魔性の血

リズミカルで楽しい詩を投稿してまいります。

ルネ・ヴィヴィアン「今どきの『水の精』」他五篇

最愛の女へ(A la Femme aimée)

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ボッティチェリ作「ヴィーナスの誕生」。ウィキメディア・コモンズより。


君がためらいがちな足どりで 夕もやの中を来た時
空は黄金と青銅と水晶を混ぜていました
君のからだは当て推量の中で さだめなく揺れ動き
波よりもしなやかで 泡よりもみずみずしかった
夏の夕暮れは 薔薇と白檀の香りで
東洋の夢と見えた

僕はふるえていた 首の長い白百合の信心深い花々は
冷たいキャンドルのように 君の両手の中で死にかけていた
その消えてゆく香りは 君の指を逃れて
至高なる苦悶の青白い吐息となった
君の明るい衣裳は 愛のよろこびと死の苦しみとを
交互に発散していました

言葉を失った僕のくちびるの上にふるえたものは
君の初めての口づけの優しさと怖さでした
君の近づいてくる足の下で 幾つもの竪琴が
詩人たちの思い上がった退屈を 天に訴えながら砕け散りました
物憂げに衰えた音響の水の中から
金髪の美女よ 君が現われました

そうして心は永遠と無限と不可能とに飢え渇きながら
僕は魔法と驚異を讃える聖なる歌を
大いに歌い上げたいと願った
にもかかわらず 情けないしどろもどろの詩の一節が
愚直な反映 幼稚なこだまとなって 不器用にはばたきながら
君のもとへと昇天したのです

Dominique Thussierさんによる朗読。2019年9月13日公開。
Renée Vivien - À la femme aimée, poème

悲しきバッカスの巫女(Bacchante triste)

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ブーグロー作「バッカスの巫女」。ウィキメディア・コモンズより。


「日」はもはや その光芒の矢をもって 「夜」の暗闇の
美々しさに魅せられている森林を 射抜くことなく
びまんする妖気の中を 堕落したリズムに乗って
バッカスの巫女たちが舞う 不穏なる時刻となった

巫女たちの乱れた髪は ぶどう酒の血涙に濡れ
巫女たちのすばやい足は 風の翼のように軽く
その肌のローズピンクと しなやかなからだの線は
薄笑みの移ろい止まぬ森じゅうにひしめき合った

そのうちの最年少か 喘鳴のような歌声
恋歌を歌いながらも そののどを詰まらせている
この者はほかとは違う この者は蒼ざめている
万丈の波の嵐と苦渋とが その顔にある

収穫の日の輝きを閉じ込めたこのぶどう酒も
今ははや その物憂さを気前よく晴らしてくれぬ
半分は酔いが回るが その酔いは悲しい酔いだ
神木の黒い葉っぱが巻きついた額は白い

この者は この偽りの快楽に つくづく飽きた
明くる日の朝のつらさと冷たさが 今いちはやく
訪れて 恋を冷めさせ 蜂蜜を腐らせてゆく
この者は 宴の華の中にいて 夢を見ている

人の忘れる口づけを 忘れられないこの乙女…
この者は 胸の痛みを伴わぬ恋を知らない
この乙女 いつも悲しく 狂宴の夜のおくがに
乱れ散るはかない花を見てしまう この美少女は

その影は稲妻のよう…(Ta forme est un éclair…)

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クレピ=アン=ヴァロワのキメラ像。ウィキメディア・コモンズより。


その影は稲妻のよう 抱きしめた途端に消える
その笑みは束の間の夢 つかまえるすべを知らない
恋人よ あなたは逃げる 欲しがりなこのくちびるが
下さいと呼びかける時

希望よりもっとはかなく 心ないあなたの愛は 
芳香のように過ぎ去り 反映のように息絶え
永遠ののどの渇きと 永遠の空腹感と
永遠の悔いに苦しむ

抱きしめることをしないでもてあそぶ あなたはキメラ
欲しがらせ 寝ても覚めても慕わせる 愛の妖怪
この罰に替わる苦しい罰はなく あなたのキスに
替えられる何物もない

話してよ…(Parle-moi…)

話してよ 流れる清水さながらの 涼しい声で
わたくしが思いの丈を打ち明ける 息の絶え間に
心ない愛想づかしの言葉でもかまわないから
その悲歌の 心酔わせるゆりかごで ゆらゆらさせて

茫漠としたその髪の毛に この顔がうずもれるとき
泣くような うっとりさせる忍び音を鳴り響かせて
後悔や 夢や願いの数々を この耳もとに
ささやいて 楽器のような声を持つわが恋人よ

そうすれば わたくしはただその声に聴き入るでしょう
意味などは理解しないで ただ音に聴き入るでしょう
忘我ではなくても せめてまどろみを見出すために

なぜならば もしもあなたが暫しでも口を閉ざせば
底知れぬしじまのうちに わたくしの耳は聴くから
恐ろしく悲しいものの泣き叫ぶ声を聴くから

今どきの「水の精」(Naïade moderne)

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クールベ作「波の中の女」。ウィキメディア・コモンズより。


君はそのドレスのかげに うずしおを光らせていた
肉体はさらさら流れ 移り気な潮に似ていた
水が深みに吸い寄せられるように 私は君に吸い寄せられた
そのしなやかな両手には 網のような魅力があった
その胸のお乳の上に 茫漠と浮かぶ髪の毛
そよそよとそよぐありさま 海中の草を思わせ

残念なこの麗容が飾るのは 危険水域
うっすらと浮かべた笑みは そのせいで いっそう甘美
その顔の澄ました様子 澄み切った深淵のよう
君の目は歌をうたった シレーヌの妖しい歌を

あやふやな朝(Aube incertaine )

新しい君主のそばで命を待つ家臣のように
幸先のよろしい朝の訪れを 二人は待った
さめやらぬ夢の続きを わたくしは なおも見ていた
見たものは朝の青さのあなたの目 その夢でした

わたくしが 過ぎた一夜の甘美さを思うあいだに
寝乱れたあなたの髪は まどろみの香を漂わせ
さんさんと照りつける日のまぶしさを恐れるように
わたくしとあなたの夜は疲れ果て 笑顔で去った

化けて出る人が着ているあの薄い白衣のような
朝もやは 晴れる直前 東西に広がりました
数知れぬ「かも知れない」で 世の中はいっぱいでした
その朝は あなたのひとみ同様に あやふやでした

わたくしは 恋に乱れるありさまを あなたに見られ
暗闇に果てるあなたを みずからも見たと信じた
結ばれた心と心 結ばれた霊と霊から
溜息が 遂に噴き出す瞬間を 夢に見ていた

二人して 耳をつんざくよろこびに 身をふるわせた
「愛」そのものに触れたくて 恐ろしいその火に焼かれ
至高なるそのいかづちに打たれんと 切に願った
そして今 いつもと同じ太陽が のぼったのです