを相談したい。〇月〇日〇の刻、三河湾にある「のけもの島」に参れ。
供を連れず、かならず一人でこい。持参品は身の回りの品のみ許す。
着替えなどは当方にて支度しておく。二晩泊まってもらうから、そのつもりでおれ。
迎えの船は三日目の朝に来るように手配しておけ。
最後によきことを教えてやろう。
貴様は余が知らぬと思うておるやも知れぬが、余は知っているぞ。
信長
果たして誰が何の目的をもって「信長島」に六人を集めたのか?
惨劇の「ホラー」と法螺吹きの「ほら」を交互に織り交ぜ、生き生きとしたキャラクターを創り出す作者の世界をお楽しみ下さい。
また、大阪府出身の作者が各地方の方言(尾張弁、大阪弁、東京弁)を自然に駆使するのも見事です。些か荒唐無稽の趣がありますが、思わず一気読みしてしまいます。
『信長島の惨劇』をお薦めします。
一天一笑